闇の裁き 11
上空には海鳥ではなく、カラスが一羽だけ飛んでいた。案内してもらい、着いた浜辺は自分が寝ていた場所よりは少し狭く、砂利も多い。
途中、トーキを撒き、教団の本殿へ向かいたかったが、さすがに安全を確保できぬ状況で置いていくわけにはいかずに案内されるがまま、到着してしまった。
そして、小舟はあったのだが、何故かその隣には1つの棺桶が砂に突き刺さっている。
「なんでこんなとこに棺桶が?」
物珍しそうな目で、棺桶があることに驚きながら首を傾げるトーキとは違い、ノレムはその棺桶に見覚えがあり、別の意味で驚いていた。
いや、まさかと疑いは過ぎったものの、どう見たって何度か目にしたことのある棺桶だ。
中に誰かいるのか確認の為、ノックをしようとしたその時、足元に1本の野球バットほどのサイズがある光の釘らしき物が刺さる。
飛んできた方向にいたのは、大勢の教団の信者達であった。
「追ってきていたんだ!おいらたちを!特に兄ちゃんを見張るようにアルテダが令を出したんだ!兄ちゃん!はやく舟で脱出して!」
「こんな小舟で海に出たとて、的にされるだけだ。それとも俺が見えなくなるまでお前が身を挺して囮になってくれるのか?そんなバカげた真似を俺がさせない・・・」
ノレムは、トーキの前に移動し、剣を抜く。
「その棺桶の後ろに隠れていろ!」
「え!あれに!?」
「そうだ!」
自分より、この棺桶の後ろに身を隠す方が安全であろう。
知ってるからこそ、触らぬ神に祟りなしだが、今は悪魔にも頼るべきだ。
その時、信者共が幾つもの光の釘を上空に出現させ、降り注がせてきた。
今日は巨大剣といい、物騒な天気ばかりだ。踏み込み、斬りかかろうとしたが、突如として棺桶の蓋が落ちる。
「ふわぁ~~・・・」
中には、やはり誰かがいたのだ。
それはカーキ色のフライトジャケットと黒いハーフパンツを着用し、左右にそれぞれ一部だけ毛先が外にカールした明るいオレンジ色の髪に、右眼が青で左眼がレモン色のオッドアイを持つ小さい少女であった。
「あれれのー?ノレムはこんなとこでなにしてんの?」
「どうも・・・」
それはこちらの台詞と言いたかったが、ヘタに刺激したらこちらの方が危険である。それに、それどころではない。
光の釘が降り迫る最中であり、そっちに意識を戻そうとしたが、少女は黒い番傘を出現させ、それを投擲。傘は開き、高速回転から生じた暴風で光の釘を防ぎ弾く。
風の強大な力に触れ、光の釘は大気に消えていった。
「そーだ!そーだった!さがしてたんだノレムを!よーやく見つけた!この悪い子ちゃんめ!」
落ちてきた番傘を掴み、その先端でノレムを軽く突く。
棺桶から出てきたこの女の子は誰だろう?という疑問もあったが、自分と歳が変わらなそうな少女に、トーキはかわいいと思っていた。
「まさか、ニーテ先輩がわざわざ出向いて・・・!」
「わーだけじゃないよ」
少女が海の方を指さした瞬間、海面から巨大な1つの影が飛び上がり、浜辺へと落ちる。
それは象数匹すら容易に丸呑みできそうな、世紀の発見であろうサイズの鮫であった。
トーキはただせさえ鮫であることと、その巨体に恐れてしまい「ひっ!」と、つい声が漏れしまう。
鮫の口が開かれ、そこから紺色を基調とした長袖のアロハシャツに、七分丈まで裾を折った少し色褪せた黒いジーンズ姿の者が出てきた。
顔をペストマスクで覆い隠しているが、革手袋と長い黒髪からジョーカーであるとすぐに察する。
「ジョ!!!ラムネ様!!!」
さすがにジョーカーと呼ぶのはまずいとノレムは判断し、咄嗟に前に使った偽名の方を口にした。
「ご無沙汰。どうやら、お友達がたくさんできたようだな・・・」
ペストマスクを隔てて、ジョーカーと少年の目が合った。トーキはノレムの背後に隠れ、オドオドしながら顔を覗かせる。
「ノレム・・・!誰?」
「俺の・・・上司と先輩といったとこかな」
ノレムの後ろに隠れたが、今さらながらどうして自分は恐がっているんだ?とトーキは不思議に思う。
あのラムネと呼ばれた者は、もう自分ではなく教団の信者達へ顔を向けていた。
それに、どちらが上司で先輩かはまだわからないが、あんな自分と歳が変わらなそうな少女がノレムの兄ちゃんより上ってことに驚く。
「お?お!ノーレム♪発見の報から♪その場所に向かって♪すぐにいた♪」
続けざまにカラスの右足首を掴み引きずって出てきたクアンツもまた、黄色を基調としたアロハシャツに白い六分丈のパンツ姿であり、カラスも同様に黒を基調としたアロハシャツに青いハーフパンツ姿である。
彼の左目に位置する部分の橙色の宝石は、服装に合わせ作りものの簡易的なヒマワリを飾り付けられ隠されていた。
「クアンツ先輩・・・!」
「よっ♪かわいい後輩が行方不明と聞いて心配だったぞ」
引きずられ、浜辺の砂が口に入ったカラスは口をもごもごさせながら「お前らの上司のせいだろ」と、呟く。
そんな彼の頭に、先ほどまで飛んでいた烏が頭の上に止まった。
「ノレム殿がいたのか?」
最後に出てきたその声主にノレムは、本能的危機感からビクリと体が反応してしまう。
鮫から続いて出てきた者も、紫を基調としたアロハシャツを上に青いジーンズ姿だが、頭を覆い隠す黒い甲冑が不気味さを生む。
少女以外がアロハシャツにビーチサンダルを履き、バカンス気分か?と一言、いいたくなる光景である。
「っっ!!!!???」
その者の登場にノレムはただ、声が出ずに驚きと混乱に襲われる。
我が主とはまた違う、恐ろしく強大であり、ちょっぴり優しさが含まれる気配に身震いした。
それがジョーカーと同じく、五星の座にいるスペードである。
あまりにも大者がこの場に現れたのは明らかだが、だとしても何故にここにいるのかが異変と怪異であり、不思議でならない。
体が自然に片膝をついて、首を垂れてしまう。
「兄ちゃん?」
あんなに逞しく、心強く思え、教団相手に臆さなかったノレムが慄いている様に、トーキはただあ然としてしまった。
「そう、かしこまらずともよい・・・」
恐れられているのを態度を出されるのは、あまり良い気分ではない。
だが、もしここで自分が唐突にジョーカーと敵対すれば、ノレムはあっさりと恐怖を捨てるだろう。
そういう男だと、聞いたことがある。
「気持ちはわかるぞー♪」
首を垂れるノレムをクアンツは立たせ、肩を組んできた。
そして彼だけでなく、突如として現れた察すれば威圧とすらなる気配を持つ者に、教団の信者の何人かは動けずにいたり、数歩後退してしまう。
だが、アルテダからの令でノレムという目的を逃すわけにはいかない。
まずは彼以外の者らを排除しようと、動き始めた。
その様に、トーキは叫ぶ。
「うわああ!!ノレムの兄ちゃんの上司先輩お友達のみなさん!!すぐにここから逃げて!!これ以上!!教団に目をつけられるわけには!!」
「え?あれらもノレムが現地で作ったお友達で、歓迎パーティーへの案内ではないのか?」
「そんなわけないでしょ!ラムネ様!俺が1日数日で友達ができるやつだと思いますか?というか、ワザと訊いてますよねそれ!」
ノレムの問いに、肯定も否定もしない。
とりあえずあいつらを敵とみなして、皆殺しにすることにした。
「私が始末しようか?」
これより殲滅を開始しようかというタイミングで、スペードが右手首を軽く回しながら訊ねる。
え?あのスペードが自ら対処に買って出るのか?と、ノレムとカラスが若干慌てた様子。
「いや・・・サバは手出し無用」
「サバ・・・」
咄嗟に付けられた偽名が、彼の好物から取られた。
「ピスタチオでもよかった・・・」と、小声で呟く。
「では、任せよう。だが、加減はしろ」
「解っているさ・・・」
普段は理性で押さえているジョーカーの内にいる傲慢な獣が、ちょっとだけ顔を出す。
黄緑、紫、青の3つの稲妻が、立てた左手の3本の指に帯び、前方に放たれた。
「三雷」
3色の極太い稲妻が放出され、まずは軌道上にいた信者らを跡形もなく消し去り、そこから薙ぎ払うことで被害を拡大させる。
そのあまりに殲滅的な攻撃に、生き残った信者達の足が止まり、悲鳴をあげならが腰を抜かしたり、逃げ始める。
そこへ逃すわけないと、ニーテが番傘の頭から透き通る矢を連射し、残りの信者らの無差別に射抜いた。
ルビーパーツの時といい、この方々はノレムの上司だと、あ然とした顔のトーキは納得する。
「でーは、でわでは。ノレムもいたので、無事だろうがそうでなかろうが関係なく帰ろっか。ジョーカーちゃま、帰りにエクレアとタルト沢山買ってよ」
番傘を畳んだニーテが、甘い菓子をねだってきた。
「そうだな、ブルーベリーのタルトがいいな」
帰りにちょっとした寄り道で買う菓子を楽しみにしているところ、ノレムが申し訳なさそうな表情で、私情による目的を告げる。
「ご無礼ながら。俺はこれより、先の信者らの本殿へ乗り込むつもりで・・・!」
「ほぉ・・・そうか。だが、私達には無関係な話だろ。これ以上、首を突っ込むつもりも、必要もない」
気がのらないのか、ノレムの見合いの件のこともあるからか、それともコチョウランの時みたく心が起きないのか。
ジョーカーの言うことは最もなのだが、正義心からきたのではない首を突っ込む理由を述べる。
「一食の恩が・・・!」
「そうか、ならば仕方ない」
あっさりと、納得した。
他の者らもしょうがないから付き合ってやるかみたいな空気だが、カラスだけ納得いかない顔である。
ノレムを見つけるだけの話だったからであろう。だからといって、主であるスペードが止めようとせずに加わったので、自分だけ拒否するつもりはない。
「あ!ラムネ様とクアンツ先輩。せっかく運よくあなた方がおられるので、少し診てほしい方々が・・・」
怪我人もいるのだが、頭の中にずっと残る疑問はあの赤紫色の斑点がでる症状。
自分の浅すぎる医療知識では、とても解決できるものではないだろう。
ガネトパーツにあの斑点が現れた原因が、アルテダにより引き起こされた疫病ならばジョーカーが処置できるし、外傷に関してもクアンツがいてくれたことが幸運である。
「怪我人か?診てやってもいいが、居合わせたのがジジイじゃなくて残念だったな。よし、案内してくれ」
何故かクアンツは、少し不機嫌な表情であった。
その理由はカラス以外の皆は知っているし、いつものことなので意に介さず。
「わかりました。トーキ、せっかく舟まで案内してもらって悪いが、ネアのやつのとこへ戻るぞ」
「え!?でも追手だったあれだけの信者達が戻らないことに勘づいて!また大幹部がくるかもしれないよ!」
「そんなのよりもっと危険なのがいるから問題ない。教団がなんだ・・・あの方々を怒らせるぐらいなら、俺は腹を切る」
冗談で言っているのか?と思われたが、目が本気だった。
それに、トーキ自身も先ほどの殲滅を目の当たりにしているので、何者かは存じないが本来ならば関わるのを避けるべき者であるのを察する。
それを聞きジョーカーは、スペードの肩に手を置いた。
「言われてるぞ、サバ」
「それは・・・ブーメランを投げあうつもりで言っているのか?」
五星同士のくだらないやりとりから発つ前に、スペードはあの巨大鮫を軽く押し、海へ帰してやることにしてあげた。
不憫さは微塵もない。そもそも、船で移動中に真下から唐突に襲ってきたので、顎を裂かれたり、夕飯のおかずにされないだけ優しいものである。
家族であるカバと目が似ているような気がして、情が少し芽生えたから無益な殺生を控えることにした。
本当のところ、全然似てないのだが。
鮫は、海水に浸かると全速力で逃げて行ってしまう。生物本能へ命の危険を警告されたからだ。
ジョーカーとニーテは鮫に手を振り、見送る。
だが、トーキからすれば近海にあんなのが放たれたという事実が恐怖でしかない。




