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光ある概念の終日  作者: 茶三朗
傭兵業務
192/217

地をいく傭兵団 31

浮上してきたグラディフの娘を確認すると誰かが制止する間もなく、アルフィーが急ぎ海へと飛び出した

モトキもまた、彼に続く。半分、流れの勢いに乗じてしまっただけだが


「くたばってるかどうか余計な警戒は捨て、確実にトドメを刺しておかないとな!」


高所まで跳躍すると海面に浮かび漂う彼女へ向け、背中合わせに蹴りかかる

「くたばれえぇぇぇーーー!!」の叫びと共に、猛スピードでアルフィーは左足を、モトキは右足を突き出して急降下してきたその時、黒い影が二人を遮るように現れ、蹴りを受け止めた


「なんだと!?」


状況が呑み込むのに時間がかかっているアルフィーに対し、モトキは黒い影の中でチラッとだが二人分の蹴りを受け止める刀の鞘が見えた

蹴りを受け止める鞘に収まった刀でそのまま押し返しながら薙ぎ払い、二人を同時に蹴散らす

あの刀の鞘にモトキは見覚えがあった。吹き飛ばされながらもその正体を確かめようとしたが、黒い影はもうそこにはいない

仕方なく体勢を整え、凍る海面に着地したモトキだったが、少し離れた場所で黒い影の正体も氷上に降り立っていた

その者はいつの間に拾ってきたのか、グラディフの娘を肩に掲げて佇む

その近くで先程倒した他の3名も回収しており、綺麗に並べずに雑に置かれていた


「お前は!やはりゾムジ!!」


名前を口に出すと彼は軽く手を振って返してくれた

戦意も殺意もない。そのはずなのに、自分は何故か意識せずに両手剣を手に構えてしまっている


(勝てるのか?どうしてこんなにも怖がっているんだ?勝てるのか?いや、勝つんじゃない。あいつらを逃す時間稼ぎぐらいには・・・)


両手剣を持つ手の震えが止まらない

息苦しくもなってきた。白い息が繰り返し吐き出され、心臓の鼓動も異常なほどに速くなってしまっている


「おいおい・・・そう身構えられたとて、俺はお前とやり合うつもりはない。まだ戦闘熱が残り、どうしてもというならば話は別だが?お前は、それを今望むか?」


返答ができない。口内にむず痒さがあり、右奥歯で舌を軽く噛む

できるのは、構えた両手剣を盾の鞘に収めること


「それでいい。戦いに水を差す真似をしたのは悪かった・・・この娘はちゃんと要人であるのでな、見す見す死なせるわけにもいかずだ」


「じゃあ、この場はお前の判断と決定で退いてくれるんだな?」


「そうなるな。聖帝の兵がいよいよ動いたのもあるが、目的は元より達しているので、これ以上居座る理由もないだろう。大将のイグバッツ殿も敗れ、行軍将棋の要となる駒はもうなくなったのでな・・・」


するとここで突然、ゾムジへ黒い球体が猛スピードで襲いかかってきた

彼は慌てることなく、一歩だけ右に動き躱す

十中八九どころか十であれはアルフィーの攻撃であろう

球体が飛んできた方を見れば、氷の上を走り、こちらに向かってくる彼の姿が


「貴様!!こちらがはいと一言返事するとでも思っていたか!?全員、俺様が討ち取ってやる!!」


「おっと?空気の読めぬ馬鹿がここにいたみたいだな」


走り迫るアルフィーに先程蹴り飛ばした黒い球体が光に包まれ、落ちてきた

タイミングを見計い、彼は跳躍からオーバーヘッドキックで蹴り飛ばす

光に包まれ、数倍の大きさとなった球体は蹴られたことで少し伸びた形となってゾムジに襲いかかった


「他者の技を罵る真似はしないが、お前ではな」


ゾムジは鞘から反りの少ない直刃刃文の刀を抜き、軽く払うように横に振れば前方の氷上を大きく裂くドス黒い斬撃が攻撃を防ぐ

蹴り飛ばされた球体は阻まれたが、同時に影の斬撃もすぐに消えてしまう

しかし影が消え去っ後、そこにはゾムジどころか他の者ら、遠方に見えていた船すら影も形もなくなっていた


「逃げるな!!糞どもめ!!」


姿もないのにとりあえず海へ走り、追いかけようとするアルフィーの前にモトキが立ち塞がる

だが、容赦なく邪魔だと言わんばかりに蹴り飛ばそうとしてきたので拳で叩きのめしてやった


「ってーな!このヤロー!」


氷上に両手を突き、衝撃を和らげるとそのまま押す力の反動で跳ね上がるように立ち上がる際に、モトキの顔へ両足で蹴りに入った

その蹴りを右腕が防ぎビクともしない

ちょっと脅かすつもりの蹴りは入らなかったが、防ぐのに使われた右腕を踏み台に跳躍し、距離をとって身構える

そこへ、アルフィーの背後からクローイが彼の頭に手刀を落とした


「ストップ!第2ラウンドは休憩挟んでからにしな!」


止めはしないのかよと内心思いながら、モトキはその場に胡座をかく

アルフィーは手刀を落としてきた手を振り払い、舌打ちを残して立ち去ってしまった

誰も呼び止めようとはせず、彼とすれ違って入れ替わるように凍った海面に下りてきたアオバが「いいのかしら?」と訊く


「知ったことじゃない!こんな時はまともに相手せずにいるのが一番!」


彼女も機嫌が悪そうだ。折れた右腕に違和感があるのか、手首を左手が握り揉む

立ち去ったアルフィーのことは置いておき、少し休憩でもしようとしたが、ゾゾイが呼ぶ


「おーい!クローイ!バールEさんが到着してお呼びだ!戦死したってことにしておこうかい?」


ガクッと肩を落とすも、部隊は別でも隊長に呼ばれたからには行かないわけにはいかないので「ほら、あんた達も」とモトキとアオバにも来るよう促し、凍結した海面から湾頭へ戻る

馬を走らせ、急ぎ参じたであろうバールEはクローイの右腕を見て憐れむ表情に


「クローイ君!その右腕!」


「骨折ですよ、骨折。暫くは療養休暇貰って温泉にでも行くのでご心配なく。それよりも、一発ぶん殴らせてもらってもいいですか?参じてくれる前に終わってしまったので。聖帝の兵と合流してすぐに追うとあの場でほざいてたくせに。しかも来たのバールEさんだけじゃないですかっと!」


容赦なく、クローイの左拳がバールEを殴り飛ばした

馬上から落ちた彼を、ゾゾイは指さして笑う


「お、落ち着くのだ!クローイ君!せ、聖帝兵達とは合流したのだが、途中で強制退却の令が下されてな。他の者共は野営地に帰らせ、俺だけが伝えに・・・」


「どちらも退却か・・・」


モトキの呟きに、どういうことだ?と頬を腫らしたバールEが訊ねる


「ついさっき、目的も果たし、イグバッツも敗れたことなので退却すると俺に教えてくれた」


「イ、イグバッツだと!?竜人族最強の戦士である紅竜が敗れた!?誰に!?一体・・・!はっ!団長か!団長に違いない!」


モトキ以外はイグバッツの名声を知っている為、彼が敗れたことに顔は驚きを隠せないでいた

特にバールEは団長が倒したと勝手に思い込み、テンションが上がりっぱなしである

しかし、クローイはモトキの言う敵側の退却に疑問があった

一度、バールEをチョップで黙らせる


「でもそれ、敵からの報せだろ?誤報を撒いておく企てとか疑わないわけ?」


「俺は、向こうの言葉も信じる。あのゾムジってやつ、嘘をついてるようには思えん」


「理屈は?」


「ない。単に、疲れたもある」


「正直でよろしい!」と彼女はモトキの背中を笑って叩いた

ここで敵の言葉を信じて帰ればもしもの場合、責任を問われたり追及されるかもしれないが、だったら現場に参じもせずに、途中で退却した聖帝の兵共らにも追及されるべきこと

いざって時は聖帝の兵ら、それを派遣し、退却の令を出した人達も巻き添えにしてやるつもりだ


「で?あたい達は、もう帰っても?」


「いいんじゃないのか?念の為、俺とゾゾイ君はここに残っておこう。もし敵の報せが嘘であり、後で何故離れた?と責任問われた際に、お前は他を巻き添えにしそうではあるのでな。その必要ないよう、俺は残る。後で数名、派遣してくれ」


「了解」と承ったクローイを遮って、しれっと自分も残るメンバーに入れられていたゾゾイは不満をぶつける


「ふざけんな!アイスの蓋裏舐めたり、ストローでジュース飲めないクセに!」


「それは今!関係ないだろ!寝といていいからお前もいろ!」


口角を指で抓り引っ張り、負けじと抓り返し争う二人は放っておき、クローイはモトキとアオバに戻ろっかと口にしながら先に足を進める

彼女に続いて歩み始めたモトキだったが、突然に心臓が締め付けられる感覚に襲われ足が止まった

怪我とかの痛みではなく、悲しみと何かに恐れている感じに近い

悟られないよう表情を崩さずにいるが、この胸騒ぎにただ気のせいであれと願う

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