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光ある概念の終日  作者: 茶三朗
炎を宿す光
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焔を握る 7

デモーガンがやられたより、あいつの正面に立つなど冗談じゃない、すぐにやつから逃げるばかりが脳内を巡る。陣からの退却命令はどのような理由だろうと最高の都合であった

退却時に追ってくるのを警戒し、できる限り矢を放つ。狙ったのか運が良かったのか分からないが最初の一矢はタイガを貫き、その後は馬を走らせ無我夢中ながらも素早く的確に魔力を添えた矢を放ち続けた

自分と他の兵達も見たであろう、肩から入り腹部を貫く矢を。肺も心臓も通り腹部から突き抜けた矢尻に加えて、念の為は大袈裟だが完全な肉体の消滅をさせる為に光の魔力を得た矢を射ったのだ


「首を持ち帰るにも、あそこへ戻るのは不可能もあるが肉体を消失させてしまった」


だが奇襲を仕掛けた者を倒した証拠を求められたとしても、問題ない自信がアベスにはあった。自分だけでなく、半数以上の同行した兵士達がその光景を目の当たりにしたのだから

それに、陣から突如の退却命令も理由に組み込ませることができる。逸早く令に従ったので持ち帰る暇がなかったと


「デモーガンの死はどう報告するべきだ?呆気なく倒されたと正直に伝えるべきか、命尽きるまで雄姿を奮っていたと花を持たせるべきか・・・どちらでも俺に影響動かずなら正直に伝えるか」


デモーガンの報を考え、アベスを乗せた馬が陣営へ到着したが彼は陣の異様さにすぐに気づいた

静かだったのだ。つい数分前までが嘘のように、在りはするが無である

気配がほとんどせず、だが陣営内のテントにゾックが兵達に造らせた風呂場はそのままであった。少しだけ、指数えるしかない間、アベスは硬直したが叫ぼうとする

だが、叫ぶ前にわずかな水の流れ落ちる音を耳が捕らえた。思わずその方へ足を進めてしまう


(あの短い間に別から襲われたか?いや、だとすればこの場は荒れて亡骸一つ転がっていてもいいはず)


やはり音の元は桃色の幕に囲まれた湯浸かり場であった。恐る恐る、外から内部を覗くとそこには湯に浸かりながら優雅に焼いた鹿の腿肉を食すゾックの姿が

そして湯には浸からず、黒い布で顔を隠す者は正座の状態でじっと動かない

状況が掴めず、声が出ない。出ずにいる間に後に続いた兵士達も陣営に到着した

やはり、この状況が理解できず探し回り叫ぶを開始する。兵が帰ってきたことを知るとゾックは湯からあがり、身体を拭き着替えを済ませた後、足で囲う幕に触れた。次の瞬間、幕とそれを吊るす為に設置された純金製金具の柱ごと横に一線が走り、ゆっくりと倒壊してしまう

刀は鞘に納まっていた。だが斬ったのは黒い布で顔を隠している者。その後方でゾックは1回のあくび


「すぐにまた湯に浸かると、リフレッシュした気分は遠ざかり消えるな」


食べ終え残った鹿肉の骨は湯へ捨てる。湯あがりの一杯は用意されておらず溜息のゾックに、アベスは掴みかかった。どういうことか説明が欲しいのに声が戻らない

落ち着け落ち着けと鬱陶しそうな顔で掴む相手の手を己の手で払う

ゾムジはまた正座し、動かず


「さて、初めから説明するべきか?」


拭いただけの髪には水気と湯気、整えもせずいり乱れていた。非常に落ち着いている。この状況でも

つまり悪い方面の問題が起きたわけでなく、この陣営から二方以外が消えたのはちゃんとした理由があって?そう尋ねたいが、これからの説明を邪魔しないよう混乱していた先程とは一変して彼も落ち着いていた


「あの若いやつ、陣営にまだいた軍をまとめて撤退したのだ。誰かが囁いてくれたおかげで」


ゾムジに視線を向ける。反応しないかと思いきや「ギクッ」を自分の口から言った。笑うゾックとは逆にアベスの顔が青く染まっていく

勝敗の結果など捨てはしていた。戦況は不利なのも承知している。しかし、問題なのは自分やこいつら、残った兵達を置いて撤退した事

あのダークエルフの女性は撤退することを告げにきたが、聞く耳持たず無視を続けたようだ。ついに彼女は無駄に兵を失うことへの訴えをおこした

敗戦だとしても兵はかなりの数が生き残ってくれた。せっかく全滅しなかった兵達を我々を含め生きて撤退するべきだと

しかし、彼女の訴えなど無意味であった。無視を続けられ、ようやく彼女へと放った言葉は「今この場で兵を1人殺したとして、影響は無く明日は違う顔」

ダークエルフの女性は手が出そうになったが、ゾムジが制止。荒く乱れた息を吐き、涙と汗を流す彼女の耳元で囁く、「兵士達は現のゾック殿に不満がある。ならお前が撤退の令を出せば・・・あとはわかるな?罰を受ける覚悟でスペード様へ文を送ろうとしていたのならばこれぐらいできるだろ?」と


「やつは最後まで渋っていたそうだ。わしを見捨てる形となるのと陣から出撃した兵達がまだいると。だから、退却の合図を報せる弾を上空へ放ったのだ」


「で、俺が戻った兵達への説明と誘導をすると申し出た。ついでに、お前ではこの焼いてる途中の餅みたいなやつの説得は不可能だから俺が手荒な最終手段になろうが連れてくるってな・・・彼女は他の兵と共に先に向かわせた」


ゾックは一番近く、兵が使っていたテントを漁り始めた。すぐに開けられていない安い酒を発見、栓を歯で開けまずはゾムジに勧めるが断られた

アベスには勧められなかったが、酒を勧められるよりも自分には重要な点、それだけ気にしている


「つまり、今はゾック殿を説得中なのだな!じゃあ、先に撤退したやつらを追えば・・・!」


「ところがそうもいかないみたいだ・・・ほら」


ゾックの言葉に、アベスは首を傾げ、尋ねる。見渡すより前に突如として陣営内のテントや幕が一斉に燃え始めたのだ。慌て、騒ぎ、恐怖する兵達の悲鳴に近いものが飛び交う中で風を切る音が通り過ぎた

風を切った正体がすぐ目の前に、ゾックの胸部より貫き背より突き出る十文字槍、刃は燃えている。瞳は生きた光を失い、手から中身の入った酒瓶は落ち、倒れ、血の水溜りをつくっていく彼のずっと前方で鉢巻が靡く

右手に刀を持ち、握った左手には焔を握る


「そ、そんなっ!やつは確かに!」


ついさっきまで混乱させられ、またも混乱するアベスとは別にゾムジはゾックを貫く十文字槍を引き抜くと鉢巻きを巻いた少年へ投げ返した。当然刺さらず、タイガは先端が刺さる寸前で柄を掴むと槍は光となって消える

真紅のオーラを全身より発しながら歩み迫る少年に、兵は誰1人として近づけず、アベスも逃げる選択が脳に送られず、固まってしまっていた

ゾムジだけはけっこう気楽


「教え子だったやつが、ちょうど今あれぐらいになる。独り陣へ攻めてきた意気込みを計らせていただくか」


刀を抜こうとしたが、自分の足を誰かが掴む。血の水溜りから身体を無理にでも引きずらせたゾックであった

まだ命は尽きていないが時間の問題だろう。食べたものが口からではなく腹から出そうであり、喋る体力すらギリギリの状態であるが、微かに聞き取れにくいではなくしっかりとした声で


「2つ頼む。ここに残る僅かばかりの兵をまとめ、あの娘を追わせろ。わしの遺体はこの陣に残せ、連れ帰るな。そうしないと・・・あの者とは別の・・・」


「やはり、はやくから撤退を断ったのも、娘っ子の意見を無視したのも、兵に不評をばら撒く真似をしたのも・・・」


弱々しく、掴まれていた足首を叩かれた。失礼と一言謝罪する

しかし1秒でも惜しいこの状況では不要なこと。タイガがもうそこにまで

だが、ゾムジには余裕があった。事切れる直前のゾックにはやらなければならない残りカスがあり、内容を伝えると彼は少し笑う

やれやれと息を吐くゾックはリズムの崩れた呼吸を一度やめ、吸えるだけの息を吸う。そして、腹よりの声をあげた


「兵に告ぐ!!撤退せよ!!陣の後方より先に出た者共を追え!!聞こえた者は聞き取れなかった者共に伝えろ!!」


腹部と口から血が噴き出す。力みすぎによるもの

この戦でゾックへの評判は悪かったが、今は縋る思いなので兵達は撤退を開始

タイガは兵を襲う真似はしなかった。走る兵達に続き、ついに歩みを止め走りへと切りかえると猛スピードで距離を失わせる。アベスの前で止まると、左拳を引いた

アベスは反撃できず、口しか動かない


「何故だ!?何故死んでない!?貫かれて、最後に光で肉体は消滅させたはず!!俺だけじゃなく、他も見ていた!!」


「そんなの知るかーっ!」


胸部へ拳のストレート。口から血を吐き身体は勢いを得て宙を飛んでいく

ひょいと飛んできたアベスを避け、ゾムジは刀へ手を添える

刀を抜くべきか、違うのか迷ってしまう己がいた。他とは違い恐怖など微塵も湧かないが、兵を誘導するのとここで時間稼ぎをするべきかを迷っていた


「そいつが大将だな、悪いが討ち取らせもらう」


「その前に、俺がいるぞ」


やはり、戦うべきだろうと居合いの体勢となったゾムジに号令をかけ虫の息となったゾックはまた足を叩いた。身体を支えてほしい願い、ゾムジは刀から手を離すとその手で彼の手を握り、その手で背中を支えながら上半身を起こさせる

タイガも、刀を納めた


「少年・・・頼む・・・わしを討ったあとは・・・撤退する兵を追撃せぬと・・・こちらの敗戦として・・・貴様のとこにいるレネージュとかいう娘へ・・・終わりの説得を・・・こちらから攻めて・・・頼むのは申し訳ないことだが・・・」


「わかった」


物分かりがよかった。悩まず、あっさりとした返事にゾックは少し笑う

血反吐を吐く、血で汚れるゾムジの顔はいったいどの様な表情をしているのだろう。タイガは自分から仕掛けておいて勝手なことをと怒りもせず、ただ黙って聞いて素直に承諾した

瞳孔などとっくに閉じて、事切れなど過ぎている。はずなのに、信念でも執念でも成し得ない何かがこいつにはあった


「ゾムジ・・・戦う必要はない・・・こいつは約束を守るやつだ・・・兵に続いてくれ・・・それと、わしを嫌いながらも最後まで律儀に告げにきた・・・あの娘っ子へは討ち取らたとだけ・・・」


「一連は伝えるなと、承った」


なんとも清々しい顔、ゾムジは丁寧に身体を寝かせてやる。最後の最後に2回笑うとついに事切れた。本当はとっくに尽きていたはずだが何が彼を生かしたのだろうか

残った2人は、顔を向き合った。真紅のオーラに対し足回りからの黒い影が相見える


「どうする?ここで一戦とでも?」


「いや、約束は守るさ」


「そうか・・・」と漏らすと、じりじりと後退しながらタイガから顔を逸らさず後退する。ある程度離れてから、背を向け影に包まれると消えた

タイガは内心ホッとしていた、あの者と戦うとなれば自分も無事では済まないだろうと。あいつといずれ戦う日が訪れるかもしれないと考えると身震いしてしまいそうだ

一度、深く息を吸い遺体となったゾックに近づくと刀を鞘から抜き刃を首に当てる。だが、しばらく止まってしまい、結局は刀を納め首取るのはやめた

遺体を背負い、燃え盛る陣営から去っていく

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