闇の裁き 5
信者らは屍の集まりとなり、それを尻目にノレムは、剣に纏う闇を振り落とす。
手から剣が消え、姉と弟のいる方を向くが、二人は思わず、正直に、ノレムに対して恐れた様子を晒してしまう。
自分に恐怖の目を向けられるものを察し、二人にそれ以上は近づかないでおくことにした。
「これで、とりあえずは俺とお前らの目撃者はいなくなった。この場に長居するのはよそう。帰路にも気をつけろ」
ここで姉と弟の二人は、自分達は助かったのだと実感する。
安堵する二人の様子にほんのちょっぴりだけ、彼の口元が緩んだ。
すぐに切り替え、ノレムはその場から去ろうとしたが、姉の方が急ぎ追いかけてきて後ろ襟を掴む。
「そう急ぎ足で去らなくても・・・」
「あまり俺に関わるな。深入りしないのが身の為だ・・・」
続けて、弟の方がノレムの顔にしがみついてきた。
「そう言わずにさ!ここでおいら達とお別れというのも淋しいじゃないの!こう・・・兄ちゃんがいなかったら、おいらと姉ちゃんはどうなっていたか。兄ちゃんが現れてくれたのは巡った運命なんだよ」
「矢傷の治療もしてあげたいですし、なにより旅賃がありそうに見えませんから。帰る為の手段をお探しなら、わたくし達が力になれるかもしれませんよ」
顔にしがみつく弟の方を引っぺがすより先に、彼女に手を引っ張られ、連れてかれてしまう。
ノレムにそのような騒動があったとはつゆ知らず、上司であるジョーカーは呑気にカレーを作っていた。
豆と挽肉をたくさん入れた、ちょっと甘口の黄色いカレーである。
デザートにブルーベリータルトもあるよ。
「完璧だ。久々だったが、作り方は手が記憶してくれているものだな」
ダブルスーツの上にエプロンと女能面で顔を隠し、相変わらず不気味な姿で、あまり衛生面がよくなさそうな厨房で料理を行なっていた。
厨房の床には、数名の黒服を着た人が転がっている。
カレーの入った寸胴鍋を運び、とある一室へ。
天井から吊るされた電球が1つだけの明りの足りなさを感じる部屋にて、ナイフが刺さり、拳銃と弾丸、トランプのカードやコインが散らばり、女性物のパンティーが何故かある大きめのテーブルの中央に置いた。
ライスだけが盛られた皿が5つ、1つは棺桶の前に。
「セルフなので、ご自由に。厨房にデザートのブルーベリーパイがあるので、食後にでもどうぞ。飲み物はアイスアップルティーでよろしいかな?好きな飲み物なので」
「ちょっと待てーーーい!」
カラスはスプーンを握る手で、テーブルを叩いた。
「どうして!?何故!?俺達は確か、町のホテルで宿をとったはず!今ならビュッフェで、ノレムには悪いが楽しく夕食をいただいていたはずなのに!いつの間にかこんな薄汚く、不穏な場所でまたジョーカー様の料理をいただこうとしているんだ!?」
その隣の席で、スペードは静かに笑う。
「しょうがないであろう。クアンツ殿が女性に絡んでいた輩を蹴り飛ばし、ジョーカーが喉笛を指でグリグリ抉ってしまい、そやつらがマフィアの者らで、すぐ町に情報が行き渡ってしまったのだからな」
ジョーカーとクアンツは「てへっ!」と、自分で自分の頭を可愛らしく小突く。
全く可愛げがないぞ。
町の闇世界の者らに手を出し、情報が行き渡ったせいでその身を狙われ、追われる立場となったが、今日はこの町で夜を明かすつもりだったので、邪魔となるそのマフィア組織を壊滅させ、今に至る。
「マフィアに在するくせに、くだらないチンピラみたいな真似をしていたのが悪い」
クアンツの言う事は最もであると、スペードとジョーカーは同意しているのか頷いた。
「あーあー・・・俺はそういった裏事情とかはあまり詳しくないですが、ヘタに町のマフィアやギャングなり、そういったのを潰すと黒い金回りとか、ショバ代払って守ってもらっていたとか、治安や経済にちょいとばかし影響が生まれるんじゃないですか?」
「そうかもしれないなー」
「そうかもしれないなーって、己が部下と自分が首を突っ込んどいて他人事ですねジョーカー様は」
「経済打撃を受け、廃れ、治安が悪くなったとしても、それがこの町の運命だ。メンツなり、プライドに取り憑かれてしまい、私とクアンツに目をつけたのが悪い」
ごもっともですと言いたかったのだが、何故に自分は関係のない町の心配なんかしているのだ?と、我に返り、寸胴鍋からカレーをライスにかけ、スプーンで多めに掬ったカレーを口に運んだ。
作り手の不気味さからは想像できないぐらいに、よくできたカレーである。挽肉と豆の相性も良い。
少し味が濃いめだが。
「カレーとは、久しくだな。幼少からこの歳になっても、カレーは美味くいてくれる。カレー味の菓子類等は、あまり好まぬが」
「私もそう思いますよ、スペード」
スペードとジョーカーは、ガシッ!と互いの右手で強く握り合った。
「挽肉の量が少ない気がしますね。ジョーカーさまー、もっと入れといてくださいよ」
クアンツは、たまにジョーカーに遠慮というものがない時がある。
彼だけに限った話ではないが。
「そうだな、実は私も作ってる最中に少ないとは思っていた。ちょうど先程、マフィア連中の死体が廊下や厨房に転がってるから、そいつらを挽肉にするか?」
冗談なのだろうが、やりかねないのがジョーカーである。
カラスはドン引きしている顔をしていた。
「数年前、具なしのカレーを馳走になったことがある。あれよりは、天と地の差ほどまともだ。私は、ちゃんと具が存在してくれている方が好みである」
「スペード様、意外に我儘な拘りがあったのですね」
「私とて、俗な文句を言うこともある」
スペードは、ジョーカーの作ったカレーが好みの味だったのか、あっというまに平らげる。
デザートのブルーベリーパイに手をつける前に、一羽の烏がこの一室に入ってきて、カラスの頭に止まった。
「!!スペード様!ノレムが見つかったようです!」
どうして、脚に手紙が巻かれたりしているわけでもないのに、眼を見ただけで解るのだろうか?という疑問は置いておき、ノレムの居場所が知れた。
大手柄とスペードとジョーカーにクアンツは、一羽の烏に称賛の拍手を贈る。
最後に別れた位置から、その周囲にある大陸や島に至るまで捜索をしていたが、割と早く見つかった方だ。
意外と、今日まで観光気分でいたような気もする。
「さて、食事を終えたら行きますか。あいつの見合い話もあることだ、予定日を延期させればスペードとハートの信頼に関わる」
「元の原因は、そなであるがな」
耳が痛くも「そうですよ」と開きなおりつつ、ライスにカレーのルーを贅沢なぐらい足そうとしたが、あんなにあった寸胴鍋のカレーは空っぽとなっていた。
「あれー?」と、ジョーカーが周囲を見渡せば、犯人はすぐ近くにいる。
棺桶の前に置いておいたカレーの皿にはスプーンではなく、本来はルーを掬うのに使っていたレードルが置かれている。
それには、ルーをライスにかける際に付いたとは思えないカレー色に染まった米粒が付着していた。
それで大方察せるので、棺桶に迫り、それを持ち上げる。
「返せーー!私のおかわりを!」
棺桶を揺さ振るが、反応がない。
そして、いつの間にかジョーカーのブルーベリーパイもなくなっている。
さっきの拍手を贈っている隙にやられた。
ジョーカーは、怒ってもしょうがないと諦めたのか、他の者らが食べ終わるまでの時間潰しに、マフィアの残党ら生き残りを探しに向かう。
八つ当たりではない、決して。たぶん。




