懸崖から眺める村にて 3
「モトキ君は学生よね。履いているズボンが聖帝下にある学園の制服のものだから」
「はい。恥ずかしながら今日は授業に身が入らずサボってしまいまして・・・」
「ははははっ!私も興味のない授業はよくサボったものよ」
会話が急遽止まり、身体も硬直してしまった。強烈な青臭いにおいが2人を襲う
いや2人だけではない、キコも涙を流しながら「退避!退避!」を叫び逃走。キコの母と祖母も咳き込み
「みずみずしさのない緑の濃い野菜をドレッシングもかけず噛み続けた時より酷い。カ、カメムシ?」
「一番近い喩えね」
老婆がプルプル震えながら黒の大鍋を運び、モトキとティラを挟んで床に直へ鍋を置く
汚い緑と茶の混ざり合った汁に半分溶けた山菜達、まずそうという言葉が似合う一品。老婆は木でつくられたオタマで鍋から掬い黄白の器へ
モトキとティラへ悪気のなさそうな笑顔で渡す
「そこの食事に従えとはいうけど・・・部族の虫料理を口にしてる方がまだ・・・」
「い、いや・・・見た目も香りも酷いですが食べてみたら味に裏切られることも・・・ぶっ!!」
食したモトキは倒れた。白目をむき、汁を口から垂らしながら床に伏せ動かなくなってしまった
老婆はモトキを杖で叩く、体に良いんだぞ訴えるが届かない
キコは動かなくなったモトキの足を掴むと引きずり脱出。ティラは彼が倒れてからとっくに外へと逃げていた
「モトキーっ!しっかりしろー!!」
外に出てすぐにある井戸から水を汲み上げ、モトキの顔へ打ちまけると慌てて起き上がり、鼻から侵入した大量の水に苦しみながら咳き込む
水は冷たく、気温が下がる季節の夜と外もあって体温が奪われていった
「さ、さむっ!泣きっ面に蜂から毒まわるとはこのことだな」
キコが拭く物を家へ取りに戻っている間、2回のくしゃみをしてから白いシャツと黒のジレ、肌着を脱ぐと水気を抜く為まとめて絞る
皺々になったシャツとジレを再び着る前にキコを待つ
「モトキ、あんたなかなかいい身体してるじゃない」
「どうも・・・」
キコはタオル2枚を手に戻ってきた。すぐにモトキに渡すとまずは顔から拭き、次に髪から全身へ
ある程度水気を拭いてから絞り、皺々になった服を黒い肌着から着ていく
ようやく落ち着けた。あの鍋に煮詰められた山菜達の入浴風景はまだいいとして味は一生忘れることはないだろう
モトキとティラは重く溜め息、作ってもらっておいて悪いかもしれないが丁寧に遠慮したい
「ひいおばあちゃん、客人だからわしが作るーってはりきっちゃって。あれが晩ご飯じゃないから安心して、もてなしの一品のつもりだから」
「体に良いらしいが精神的に悪くなりそうだ」
思い出したくない味を思い出しそうになりながら家に戻ろうとした次の瞬間、重く耳に突き抜ける音が遠くより聞こえた
夜の月明かりと星光りが消え影が覆う。正体は空を見上げるとすぐに知る事となる
巨大な戦闘飛行船が上空を通過した
「うわっ!すっげー!!」
「あれは・・・!革命軍の飛行船!ただのルートとしての通過で済めばいいけど・・・」
通過する轟音と夜の月光りを遮られ、村に住む他の人々も異変に気づき外へ出て空を見上げる
爆弾でも落としてくるかもしれない等、不安に掻き立てられる者もいたが事は起きず、姿も音も遠退いていった
「革命軍か・・・エモンもやつら関連で招集されてたことが何度もあったな。敵国と革命軍のいざこざで近国が巻き添えの恐れありーとか」
「エモン・・・?エモンといえば災害の休憩場で活躍したあの英雄エモン!?ちゃんと本物!?」
彼女もエモンの名を知っていた。いや、普通ならば知らぬ者などいないかもしれない
近くにいるせいで実感が沸かないものである。コーヒーが大好きで、決して自分の手柄を話すこともなく、昔は基礎で簡単ながらも武器と体術を自分とタイガに教え、今尚も剣の相手をしてくれる
たまに拳を打ち込まれて首から下が埋まったり飛んでいってしまう時もあるけど
「本人ですよ。本人はそればかりで、他でもそこそこ頑張ってるのになーと愚痴ってますけど」
「へー、知り合いにすごい御仁がいたものね」
家へ戻るともう老婆特製汁の臭いはしておらず、姿もない。それどころか正反対ともいうべき料理が並んでいた
山菜の揚げたものと豚の胴の丸焼きに川魚の料理、香りだけでも楽しめるだけでなく食欲を増進させる
「素直に美味しそうといえるのはありがたいなー・・・」
「うんうん!」
老婆はいない、もう寝たのだろうか?タイガの兄の墓前で出会ったおかげでここに来ることができたのだから、お礼ではないがあなたを送って良かったと伝えておきたい
モトキ、川魚のお造りが気に入ったのかわさびを多めに溶いた醤油でいただく
ティラはお造りに手をつけない、名もわからず記憶にもない川魚を生で食べる勇気がない
そもそも、川魚を生で食べるのはあまり良くないと聞いた覚えが
「うまい・・・学園の食堂にあるヘタな魚料理よりずっとうまいぞ。家庭で食べれるって素晴らしいな」
山菜料理も豚料理も、遠慮せず次から次に口へ運んでいく
キコの母と祖母は若い男の食いっぷりに惚れ惚れしてしていた
「すみません、お風呂いただいてきます」
先に食事を済ませると彼女は入浴へ、モトキは最後にティラが手をつけなかった分の川魚のお造りを堪能していた
よほど気に入ったのか一切れ食べる毎に彼のまわりで花が咲きほこる
馳走になったのだから片付けぐらいはしようとキコと並んで皿洗い。幼少より施設で日に交代しながらよくやったものだから慣れたものだ
キコの祖母は感心している。村の若い衆にあまりいないからだろう
「なーんで俺も、モトキがやるから俺も片付けやるはめに」
「いいじゃないか、今できる小さな親孝行も悪くないさ。親がいない俺が言っても正しいかはともかく、したこともない行いを口にしても余計なお世話感だな」
モトキが入浴したのは日付がとっくに変わった刻、洗いものを終えてから外に出て森を少し進んだ場所で剣を振っていた
今までの独自鍛錬とは違う、技術を失い基本でも我流でもないがむしゃらに見えない何かを慌てて振り払うような剣さばきとは程遠いもの
無駄な汗だけをかき、無言ながらも頭内に走る前日の事。フリスティンを救えなかった。いや、救う以前にジョーカーの戯れの駒となっていたにすぎない
あの日よりずっと剥がれ落ちるはない。頭の片隅からじんわり浮かび思い出すのは今日だけではない、今日もである。つい顔に出てしまい、だからエモンには見抜かれてしまうのだ
タイガはどうして平気なのだろうと考える。顔に出さないようにしているだけかと思いきや、全く違い、迷い躓いてるなど無いのだ
あいつは自分なんかよりずっと強い、昔から。歳が1つ下ながら何度もいじめっ子から助けてくれて、精神も己なんかよりずっと
あいつが亡くなってからだろう。精神的に大きくも小さくも成長するきっかけとなってしまったのは
モトキからすれば親友が、タイガからすれば兄と身内が。でも死んだあの日以降、あいつのことで弱気になる姿など一切なかった
だが、自分はどうだろう?亡くなった友への未練はまだいいとして、弱気に嫌気になった自分の縋り所としてしまっている。返事など絶対にないのに語りかけるのは逃げ場所として利用しているから
「寝るか・・・」
家に戻り、入浴中もずっと考えていた。もう何度目だろう?明日からなど無理である
また負に直面したならば生きているタイガではなく、返事のない墓を訪ねる繰り返し。ずっとそう、これからもそう
墓石なので返しがないからだろうか?いや、生前はよく話を聞いてくれたからであろう。反論も否定もなく、自分の考えを貫き通させてくれる相手だった
「こんな遅くまで、あんたも遺跡に興味がわいたけど恥ずかしいからこっそり?」
「あ、違います。無性に体を動かしたくなりまして」
「あっそ」だけの返事。敷かれた寝床で撮った写真と描いたスケッチを見比べている彼女とは別の寝床に横になり、おとなしくあとは眠りにつくだけ
今更だが彼女と隣接した寝床である。なんで隣なのよと怒らない彼女の懐の広さに感謝しながら眠った




