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光ある概念の終日  作者: 茶三朗
破天を突くは闇
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闇の裁き 1

傭兵団の拠点から帰還し、あくる日の夕刻。タイガは兄へ近況報告が為に墓所へ訪れる

墓というにはあまりにも貧相で石を置いただけの墓に、先客としてイチグサが立っていた

花束を供えた後、墓石をただ見つめている


「律儀だな。欠かさずに、こうして頻繁に花を供えに来てるとは」


「あの人は、花が好きでしたから・・・冥府の花より、現世の花を」


ほつりと、彼女の目尻から、一筋の涙が流れ落ちる

あと何回ここに訪れ、何度思い出を繰り返し辿れば彼と再会できるのだろう?

自ら命を絶つことはしない。キボウとの一件後、改めてタイガの兄に命ある限りはしっかり生きると誓った


「罪作りな男だな、兄ちゃんは・・・」


彼女もそうだが、モトキも会えるならばもう一度でいいから、自分の兄に会いたいだろう。特に今は

少し強めの風が吹いた。イチグサが供えた花の香りが花弁と共に鼻を擦り、夕陽に染まる空へと旅立っていった

その風とは違うが、似た風が早朝にある部屋の一室にて、空いた窓から入り、吹き抜ける

かなり広い部屋であった。そこに並ぶ5つの敷かれた布団の内、ちょうど真ん中の布団で寝ていた男が、風を目覚ましに起床した


「3日目か・・・」


早朝一番に起床した、その者の顔は起きると同時に、頭部分だけ、いつも身につけている鎧が出現したので、見れない

風に起こされたので、窓でも閉めておこうかと立ち上がる挙動の僅かな音で、右隣に寝ていたカラスが飛び起きた


「ごわぁっ!?スペード様!主より遅れて起床とは、またご無礼を!」


急に起きたもあり、単眼族なので右目だけが開き難く、握り拳で目ヤニを取るようにして擦る

前髪で少し隠れる左目にあたる部分に嵌め込まれた橙色の宝石は、旅館浴衣の袖で軽く拭くだけ


「カラスよ・・・昨日(さくじつ)も、一昨日も、起床からの最初の一声は似たのばかりであるな。初日にも告げておいたが、朝ぐらいは私に構わず、許される限りの時間を眠ればよい」


「俺に許される時間は、スペード様が起きる前までなんです・・・」


ぐっと握りしめた右拳と、噛み締めた顔は、申し訳なさを表していたが、自分と主以外、残り3つの布団で眠る者達はまだ起きる気配が全くないので、握りしめる拳の意味が変わってきた

そもそも、スペードと並んで寝るなど、本来ならば、あり得ぬことである


「ええい!修学旅行か!」


カラスはおもむろに、自分の右隣に敷かれた膨らむ布団を叩いた。なにやら硬い感触が手に伝わる

命ある生物とは思えないカン!という乾いた音を奏で、叩いた手の方がジンと軽く痛む

気怠そうに、のっそりとクアンツが這い出てきた。髪を触り、周囲を見回し、何かを探してるようだ


「おや?俺のシルクハットは?あれはお祖父様からの頂き物で、大切な大切な・・・失くしたとあれば2日は失意のどん底に・・・そうなれば!ノレム君捜しに影響が!」


「大切なとかほざきながら、水汲みに使い、昨夜も寝る前にトイレまで面倒だからと、そこに用を足そうとしてただろーが!」


シルクハットは、何故かカラスの布団の中から出てきた。「返しなさい!ドロボー!」と、クアンツは取り返すも、カラスには身に覚えがない

それもそうだ。なぜならば昨夜、クアンツ自身が寝る前に枕元へ置いたのだが、夜中に喉が渇いたので何か飲もうかと起きた際、誤ってその帽子を踏んづけてしまい、邪魔だったので、左隣の布団に押し込んだだけである

そんなしょうもないやりとりの中、他人事として触れることなく、スペードは左隣で寝ているはずの、頭まですっぽりと布団に包まれているジョーカーを起こそうと、声をかける


「ジョーカー、起きよ。ノレムの足取りがまだ掴めぬまま、3日目の朝を迎えてしまった。急ぎ支度を終え、再開するべきだろう」


返事がない。また、いつもの遅起きかと思われたが、スペードはすぐに違和感に気づく

掛け布団をひっぺがすと、そこにジョーカーの姿はなく、代わりに丸太だけが置かれていた


「変わり身・・・?」


いや、ジョーカーのことだ。丸太だけと思わせておいて、この中にいるかもしれない。少し大きめだし

貫手で丸太に穴を空けたが、中に姿はなく、木の繊維とその香りだけ

手についた木片を払った直後、襖が勢いよく空いた


「かかったな!ここにいるぞ!」


勢いよく襖が開いた。絶対にタイミングを伺っていたであろう

女能面で、いつも通りに素顔を隠すジョーカーの身体からは湯気が立つ

朝風呂にでも行っていたのだろう


「ジョーカーよ、これは兼ねて書物で目にした覚えのある変わり身という術だな。そなた、忍術の心得があったのか?」


「あ、はい。実は最近、忍びの者らと付き合いがありまして」


忍術もなにも、丸太を置いただけである

正直、驚いたり、激昂したり、何かリアクションとってくれるのかな?と、ちょっぴり期待していたのだが、スペードはやっぱり、そういうやつである


「ジョーカー殿が珍しく早起きでしたので、急ぎここから発ちましょう。猶予期間も半分に迫りましたし」


打ちのめしたクアンツの隣で、カラスは旅館浴衣から着替えを済ませ、出立の準備をしていた

行方不明となったノレムの捜索に設けられた期限は1週間

期限ギリギリまでではなく、1日でも早くに見つけ、スペードを帰らせたいのである


「おい、朝食は?」


ジョーカーが訊いてきたので、遇らい気味に返答する


「そんなもの、昨夕に旅館側へキャンセルしておきましたよ!料金はそのままでいいのでと」


「ガーン!」と、感情効果音をいちいち口から出し、割と本気でショックを受けるリアクションを取ったジョーカーに連鎖して、クアンツも同じ言葉を発する

続けてスペードも、こっそり「ガーン・・・」と、呟いたのをカラスは聞き逃さなかった

主である彼の方を向けば、ついやってしまったと恥ずがっているのか、顔を逸らす


「あなた方!ちょっと旅行気分になってませんか!?」


「なってまーす!」


親指を立てるジョーカーと、それに合わせてクラッカーを鳴らすクアンツにイラっとする


「キャンセルをしてしまったのならば、しょうがない。今さら、やっぱり朝食を用意して!と、伝えたとて旅館側に迷惑がかかるだけだからな。ノレムの身が心配なのは本心にあるし、カラスの言うように本日は早めに発つべきか」


やけに素直である。それがまた、逆に不気味さを増長させている気がしてならない

カラスは、ジョーカーとは普段あまり関わりがないので警戒しているが、彼は聞き分けが良い方である

紳士であるし、他を尊重できるし、優しさも見せる。だからといって、警戒するのは間違いではない

勿論、噂に違わない邪悪さを持ち合わせている

スペードがいるから、いつも以上に大人しいという理由もあるが


「ジョーカー様!俺のシルクハットが踏み潰れて元に戻りません!」


「内から殴ってみ?」


「了解!ファイア!」


加減を誤り、拳は帽子の頭頂部を突き破ってしまった。「あ・・・」と、思わず溢してから、部屋に備え付けで置かれていたゴミ箱に投げ捨て、新しいシルクハットを取り出す

燕尾服に身を包み、新品のシルクハットをご機嫌に被って、蝶ネクタイを整える


「よーし!ジョーカー様!俺はいつでも出発可能!」


青いシャツの上にグレーのダブルスーツを羽織り、最後にネクタイを締めて、スーツのボタンをとめれば着替え完了

着替えの次にジョーカーが行ったのは、左端で全身を(くる)ませ、まだ寝ている者を布団でそのまま簀巻きにして持ち上げ、影から出現させた棺に入れる

棺を立たせれば、何処からともなく現れた白い布が、棺の全体を自動的に巻き覆った

運びやすいように、棺には肩紐が備えられているので、ジョーカー自身が背負い担ぐ


「ジョーカー殿・・・初日から疑問に思ってたのですが、食事以外はその棺から出てこないのに、どうして就寝時には、わざわざそこより出すのですか?そのままでも問題はないような?」


カラスのふとした問いに、ジョーカーは何故にそうしているのか考える素振りもなく、すぐに答えた


「単に、夜寝る時はちゃんと寝床で寝させたいだけだ」


この男の一面を見た気がする。拘りなのか、優しさなのかはどちらでも構わないが、そういった部分は感心するし、カラスは彼を少しだけ尊敬を抱き、好きになった

スペードやハートが一目起き、認めているだけはある。ただ、実力があるってだけの者ではない


「ジョーカー、ここを発つ前に再度街でノレムの写真を見せ聞きまわるべきだろう。そなたの心当たりと目星を巡ったとて、海に落とした一珠を探すぐらいのことだ。地道にだが、やるしかなかろう」


「そうですね。慌てたとて期限は迫る。時に大きく、時に細かく。珠が見つかるように願い、スペード様の仰せの通り」


スペードは旅館浴衣から黒いシャツと黒いスーツパンツに着替え、シャツの上に青いベストを、更にその上にクリーム色のコートに袖を通し、備えられているベルトをとめながら宣い、ジョーカーは同意した

準備が整い、いざ出立とジョーカーが我先にと、長い後ろ髪を後ろ襟から中に入れながら襖を開けるが、そこに継いで数年程か、旅館の現女将であろう少し年増だが色気のある女性と、妙齢な若い従業員の二人が怒りの血相で待ち構えていた


「あ、どうも・・・」


顔を隠す女能面越しでも判るほどに、まずい!と焦りがある

二人の女性はグイグイとジョーカーに迫り、一人ずつ彼に張り手をおみまいした

どうやら、昨晩は女将の方と一緒に温泉に入ったようだが、朝は隣の妙齢な従業員と入り、それが原因で揉めているようだ

何も言わずに睨みの訴えから、突然女将らしき女性から、チンポジを引き千切ってやると言われる始末

クアンツは助けようとせず、修羅場の光景を指さして、爆笑しながら楽しんでいた

ヒステリックな声を挙げ、乱暴で暴力気味に揉みくちゃにされたジョーカーはその場にうつ伏せに倒れ、動かなくなってしまう

怒りが収まらずじまいだが、二人の女性は去っていった。あとで掴み上いの喧嘩でもしていそうだ

できることならば、ジョーカーが悪いと結論づけ、争わないよう願うばかりである


「日の出と共に朝は勃つ」


起き上がったジョーカーは訳のわからない一言を呟いた

こいつ、絶対に懲りてないなとカラスは呆れる

せっかく、先程の彼なりの優しい部分を垣間見たというのに、綺麗に終わらないもだなと溜息をついた


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