地をいく傭兵団 35
意識が薄れてから、次に視界が戻れば、そこは暗闇の世界であった
よく見る夢と似ている光景なので、これもまた夢の中であるのはすぐに理解できた
腰まで浸かるほどの水位があり、歩けば泥の中を進んでいるかのように重い
方角もわからない闇の世界で、自然と足は歩む
どれぐらい歩いただろうか。途方もなく、ただただ同じ景色が続くだけ
進んでも意味がなさそうた。頭まで水に浸ってもいいので、いったん座り込もうとしたが、突然水は一気に引いた
確かに水に浸かっている感覚はあったのだが、いっさい濡れてはいない
「起きるなら、起きろよ。俺」
そう自分に言い聞かせてみるが、この世界から脱することはできない
当然だが己が自然と起きるまで待つしかない。よくあることだ。ただ待つだけ
「いいや、まだ起きるな」
夢の中で大人しく、目を閉じてじっとしていれば、やがて目が覚めるだろう。そうするつもりだったのだが、ふと誰かが自分に語りかける
前には誰もおらず、次の瞬間に3つの光が後方からモトキを過ぎ去り、一つとなってもう一人の自分が姿を現わした
突然に現れたもう一人の自分。夢の中だからこれぐらい起こるのかもしれないと考えていると、いつもの自分より、荒々しい雰囲気を漂わすもう一人のモトキは、深々と頭を下げる
「初めまして。お前が生まれてより、ようやく出会えたな、俺」
挨拶だけのはずなのに、底の知れぬ邪悪な気配が風となってモトキに伝わり、体は自然と戦闘体勢へ移っていた
手に出現した両手剣と盾、しかし剣の刃は折れてしまっている
「お前が、俺だと!?俺は、こんな!こんな!」
まるで強大な敵を前にしてるかのような、戦慄に襲われる。あれが自分なら、自身に怯えてるということになるが
「俺はお前だ。それは紛れも無いこと。お前の本性の一つ」
もう一人の自分は近づいてきて、そっと手を額へ伸ばしてきた
モトキは慌てて、咄嗟にその手を払い除ける
「くるな!こないでくれ!お前が俺だというなら!俺の本性、心の一つだとしても!俺の中で大人しくしていろ!」
「酷いな。これまでも境地に立たされたり、死にかけたりすれば、意識の半分を乗っとり、戦ってやってたというのに。本来は能力を持たざる者として生を受けたお前が、その類の力を扱えるよう授けてもやったのに」
不敵に笑い、1秒の間を置いてから大声で笑う
「俺がいなくちゃ!くたばっていたり!同伴者に近づく最悪の事態を避けれずにいたのにな!」
記憶がないわけではない。時々、意識も確かに自我としてあるのに、凶暴的な戦闘意欲のまま戦っていることがある
あれが、これの片鱗だとするならば、曖昧だったり覚えてない部分もあるが、自分にそのことを認めさせるかのように容赦なく記憶が浮き出て、不安を掻き立てる
そんなモトキに近づき、もう一人のモトキは耳元で囁く
「どの道、お前は己が宿命からは逃れられん。俺が俺でなくなるではない。これが、これも俺なんだと理解することになるだろう」
咄嗟に、折れた両手剣を振った。刃はもう一人の自分を斬り裂いたが、煙を斬ったかのごとく、すぐに元に戻る
「いずれ!全てを解き放って!お前を完全に俺にしてやる!理性を捨て!本能は血肉を求め!殺戮と戦闘を繰り返す!本当のお前にしてやる!俺を受け入れろ!」
無駄なのはわかっているが、乱暴に折れた両手剣を振り回し、斬ろうとするも、もう一人のモトキは、それを掻い潜り、モトキの額に指先を当てた
頭の中で光の点滅が起こり、アルフィーが殺されてから、変貌する自分の姿、最後にアオバとクローイに襲いかかる光景までを思い出させる
頭が痛い。酷く痛い
自分の変わった姿に、ランベを仕留めた後に、敵ではない者に襲いかかろうとした事実
あれも、自分の本性だというのか?と、受け入れたくない
両手剣と盾を落とし、這い蹲る。一気に様々な疲労が襲い、息を荒め、立ち上がるのを忘れてしまう
「さぁ、もう目覚めてもいいだろう。今のお前に俺の部分を受け入れさせようとしても無理そうなのでな。こうして、話ができただけでもよかった。だがいずれ、お前は俺にもなる。そうならざるを得なくなる日は必ずやってくるだろう。その日を、指折り数え、楽しみに、また・・・」
聞こえているのかいないのか、どちらでもいい。悪どい笑顔を最後に、もう一人のモトキは闇に沈んでいった
残されたモトキは額を地につけ、おかしな話だが、夢の中で気を失ってしまう
真っ暗で音も動きもない。無の中でずっと囚われる
長い時間、そこにいたような感覚であった
やがて、暗闇に僅かな光が射し込んでいき、現実の景色へと戻す
「あ・・・」
先に目に入ったのは明け方の青みがかった夜空
しばらく、ボーっとしながら、ただ空を眺め、数秒の時間を置いて体を起こす
学園の制服の上着が2着、掛け布団代わりにかけられていた
男物と女物がそれぞれ、タイガとアオバのだろう
口の中が渇いている。直接地面に寝たからか、首と尻が痛い
「よっ、がっつりお寝んねだったな」
寝起きで声をかけられるのは、とても耳障りである
エモンはマグカップを手に近づき、空いてるもう片方の手でモトキの背中を叩いた
「まずは、よくやった。お前がランベを討ったようだな」
起きて真っ先に、褒められることになろうとは
しかし、エモンの顔はどこか哀しげである
八つ当たり気味に、背中を叩く手は強かった
「本心は、ちょっと本音があるとするなら、俺とダイバーで討ち払うべきだった。だけどな、俺ろが弱っちいせいで仕留め損ねたようだ。第一級指名手配に指定されていたランベを、革命軍の幹部を一人、あんたが討ち破ったんだ、モトキ」
親友でもあったが、憎むべき仇敵
因縁を終わらせたのは自分でも、ダイバーでもなく、他人であるモトキであったのは、複雑な心境である
「聖帝様も、ランベの存在には頭を悩ませて・・・」
モトキは返事をせず、反応をせず、聞く耳も持たず、立ち去ろうとしていた
思わず、エモンは「おい!」と呼び止める
「モトキ?お前、どうしたんだ?色々事がありすぎて、疲弊が重く乗っかかってきやがるのか?」
「そういったところかもな。大丈夫じゃないが、平気だ。悪いな、今は独りにさせてもらう」
最後に覗かせた不敵な笑顔を、エモンは見逃さなかった
「まさかな」と、疑わしき目をその背に向ける
モトキは、自分がそのような顔をしていたなんて自覚はなかった
とりあえずは、タイガかアオバに目を覚ましたことを報せに行きたい
エモンに独りにさせてもらうと言ったが、遇らう為の適当な嘘である
知られたならばあとで、嫌味ったらしく言われそうだが




