懸崖から眺める村にて
陽の傾きは空に橙を色着けていた。モトキは土汚れに木の掠り跡、そこまでではないがボロボロである
老婆は眠っている。涎を垂らし、口を開けながらだらしなく、死んでいるのではないかと疑うぐらいに
「この山のはずだけどな・・・」
老婆が寝ているので足で捜すしかない
本当に村があるかどうか、老婆のボケでないことを願うばかり
足を進めるしかない。もはや老婆の為だけではない半ばヤケクソである
一度老婆を樹木にもたれかけさせ、自分は頂へ登り辺りを遠くまで見回す
「あれは・・・」
見回してすぐに発見した。樹木林が途切れた先に道はなく懸崖から谷となっており、見積もって百メートル以上の広がる先に緑の生い茂る絶壁に囲まれた集落がそこに
頂きから飛び降り、老婆を揺すり起こす。しかし思いっきり杖で顔面を叩かれた
「なんで!?」
鼻血を垂らしながら老婆を背負い、樹木林を抜ける。抜ければすぐに崖の谷底
あれが老婆の住む村かと訊ね、心の奥底ではそうであってくれと何度も「頼む頼む頼む」と連呼
「あれじゃー!!あれがわしの村じゃー!!」
頼むの連呼から心のガッツポーズへ。谷を飛び越える選択もあるが老婆の心身を考え回ってこようと、ここからは老婆に道案内を頼む
任せろとばかりに両鼻穴から鼻息を噴射、杖で指示を開始
どれほど道を間違えかけ、指示が遅れたりすることもあったが、なんとか暗くなる前に着くことができてよかった
この季節に夜の森は気温の低下も含め危険である。老婆もいながら一夜を過ごすわけにはいかないので自然と安堵の息
昔、幼少の頃だが3人で勝手に森に出かけ迷子になり、2日帰れなかったことがあった
兄弟2人が昆虫採集がしたいと、自分も好奇心にとり憑かれ付き合ったのはいいが3人とも夢中になりすぎてしまい帰り道もわからず
自分は寒くて、怖くて、泣いていた。僅かな音で飛び上がってしまうほど臆病を曝したというのに、タイガはテキパキと火の準備と寒さを凌ぐ準備をして彼の兄はは普段眺めることができない満点の星空を瞳に映し、即席で作った釣竿で釣りをしたりと状況をただ楽しんでいた
帰ってからがもっと怖かったけど
かつての思い出が鮮明に蘇る間に村へ、老婆にしっかり掴まっているよう告げ崖を滑り降る
畑を耕していた夫婦であろう男女2人がこちらに視線を、他も気づき始め注目がモトキへ
「到着でいいのかい婆さん?俺はもう帰るを片隅から引っ張り出そうとしているぞ。ボケて実は勘違いだとかは勘弁な」
「まだボケとらんわ!この村で正解じゃ。礼を言うぞ小僧、わしの家で茶でも飲んでいくがよい」
「恐縮です、できればお断りしたいです」
タイガの兄に墓前で飲んだ茶など二度と飲みたくたい。こういったのが風呂で髪を洗っている際や寝る前にぼーっとしていると鮮明に浮かびあがるから嫌である
老婆の人からつくれる液体集をふとした時に記憶として、襲われ二度と忘れることはできないだろう
「ほれっ!見世物ではないぞ!わしの恩人じゃからな!」
老婆の言葉に慌ても見せながら作業に取り掛かる者、去っていく者。この老婆、村では発言権がある方かもしれない
案内され、着いたのは他の小屋や家より一回り大きな家。ノックもせず、鍵すらしていなかった
老婆がボケており、老婆の家ではなく他人の家ならば泥棒だと責められても言い訳できない
「帰ったぞー!おらんのかー!?客人じゃぞー!!茶ぐらい出さんかー!!!」
「おかまいなくです」
奥から走り迫る音、モトキやタイガよりちょっと下であろう歳の少年が慌ただしく出迎え。「いらっしゃいませ」の言葉を何度も繰り返し叫ぶ
「キコ!!あまり口やかましく挨拶するもんではないぞ!!」
「ひいおばあちゃんごめんなさい!!」
なるほど、これを前にして疑いようがない曾祖母と曾孫の関係である
キコがモトキの荷物を運んであげようと気にかけてくれたが、荷物を1つも持っていない
あれー?と首を傾げる彼にただあなたの曾祖母を連れてきただけだと教えると改めてお礼の言葉を
「では、私はこれで・・・」
「待たんかーい!茶を出すと言うたであろう!!ゆっくり一息休むぐらいしていけ!!」
逃げ口チャンスを失ってしまった。なんとしてもあの茶を再度飲むのは勘弁したかったので、自然に帰ろうとしたが忘れてはいなかった
ここでしっかり断ると更にうるさくなりそうなので諦める
「ひいおばあちゃんがごめんなさい!!」
「いや、心遣いは大変嬉しいです」
はやくせんかと両人、杖で頭を叩かれる。部屋へ案内されたが、壁に飾られている自分の身長を越える熊の頭の剥製が真っ先に目がいく
敷かれた毛皮に座る際も熊の剥製が目から離れず、こんな熊が現れるのだろうか?
(巨大な熊はドラゴンやワイバーンよりも厄介というからな、味を覚えたら尚更)
「お茶がはいりましたー!!」
もう熊の剥製など興味から消え去ってしまった。お茶の一言で風邪をひいたような寒気が走る
だが、キコが持ってきたのはちゃんとした綺麗な茶碗に香りのよいお茶。警戒を捨て、口にするとやっぱり普通のうまい茶だった
モトキはホッとしたが、あの老婆が飲んでいたものは一体なんだったのだろうと疑問が残る
「お茶請け忘れていましたーっ!!」
大きめの皿に山盛りだった。慌ただしく運ぶも1つも落とさず、これを食べきるには何杯のお茶をおかわりすればよいのだろう
キコが言うにはスライスした芋を煮て塩を少量ふりかけただけのシンプルな一品。素材の味を堪能せよということか
「いただきます」
「俺もいただきまーすっ!!」
歯ごたえが、お世辞にも良い歯ごたえでとは言えない。煮えきれておらず、塩がほのかにも感じられず、ただシンプルにまずい
自分は嫌いだ
「あんまりおいしくねーっ!!」
「持ってきた本人が言うのかーい!」
ツッコミの後、モトキは無言となってしまった
半分だけ囓ったが、これ以上は口にしたくない。しかし老婆を前に失礼となるだろうせめて1つは食べきらないと
あのお茶よりマシだと己に聞かせ残りを食す。この芋自体あまり美味しいものではない、きっと調理用にちゃんと味付けをして食べるものだろう
素材の堪能をこの芋でするべきではない
「無味微臭・・・」
「ひいおばあちゃん!!俺これいらねー!!」
「無味微臭」を聞こえないよう呟いた
老婆の曾孫は皿をモトキの方へ動かす。一切れ食べたからって気に入っているわけではない。ありがた迷惑、自分はいらないからと押し付けでもある
老婆はまた、あの黒い乾燥昆布のようなものを
「キコ・・・でいいんだよな?お前のひいおばあ様が食べているものは?」
「あれ!?あれは猪の肉だよ!!臭いはないけど口に入れて噛むと臭いが爆発するから俺は二度と食べたくないね!!」
どうすれば猪の肉はあんな真っ黒になるのだろう?干し肉にしたせいなのか、調理であのような姿になったのか
キコが言う臭いの爆発、たしかに猪の肉には独特な臭みがあり嫌う者もいるがモトキ自身そのクセは嫌いではない
だが、奥眠る本能が食べるなと呼びかけてくる
老婆と曾孫はお茶で一息。憩いによる至福の息を吐くのも同時で漏れる声も同じ、きっと老婆の子も孫もこの光景に存在すればまったく同じなのだろう
「お兄さんの名前は!?いや!!待って!!もしかしたらひいおばあちゃんが言ってたかもしれないし、教えてくれたような!!ペトオだっけ!?」
「そうです、モトキ・ペトオです。嘘です、モトキです。モトキだけです」
違うと強めの否定と訂正を要求せずに、まずは姓にしてから嘘だと、面白味もなく名前を教えてあげる
キコはよろしくと両手でしっかりとモトキの両手を握り、強めで上下に振りの激しい握手
「けど村の外からの客人って嬉しいなーっ!!短い間に2人も!!」
「2人?俺より前に誰か訪れたのか?まさか、お前のひいおばあさまを運んだ方が俺以外に・・・」
客人だろうとお構いなく、杖で頭を叩かれた。モトキの頭上に星々が飛びまわる
自分のせいでとされたのが癇にさわったようだ。モトキは小声ですみませんと謝り続ける
「えーっとねっ!!考古学者の人!!」
「考古学者か・・・」




