闇の裁き 20
命が尽きる寸前の足掻きとして、アルテダにより現出された者からは、後光がさしていた。
姿は影に呑まれているが、全裸ながら、神々しく映る。
後光が消えると同時に、波打つ赤い長髪が露わとなり、それが自らの全身を包み込んだ。
現れたその存在に危惧を感じとったクアンツが、対処へ移行。
「復活早々!さようならしてください!棺桶はありませんが!パペットギミック!レール4!」
再度、人形の両眼、両手、腹部より4色のレーザービームを一斉に発射。
アルテダに向けて放った時より、少しだけ威力を上げたが、対象へ着弾することなく、まるで見えないバリアか何かで守られているかのように手前で弾かれてしまう。
「おぉ・・・!」
懸念もあったが、復活した。そう確信し、目の当たりにし、少しばかりの安堵によって一気に体の力が抜けてしまったアルテダは、間も無く死ぬ。
「ハル・・・カゼ・・・コフッ・・・!」
血反吐を吐き、あとは永き眠りにつくだけ。
暗闇の中で遠ざかっていく愛した男の背に、手を伸ばすことさえできない。
届いて欲しい。でも、届かない。
自分の人生が走馬灯となって見えた。
帝達と深く関わりのある名家の娘として生まれ、幼少から魔女でもないのに魔法の才があるともてはやされたが、自由のない毎日。
血を強くしないという狂気に憑かれた親族らによって、いとこにあたる者らだけでなく、そいつらの父と息子である叔父に甥子との子をも産まされ、生きるのすら思い描けないとなっていたある日、ハルカゼという男が現れ、その者は全てを壊していってしまった。
その出会いは運命と信じた。彼に惹かれ、慕い、愛した。共にこれから人生を歩めたらと描き願いはしたが、当然ハルカゼにしてみれば自分なんて眼中になく、叶わぬことであった。
しかし、それは突然に訪れた。ハルカゼは世の全てを敵にまわし、聖帝と魔王帝が協定するまでに発展すると、最大戦力らを相手に独り戦い、最後は親友に討たれてしまう。
それからは、再びであるが前以上に魂の抜けきった日々を過ごすだけ。
やがて、かつて産み落とした子らも戦争や政敵により死んだと風の噂で聞き、残った我が一族の血族は自分と存在していた孫娘だけだった。
そんなある日、元聖帝兵であったライトが国に疑問を持ち、ハルカゼの遺体が安置されているという情報を持って自分の前に現れる。
そこから、教団を立ち上げることになる。教団の目的は、ハルカゼの遺体の奪取と、我が家に代々監視されてきたという神柱の遺体の復活。
半信半疑ながらもだったが、その神柱の遺体の復活を成すことができた。
「あ・・・あぁ・・・」
復活した者を呼ぼうとしていたが、声も出ず、目も見えない。
だが、赤髪を持つ者はそれに気づく。自身の身体を包み隠す髪を解けば、キトンのようなシンプルながら、どこかより神々しさを引き立たせる白い衣服を身につけていた。
その者はアルテダに歩み寄ると、担ぎ上げる。
「よくぞ、蘇らせてくれた・・・礼を言う」
老婆を優しく持ち上げたその者は、美しくも猛々しい赤髪から金の粒子が生じさせ、それを命尽きる寸前のアルテダにふりかけ始めた。
その行いを阻止しなくてはならないと、クアンツが人形から回転ノコギリを連続して射出。
しかし、全てが対象を前にして軌道がズレてしまい、先のビームと同じように消滅させられてしまう。
愚かな行いをしてきたクアンツへ、その者は視線を刺す。
「我が行いは・・・全てが神による生の一部でしかなく、施しである。いかなる生命体とて、その行為を遮る真似は罪であらなければならぬ」
そう言い、左手がそっと突き出されると、突如として見えぬ何か強大な力が波となってクアンツを襲い、一瞬にしてで吹き飛ばされた。
彼は起きた事態を理解できず、壁に強く叩きつけられると、口と鼻から血を溢しながら、ズルリとゆっくり床に落ちる。
「ふむ・・・肉体が力に耐えきれず、細かく分断されて赤く汚い肉片となってしまうはずだが、どうやら力が元に戻ってはいないようだ・・・」
自らの左手の甲を見て、力が完全ではないことを実感しているが、それでも、先程の力を目の当たりにしたウェグは、本能から震えあがってしまう。
あれが、代々御先祖様より復活しないように守られてきた存在。
詳しく記されず、伝わってきていないわけである。あんなのは触れるべきではない禁忌の存在であろう。
弟を守る為だったとはいえ、渡すことを選んだ自らの行いを後悔する。
「わ、私のせいで・・・」
もうどうしようもないと、ウェグが自責の念に駆られている間に、アルテダへふりかけられた金の粒子は消え、そっと自らの足で床に立たせた。
老婆の姿が、明確に変わっていた。傷も完全に治され、肉体も見た目も、若返ってしまっている。
その実感に、アルテダは心から喜びで震えた。
「これならば!これならば!!ハルカゼと!!かつて叶うことのなかったハルカゼと一緒になれる!!彼が受け入れてくれれば!!子供もつくれる!!」
アルテダの希望に満ちた夢を聞いたジョーカーは、嫌悪感を覚える。
「気持ちが悪いな・・・」
当然、彼女に聞こえるように言う。
それを聞き、アルテダはジョーカーを睨む視線を向けた。
「私の恋路を気持ち悪いというのか!?」
年齢と肉体が若返ったゆえか、アルテダは勢いに任せ、その手に魔力を集める。この本殿も、もはや必要なくなったので、ここら一帯を容易に消し飛ばす威力の魔力の塊を解かれた一本の巨大なリボン紐として、ジョーカーへ放つ。
「触れるまでもないのだろうが・・・」
左手に現れた木刀を手に、軽く左の足底を踏み込み、そこから瞬時に距離を詰め、高速で迫っていたリボン紐を象った魔力の塊を斬り裂いた。
両断された魔力の塊は、勢いを失い、消滅する。
わりと本気で辺りを消すつもりだったアルテダは、目の当たりにした力量に、ただ驚く。
「どこのどなたか存じ上げぬがやるようだ・・・しかし、あんな程度ではハルカゼには及ばない」
かつて、この目で見た彼の勇姿を思い出すだけで惚れ惚れし、興奮してくる。
アルテダに勝手に比べられていることに、ジョーカーは別に怒りはしないが、呆れていた。
「だげど、ここにはそのハルカゼってやつはいないだろ・・・」
アルテダはニヤけて、静かに笑う。
「もうすぐ、彼の側に行ける。彼の隣に並び歩み、手を繋ぎ、雑貨店や古書店巡りをして、星を眺め、わしの作ったニシンのパイをお供にルイボスティーを淹れてあげたい・・・ふふふ」
肉体は若返ったが年甲斐もなくハルカゼとしたいことが次々に浮かんでくる。
妄想に浸り、頬を赤らめるアルテダの顔は、感情が抑えきれなかったのか「クヒヒヒ」と更に声を捻り出しながらニヤけた。
「そいつが死んだままだったなら、あの世で会わせてやれたのにな」
恋の熱に気分と体温が上昇していたが、ジョーカーの呟きを聞き、アルテダは苛立ちを覚えながらも胸の奥から自信を持って高らかに宣う。
「再会は!生きてこそ!」
彼女にとって今はまさに夢のような現実であり、絶頂寸前である。
それは、ハルカゼに再会することで到達するだろう。
だが、ジョーカーがそんなことはさせない。話を聞き、そこは情と空気をよんで再会させてあげてから始末する猶予なんて与えてなるものか。
この女は、部下を助けてくれた恩と自分が好まないからという理由によってここで消す。
「まさか、君らは生きてここから去れるとでも思っているのか?叶わずに散れ・・・!」
その宣告に彼女は、恐れも動揺もなく、鼻で笑って返した。
「若造め!今のわしは誰にも負ける気がせぬ!恋する女は無敵なのよ!」
「それは否定しないがな・・・」
そこは否定しないジョーカーである。
身に覚えがあるからかもしれない。
「さぁ・・・!恋の炎に焦がされよ!!!」
恋の力を示すつもりなのか、アルテダの振り挙げた両手からは魔力により生み出された炎が放たれ、一気に建物の全体へと燃え広がった。
彼女は声高らかに笑う。喜びが抑えきれずに。
その様子を、先ほど復活した者は静観するが、アルテダのはしゃぎっぷりに少し苦笑いしてしまう。
若返っただけで、こうもなるのかと。
「この本殿を!貴殿らの墓場としてやろう!!!!」
建物に燃え移った炎が、意思を持っているのかの如くジョーカーとウェグへ襲い掛かる。
更に正面からはアルテダの両手より、焦がすどころか跡形もなく焼き尽くさんとする強大な火炎が放たれた。
狼狽えるウェグに動くなと手で指示を出したジョーカーは、木刀を手に八相の構えをとる。
すると、彼の周囲に現れた水流が漂い始めた。
「渦壁・・・!」
水流は突然牙を立てたかの如く激しさを増し、ジョーカーとウェグを守る渦巻く水の壁となって爆発的に膨大化すると、建物全体を包む炎を上書きするかのように内側から全てを破壊した。
水蒸気をも起こさせず、渦巻く水壁は弾け散り、建物の瓦礫と水飛沫が降り注ぐ中、巨大な影の手に身体を掴まれたウェグが、先に降り立つ。
そして続いてウェグの前に舞い降りたジョーカーは、八相の構えを解いていない。
その構えと、先ほどの技は別である。
「はっ!アルテダは!?」
煩う目を向けていた教団の本拠地は崩されたが、その教祖の安否あどうなったのか。先ので潰えたのならばそれでいいのだが、ウェグの不安は駆り立てられていった。
それが現実となったのはすぐのこと、前方に発光する白き箱らしき物体が落ち、それが粒となって消えればアルテダが姿を現す。
「はぁっ!はぁっ・・・!くそぉ!」
彼女は胸を手で押さえ、焦りを隠せない様子だったので、あの光のボックスはアルテダの後方でずっと静観の姿勢を崩さないでいた復活された者の力によるものなのだろう。
「おのれ!!必要がなくなったとはいえ!!!よくも!!!!」
歯を噛みしめ、ジョーカーへ一睨みを挟んでから天へ向かって浮上する。
袖より落とされた円状の刃を手に掴み、繋ぐ金の鎖が千切れると自分よりさらに上空へと浮かび上がらせた。
その円状の刃に魔力が集まり、それを中心となる核として一気に力を開放させると無数のリボン紐が放射状に広がっていき、空を覆っていく。
「フェアリー・プレゼント!!ワールド!!」
太く巨大なリボン紐の形となっている魔力は火と風と氷と雷、さらに光と闇となり、上空より降り注ぐ。
それに対し、ジョーカーの仮面越しであるがその眼は、アルテダに集中。
「見ているぞ、君だけを・・・」
強大な魔力の余波に呑まれることなく、優しい風が吹きはじめ、大気から生み出されるように風と水の属性エネルギーがジョーカーの持つ木刀に集まると、纏わりつき、竜巻と化す。
八相の構えから踏み込み、その場から一瞬にして姿を消したかと思えば、彼はアルテダへ向けて跳び上がっており、とめどなく襲い来る巨大なリボン紐となった魔力を難なく木刀で素早く捌いていきながらも彼女への視線を外さず、そして一定の距離まで迫ったところで斬り上げにかかった。
「大嵐!」
嵐を伴う一太刀に、生命の危機を察した。
念の為に攻撃に使わず、上空に待機させていた幾つかの魔力のリボン紐で咄嗟に己を包み込ませ、防御に入ったが、振り上げられた木刀に纏う竜巻はリボン紐を絡め取るように巻き込み、崩され、容易に突破されてしまう。
直撃を免れはしたアルテダであったが、堪え難い風圧に吹き飛ばされ、落下していく。
「お!おのれぇ!!」
本気でまた、死ぬかと思った。
だが、生きている実感はさらに、より感じられてる。
落下の最中、自分の持てる最大の技はその威力を目の当たりにさせることもできずに破られはしたが、どのみち仕留めることさえできればいいのである。
さて、どう反撃してやろうかと次の手を繰り出そうとしたその時、彼女の目前には先ほどの竜巻が一瞬にして自分に追い付き、迫り来た暴風が晴れればジョーカーが姿を現す。
「!!!!」
思わず出そうになった驚きの声よりも先に、木刀がアルテダの右肩部へ振り下ろされた。
鈍い音から、木刀がへし折れると同時に、彼女は地面へ叩きつけられる。
「ゲヴハァッッ!!!!」
地面に激突した彼女の後に降り立ったジョーカーは、折れた木刀を見つめる。
アルテダの身体を両断するつもりでいたが、木刀が折れたことでその狙いは潰えた。
コチョウランの為に戦った後、里を去る前に勝手に拝借した物だが、短い間ながらも今日まで酷使したからであろう。
「う、ううぅ・・・」
予想以上にダメージがあり、右の肩から指先まで力が入らず、感覚が奪われたかのように遅れている。
やがて重い鈍痛が走り、悶えて立てない。
そんな状態のアルテダに歩み近づくジョーカーの姿に、ウェグは戦慄した。
「顔をあげて、お嬢さん・・・」
囁く声に身の毛がよだつ。今、顔を上げれば死がそこにいるだろう。
アルテダはなんとしてでも逃げる選択をすべきなのだが、ジョーカーが逃がすわけないだろうとビーチサンダルを履く足で彼女の後頭部を踏みつけ、押さえつける。
「さぁ、祈ってみろ」
折れた木刀に蠢く影が纏い、刀身を補強すると、それを押さえつけるアルテダの背へ突き立てるように振り落とす。
しかし、どす黒い切っ先は地面に刺さる寸前で止まった。影の力が伴った木刀は、どこにも誰にも刺さらない。
押さえつけていたはずのアルテダの姿が、一瞬にして消えたのだ。
では、その彼女の行方はというと、ちょうど今まさに空中に姿を現し、舞った羽根の如くゆっくりと落ちてきて、あの赤髪の者がその腕で受け止めた。
「邪魔されちゃったか」
対象を始末できなかった木刀は、どす黒い影に完全に侵食されて朽ち果ててしまう。
左手に残る木刀を握っていた感触で、ふとコチョウランのことを思い出す。
彼女のこれからに幸あれと、今でも願わずにはいられない。
さて、思い出に浸る時間はない。アルテダ自体は取るに足りぬ障害でしかないが、問題は現世に蘇ったとされるあの存在。自分には関係ないと、放置しておくわけにもいかないだろう。
「己を蘇らせてくれたことに、恩を感じていたのか?」
その問いに赤き髪を持つ者は、鼻で笑う。
「そうだ・・・これでも義理堅いのでな。不完全ながらも、よくぞ成してくれたと」
「本当にそうか?」
恩を感じているとか、気まぐれとかではない。それだけはハッキリしている。
「疑うか?たとえ恩義や情が偽りだとしても、まだこやつを死なせなくてもよいとして扱っているのは間違いなく本心からだ」
そう言い、彼はアルテダをその手から雑に投げ捨てた。
「道具とするなら大切に扱え」
言葉を返したジョーカーは一度、投げられて尻から落ちたアルテダへ視線を向ける。
彼女は不完全ながらもあの男を復活させることには成功しているので、利用できる手段として生かしておくつもりなのだろう。
自分もよく使えるなと思えばたとえ敵対したり命を狙ってきた相手だろうとも生かしたり、勧誘したりするので察するものだ。なんてことを考えていたところに赤い髪の男が不満げな表情で口を開く。
「ふん・・・貴様、ツラを隠しているとはいえ感じぬ・・・」
赤い髪の男は顔を伏せ、指をこちらに向けてさす。
「俺を前にしておきながら・・・・恐怖を抱いておらぬのがわかるっっっ!!!!」
唐突な怒号の響き、それと連動して波打つ赤い長髪が急激に伸び逆立つと、自身の周囲の空間を貫くように数個の穴をあけ、同時にジョーカーの周りにも同様の穴を展開し、そこから幾つもの太く巨大な束となった髪が生きた大蛇の如く攻撃を仕掛けてきた。
「神の髪よ・・・」
何があの者の逆鱗に触れたのかわからないジョーカーであるが、このまま黙って攻撃を受けるつもりはないので折れて失われた木刀に代わって別となる得物が出現し、その右手に握られたがそれは炎に包まれ燃えていた。
燃える得物を振るい、自身を囲うように地に円を描けば凄まじい火炎が生じ、髪を焼き尽くす。
「猛き放たん!」
そこから地面を蹴って急接近し、弧を描くように燃える得物を大きく振るい、斬りかかる。
「虫の小癪な火遊びよ。火献されし秘剣・・・!」
赤髪の男が右拳を握れば、拳内部から炎が噴き出した。
炎は剣の形を模し、ジョーカーの一振りに対して叩きつけるように強大な一撃で応戦。
炎の衝突により火の波が衝撃の形として広がっていく。
その余波による被害を受けない為にアルテダは魔法でドーム状の魔力で作られたシールド生み出し、自身を包む。
それとは違い、ウェグはどうしようもない。逃げようにも間に合わないことを悟ったウェグであったが、それでも体は咄嗟に身構える姿勢をとってしまう。
「うっ・・・」
あ、死ぬと実感した。頭の中が真っ暗になり、死神の鎌が命に刃先を立てた次の瞬間、目の前に突如としてレムが現れ、闇を纏う剣で炎を斬り払った。




