闇の裁き 6
町の中を姉弟の二人に連れてかれているノレムの手には剣があり、鞘の部分を持ちながら携帯していた。
敵が現れたわけではない。先程戦闘を行った教団関係者がいつ、報復に訪れるやもしれぬと怠らず警戒している。
「あ!そういえばお互いにまだ名前も知らなかったね。おいらはトーキ、トーキ・ステジンドバーグ!兄ちゃんは?」
「・・・ノレムだ」
彼の名前を知ってすぐ、姉の方が突然、膨れっ面になった。
「ずるい〜。わたくしも名乗ってから、あなたの名前を教えて欲しかったです!先に自分から名乗るのが礼儀だろ?みたいな」
「くだらん・・・」
彼女の名前など、知ったことじゃない。
無視するかのように先を急ごうとする。
「あ!お待ちになってください!」
数歩駆け、助走からのスライディングで滑り込みながら彼を追いかけ、彼女の足はノレムの足首に引っ掻けてきた。
転倒させられ、地面に顔面を強打してしまう。
「勘弁してくれ・・・」
怒る気も起きない。とにかく、帰る方法を模索するのに精一杯であるからだ。
今は帰る手段の1つの為に、この姉弟と共に行動するはめになっている。
あんな、弟を身を呈してでも守ろうとする姉の姿などを見なければよかった。
「あちゃー!せっかく良いお顔してるのに、ごめんなさいね」
顔から転倒したので、ちょっぴり鼻血が垂れているが気にする程のものではない。
つい、戦闘の時と比べてしまう。
「俺が油断していただけだ」
そう言っておく。ノレムなりの優しさである。
転倒させた張本人である彼女は、ハンカチを手渡してきた。
必要なほどではないのだが、無下するのもあれなので受け取り、軽く鼻血を拭いてすぐに返そう。
ふと、ハンカチに名前が刺繍されていたのを見つけ、口に出す。
「ベヨーセ・・・」
「はい!それがわたくしの名です!ベヨーセ・ステジンドバーグ!以後、お見知りおきを・・・」
ハンカチを洗って返してやりたいが、これっきりの付き合いとなるだろうから、申し訳ないがそのまま返すことにした。
「さっきの兄ちゃん凄かったね!あの教団の大幹部を!どこでその力を身につけたの!?」
ハンカチを返してすぐのこと、間髪入れずに続けて弟の方が目を輝かせながら、先の戦いぶりを目の当たりにし、興奮冷め上がらぬ様子で尋ねてきた。
あまり、この者らに経歴を話すつもりはなかったのだが、「ねぇ!ねぇ!ねぇ!」としつこくなりそうな気がしたので、仕方なく口を開く。
「基礎は習ったものだ。そこから我流を組み込んだもあるが、上司や先輩の技を真似させてもらったり、参考にしているところもある・・・」
話を聞きながらトーキは、ノレムの持つ剣の鞘の先端部を掴み、自身の目前へと持っていく。
「この剣、錆びてたし引っ掻かれた傷あったよね?買い換える余裕がないなら、これからお会いする弟君様に頼んでみようか?大した業物はないかもしれないけど、それよりいくらかマシな剣を見繕ってもらえると思うよ」
「いや、必要ない。これは俺の始まりでもあり、俺の未熟さが招いたものだ。戒めすら強さに昇華できるなら、させていきたい」
そうだ。奴隷になるはずだった運命を打ち崩してくれた者が、この剣を与えてくれた。
その者からも、換えればどうだ?と提案されたことがある。
訓練用の為の物だったのかもしれないが、それでも始まりの剣だ。
この刃が錆びたのは、口から特殊な唾液を出す竜と対峙した時のことである。この刻まれた爪傷もそいつによるもの。
「兄ちゃんがその剣のままでいいなら、おいらはもうお節介しないよ。見てくれがどうであっても兄ちゃんにとっては、手にしてる一振りなんだから」
「そうだな・・・・」
適当に返事をした。あまり長々と親しくなるような話をしてしまっては、情が完全に移ることになってしまうからだ。
何か大事が起きた際、こいつらの為に死のうが戦う覚悟は持ちたくない。
それでいい。さっさと帰る手立てを見つけ、教団の大部分でも潰したらさっさと去ろう。
「剣とかいらないなら、他に何か欲しいものある?おいら、兄ちゃんに何かお礼がしたいんだ!」
「帰る手立てさえ得れれば、礼などいらん」
見返りを求めて、先程のあいつを排除したわけではない。
自分への邪魔となるから、と自身に言い聞かせておく。
弟を庇おうとする姉の姿に情が出てしまったという事実は認めたくないし、隠しておきたい。
「もう・・・ご厚意ぐらい受け取ってくださってもいいのに」
膨れっ面のベヨーセだったが、「あ!」と急に何かに気づいたかのような顔で駆け出した。
建ち並ぶ建物の中に一軒、挟まれながら他より一際小さめである廃れているのか、営業しているのかは判断の難しい店の前に彼女は止まる。
その店の扉に鍵を刺したところで、周囲を見回す。
「周りに誰もいない?トーキ」
「うん、いないよ」
入る前に辺りを警戒する。見逃しがないよう、ノレムも周囲に目を配ませておいた。
殺気が含まれたり、狙ってくる視線は今のところない。
「どうぞ、いらっしゃいませ」
扉は開かれた。中に並ぶは色とりどりの花々。
どうやら、花屋のようだ。しかし、外客に見えるように外への展示はしていない。
花の匂いはしなかった。近くで見れば、それらは全て造花である。
「ここは?」
「元々は花屋さんだったのですけど、店主がお亡くなりになってからは使わせていただいてまして。花屋だった名残のつもりで造花を・・・」
敷き詰められたぐらいの量がある造花を掻き分ければ、床にキスするぐらい近づかなければ見つけられないであろう、それは小さな小さな穴が一つ。
そこに、数ある造花の中から唯一存在するサザンカの茎から挿せば隠し扉が現れ、開かれた先には下へと続く階段が。
「洒落た鍵だな」
「でしょ!」
僅かな灯りを頼りに、薄暗い階段を階段を下っていけば、人の気配が迫ってきているのを感じる。
階段の終わりには、大きめ木で作られた両開きの扉が待ち構えており、少し力を入れて押せば広い場所に出た。
まだ人の姿は、自分達以外にない。
先にあるのは二つの道の入口。
「弟君様は只今、どーっちにいるでしょうか?」
「なんだ?いきなり・・・」
くだらない茶番に付き合うつもりはないので、無意識に左へと足を進めようとする。
「そっちは医務室だよ。でもちょうどいいんじゃないかな?弟君様に会う前に、兄ちゃんにはちゃんとした手当をしてあげた方がいいと思う」
「これぐらい、放っておいても治る」
「これぐらいで済まそうとしないでくださいよ」
独裁政治の国や、先ほど戦闘となった教団といい、何やら強大な力を持つ組織等に支配されているところは娯楽だけでなく、薬や医療道具すら規制させられいたり、値段を上げられたりしている場合があることをノレムも少しぐらいは知っている。
自分は外者だ、無駄に消費をさせてやるわけにはいかない。
そもそも怪我ぐらいじゃ死なんと、馬鹿みたいな自負をしている。
「治療は結構・・・弟君というやつのとこへ早く案内しろ」
「もぉ・・・強がってしまわれて。イヤイヤと拒んだって、強行してでも手当を受けてもらいますからね」
ベヨーセはノレムの手を取り、引っ張るようにして左の扉へと進んだ。
扉を通過し、人4人分が横並びに立っても余裕のある通路を進めば、そこにはだだっ広い一室があり、幾つもの病院用パイプベッドが並ぶ。
医薬品のにおいがする。何度も怪我したり、死にかけたりしてきたので、ノレムにとっては馴れたにおいだ。
「あ!あんたら一体どこをほっつき歩いて!」
入るやいなや、姉弟に説教でも垂れようかといった顔でふくよかで、編み込んだ赤茶髪の初老の女性が迫ってきた。
ベヨーセとトーキ、そして何故かノレムの頭にも優しめの拳骨が落とされる。
「心配させるな!」
心底から心配していたのが伝わる。
その愛の拳が、何故自分にも落とされたのかは納得いかないが。つい勢いか、ついでにか。
怒ろうにも彼女からはなんだか、口を挟めない威圧がある。
「おや?そっちのいい男は?」
「行き倒れてたのを拾ってきた!ノレムってんだ!」
「行き倒れ!?じゃあ、お腹もペコリンだろう!食べる?カスタード饅頭?あたしの手作りだけど」
「いや・・・」と、断ろうとしたのだが、強制的に口へ突っ込んできた。
甘みが口に爆発するかのように広がっていく。
「う・・・美味い・・・!」
びっくりするぐらいに、美味い。
激甘なのだが、どうしてだか体が受け付ける。
そのリアクションを見て、作った当人は誇った顔をしていた。
「お気に召したかい?子供からお年寄りまで御賞味ください、あたしのカスタード饅頭を!そのおかげで、みんながあたしのことをカスタードおばさんと呼んでいる」
「そう呼ぶしかないんですよ。本名を誰も知らないので。弟君様もカスタードおばさんと呼んでますし」
「名前なんて昔に捨てちゃったもんでさ」
悔しいが、ノレムはとてもお気に召している。
カスタードのお菓子が大好物であるからだ。
すぐにでも弟君と会い、帰る手立てを見つけ、教団をぶっ潰してさっさと去りたいのに、余計な時間をと呟くことすら忘れてしまう。
「カスタードおばさん!おいらにもくれよ!」
「はいはい・・・!そんで、ステジンドバーグちゃん達はここに何のご用?また怪我人やら、教団から打ち捨てられたけど生きてしまった人でもいた?大方、その顔の良いお兄ちゃんの件だろうけど」
その通りである。ノレムが町の者ではないのは薄々感じていた。
こんな場所に流れ着いて、その不幸さを不憫に思う。
「はい・・・!この方は外様の者らしく、帰る手立てをお探しで。路銀なり提供をしてやりたいのですが・・・ネア様はいらっしゃいます?」
「いるよ・・・なんともまぁ、今日も健気に怪我人の治療やら、お声かけを自らが率先して・・・」
そう宣いながら親指を向けた先には、壁とまた別の部屋へと繋がる木製の扉があり、トーキが我先にとその扉を開ければ出迎えてくれたのは白い垂れ幕であった。
阻む幕を上げ、その先に広がるはまた同じく幾つものパイプベッドが並ぶ部屋。
先程までいた場所とは広さも規模も段違いに大きく、誰もいなかった光景であるはずだったのにそこのベッドにはほとんどが埋まる程に人がいた。
負傷者であるとわかりやすく包帯を巻かれた者、生きているのか死んでいるのか判らない静かに眠る者、小さかったり大きかったり呻き声を漏らす者。
その者らの処置や対応に追われ、慌ただしい光景となっていた。
その中で1人、漂う品が明らかに違う者がベッドの上で泣く子供の手を握り、励ましの言葉を送っている。




