前兆前 3
注文がパンとスープ類だけのミナールが先に呼ばれた。取りに行く彼女の為に席を見張っている間、まだかまだかと注文の際に渡された札に彫られている数字を何度も見直す
自分の持つ札に刻まれる番号で呼ばれた。ほぼタイガと同じタイミングだったのでミナールに席の見張りを頼み取りに向かう。足取りも変わらず、鼻歌混じりではないが心の中では待ちわびたとたくさんの小さなモトキ達が喜びの大騒ぎをしている
普段使われている物より大きめのトレーに乗せられた料理の匂いが食欲を増進させてくれる。早く席に戻りたい、戻る間につまみ食いは己の御法度であり負けだ
「席、ありがとな。今日は休みだから混雑してるわけじゃないけど、万が一に座られてしまう可能性あるだろ。やっぱり最初にいた席に座りたくなるものじゃん、俺だけか?そう考えてるの」
「知らないわよ、あんたの勝手」
トレーを置いてから席につき、食べる前にちゃんと手を合わせるのは好感が持てる
本日の昼食メニューは丼に山盛りの米、ソイの塩焼き、豚肉と数種類の野菜を甘辛いタレで炒めた物、鶏肉の照り焼きに鶏肉の唐揚げ、鯖の味噌煮、丸ごと1本使ったキュウリの浅漬け、ホッケの開き
鶏肉料理が2品あるが、食欲にそんな料理や食材の被りを気にするのは愚の極み
ホッケの開きはタイガの物なので渡す。彼も似たようなメニューであるが、鶏肉の照り焼きではなく豚の生姜焼きにモトキより1品多いきんぴらごぼう
「いやー、ご飯のサイズ普通からおかわり自由はありがたい。おかずとご飯を一緒に食べるがいいのにダイエットや太るからと炭水化物抜きとか信じられないな。食べた分動くかちょっとの運動でもいいから代謝上げろよ。食べないでのダイエットは甘えだぞ」
「だよな、そうだよな!」
共感しあい、グッと拳を合わせてから手を握り合うモトキとタイガ。そんな2人にミナールはくだらない溜息を吐きながらクリームチャウダーを口へ
本当に、久しぶりに学園の食堂へと来たがなかなかに味が良い、暖かみがある
時折ここに来て食事を取ろう。自分や取り巻き達だけだと異様な光景となるのでモトキぐらいのやつといるのがまだマシなはず
下手すれば男女2人のデート風景と勘違いされるかもしれないが、立場上と差を考えて下っ端として見てくれるだろう
「安い大量受注パンだけど、主張せず悪くないわ。スープの味を邪魔しなくて」
硬めのパンである。唾液だけでは長くなりそうなので口の中へスープを流し、濡らしふやけさせてから数回噛み飲み込んだ
隣に座るモトキはちゃんと噛んでいるだろうか?食べ始めてから時間は殆ど経過していないというのに、おかわりに行ってしまった。もっと盛ってという少年の我儘に、おばちゃんはにっこり応えてくれる
「ねぇタイガ、あんたがポーシバール湾防衛戦での活躍で、けっきょくは何を帝へ要望したの?」
思い出したかのように、せっかくいるのだから聞いておきたい。ゾックを討ち、防衛成功とさせたタイガへ、帝は褒美を取らせる話があったのだが、後日にとその場で今は断ったのだ
数日後、帝へタイガは手紙を送ったようだ。しかし、帝は返事をしようにもタイガの住む場所を知らないので学園長へ返信の手紙を届けた
帝よりの手紙はMaster The Order全員に知らされたが手紙に記されていたのは「承知した」と帝のサインだけ
「ここのおばちゃんはいつも優しいな、こんなに大盛りにしてくれた。特の特盛を越えた盛りとでも・・・ん?大事な話でもしてたか?」
戻ってきたモトキは少しであるが話を聞いていた。もし都合が悪いことならば別の席に移ろうか?と提案したが、タイガはくだらないことだから大丈夫だと
「本当か?」と聞くも、タイガを信じて元いた席に座る。自分の言葉を信じてくれたことに、ちょっと嬉しい
「帝、帝、帝って・・・帝からの頂き物にここまで興味を示すか?金とか地位だとすれば、他のやつらも戦争で活躍すれば貰ってるのだから珍しいものじゃないだろ」
「それは・・・あんたは、財や地位を欲しがるような輩じゃないからよ。そんなあんたが、どんなものを望んだのか」
答える前に、豚の生姜焼きと鯖の味噌煮を平らげた。コップの水を半分以上飲み、一息つく。これでようやく答えてくれるのかと思われたが、ホッケの開きに箸を進めたので脳天にチョップを落とされた
全然効いておらず、食事を続けた。答える気など持たず
怒りを投げつけてきそうになってるミナールを見るに見かねてモトキが「耳を傾けてやれよ」とタイガに言う
「あまり、誰もが目を輝かせ羨ましがる物は所望していない。帝にお願いしたのは、俺とモトキが育った施設に援助を頼んだ。トイレや浴場を少し快適に、昔にどこかの2人が空けた穴とか、朽ち始めてきた施設内や外壁の修理」
モトキの方を見る。彼は恥ずかしそうに顔を逸らしていた。穴を空けた犯人の1人はこいつであろう
夜に抜け出す穴を毎日ちょっとずつスコップで掘っていたのだが、ある日急に大きく崩れてしまった。目的の穴は空いたが、必要以上に大きく、崩壊の音でバレてしまいモトキとタイガの兄はこっぴどく叱られていた
修復するにもお金がかかるので、今までそのままにしてあったのだが
「俺、ちゃんと稼げるようになったら直そうと考えてたのに先を越されたな」
「ついでだ、帝に甘えさせてもらった。またお前にできることを新しく考えればいい」
モトキとタイガは2人同時に立ち上がった。ご飯のおかわりである
成長期の男の子はあれぐらい食べるのかと改めて知らされたミナールであった
戻るまでに、彼女は親を持たず共通の境遇の子達と同じ場所で暮らすとはどういったものだろうと考えてみる。学園と似て、仲良くなる子もいれば馴染めずにずっと独りで過ごす子もいるだろう。始めから親がいない者、ある日に親がいなくなった者、親に捨てられた者。全員の成長と心の変化は違ってくるだろう
「おばちゃん優しいな!いつも」
「だよな!いつか世話になってるお礼の菓子折りぐらいはあげないと」
陣営のテントで聞かされた友人だからだけでなく、タイガがモトキと共にいる理由・・・
2人を眺めるミナールに気づいたモトキは、もしかして彼女もこのご飯やおかずを見て食べたくなってきたのかなと勘違いしながら尋ねる
「どうした?」
「いえ・・・悪く言ってしまうけど、あんたタイガ以外はあまり友達つくりにくそうだなって」
めちゃくちゃ落ち込んだが、どこかで間違いではない確かが浮かんでいた。現に、タイガ以外に友人はオーベールだけである
いや、もしかしたら自分から一方的に友人としているだけで向こうはそう思ってないのかもしれないと考えると更に落ち込んだ
ミナールは「ごめん・・・」と静かに囁く




