荒前 3
一方で、モトキとタイガと別れたあと、青年は学園からすぐに現場である乗船場へ駆けつけた。
「すまない。緊急事態の報が入っていたにもかかわらず、式に出るはめになってしまい・・・」
まずは、隊員達に詫びる。
隊員の全員が上に黒茶のジャンパーを着ており、その中の若い1人の音が、上から現場は他の隊員に任せておき、式には出ろと言われたのだからと、笑顔でフォローする。
その隣にいた銃剣を持つ女性が「つい先程まで愚痴ってたくせに」と、頭に軽く手刀を落とした。
その彼女に、青年は問う。
「原因は・・・?」
「いえ・・・原因の根が掴めず。見るからに異変はありますが」
「そうか、ならば案内を頼む」
事があった乗船場へ案内されるが、近づいて一隻の商船に起こっている異変が目に見えてわかった。
僅かに動く、薄い緑色をしたブヨブヨした何かが、船全体にぶちまけられたかのように付着している。
「触れても?」
「問題はありません。今のところなのか、もう事の起こった後の残骸なのか・・・?」
一部を千切るように採取し、手に乗せるもまだ動き続け、握り潰してみたが、落ちたものがそれぞれ別の個体となって、うねうねと震え動く。
「ライターを」
「あ、はい!隊長!」
若い男からライターを渡され、炙ってみるが、燃えるどころか焦げすらしない。
「これ以外に、他は?」
「はい・・・血液と骨、肉片がわずかに。これは、乗組員のものと思われます」
「全て、この軟体生物もどきの内にあったものか?」
「そうです。もしかすれば、これらブヨブヨしたのが撒き散らかされた際、散らばっていた肉や骨等の上に落ちたのかもしれませんが・・・それだと、これとは別に何かがいたということになりますね・・・!」
「うーむ・・・」
もしこれがそういった種の生物、または防御壁の役割として身に纏っていたとするならば、本体がいるはずだ。
だが、この物体はまだ動いている。動いているならば、生きていると考えられるが。
「骨等があったのならば、死体は?」
「それが、1つも見当たらず。肉片と骨だけです」
「そうか。捕食されたと考えるなら、捕食される寸前に爆薬やらで、せめてもという勇気あることをしたせいで、現場はこのような光景になったか?いや、それなら船に損傷も少なからずはあるはずだが・・・?」
とにかく、攻撃してきたり、有害性もなさそうなので、この得体のしれない物体を回収するよう、命令を下す。
作業が開始され、完了すれば隊の半分は運搬へと移り、青年と残りの半分の隊員は、もしもの事態の変化を危惧して、この場に残らなければならない。
「本体は生きていて、もうこの場にいないとか・・・?ないよな?それか、僅かに残っていたとされる肉片や骨が本体だったりしてな」
場所は戻り、学園内。女性生徒が1人、イラつき始めていた。
理由は、お手洗い後に手を洗おうと蛇口を捻るが水が出ず、少量の水滴が4、5滴落ちただけ。
もう一度捻るが、次は出たと思えばすぐに止まってしまう。
やけになり、何度も捻り、戻しを繰り返す。
すると、粘りけのある緑の液体がゆっくりと蛇口から鼻水のように垂れる。
「ウヒャうっ!!ここで洗うのはやめよ・・・!でも、これは一体?」
思わず悲鳴をあげるも、これが詰まっていたのか?と、少し湧いて出た好奇心からハンカチ越しに触れてみようとした次の瞬間、ボトリと大きめの石を水面にぶつけたかのような音を立て、落ちた。
粘り気のありそうな緑のそれは、即座に触れようとしてきた生徒の手から絡み捕え、蛇口から出てきた時よりも体積を増大させながら、息を吸う間を置かずして、全身を呑み込んでしまう。
「ガッ!?ガポポォッッ!!!?」
起きたことが理解できず、声をあげる前に呑み込まれ、今や声出そうにも緑の粘りある液体が口から入り込み、ただ窒息を早めてしまうだけである。
トイレの手洗い場にて、生徒は呼吸を遮断されてしまい、脳に空気がおくられず、意識が薄れ、やがて死ぬだろう。
すると、生徒を閉じ込めているぶよぶよした緑に小さな口が出現する。
1つだけではなく、表面に次から次へと細かく、磨り潰すのに役割をもった尖りの並ぶ歯が現れた。
口は全て内部へと沈み始め、歯と歯を擦り合わせた音を出しながら、女性の皮膚と肉へ喰らい付こうと近づいていく。
だが次の瞬間、生徒を包む緑に、さらに火炎が包み発火する。火炎による発火の衝撃で女子トイレ、男子トイレもろとも吹き飛んでしまった。
生徒や指導者らは炎により生じた衝撃音に気づかないわけもなく、たまたま窓からその現場を見てしまった者もいるだろう。
タイガが燃える火炎塊へ手を伸ばし、中にいる生徒を掴むと、引っ張り出した。
「しっかりしろ!」
気を失っている女性の背中へ手を当て、押すように少し力をいれると口から緑のものを吐き出させた。
出てきたそれは動いており、速くもない必死さでこの場から逃れるつもりであっただろうが、タイガがあっけなく、緑の動く液体のようなものを拳から軽く撃ち出された炎で燃失させる。
破壊されたトイレ内にて、衝撃により散らばった緑のものは焦げてわずかに残ってはいるが、動きは小さく震える程度。タイガはそこから外を眺めた。
「あーぁ・・・予定表が」
タイガが眺める視界のずっと先で、オーベールがなんとなく目を通していた入学式の開始と終わり、その後のことを書かれた予定表となる紙が、ひと吹きの強い風により飛ばされてしまう。
紙はあまり飛ぶことなく、流れる小川の手前で花壇のコスモスが優しく受け止めてくれた。
「この小川、魚でも泳いでたら授業抜け出して釣りで時間を潰すとか、食えるのに」
「これを使ってくれーって、食堂に持ってったら何か言われそう!その場で自らが調理か、お持ち帰りか、生で食べるか!」
モトキの本気が混じってるかもしれないくだらない冗談に乗ってやりながら、オーベールは座っていたベンチからすぐ後ろのコスモスが植えられている花壇に入り、紙を取りに行こうとする。
4種の花が咲きほこる花壇を区切る役目となっている深さ1メートル程の小川のつくりは、目に暇を与えない為の計らいか、設計者か先代学園長の誰かによる趣味なのか。
「手入れの当番とかやらされてしまうんだろな。おっと、踏むとこだった」
本当に魚の1匹いないのか?とオーベールは水を覗き込むが、水面に反射した己の顔が映るだけ。
「やっぱりいないか・・・!残念だったな、モトキ!」
本当にいないのか?と、再度水面に目をやると、つい数秒までなかった藻のような緑のものが流れてきて、底にへばりついた。
初めは藻だと思っていたが、流れてきたとは違う不自然な動きをしている。
「どんどん流れてくるな・・・!これ藻か?ブヨブヨしてそうな・・・なぁモトキ!」
モトキへ尋ねようと振り向いたその直撃だった。緑の謎の物体は、水面を破り、飛び出すとオーベールの首下から身体の半分を覆うように張り付く。
「ボラントル!」
「危ない」や「後ろ」と知らせる間もなく、小川は緑で柔らかそうな得体の知れない何かに埋め尽くされ、溢れたそれはモトキにも襲いかかってきた。
「っと・・・!」
モトキは避けたが、太い触手のように伸ばされた緑の物体は、事態に見物しにきた者や、窓を突き破り他の生徒達を数名捕らえ、1つの大きな塊へ変貌すると、捕らえた生徒達を中へ沈めさせ、取り込む。
「おい、姓名じゃなくて名前を・・・」
「それどころじゃないだろ!」
そうツッコまれ、他生徒と共にオーベールを取り込んだ直後、瞬時に巨大に厖大化してしまい、人を閉じ込めている塊は身体として、そこから腕と手を模したものが形成されていく。
生徒を捕えるのに伸ばした触手のような細く長いものを全身から何本も伸すと、学園の建物や地にへばりつかせたり、並ぶ大木に巻きつき、宙へと浮かせた。
陽の光を受け、透き通る緑の光がモトキを照らす。
身構えようとしたが次に轟音が響いた。場所はトイレであることを、まだ学園内を把握していないモトキは知らない。
そこから外を眺めていたタイガは、遠目にいるモトキに焦点を合わせると、剥き出しとなったトイレから跳び、一気にモトキへ降り立った。
「タイガ!お前、どこから・・・?」
「トイレだ。そこにも出たぞ、これと同じの小さいやつが」
「突如生まれた謎の生物により学園がー・・・なんて。あれの正体は何だと思う?」
「新種の生物の可能性と、誰かの差し金かもな。詳しく考えるのは後にしよう」
タイガは左手に赤い布を握り、屈伸運動を開始。
「戦うのか?」
「当然だ。やつの正体や目的はどうあれ、戦闘は好きだからな」
問いてきたモトキに返答し、額に鉢巻きをしっかりと締めた。