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光ある概念の終日  作者: 茶三朗
炎を宿す光
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焔を握る 4

雲が星々を隠す夜空。気温は下がってしまったが豪雨は嘘のように去っていた

繊細な指は純金で作られた杯を持ち、2人の華美なドレスを着た女性がそれぞれ抱く瓶より甘い果実の香りがする液体を杯へ注ぐ

杯に注がれた液体を口へ、甘くもほんのりとすっぱさと苦さが香りとなる林檎の果汁を絞った飲み物


「甘露ね・・・」


彼女の背後には1人の兵士が縄で縛られ、槍を突きつけられていた。顔を地に着け、湿気で柔らかくなった土を喰らう

敵兵を捕縛したのではない、味方の兵なのだがこいつは罪を犯してしまった。只今より処罰を行うところ


「レネージュ様、如何様になさいますか?」


返答はせず無言が続いた。迷っているわけではない、もう自分の中では決定しているのだが待たせることで罪人への緊張を高めさせている

そして、ようやく深く一呼吸をしてから口を開く


「言い渡す」


杯を付き人の女性に渡すと、彼女の人さし指は罪を犯した兵へと向けられる。そして、告げた


「骨は遺族へ届けよ。仮に届け、遺族が反発してきたならば伝えて。私が直々に説明しに訪れる」


判決は処刑。連れていかれそうになる兵士は無意味なにもがき、喉から血が出る程に叫びながら許しを願い訴えるが慈悲など微塵も持たない

陣営の外で、一瞬のしゃっくりに近い枯れた悲鳴が聞こえると以降は静かになった


「禁止されていながらも、破る輩は出てくるものね」


付き人が先ほど預かった杯を彼女に渡した時であった。1人の兵が慌てて陣営へと入り、「報告です」と言いながら滑り込む

起き上がり、すぐレネージュの前で片膝を付き身を低くする


「ほ、報告っ!し、しまっ!」


「落ち着いて、息を整えてから。急いでくれたのはありがたいけど」


とても優しい口調であった。もう1つの杯を用意させたが、さすがに果物を絞ったものは喉に絡んでしまいそうなので普通の水を

兵士に杯を渡す、口の両端から水を溢れさせながら一気に飲み干し、2回の息を吐くと落ち着いた


「で、報告とは?」


「はっ!報告します!エモン殿と、Master The Orderの4名がご到着を・・・!」


彼女は、鼻で笑う。だが、澄んだ茜色の瞳を持つ眼は笑っておらず。空を睨んでいた


「明朝のはず。夜戦がもし起きるなら、起きるまで私の時間を満喫させてほしいもの」


「お、お帰りにさせますか?」


「追い払いましょう!」


待たせているであろうやつらに、わざと聞こえるよう大声で発した。数秒の沈黙の後、彼女の真後ろより純白の陣幕を捲り、現れる

やはり後ろかと、回し蹴りを放つ。だが、そこにいたのはエモンではなく、黒に紅のメッシュがはいった髪を持つ少年

首に直撃したが、飛ばされもへし折られることもなく少し揺れる。接触する蹴りと首の右側から煙が発生していた


「誰・・・?って、エモンじゃなければMaster The Orderか奇襲しにきた敵のどちらかね」


「Master The Orderです」


タイガは一歩だけ退がると、両者の間にエモンが入り込んだ。遮るつもりだとしても、手遅れである


「もう、蹴っちゃったのよね。当たりもしたけど」


「手遅れは間違えて、不意に、なんとなくのどれかで殺めてからだ。まだ死んでない、後は最も最悪を防ぐしかないが」


「あっそう・・・丈夫な彼に感謝することね、エモンさんよ」


空気がピリついており、一触即発の恐れ。兵士達は巻き込まれてしまいそうな状況から逃れようと様子を伺いながら退がっていく

レネージュの瞳にはエモンなど映っておらず、Master The Orderの4名へ向けている。鼻から彼は眼中に無く、一触即発の空気も間違いなのだ


「数刻、せっかちだけど・・・ようこそ、戦地へ」


背を向け、歩む。数歩進み、再度振り返る。「入らないの」と尋ね、内心恐怖を持ちながらもようやく陣営内へ

すぐに彼女の前にMaster The Orderの3名が並び、帝に対してと同じ体勢をとるがタイガだけが慌ても急ぎもせずに呑気に遅れてしまっていた

ミナールは彼の頭を叩き、自身が代わりにレネージュに謝る


「すみません!こいつ、レネージュ様をよくわかっていないみたいでして!」


「いや、全然知ってますけど」


今度はベルガヨルも加わり2人で叩かれた。タイガはまったく動じはしなかったが仕方なく片膝を付き身を低くする

その光景に、ようやくマシな笑いがレネージュに


「なかなか・・・うん、なかなかの・・・」


1人1人、顔を眺めていく。笑みを浮かべた顔だったが、段々と険しく変貌してしまった

指を向ける


「カスね。カス!カス!カス!ふん・・・まっ、さっき私に蹴られたあなたは、マシな方じゃない?」


突然の罵声、1人ずつ指をさしながら。何が起こったのかあまりに突然、鳩に豆鉄砲とはこの事

タイガだけは彼女を睨みつける。それを見て不気味な見開いた眼の笑顔で返してきた

言ってやった感、満たされ気分が紛れたのかご機嫌な足取りで、エモンを突き飛ばしてから陣営の外へ。兵士数人が急ぎ彼女の後を追いかけた

エモンは困り顔、彼女のせいで残された4名にどう言葉をかければよいのか


「勝手に出て行ったけど大丈夫なのか?と、聞くのは間違いみたいだな」


「五星の誰かじゃない限り、出くわしてもその気になれば・・・じゃなくて・・・」


タイガの言葉にエモンも一度は乗るが、すぐに我に返り自分に呆れた

言葉が詰まり、聞こえてくるのはフクロウの鳴き声だけとなった。エモンは湿気で柔らかくなった土に胡座をかくと重く溜息


「すまない・・・俺が謝ってもしかたないが、いやどうして俺が謝った?」


心情は彼女に対して嫌な空気の置き土産をしていきやがって、である。このまま刻が過ぎるのはまずいので、陣営内のテントへ移動しようとエモンは提案

ベルガヨルの返事が喉に空気をわざとひっかけた濁りのある「かっ」だけだった。返事を返してくれない方がまだ良い

怒り、苛立つが当て場所が見つからないので態度に現れ始めている証拠。手を速めにぶらぶら動かしたり、短い暴言を独り呟いたり、喉から一言だけだが続けて何度も大声をあげたりしてしまうのだ

雰囲気は最悪に近くなっていた。陣営内にある他の兵士達より格段に大きいテントに着いたが、重苦しい空気を持ち込まなければならない。テント内に入るとすぐベルガヨルの苛立ちが爆発


「なんだあの女っ!!あーっくそっ!!んだよ!!くそがっ!!」


「正論も混じってますから、ただ声をあげて似たようなのを発するしかできないの。どこかで自覚している証拠ですね」


1人うるさい彼に、キハネは静かな煽り


「おもしろい話があるんだけど」


キハネに突っかかろうとしたが、タイガが割り込んできたのでベルガヨルは彼をぶん殴った。でも彼は痛がりも動じもせず無表情な顔で黙ってしまう

ベルガヨルの苛々はただ、蓄積されていく


「私達とレネージュ様では違いすぎます。あの方の言葉はあの方から見れば正しいのでしょう。ならば、受け入れいつか未だを無くせば良いだけ。私達にはまだ時間がありますから」


「未だね・・・」


ミナールとキハネも少しはイラっとしたが、それを否定できず、言える程の彼女には実績があるのでしょうがないと落ち着いている


「くっだらねー・・・!仮に受け入れて未来に生かそうと精々頑張ってみようの意気込みを得たとしても、俺が最も触ったのがタイガがマシだということだ!」


嫌な予感はしていた。絶対それに触れてくるだろうと2人の女性は溜息

タイガは顔を逸らすもベルガヨルが蹴ってきた。やはり効いていない


「お前はMaster The Orderで1番下だろ!」


「今は1番下なのかもな。けどいずれ、俺やお前を含めMaster The Orderすら超えるやつが在する生徒から現れるけど。どうせ優劣に順位も意味が無くなる」


「あんなゴミ共と俺様は違うんだよ!!」


顔に放ってきた拳を避けると、彼の手首をエモンが掴んだ。掴む手を振り払い、舌打ちすると「トイレ」の言葉だけを残してテントから出て行ってしまう

彼がいなくなったところで、しばらく4人の様子を見ていたエモンが入ってきた


「Master The Orderには、個人ずつお目付役をつけるべきなのか?忽然と、独自行動するせいで消えるから捜しまわるはめになりダイエットにオススメだな」


「まるで体験したかのような冗談はさておき、これからを説明してくれ。待機かレネージュ殿を追いかけるか」


「待機一択、レネージュを追いかけるな。温存できる体力は温存しておくべきだぞ。奇襲により夜戦の恐れがあるので軽く体を温めておくのも結構だが過度はするな」


それだけ言い、エモンもテントから出ていく。残りは3名

次は誰が、どのような理由で出ていくのだろうかとタイガは考える。もしかしたら自分かもしれない

トイレもあれば急遽の呼び出し、追いだされる等

何にでも嫌味をぶつけてきそうなベルガヨルがいない今、キハネは質問を始める


「つかぬことを伺いますけど、以前のエトワリング家護衛任務ですが・・・よろしい?」


「抉る輩が居ない今なら」


ベルガヨルが戻り4名による険悪な空間となる前に、エトワリング家令嬢を拐う手紙にあったジョーカーより推薦された者のことを聞きたい

名指しではなく、学園に現れたスライム族の男を打ち払った者であったが


「皆、タイガが倒したと認知してるけど・・・学園長の前ですぐ吐いたのよ、以前の件はモトキというやつが倒したって」


「本当のことを言ってなにが悪い」


キハネは思い当たる生徒を脳内で並べてみるが、モトキという名に当てはまる者は誰もいなかった。きっと、普段は他と変わりないただの一般生徒なのだろう


「モトキ・・・その方が。あなた方とのご関係は?」


ミナールは少し前を思い出し、今いないやつに対してほくそ笑む


「私は成り行き?というより色々あってたまたまね。タイガは昔からの顔見知りみたいだけど。さっきのベルガヨルに対してもそう、彼を持ち上げようとしてる節があるのよ」


「いずれ私達すら超える者・・・ですか?タイガがそのモトキという方に肩を持つ理由とは?ただの顔馴染みだけが理由じゃ有りませんよね?」


2人の視線がタイガに突き刺さる。別に教えるに問題は無いのだが、彼女達の眼により言葉が詰まってしまった

1回咳をして有りもしない詰まりを喉から取り、口を開く


「モトキは・・・あいつは、亡くなった兄が俺に唯一遺したものだから」


「遺したもの、ですか?」


キハネ自身、タイガに兄弟がいたことは初耳である

Master The Order同士、あまり付き合いが多くないせいもあるが、機会があったとしても各々の仲が原因であろう


「幼くして亡くなった兄に、遺るものなどほとんどなかったさ。兄に関連するものは、俺もだが友人だったモトキだけ・・・」


「だからお兄さんが遺したものと、自分の内で?」


以前聞いたことのあるミナールには興味があった


「そうだ。兄に関連する唯一の前提に、共に過ごした俺の友人でもある。あいつには幸せになって欲しい、強くなりたいと語ってくれたから強くなって欲しい、目指す先を邪魔する足手まといにはなりたくない」


目を細めた。黒い瞳に二人が映る

殺気だけがテント内の空気を染め、強く拳を握るとゆっくり指を解いていく


「兄を殺したやつを見つけ出すのはもはや不可能だろう。同行していたエモンも奇襲で重傷を負い顔を見ていない。俺もモトキも、敵側には個人の恨みより、全体に敵意を持つようにした」


「奇襲されたとしても、あのエモン殿が・・・」


それはキハネ含め、タイガも驚愕した。あいつとは顔見知りで素を知っているが、奇襲されたとはいえあれほどの重傷を負うとは


「いってきますが最期の言葉。帰ってきたのは小さな壺にはいった遺灰。墓所に埋める際も、俺の世界は真っ白で、真っ白で・・・」


次の言葉を出すのをやめ、3人はテント幕を睨む。ベルガヨルが戻ってきたのだ

トイレまでの距離に愚痴を溢しながらも、テント内の空気に気づき首を傾げた


「口喧嘩でもしたか?」


「いや、俺もトイレに行きたかったところだ。それに、Master The Orderだけだと珍しいわけでもない空気だろ」


右肩を軽く回しながら、テントの出入口から出てすぐ兵士とぶつかったのか謝る声が聞こえた。本当にトイレだったのか、少女2人は疑問に思うも勝手にさせることにする


「なんだ、あいつ?」


トイレには向かわず、計画も宛ても考えずに陣営内をただ歩くだけ。足取りはゆっくり、静かな風は白に近い薄いグレー色をしたコートの左ポケットから覗く紅い鉢巻を揺れ靡かせる


(戦況有利、防衛は成功の兆し。あとは撤退させるか大将を討ち取るだけのはず、終わりも近い。レネージュ様がいつ大きく仕掛けるか。それとも、敵側が大きく仕掛けてくるか?)


歩み続け、馬を1頭拝借。兵士が馬達の世話と見張りをしているはずだが自然に、疑問も持たれず1頭の馬は手綱を引かれ連れてかれてしまった

そしてタイガは、陣営からひっそりと抜け出す


(夜戦に誘う為の奇襲、明日に仕掛ける、もしかしたら撤退の準備を始めている?降参の報も送らずに。ちょいと確認だ、ちょっとだけ確認しに行くだけ)


城で帝が広げた地図を頭の中で浮かべながら、手綱を手に馬で駆ける。もうすぐ日付が変わる刻、タイガはテントには戻らず敵陣営への様子を見に向かう

本当に確認だけで済むのだろうか?








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