闇の裁き 4
こんなやつ、身命を賭すまでもないだろうが、守るべき命の数は2つある。
この姉弟の命を預かった身だ、愚かな驕りは油断となり、最悪の事態は起こり得る。
まずは仕掛けず、動かずの様子見はせず、やられる前にやる精神で、先制攻撃へと移った。
浜辺の砂を蹴り、低空飛行で闇の刃が斬りにかかる。
「そういうのを、山で猪が獰猛に憑かれて猛進してくる様、まさにそれである。頭に矢を射られ、果てるがよい」
一矢だけで事足りると踏んではいるが、好みは無数の矢で全身を覆わせたハリネズミの姿である。
手始めに5本の矢を射り、そこから連続して射り続け、対象の的に満足するまで止め処なく矢を浴びせてやるつもりだ。
ついでとして、矢には炎が点き、迫るノレムを瞬時に狙い射る。
「くだらん。威力も、速さも並より少しあるぐらいだそれに火が伴っただけだな」
闇纏う剣で、射られた5本の火矢を容易に叩き斬った
弓と矢を扱う相手なら、エルフ種が優れている。
先輩であるハオンのせいで、ジョーカーの元にはあまりエルフの者が就くことはないが、いるにはいる。
その者に、アックスピストルを躊躇いなく投げつけられたことあるが。
彼女の実力なら、魔王帝兵の中でも有名な、女性のエルフ種のみで作られた隊に入れるはずなのだが。
もし、帰れたなら、言えぬ事情でなければ彼女にそれについて問うてみよう。
「散れ!」
刃に纏う闇が少し増幅し、爪痕がより鮮明に浮き彫りとなった剣を振り切ろうとする寸前、男は何故か、笑みを浮かべていた。
気味が悪い。そう思った矢先、頭上から5本の火矢がノレムへ降り落ちる。
攻撃を中断し、急停止から一歩後退を行うことで回避し、火矢は砂に突き立った。
男は続けて、ノレムへ容赦なく矢を連続して射り始める。
速さと数による暴力を、素早く剣で斬り払っていった。
「うっとおしい!」
今度は大きく後退し、矢が到達するまでの距離をほんの僅かに稼ぐと剣を振り、闇の斬撃を放ち、まとめて幾多もの矢を斬り去っていく。
そのままルービーパーツに到達させるつもりだったが、男はその場から離れ、後方にいた他の信者ら数名が闇の刃の犠牲となった。
「あの者らは、わしや他の司教らと位は違えど、同じ在りどころに居り、信仰する大切な信者の皆様である。仕方なしな状況とはいえ、葬られれば心は痛む」
「大切なら、避けずに守ってみろ」
「そちもな・・・」
その言葉、やはりあの姉弟も狙うと受け取った。
当然だ、モトキとの闘いとは違い、はなから互いに正々堂々の意識はない。
その矢で自分とあの姉弟を同時に狙うか、それともこの戦闘の合間に他の信者を向かわせていたか。
一度、二人の方を確認をするが、信者の者が近づいてきていたりはしていなかった。
「そちよ、まさかわしが他の信者にあやつらを始末させようとでも企んでいると考えたのであるか?処罰は、なるべく司祭といった位ある者が自らの手で行うのが望ましくあるのでな・・・意識と視線はそちへと優先はしておるが、三方まとめて射るぐらい、わけないのである」
弓を構えない、携えない、射切らない。しかし、突然として無数の矢があの姉弟を取り囲んでいた。
最後の射出から、次の矢を射る場面はなかったはすだが、あの数の矢をいつのまに?
遠くから他の者が射ったわけでもなさそうだ。
姉の方は、冷静になることもできず、咄嗟に行ったのは弟を砂地に伏せさせ、その上から覆い被さることだった。
「おい!くそ!プリマキル!」
剣を振り抜き、刃に纏う闇の力を放った。闇は二人の周りを囲うように屈折する素早い軌道で動き、矢の嵐から守る。
「ハンデを背負い、苦労なさるな」
不意打ちもなく、真っ向からノレムへ剛力が伴う矢を一射。
陽動のつもりか?と警戒を持ちつつ、凄まじ音を響かせると共に、剣で斬り払った。
「足枷かどうかは今にわかるぞ・・・」
剣の柄を両手で強く握り、仕留めに入ろうと一歩踏み込んだ次の瞬間、矢が左胸へ寸前へと迫っていた。
先程と同じ、空気を抉り裂くような剛力の伴う矢である。
素早く避ける動作に入り、なんとか心臓を貫くのは免れたが、矢は左肩部を擦り、通過した。
「兄ちゃん!」
「問題ない!黙っていろ!」
出血が酷い。擦りはしたといってもそれは深く、刀の刃を押し当て、斬り入れられたようなものである。
射抜かれたと大して変わりない。
だが、一つ解った。あの矢は折れており、矢羽根もなく、半分の長さだけ。
間違いなく、陽動と警戒しながらも斬り払った際の矢であった。
「お前、一度射られたはずの同じ矢を使ったな。矢を独りでに浮かせたり、動かせる能力の類か?」
その問いに、ルービーパーツは静かに咳を挟む。
「遠からず、であるな。正しくは、時間である」
「時間だと?」
「そう、メリエンダ!わしの能力は手から放たれた物のやり直し・・・矢だけではない。石の投擲や、銃からの発砲、それが対象を外したとて、一度だけ放たれた直後に時間が戻り、好きな軌道へと、意のままに操作することができるのだ」
高らかに、両手を広げ、満面の笑みで天を受け入れるかの如く姿勢から、ルービーパーツは少し浮く。
地に足が着くと一矢を天に放ち、空の果てへと一度は消えたのだが、それはノレムの方向へと射出された後となっていた。
見せつけのつもりだろう。
迫る矢を動じることなく掴み、握り折った。
「べらべらと能力を教えもらっていいのか?」
「問題なくの以前に、知られている方がより、恐怖が這い出てきて、怯えやすくできるのでな」
「素敵な趣味をしている」
青白い光を帯びた5本の矢を束で、剛力を加えた強射は破壊力をより増幅させた1本の矢と化した。
射出される際の衝撃が凄まじく、さすがの射ったルービーパーツ本人も後ろへと吹き飛ばされそうになり、後退させられてしまう。
避けてもいいが、後方にいる二人は避けれるのだろうか?
いや、避けれたとしても、ギリギリではダメだ。その余波に下手をすれば直撃すらしていないのに肉を抉られるか、木っ端微塵になる。
ならば迎え撃つ。それが一番良いだろう。
「ロストブレイザー・・・!」
剣からの闇が液体の如く動き、3本の巨大な片刃剣となり、峰部を背中合わせに、突き放たれた。
モトキとの2度目の戦闘後に編み出してみた技である。
一矢となった矢を正面から迎え撃ち、打ち砕きはしたが、3つの闇の刃は弾かれるように海がある左へ軌道が逸れる。
砂地を大きく抉り、海面を遥か彼方向こうまで、海底ごと深く割った。
「くるぞ。顔を歪めるがよい」
裂かれた海が元の海面に戻る最中、先程の束となって射られた矢は頭上より迫った。
ノレムは跳び、両手それぞれの親指の爪先を人さし指の第一関節部に付け、四角をつくる。
「ロック・・・!」
勇者の剣により、ワザと力を暴走させ、抵抗を試みたある王を消滅させた技。
四角から、強大なる闇のエネルギーが前回よりは威力と規模を抑えてだが、放出される。
「ヴァニシュテラー!」
たかが束ねて、光を帯び、威力をより増大させられた矢を一瞬にして消滅させる。
それを己が眼で見届け、着地してすぐにルービーパーツへと駆け出した。
「疎かにするを選んだのか!」
こちらに距離を詰めに迫るということは、仕留めに入る為、一時ぐらいあの姉弟のことは大丈夫だろうの油断。
これまでとは明らかに違う、何十本もの矢の束を射り、射出。それを素早く4回行われた。
数本はノレムへ、残りの大多数はワザと外され、姉弟の二人の周りを取り囲む。
また姉が弟を守る為に覆い被さるかと思われたが、今度は行わず、二人は身構え、そこから動かない。
ノレムを信じる。それに応えるかのように、彼は剣を二人のいる方角へ投げ、刃に纏う闇の力を増幅させながら回転し、無数の矢を強大な力となった闇の刃が打ち払う。
「剣を捨て、そちの身はどうする?」
自身に迫る矢は、ここで対処したとて再びやり直しが行われるであろう。
その矢はしつこく自分にいくか、あの二人を狙うか。
ならば矢の時間を戻す能力をされる前に、やつを討つ。
全て躱すつもりだったが、矢の時間が戻る瞬間がなるべくわかるようにする為に、ワザと右腕と、上腕に矢を受ける。
内1本がノレムの額に目掛けて迫っていたが、跳躍する勢いで、錐揉み回転から受け流し、残りの矢が再び射出された直後に戻る前に、そのまま急接近し、強烈なソバットで相手を蹴り飛ばした。
「グヴォッッ!!」
吹き飛んだ相手が砂地に落ちる前に、追撃を行う。
蹴り飛ばした直後のルービーパーツの上を飛び越すように追いつき、その位置から彼の胸へ、闇の纏う爪が立てられた左手の掌底突きを叩き込んだ。
「・・・っ!!矢をっ!!」
叩き込まれた掌底突きから、胸に闇が貫く。
もはや、次の矢を射ることもできずに砂に叩きつけられた。
ノレムに刺さった矢の時間は戻らず、先程に射られた内の1本が背に刺さったが、残りの矢は対象を射抜く前に、力尽きたように落ちていく。
その始終を目の当たりにした他の信者達が、慌てた様子でルービーパーツの名を叫びだした。
「次はお前らだな。命の終わりを指数えながら迎えろ」
背中から矢を抜き、続き上腕のを無理矢理引き抜き、そして自身に刺さる最後の1本を抜き終えると、ルービーパーツを蹴り飛ばした。
それを受け止めた信者達は、急ぎ退散しようとするも、指と手で作られた四角から放たれた闇の力に、残された信者の約半数を葬った。
あの姉弟に近づき、砂地に刺さる剣を抜くとノレムは急接近から手当たり次第に信者達を斬り捨てていく。
その光景を目の当たりにする姉と弟の二人は、教団の大幹部が討たれ、自分達が助かったことに安堵する間もなく、動揺と慄きにより、唖然としたまま静観することしかできないでいた。




