闇の裁き 14
一方、教団の本殿へと向かっていたジョーカーとその部下達であるのだが、そもそも本殿の場所なんて知りもしない。
なので、ニーテがジョーカーの頭を踏み台にして高く跳び上がり、辺りを見渡す。
「ニーテ殿!なにか目立つか、大きな建物は見えますか!?」
クアンツが尋ねると、少女は指を2本立てて伝える。
「2つあるよ!片方はお城!」
「ではまず、城ではない方へ赴きましょう」
彼の提案にジョーカーは頷いたが、そこへ何気なくノレムが「もしそこじゃなかったら?」と訊いてみれば、突然として雰囲気が急変する。
「まどろっこしいのでな。横幅を約100メートル、距離を10キロずつ大地を割り、更地にしていくことにしよう。しらみ潰しではないが、さすれば慌てて飛び出してくるか、それすらの前に踏まれた蟻みたく知らぬうちに潰れているかもな・・・」
冗談で言っているのか、それとも本気か。どちらもだろう。
それを聞き、ノレムとクアンツはちょっぴり引いてしまった。
「よーし!行きますかねぇ!」
降りてきたニーテがジョーカーの頭上に着地。
「はやく帰り、ノレムの見合いを執り行わくては・・・」
自分の頭に降りてきた少女を肩車しながら、思い出したかのようにジョーカーは呟く。
ノレムは、勇者を討ちに行った際にしたあの話は本気だったのかと、ただシンプルに驚き、返す言葉が出なかった。
「あぁ・・・そんなお話をされてましたね、ジョーカー様。スペード様とハート様からのご紹介なので、今件の見合い話を無下に断ったり、あまりに日を伸ばしすぎるや連絡なしに参じずにいる等、失礼な真似をすればすればジョーカー様だけならばともかく、御二方の顔にも泥を塗ることに・・・」
少し笑みを含みながらクアンツは、今回の見合い相手を探すにおける経緯をジョーカーへ改め確認の為に尋ねておきながら、ノレムの耳に言い聞かせておくように話す。
自分は帰ったら、その見合いをしなくてはならないのかと急にプレッシャーが乗りかかり、胃が痛くなってきた。気のせいだが。
「不安にでもなったか?無理もない・・・自分より立場が上の家の令嬢と見合いさせられるのだ。実感もわかないだろう」
「それはジョーカー様もだったけどねぇー♪」
見合いの話題と相手となる家の立場を聞き、ジョーカーの当時を思い出し、ニーテが彼の頭をパシパシと叩く。
「うん!私の場合は見合い話だと事前に知らされておらず、呼ばれて行ったら着くなり貴様を義理の息子にしたいので、今日から我娘がお前の妻だ!って言われたな」
あの時の「我の姓をあげる」と言ってきた妻の顔は鮮明に覚えている。
「ずっと昔に感じるが、まだ数年前か・・・」
腕を組み、つい今の正妻を紹介された頃よりも更に前の記憶を懐かしんでしまいそうになっていたところ、クアンツが数十メートル進んだ位置から呼びかけてきた。
「ノレム君のお見合いの為、さっさと片付けて帰りますよ!」
「あぁ・・・その通りだな。ごめん」
まずは終わらせよう。教団に終焉をくれてやろう。
部下が世話になった礼の為。
「ジョーカー様、教団を潰すのは俺です」
「おぉ、ならば早い者勝ちだな」
一食の恩が為、あの姉弟が為、ノレムは顔に出さずも闘志が湧いてくる。
先程、ニーテが見えたという建物の姿が近づいてきたところで、一度足が止まった。
「あれは・・・!あの服装は!」
散々目にした教団信者らの服装。そいつら十数名が建物の巨大な鉄柵門の前で待機をしていた。
見張り警備であろうが、それはここが本殿であることを示している。
門を越えた先には、門前とは比べ物にならないほどの数の信者らが向かい合う2列に並び、それが本殿の入口まで続いていた。
こうまで信者らを配置しているのは、王の後継者となるはずであったネアの兄を連行してきたからであろう。
「じゃ、襲撃開始しちゃおっか」
「え?ニーテ先輩?」
「いったんここで見を配らせ、簡単な観察からの情報収集か様子見をしようとでもしていましたか?着いてすぐ襲撃は最初から決まってましたよノレム君。それではニーテ殿、お願いします」
親指を立てたクアンツに、少女も親指を立てて返した。
「お任せ!」
肩車してもらっていたのに、いつの間にかジョーカーの足を掴んで引きずってきたニーテが彼を鉄柵門へめがけて投げつける。
「おりゃーーーー!!先手必勝!!」
飛んできたジョーカーは鉄柵門に激突し、唐突すぎることすぎて、それを信者達は事態を呑み込むのに時間を要した。
何事もないような素ぶりでジョーカーは起き上がり、ちょっとズレたペストマスクを整えているところを背後から信者の1人が宝剣を振り下ろしにかかる。
「見張りご苦労さま」
左手に出現させた木刀を宝剣が振り下ろされるよりも速く右脇下を通過させて背後の信者を突き刺し、その刀身から太い木の枝を生じさせ内部から突き破る。
そのまま伸び、枝分かれした木は周りの信者らも串刺しにしていった。
「アイスクリームはいかが?」
門前の信者達を手始めに葬り、次に鉄柵門を真っ赤な液体のついた木刀で軽く撲り飛ばし、敷地内へ踏み込む。
2列に向かい合い並んでいた複数の信者らは、門前での出来事が起きてからとっくに臨戦態勢へと移行しており、指示なくして侵入者の排除を開始した。
「よーし!やってやるってーーっ!」
番傘をさしてやる気満々のニーテとノレムがジョーカーに続き、突撃してきた。
五星と摂理の四災害がいれば戦力は過剰であるので、クアンツは無駄な体力を使わないようにゆっくりとした足取りで敷地内へ入る。
「ラムネ様!頭上注意!」
「よし」
数人の信者らがジョーカー目掛けて上空からの襲撃を行うが、到達寸前でノレムの闇の斬撃が信者らを斬り裂く。
続けて背後と前方からの挟撃へは自らが対応。木刀を逆手持ちに変え、その刀身から滲み溢れた黒き影が瞬時に左腕にまで侵食する。
木刀を水平に保ちながら、左腕を突き出す。
「影流・・・」
木刀と左腕に蠢いていた黒い影が、荒川の水流の如く黒い斬撃として刀身から放たれた。
「どきやがれーーーー!!!」
ニーテが傘を軽く薙ぎ払えば、生じた強風が信者らを吹き飛ばす。
3名が暴れている中、クアンツは悠々と歩みを進め、最初に本殿の入口へと到着。
先に建物へと入っておこうとドアノブに手をかけたその次の瞬間、彼の背後に何やら一閃の光が落ちる。
それは、黒い刃を持つパルチザンであった。
「あれは!」
その得物にノレムが反応を示す。持ち主は自分に屈辱を与えた相手。
そいつは、パルチザンに続いて光となって地に降り立つ。
「本日は客人を招く予定はない・・・」
現れたライトは、地に突き刺さったパルチザンを引き抜き、切先をクアンツの眉間に突き立てる。
ほんのちょっと手を動かすだけで、刃が刺さる状況であるが、クアンツは表情を崩さない。
その顔は生意気に思えるが、同時に溜息が漏れる。
「バニクバグめ・・・虫の子を逃したか」
ちらりとノレムへと目をやり、呆れた表情に。
仕方ない、自分が尻拭いしておくかと光となってクアンツから退がった。
これより、あっという間に侵入者らをまとめて片付けてやろうと仕掛けるが、光となって動いたライトをノレムが斬り払う。
「っと!こしゃくなり!また地面に敷かれたいのか!」
「もう、お前には負けん!お前よりも厄介な光との闘争を前に!お前ごときに手間取ってはいられないからな!」
闇を纏し剣と、光を帯びた黒刃の槍が激突する。
「では、あいつはノレムに任せておきますか」
いつの間にかこの場の信者達を片付け終えたジョーカーとニーテは、クアンツが待つ教団本殿の入口前へ。
「クアンツ、どうだ?君から見て私のネクタイが曲がっていたりしてないかい?」
「バッチリですよ、ジョーカー様」
水色に黒の網目模様が描かれたネクタイを結ぶ。
せっかく教団の偉いさんにお会いするのだから、きちんとネクタイを締めて行くことにした。
「いらっしゃいませー!」
ニーテが番傘を本殿入口となる巨大で分厚い扉へ突き立てれば突風が生じ、扉を軽々と吹き飛ばす。
「ひっろいねぇ!」
出迎えてくれたのは信者達ではなく、広い場所と何本も並ぶ太い円柱の柱であり、その奥には上へと続く幅の広い階段があるが、途中で段差が二分かれしているものの、左右対称に続く段差の行き着く先は同じである。
下へと続く階段も見えるので、ここは二手に分かれるべきだろう。
では、さっさと教団の教祖とやらをぶちのめしに行くその前に、ジョーカーは戦闘中のノレムへ告げておく。
「ノレム、1時間ごとにちゃんと20分ほどの休憩をとれよ。休憩も仕事だぞ!」
「今それ言う必要ありますか!?」
ライトのパルチザンの強突の一撃を剣で受け止めた直後に叫びが返ってきた。
「よし、あの場は任せて大丈夫だろう。では、教祖様へご挨拶に・・・」
抜け駆けするかのように唐突に駆け出したジョーカーと、そのあとをニーテがついていく。
だが、走り出して数メートルのところでペストマスクを被った男の額位置めがけ何かが迫ってきた。
それを難なく指で摘み捕らえる。
「リボン?」
摘んだ時の指触りは硬い金属類のものであったはずだが、正体は1本のリボンであった。
ニーテがなに?なに?と、ジョーカーの背へ跳びかかった次の瞬間、幾つも並ぶ円柱の柱の陰から次から次へとリボンが勢いと速さを伴って伸び、襲いかかる。
「あぶなーい!」
避けるまでもないと余裕が見せるジョーカーであったが、ニーテが容赦なく彼の背を蹴り飛ばした。
「ぐばぁ!」と叫びながら、柱へ正面から衝突してしまう。
「うわ、絶対に躱さずにいるよりニーテ殿の蹴りの方がダメージ大きいでしょ・・・」
柱にめり込んだジョーカーの回収に向かうクアンツをよそに、ニーテは番傘を畳んでから走り出した。
前方より、左右より、上より、柱の陰からと次々に襲い来るリボンを宙を舞うかの如く、華麗に躱しながら番傘を軽く振るえば、生じた真空波が小さな無数の刃となって柱の内の1本を細切れにしてしまう。
その柱の向こうに隠れていたレーラーテンがお披露目となった。
「見ぃつけた・・・」
にっこり笑顔の可愛らしい幼女が自分を見つけ、近づいてきているだけなのに戦慄が走る。
そういしている間にも距離は詰められ、咄嗟に僅か2メートルにも満たない近距離から、ラッパ銃で数発の発砲を行なったが、弾丸は自らが意思を持ったかのようにニーテを避けてしまう。
「塵になっちゃうけど、いいよね?」
笑顔から冷たい眼へと変貌し、番傘の頭を向けた。
しかしレーラーテンも死を直感した瞬間に突如として冷静になり、銃口を向ける。
だが、ラッパ銃を握る手は少しだけ震えていた。
「弟君様でも・・・!あの男でもない!君は!君らは!?」
「訊いてる余裕なんてないと思うけど・・・」
見た目は自分よりずっと歳下であろう女の子が、頬に番傘の頭をグリグリと突きつけてくる。
挑発ともとれるこの隙に引き金をひけ、動けと自分に言い聞かせてみるも、指が動かない。
そんなお互にいつでも放てる状況である光景である最中なんてお構いなしに、ジョーカーとクアンツが通過していった。
「クアンツ、君は上の階へ」
「承知!」
つい、そちらに気を取られてしまった次の瞬間、番傘で撲り飛ばされてしまう。
「よそ見しない!」
柱に背を打ちつけ、ゆっくりと滑り落ちたレーラーテンは、何故だか恐怖心よりも生意気なと思いながら、ふつふつと怒りが込み上げてくる。
「調子のってるんじゃないよクソガキィィィィッ!!!!」
その怒号は、本殿の外にまで響き渡った。




