前兆前
砂が巻き上がり、海が裂ける。遅れて轟音が襲い、海は裂け目から左右へ高波となって逃げるように
このような事態となったのは、大太刀の一撃を剣が受け止めた際に生じた衝撃の余波によるもの。剣を持つ少年は受け止めながら盾を出現させ、それを足元に落とすと蹴り上げ、青年の顔へ
盾は青年の右拳で弾かれ、砂へと刺さり落ちた。そのまま右手で少年の剣刃を叩き、大太刀への力を加えていくが急に力を緩め離す。受け止める力を同じく加えていた少年は突如の事で剣は空を斬る。そこへ大太刀をバツ字に叩きつけてから蹴りを腹部へ放つ。本当なら刃でバツ字を描くように斬り、その中央を刃先で突くのだが峰と蹴りで行なった
砂に上半身が埋まった、脱け出そうともせずこの状況を続ける少年の姿に呆れた溜息
「ダメだな、俺が相手だと殺されはしないだろうと何処かで持ってしまっている」
流木に寝転んでいたタイガが、上半身砂に埋まるモトキを引き抜いた。衣服や髪に付着し入り込んだ砂が落ちていく中、モトキは腕を組み考え事でもしているかのような様子
「だったら、殺すつもりで挑んでくれよ。こっち・・・」
まだ途中なのに殴られた。エモンより強烈な一撃を腹部に喰らってしまう
口いっぱいに広がる鉄臭い味、頭と肩、腰回りの骨までに痛みが発せられじんわりと全身へ走る。蹲りそうになるがタイガの肩を貸り、エモンを申し訳なさそうな目で見つめた
エモンは頬を指で掻きながら、大太刀を背の鞘へと納めるとモトキへ入院前か入院中か、入院後の間に何かあったのかと尋ねた
モトキは言った。入院前であると
「おかしな物を食べておかしくなったわけじゃない。入院する数日前に俺の身におかしなことが起こってさ・・・俺の意識が暮れる前に取れたはずの腕が繋がって、傷が完治していたんだ。確信を得るにも、自分で自分を傷つける勇気は持ち合わせてないから」
わざと斬られたりして傷をつくってもよかったのだが、本能と身体が勝手に反応してしまい避けて受けて、防いでしまう
ぎこちなくなってしまい、モトキのおかしさを察したエモンは攻撃を続けるのではなく終わらせる方を切り替えたのだ
「エトワリング家の件をまだ・・・と、思ったが違ったか」
タイガは流れ着いた流木を拾い、手刀で先を尖らせた形にすると自身の左掌へ突き刺さした。突然のことで驚くモトキだが、タイガの表情は乱れず、刺さった流木を抜き、見せつけるように手を翳す
血を拭い取ると、そこに傷口は存在せず塞がった跡も見つからなかった
「モトキの身に起こったのは、これか?」
口が開かない。手にとり調べるまでもなくタイガの傷は完治していた。流木を引き抜いてから秒も経たずである
唖然とするモトキに、タイガは流木で彼の手甲に切り込みを入れる。血は滲んだがすぐにとまり、指で払うと同じく傷口は消えていた
「お前にもあったか、最近なら芽生えたばかりと言ったとこだろ?」
「ま、待て!待て待て!あの治癒は誰でもなく自分だったのは解った。けど、けど何故にお前も同じく!?」
これについてはタイガもよく理解しておらず、ある日に突然の出来事であった。だが、これが目覚める前に負った傷には影響しないことだけ知っている。現に、モトキの右腕にある縫いつけられ無理矢理引きちぎった際の傷跡が残っているのだから
モトキにあって、タイガにもある。これは目覚めた能力の一つがたまたま一緒だったのか、それとも・・・
親の血、天性によるものなのか。かつて、もしくはタイガのように現に同じやつがいて、知る者、記した古書や本が存在する可能性もある。1つも結ばれた縄を解けなくとも構わない、どんなに小さくだろうが大きくだろうが自分に芽生えた力
切り傷があった箇所を指でなぞる。痛みは触れると多少残るが完治と言っても間違いではないだろう
「治癒するからといって油断はするな、最初に俺が流木で手を突き刺す様を見て動悸が一瞬変化を起こし興奮の初期段階へ入ったから小さな傷ぐらいなら治せたんだ。まさかと試してみたけど、俺と同じなら死にかけて凶暴か、激しい怒り等の感情で興奮状態が上昇すると目覚めて促進するはず。まだ俺と比べて小さいけどさ」
「興奮か・・・確かに、革命軍のニハと戦いの最中で腕が取れ、信じられない量の血を流し、寒気に襲われ頭が真っ白になって記憶と意識を失った後に目覚めたみたいだからな。見舞いに来てくれた時に矢が左肩から腹部を突き抜けた話をしたけどあれも治癒能力のおかげか?」
「いや、あれは矢を引き抜いただけ。一晩寝たら治った」
どこまで冗談なのだろう。わりと冗談にならないのがタイガなのである
こいつは幼少の頃から頑丈だった。夜の散歩で狼の群れに襲われた際、数匹に噛みつかれながらもけろっとした顔で狼達をそのまま引きずっていたのを覚えている。あれだけ噛みつかれてもタイガは無傷であった
あの頃から身体のつくりが違ったのだろう。自分がタイガに勝てるのは足の速さぐらい
Master The Orderに1つでも勝る部分があるだけでかなりマシかと己に言い聞かせると虚しくなってくる
ここで2人の話を聞いていたある提案を
「いい頃合い、飯でも食いに行くか」
その言葉にモトキは目を輝かせた。肉の気分だと告げると、エモンは苦笑い。彼に奢らせる気満々である
肉ならどこかと頭に浮かぶだけ浮かばせていると、遠くからエモンの名を呼ぶ声。よく行動を共にしており、側で見かける彼の部下であった
着いてすぐエモンへ耳打ち、眉間にシワを寄せそこを指で摘みながら「了解した」の一言
「すまん、また今度にしてくれ。喧しい上から呼ばれてしまった」
しょうがないと内心は理解していても、逃げる口実ができてよかったなや餓死する等、嫌味かそれに近いものを口にしたくなる。どうする?とタイガに相談すると砂を投げようと提案された
サラサラの白砂を手で掴み握り投げた。案の定モトキとタイガの2人はエモンより拳骨を与えられてしまった
「学園の食堂にしよ」
エモンが去り、学園にある食堂で食事をとろうというモトキに、タイガの返事は口を開かないで「ん」の一言だけであった
学園へ向かう前に街を抜け、港にある市場へ。右目に縦の傷跡がある強面の親父から魚を購入、こんな見た目だがまだ二十五である
モトキはソイ、タイガはホッケを、旬の季節と違うが食べたいから購入。けっこういい値段だった
大量の氷と、ソイとホッケの入った発泡スチロールの箱を掲げ学園へと向け軽やかな足取りで、タイガとはどんどん距離が離れていく
「思春期のおかげで食への関心がすごいな」
授業は休みだが食堂は開いている。寮や近くに住む、または学園に用事があった生徒達の為である。モトキもよくお世話になっているが、退院してから初めて
空腹による早く食べたい衝動、走る廊下の先にミナールが歩いていたので抜き去る際に見舞いに来てくれたことへの礼を述べると「ひゃぁっ!」と可愛らしい声の後、睨みつけられ背を蹴られた。落としそうになった魚が入った箱は死守
「なにしやがる!落としたら買った店の店主に申し訳なくなるだろ!」
「それはこっちの台詞よ!」
ミナールの気迫に押され、小さくなっていくモトキ。ずっと後ろで追いついたタイガが様子を見ていた
助けるか悩んだが面白そうなことになっているので見守るを選択したのだ
ミナールがモトキの持つ箱は何かと尋ねてきた。やらないぞと返すと、取るつもりじゃないと怒らてしまう。空腹で食堂に行きたいのに行けないモトキは、苛々とはまったく違うが胸に溜まったものを吐き出す
「俺はただ、お腹が空いてるだけなんだ」
「あ、うん・・・」と、少し戸惑い気味の様子の彼女。見逃してください、なんでもしますと慈悲を申すモトキがかわいそうになってきたので自分から数歩退いて距離をつくる
口に出さないが、見逃してあげる合図のつもりだったがモトキは身構えてしまった。距離をとった攻撃をしてくると勘違いしたのだろう
「はぁ・・・」
呆れた息を吐きながら、そのつもりは無かったのだが指先から光のビームを連射。けど学園に被害が出ないよう範囲を絞ってモトキが避けた瞬間に消す
モトキは避けながら、チャンスだと逃走ついでに食堂へと走り向かう。彼の後をタイガが追いかけた、何故タイガがと困惑するミナールもビームの連射をやめ2人を追う
食堂に到着したモトキは箱をメニューの受付けをする中年女性へと渡す。塩の焼きでと調理のリクエストと他のメニューも注文、札を渡され緑のパイプ椅子に座る
後から来たタイガも注文をし、モトキの向かいの席へと座った。最後に着いたミナールはモトキとタイガを見つけるも来て食べずに居座るのは失礼だと考えパンとクリームチャウダーだけを頼み、渡された札を指で弾きモトキの頭へヒットさせた
モトキの右隣のパイプ椅子に座る。彼から札を返された時に今更だがどうして追いかけたのかと。でも、ちょうど昼食はどこで食べようかと悩んでいたところなので良い機会だったのかもしれない
ちらほら他の生徒がいる中、注目はあるが誰も近づけない異様な空間である。Master The Orderが2人この場にいるのだ
「視線が痛い、Master The Orderのミナール様がここにいるってだけで注目の的だな」
「俺も一応、Master The Orderですけど」
すっかり忘れていた。同じ施設出身でよく行動を共にし、幼馴染の身近な存在なのだがタイガもMaster The Orderの一人である
え?じゃあこの空間にいる俺は場違いなのではと思ってしまうが、よく一緒に食事をするタイガに1人加わっただけである
周りはどう見えているのだろう?タイガの腰巾着とでも呼ばれているのだろうか




