帰らない者
現場を部下に一時任せ、青年が学園に戻ってきていた。
戻ってきたというよりは、寄ったの方が正しいのかもしれない。
「コーヒーでも淹れよう・・・」
また勝手に学園長室にて、3つのマグカップを用意し、温かいコーヒーが注いでいく。
「入学初日にご苦労をかけたな、モトキ」
渡されたマグカップを受け取り、モトキはコーヒーにミルクを調節しながら淹れ、一度味をみるがまだ苦味が強かったのか追加する。
タイガはブラックで、青年は砂糖だけを入れるのが好みのようだ。
「タイガが居てくれてよかった。俺だけじゃ、全員救い出せたかも疑う」
「そんなことは無いと信じるけどな」
タイガは、あとがけっこう面倒であった。
モトキがすぐにその場から消え、戦いの最中の彼は半分以上が光を身に包み、異常な速度で動いていたのでタイガだけが解決してくれたと勘違いしている者も多い。
それでも、モトキがいたのを見た者はかなりの数がいるはずだろう。
しかし、ほとんどの者がたまたまそこに居合わせただけや、すぐに逃げたと映ったり、タイガに邪魔なるから離れていろと言われたのだろうと思われている。
「俺はさ、こいつがやってくれたんだ!って、モトキの手を掴んで上げたかっんだけどな」
モトキの少し謙虚な姿勢を愚痴ったつもりのタイガは、一気にコーヒーを飲み干した。
「じゃ、俺は今回の件の報告と始末に戻るから」
そう言い、青年は部下に任せておいた現場へと向かう為に部屋を出た。
振り返ってみれば結局、ジェバの言っていた隊は来なかったのが引っかかる。
咄嗟についた強がりの嘘だったのか、単に見捨てられたのかはわからない。
あれ以上、事が起きないならばそれが一番良いのだが。
「さてと、今日は色々と大変だったな。俺はこれから墓参りに行くつもりだが、モトキも来るだろ?」
「もちろん。でもその前に、医務室に顔を出してくる」
一旦タイガと別れ、医務室へと向かうが迷ってしまった。
途中、壁に大きな額縁に入れて掛けられていた学園内地図を見つけたので、指でなぞりながら現在地なら医務室へのルートを覚える。
いざ進むが、数歩進んでまた戻り地図を再度確認し、覚えたルート通り進んだが途中、これはここで、こっちだったか?といった多少の迷いはあったものの、なんとか到着した。
医務室へ運ばれた患者は少ない。ほとんどがただ閉じ込められていただけで外傷もなく、容態に異変が見られなかったからであろう。
「ふぁ・・・」
医務室のベッドにて、オーベールは天井をただ見つめ、大きくあくびをしていた。
気を失ってはいたが、数分前に目が覚めたもののベッドの居心地がよかったので意識を取り戻してからの二度寝というのもおかしいが、仮眠をさせてもらっていた。
「オーベール、生きているか?」
姓呼びではなくなり、名前で呼ばれた。声で気づき、体を起こす。
「あの後、お前の方は大丈夫だったのか?」と訊きたかったのだが、彼は元気そうな姿で現れたのでやめておく。
「入学初日から不幸だったなぁ・・・まぁでも、タイガが残っていたのが幸いか」
「タイガ!あの8人の内にいる1人!さすがってやつだな!お目にかかれる機会があればちゃんと礼を言いたいぜ!」
「直接に行・・・くのは無理か」
「直接に行けばいいだろう」と、提案するつもりだったモトキだが、自分とは違い一般の生徒では、簡単に直接にお会いして真っ正面話し合える存在ではないことを忘れていた。
今度、出向くよう頼んでみるかと考えるが、タイガ自身はよくても、いざその場でオーベールが畏縮してしまうかもしれない。
この後、用で再びそのタイガに会う約束をしている。時計をチラ見しながら、あとは手短に話す。
「特に怪我はないのだろ?」
「普通に元気そのものだ。ただベッドが気持ちよくて出たくない!」
「よっ!」の掛け声の後、自身の体を掛け布団で丸め包みロールケーキの状態へ。
モトキはその光景に静かに笑いながらも子供心が芽生え、ちょっとやってみたいと思ってしまう。
「お前の体に異常も怪我もなさそうで安心した。一目顔を見ておきたかったんだ、近くにいたやつだったからな・・・それだけまぁ元気なら、余計な心配だったか?」
「いやいや、今日初対面でもわざわざ来てくれるのはお前にある優しさだぜ」
指をさされ、その言葉に少し照れてしまう。
正面切って褒められるのは、慣れないものだ。
返す言葉が出ずに、再度時計の方へ目をやるとそろそろいい頃合いなのでタイガのところへ向かうことにした。
「もう少しお前の様子を見るのもありだったけど、この後用事もあるし、そろそろバイバイするか・・・」
「行ってこい行ってこい。あと2時間、ここで寝とく」
オーベールはロールケーキのように布団に包まりながら次の一瞬にして眠りへ、本当はまだ眠たかったのだが気を使ってくれたのだろうか?
「行くか・・・」
外は夕刻が終わりにさしかかろうとしている。学園から出て、門近くでタイガと合流し駅へ。
列車で15分程の移動を挟み、着いた駅は人の気配がほとんど感じられないら無人駅であった。
駅近くのこじんまりとした花屋で花束を購入し、2人は墓所へ足を運ぶ。
この地で亡くなった者、戦死するも故郷であるここへ埋めて欲しいと遺言や生前に口にしおり、それが叶った者達が眠る中、墓所の本当に奥の隅、管理者が通ることも油断すれば忘れてしまいそうな場所に名も彫られていないただ川に転がっていそうな石を1つ置いた場所がある。
「兄さん、今日はモトキも一緒だぞ」
花を供えば、優しい風が吹き抜けていく。
「今日から俺も学生だ・・・生きてたらお前もそうだったんだろうな・・・」
続けて、モトキも花を供えた。
ここにはかつて、施設で共に過ごしたモトキの友人にしてタイガの兄が眠る。
もし生きていれば、今日は共に入学していたはずである。
いや、もしかしたらタイガと同じく中部からの入学になっていたかもしれない。
彼はモトキが齢10でタイガが9となる年に、敵国の兵に襲われ命を落としてしまった。
その際、あの青年も共にいたのだが、突然の襲撃と数に押されてしまい、腹部を刺されている間にタイガの兄は命を散らされてしまう。
その一件で、モトキは親友を失い、タイガは肉親を失ってしまった。
「いつか、ちゃんとした墓を建てるからな。タイガが」
「えっ!?まっ!えー・・・そうだよな、うん」
「冗談、俺もいつか・・・」
墓はいずれモトキとタイガを含め、彼と親しかった者らで費用を出し合って建てると決めている。
正直、タイガの学園と国から受けている待遇があれば1人でも費用を出して建てられるのだが、モトキが卒業して資金を貯めるまで待つ。