闇の裁き 17
時間は少し戻り、ニーテが再び柱の陰に隠れたレーラーテンをワザとゆっくりとした足取りで1柱ずつ回って探していたところ、クアンツと二手に分かれて下の階へと向かったジョーカーが戻り、通りかかった。
背には誰かを背負っている。
「あ!おかえり!」
「ただいま。だが、すぐに上の階を目指す。ここの頭を一目見ておきたくてな・・・君はなにやら楽しそうだな」
「隠れんぼしてるとこ♪」
「そうか・・・鬼の交代をされないようにな。では、行ってくる」
「じゃね!」
手を振って見送る少女の背後に、柱からレーラーテンがこの隙を狙って素早く滑るようにして姿を現し、ニーテの背に向けて数発の発砲を行なった。
「こーら!」
目にはっきりと映る緩やかな大気の流れが、銃弾の軌道を変え、ニーテを避けてしまう。
弾丸は解かれるようにしてリボンとなり、柱や天井を貫く。
「隠れんぼの途中なのに!獲物が出てこられたら面白くないよ!」
ニーテは、流れる大気と共に一瞬にして距離を詰め、反応すら間に合わず呆気なく小さな手に頭を掴まれたレーラーテンは、柱へと投げつけられてしまう。
叩きつけられ、崩れた柱の瓦礫から這い出したが、顔を上げれば少女が目前にいた。
「柱をいくつ壊したらここは崩れちゃうかな?それとも、先に死んじゃうかな?」
番傘を使い、起き上がることすら慄きで忘れていたレーラーテンをゴルフクラブをスイングする要領で撲り飛ばす。
バチコッッ!!という音からぶっ飛ばされた彼女だが、空中でなんとか銃から1発だけ発砲。
弾丸はリボンとなり、ほどければ数本となって発火し、妖精の姿を模して少女へ多方から猛スピードで襲いかかる。
「ぐだらん!」
大気の流れをもまとめて番傘で絡め取りながら振るえば暴風が生じ、火の妖精らを一斉に搔き消し、柱や床、壁には切れ込みが刻まれていく。
それに続き両足を床へ軽く踏み込んでからレーラーテンへ目がけてドロップキックを炸裂させ、蹴り飛ばす前に駄々っ子の地団駄を踏むみたく両足で連続蹴りを浴びせていく。
「オラァッ!死ね死ね死ねぇよぉっ!!」
最後の一撃が入り、速度と勢いを増して飛んでいったレーラーテンは、壁を突き破って外へ。
本殿の外では、ノレムとライトが高速で剣とパルチザンを撃ち合う最中であり、得物と得物の刃が弾かれあった直後の間を蹴り飛ばされた彼女が通過する。
ライトは、何事?と驚き、目を丸くした。
「レーラー・・・」
思わずレーラーテンが飛んでいった方向へ視線をとられてしまい、名を言い切る前にノレムが闇を纏う剣による突き放ってきたのでパルチザンで捌き流し、距離をとる。
うっとおしく思ったのか、ライトが舌打ちをしたところで、空いた壁の穴から小さい少女が姿を現す。
「やっぱり外はいいね!」
壁の穴から可愛らしくピョンと跳びおり、レーラーテンを追いかけようとするが、ノレムを見つけたので元気よく手を振った。
「おやぁ?ノレムちゃんご苦戦?わーがまとめてやってあげよっか?」
「いらないです・・・!」
この少女に任せれば、あんなやつら容易くお片付けできるだろう。
だが、それに甘えるつもりは当然ない。
「ふん・・・!あとで手を借りればよかったと後悔することになるだろう」
僅かに地面から浮いたライトは、光の一線と化し、一瞬にしてノレムの身体を貫こうとする。
しかし、到達する寸前で、爪痕が刻まれる剣身で叩き伏せられてしまった。
「グハァッアッ!!?」
砕けた地面の破片や土が舞う中、ノレムはライトへ宣う。
「もう、お前ごときに手こずったりはしない・・・」
それを聞き、ライトの中で何かが切れる音がした。
口角から垂れる血を拭わずに即座に起き上がると、素早くパルチザンを振り下ろす。
だが、その一撃は剣で受け止められ、そこから押し返され、力負けし、自身ごと空中へ弾き飛ばされてしまう。
「ぐっ!調子に乗り始めが危険であること・・・!」
ただの負け惜しを呟きながら、突如としてライトがもう1人現れ、次から次へと数を増やしていく。
分身の術か!?とノレムは少し目を輝かせたが、あれは超高速に動くことで分身したかのように見えるだけである。
100を優に超える人数となり、全てが光と化して一斉攻撃を仕掛けた。
「ルス!!レガーーーロッッ!!!」
空にばら撒かれた光が降り注ぐが如く迫る中、ノレムは左手に闇の力を帯びさせ、闇が纏う剣身の根元から掴んだ。
引き抜けば剣身の黒紫はどす黒く変色し、刃の長さと幅も増幅される。
「ディープ・・・!」
剣の柄を両手で握り、振り切る構えから踏み込んだ両足が地面を陥没させ、ノレムの周囲には力が溢れて闇が煙状と稲妻状となって漂う。
「デゼスログミーーッ!!!」
剣を力強く一太刀を上段に振るえば、どす黒く幅広い三日月ともいえる形をした巨大な斬撃が降り迫る幾多もの光を天ごとまとめて斬り払った。
深い絶望に亀裂を生み、闇であろうと未来を拓く一閃を。
光は1つも輝きを残されず、その力の余波により、衝撃が強風となって吹き荒れる。
「そ、そんな!あのライトが・・・」
蹴り飛ばされ、壁を突き破り本殿の外へと出たレーラーテンは地面を転がり滑るように叩きつけられ、重くダメージが残るも立ち上がって体勢を整えようと片膝をついたが、ライトが倒されてしまう光景を目の当たりにしてしまい、その場で尻もちをつき、へたり込んでしまう。
彼は、大幹部の中でも抜きん出ている存在であったのだが、それが優位からのつい油断でもなく、大健闘も接戦もなく、敗れてしまった。
「じゃ、わーもお片付けしよっと!」
番傘をさし、無邪気な笑顔で小さい少女がこちらへと歩み始める。
このままじゃ確実に無抵抗で殺されてしまうと、無理矢理にでもラッパ銃を握る力を強めたが、少しだけ手の震えが止まらない。
「そんな怖い顔しないでよ。祈ってみたらどうかな?」
「っっ!!フェアリーハグ!!」
前方に魔方陣を展開し、銃弾を発砲。
弾丸が魔方陣を通過すれば解かれたリボンには火炎が走る。
燃えるリボンは空を巻きつく動きを行い、全長10メートルを超える羽根の生えた女性を模した姿と化す。
「へー・・・魔女でもないのに」
全身に火炎を燃え盛らせ、抱き締めようと両腕を広げて迫り来るリボンでつくられた炎の妖精へ、番傘の頭を静かに向けた。
「エアージェンシー!」
番傘の頭より放たれたのは巨大な円柱の形をした空気砲であり、炎の妖精の上半身のほとんどを一瞬にして削り取ったかのように消失させた。
生命なんてありはしないのに、残った下半身は両膝をついてしまい、崩れていく。
「またあの風を!」
レーラーテンは、自分の技をあっさり破られたことも含めてただ単に戦慄している。本殿内でも苦しめられたあの風の力が再び吹き荒れることに。
「んー・・・今のは属性エネルギーじゃなくて、わーの能力だよ。わーの能力は空気ぃ!まぁ、奪って窒息させちゃうとかムゴいのじゃないから安心して!」
自分の持つ能力を簡単に説明すると、幼い少女は両手を広げて走り出す。
「くそっ!くそっ!!来ないでよぉ!!クソガキ!!!」
「きっとここに住むみんなも、何度も何度も思ってたろうね・・・!」
焦りと慌てか何発も何発も銃を連発するも、当然だが無意味であり、銃弾もリボンも自ら避けて当たらない。
ならば、彼女を狙わずに足元の地面を狙う。
放たれた弾丸は太さと重さのあるリボンとなり、しなるようにして叩きつけ、地面を砕いた。
「とおっ!」
ニーテは反射的になのか、一応は躱す為なのか、上空へ跳び上がる。
高く跳び上がってくれたのは好都合だと、レーラーテンは魔方陣を展開し、銃弾を2発放つ。
「ランアウトフェアリーズ!ハグ!!」
2発の弾丸は少女の前後へそれぞれ到達し、燃え盛るリボンとなって再び妖精の姿を造りあげる。
今度は先程のよりもずっと巨大であり、50メートルを超えるサイズの燃える2体の妖精は、前後から互いに抱擁しあってニーテを挟撃しようと迫ってきた。
銃口は、幼い少女を狙い向けたまま。
「ウラガノ!」
番傘を振るい開けば蛇の如く動く竜巻を射出。
竜巻は2体の燃え盛る妖精ではなく、レーラーテンを襲うと衣服を裂いて上空へ吹き飛ばした。
その間に地面にふわりと降り立ったニーテは、開いた両手で三角を描く。
「エアーナウ!!」
今の空気をその身に受けよ。
今度は上空へ広範囲に渡る空気砲を放ち、空気圧に炎の妖精ごとまとめてレーラーテンの全身を潰され、肉片すら微塵も残らない。
「どうよ!」
番傘を手に空中へと舞い、ノレムの頭の上へ落下して着地するとドヤ顔で鼻息を吹かした。
摂理の四災衆の実力の片鱗を目の当たりにし、改めて尊敬の念よりも恐ろしさが勝る。




