できない朝
戦場の渦中に己はいた。剣の刃から手首まで、誰のものだろうか知る由もない鮮血
剣だけではなく、盾にも自身にも返り血なのか自分の血なのかすらわからない。武器と武器の音、攻め立てる叫び、悲鳴となる叫び
何故、ここにいる?俺はどうすればいい?
襲いかかってくる者を敵として捉えることしかできない。殺意に満ちた形相で突き放ってきた戦槍を躱し、相手の腹部に剣を根元まで突き刺す。また血化粧が増えた
即死せず、トドメに足払いを行いバランスを崩したところを斬り捨てる
「誰か・・・誰かに話を」
強大な殺気を感じとり、視線を変えるとこちらへと迫るノレムの姿が。驚きが湧いたがすぐにこちらも走り始め、彼を迎え撃つ態勢へと移す
だが彼は高く跳び、自分を飛び越えると誰かを斬ったのか悲鳴、聞き覚えの女性の声
振り向くと、血溜まりに立つノレムと倒れているミナールが。声を出そうとしたが喉から胸にかけ詰まる。そして、先に彼が口を開いた
「ボサっとして余裕の態度か?余計なお世話だったならば謝るさ」
こいつは、一体何を言っている?まるで味方であるような口振り
状況が掴めぬまま、ノレムは去っていく。待てと止めることもできずに
モトキは血溜まりに倒れるミナールの元へ、冷たくなっており閉じた瞳は開くことはない。無意味なのは理解しているが自然と口は彼女の名を呼ぶ
「ミナール・・・!ミナール!しっかりしろ!」
彼女は目覚めない、当たり前である。呼ぶも、手を握るも、まったくもってくどい
モトキは黙りこんでしまった。彼女の手を握ったままで
影が陽を隠す。見上げれば今にも自分へ斬りかかろうとするエモンの姿が
そうか、つまり自分は敵である立場なのだろうと。視界は真っ暗になり、斬られる肉の音だけが何度もこだまする
「っは・・・!」
そこは見慣れ始めた天井の景色
モトキはゆっくりと数回強く息を吐き、酷い寝汗の量に気づき身体を起こす
頭がぼーっとする。静かな部屋で頭を掻く音がはっきりと
「・・・夢・・・だよな?はぁ・・・これまでの思い出す限り一番最悪な夢だった・・・」
あまり夢をみることがない。浅くとも深い眠りだろうとも。だからこそ夢は記憶に残りやすい彼
食欲がない、少量の砂糖とミルクをいれた苦味がまだ強いコーヒーだけを胃に流し登校準備
洗面所で歯を磨くが、コーヒーの臭いが取れず2回磨き。ヘアブラシを使わず手で乱暴めにクシャクシャし、最後は頭を振り回して整え完了
「はは・・・」
俺はこんな顔をしていたか?自分ですら正気のないものだと。ここ数日、誰ともあまり口をきいた覚えがなかった
あれ以来ミナールと顔を合わせおらず、タイガは何も言わず気にかけるからこそ気にかけない。エモンからの稽古も身が入らずがむしゃらに打ち込みすぎて無言で避けられるだけ
これが辛い。ぶん殴られて怒られるのがまだ良い
忘れてはならないがこのままじゃダメだと解ってはいる。だが、ここまで自分が弱いやつだとは
頭の奥の奥でフリスティンが消えていく姿が映しだされてしまう。聞いたこともない複数の笑い声が襲う
「放課後、独り墓参りにでも行くか」
何か変わるかもしれないと何処かで、それは小さすぎるかもしれないだろう
でも行きたい、生きている時は話を聞いてあげるぐらいが取柄と自分で言っていた彼のところへ
話すことはできなくとも、彼ではなく自分へ問うこととなる
学園への道中、足取りは重い。一目で機嫌がよろしくなさそうだと捉えられ、他の生徒はワザと避けるように、近づかないように歩く
「今日は、道のりが長い気がするな・・・」
学園に到着してからもこの調子
大人しくしていたが授業に身が入らず、結局途中でサボってしまった
昨日もそうだった。中庭のベンチに仰向けで寝転がり、空を眺め、頭を空っぽにしようにもできず、このまま飛んで何処かへ消えてしまいたい
「おーい、よっ!サボりとは偉い身分になったものだな」
突然現れたタイガが、わざとモトキの腹部に勢いをつけて座る
うっ!と声と体内の空気を吐き出され、やれやれと困った顔で今日で何回目だろうかと溜息
「お前もサボってるだろ」
「俺はサボりにならない。Maste The Orderのやつらなんて大半は学園にいないぞ」
座るのをやめ、モトキが眠るベンチを右手で持ち上げた
頭上で5本の指を使いベンチを回し、空の彼方へと投げる。投げられる寸前にモトキはベンチから飛び降り、気持ち悪くなったのかその場に四つん這いになりえずく
「階級特権か・・・俺に関わって怒られないならどうでもいい。タイガ・・・昨日まで気を使って気にかけてこなかったくせに、またいきなりどうした?」
「わかっていたか。だがな、俺もずっとお前を放っておくわけにはいかないのでな。お前に話かけれる良いタイミングだったから話かけたんだぜ」
まだ独りぼっちになっていないことに気づかないが、自然と奥底で安心が滲み、自然と笑みが浮かび、自然と近寄りがたい雰囲気が風に消えていく
「放課後、墓に参って・・・ あいつに愚痴ろうとしていた。いや、愚痴はおかしいな。どこかで気持ちが軽くなるかもしれないと拠り所としていたのかもな」
「いいんじゃないのか?訪れてやるだけでも兄さんは喜ぶだろ。ついでに一昨日、俺が供えたこし餡饅頭に蟻がたかってないか確認しといてくれ」
彼は特別こし餡饅頭が好きというわけではなかったのだが、人並み程に甘い物が好きだった
自分も供える菓子でも持っていこうと考えるが、何が良いのだろう
「もしあいつとこの学園で・・・なんて、きっとさっきのタイガと同じで気をかけて・・・くれたら嬉しいな」
「さぁな。けど昔、お前が近所のガキ大将にいじめられていた時は真っ先に来て立ち向かうぐらいだから。でもお前より弱かったから・・・」
「けっきょく、タイガが来るまでコテンパンにされてたな」
また、前みたいに「もしも」を口にしてしまった
やはり友人であり、タイガの兄が死んだあの日はトラウマとして引っ付いている
トラウマとは嫌な事があった際に掘り起こされてしまうことが多い
タイガと別れてからモトキは学園を抜け出す。街で友人の墓に御供えする花とミルクチョコレートを購入した
列車に揺られ15分、駅から歩き墓所へ
墓所入口の錆びれた自分より一回り高い柵門の前でプルプル震えている老婆がいたが関わらないで素通り
「よう、地中は冷たくないかい?寒くて寒くて・・・眠れないことはないか?」
ただ石が置かれただけの墓。タイガが供えたであろう皿に置かれた白い饅頭が5つ。花を石前に置き、板のミルクチョコレートは石上に
話をするつもりだったのだが言葉がでなかった。ただ墓の前でしゃがみ、時間だけが過ぎていく
石に触れてみたりもしたが口は開かず、次に開いたのは帰り際
「くだらない愚痴、弱音をぶつけにきたつもりだったけど・・・いいや、お供えだけで。また来るぞ」
2回の屈伸運動をしてから、背を向け駅に向かおうとするが10メートル程離れた時に皿の音がしたので墓へ視界を向ける
入口にいた老婆が皿を手に饅頭とチョコレートを食していた
「なにしてんの婆さん!」
急いで墓へ戻り、皿の饅頭と口にしていたチョコレートを取り上げると狂ったように木の杖で叩いてきた
饅頭は3つになり、チョコレートからの唾液の糸が老婆の口と繋がったまま。モトキはその唾液が手に付着してしまい、また杖で叩かれ散々である




