荒前 2
学園長室にて解散し、モトキは寸前で入れなかった教室へと戻った。
「自分のクラスに入ろうとしただけなのに、時間を費やす羽目になったな」
ようやくである。今、自分がいるべきは場所は、あの野郎共ではなく、この教室である。
「窓に近い席だといいなぁー」
そう言いながら、教室の扉を開けば一斉に視線がこちらに向けられた。
こっそりと入るべきであったであろう。
当たり前だが、全員が席に着いている。段の1番下、腕時計を確認する教師はモトキが遅れてきたことに何も言わず、さっさと席につけと指で指示。
ぎこちなくも、なるべく足音を立てず、身を屈めながら空いている席へ。
教師がいる位置から半円に、5段となる構造。モトキは座った席は3段目の入った扉があった場所の反対、つまり1番奥より2番目の席。
視線が刺さる、隣と前後ろから特に。
「おい・・・おいっ!」
自分の左隣から呟く声で、なるべく声量を抑えながら聞こえるように男が尋ねてきた。
チラリと尻目程度に、モトキも「なんだ?」と、返答する。
「目立つことが好きならよ、まぁまぁな登場だな」
「放っておいてくれ・・・!」
「見てたぜ、お前が連れてかれるとこをよー!」
くくく!と大声を控えて笑いかけるが、モトキは声を出さずに人さし指の指先を前方へと向けた。
隣のやつは、どうしたんだろう?と、向けられた指先と同じ方に目を向ける。
教師がこちらを睨みつけていた。ただでさえ遅れてきたので、しばらくはモトキに意図せずに意識がいく最中だというのに。
両名、大人しくしておくことを選択。
「顔を伏せて寝たふり・・・は、やめておくか」
ただ退屈なだけで、ふとさっき声をかけてきてくれた左隣の男の方を見る。
彼も退屈なのだろうか、大きなあくびの最中だった。
それからは特に事もなく、あとはただボーっとするだけ。
数十分程、教室で拘束されているような気持ちからようやく解放されたので、すぐに教室を出る。
外にでも行って、散策でもしようとしていたら左隣に座っていた男が「俺も行く!」と、意気揚々についてきた。
知り合ったばかりだが、無言でいるのが嫌だったのか「お前入学式でも遅れてきてたよな?」と、投げかけてきたので「そうだったね」と素っ気なく、適当に返事。
「初日にそれだと友達はできにくいぞ」
「俺はたくさんの友達より、少ない心許せる親友の方が良い」
ついてくる彼はモトキの背中へ、どこ出身?とか、誕生日は?と、色々と質問をしてくる。
煩わしくはないものの、それに応えることはなく、外へと向かう。
出た場所は中庭であった。ほんのりと花の香りがする。一年中咲き誇る花々の絨毯と評されるこの場所にて、今の時期に植えられた5種の花の内、コスモス畑の前に設置されたベンチを見つけると、腰を下ろした。
当然のように、追いかけるようについてきていたあいつも、モトキの隣に座る。
「さっきは名乗らずに悪かったな。俺はオーベール・ボラントル。隅っこで隣がお前しかいないから仲良くはしてくれよ。お前は・・・モトキだけしかカードに書かれていないな」
「姓がないからだ」
「あー・・・姓がない事情でも?いや!俺の馬鹿!」
いきなり自分の額を、握った右拳で軽く叩いた。
こいつにも聞かれたくない事情があり、自分が勝手に入り込もうとするなんてと、反省しているのだ。
自分で叩いた額の箇所を、次は指で掻き始める。
「姓がない理由を聞かれるのは、大して気にする問題じゃないさ。本当に、ただ知らないとしか返せないけど」
「モトキ・・・」
いや、そんな感心している顔をされても困るし、返す言葉が思いつかない。
モトキからすれば、姓名がないことを疑問に思うことはあれど、今日まで本当に大して気にしてはこなかった。
たぶん、これからも。