地をいく傭兵団 20
停泊されている1隻だけとなった船に、湾頭から船へ行き来する為に金属製の橋が架けられていた
その湾頭側の出入り口付近に距離を置いて立ち、夜間の見張りをする一般兵士が2名。暇なのか、片方の者が間抜けそうな顔であくびをする
漣の音だけで、娯楽も何もない。きっと時折、中にいるお偉いさん方らは美味いものを食ったりしてるのだろと愚痴をこぼしたりしただろう
2隻の船が突如出港するとなっても、自分らの役割が変わることはなかった
「サボるなよー!」と向こうから声をかけてきた。「そっちもなー」と返したが、8回目のやり取りである
くだらねーと首を鳴らし、漣音に新しい音が2回だけ加わったが、減ることはなかった
新しい音がもう1つ入ってきたからだ。遠方からだった小さな音が、分かり易く接近していると教えてくれるように大きくなっていく
「なんっっ!?」
最後の「だ」が出なかった。港町を何かが爆速し、こちらに猛スピードで迫る地に足を付けず踏み込をしない白い獣が見えた
存在を認識するよりずっと先に、設置された灯のおかげでその姿は明白に映る。爆音を響かせ、前後二輪のタイヤは地を蹴り、受ける風で髪が逆立ったバイクを走らせる男が突貫する勢いで
「到ちゃーーく!!」
そのまま走り抜けるかと思いきや急ブレーキをかけ、慣性の法則が働き、後ろに乗せていたモトキを飛ばすと見張り兵の片方にぶつけ、海に落とした
「な!何者だ!」
突然のことで捕らえるか、始末するかのどちらかを選んでる暇はなく攻撃を仕掛けようとしたが、バイクから素早く下りたゾゾイは握る右ハンドルを回す
マフラーから火が噴き出し、その車体で半円を描くようにもう片方の見張り兵を撲り飛ばした
敵陣へ向かうにしては隠密行動?なにそれ、おいしいの?である
「やいやいやい!!見張りはぶちのめしてやったぞ!!増援を送るか!?大将自らがお出迎えしてくれるか!?どうせ無視しときゃ帰るだろと近所のガキじゃないからな!!船を沈没させてやるから、魚の餌となりな!!」
見張りの兵へぶつけられたモトキは頭部を強打したのか、その箇所を撫でながら起き上がった前方で、振り回したバイクに再度乗り、ハンドルを回し同じく再びマフラーから激しく火を噴き出させるゾゾイの姿が
火はバイクの周りを包み、激しく燃え盛り車体へ炎で模した翼が生えた直後にアクセルを全開
走り出したバイクは最高速への到達にほんの一瞬の時を要するが、岸壁から船までを挟む海面を飛び越えるには十分なスピードである
船の頭から尻を突き抜ければ、中にいたやつらは魚の餌に、沈没した船は魚達の素晴らしい住処となるだろう
「ファイアクセル!!」
岸壁から飛んだ直後、船から一つの人影が跳び上がったのをモトキの目には見えた
ゾゾイに「気をつけろ!」と叫ぶが、聞こえちゃいない
跳躍から高度へ、そして落ちてきた人影はゾゾイへ握り合わせた両拳を振り下ろし、殴りつけ、彼を海へ叩き落とした
「喧しいんでん!!威勢あった割にはハエを叩くレベル程度の雑魚だっなんでん!」
破裂音に似た音が響き、凄まじく水飛沫が上がる。叩きつけられた余波で波が生じ、船は上下に揺れる
ゾゾイを叩き落としたやつは岸壁に両手から着地。小さく周囲を震度させながら、両手は硬い岸地を砕いて埋もれていた
立ち上がり、体を震わせ舞い上がり肩や頭に着いた破片を落とす
その者は常に握られている拳から肘にかけて膨張したかのように、異様に発達していた独特な腕をしていた。その腕に負けず、巨漢な体である。オレンジに近い茶髪が短く切り揃えられ、頭頂部の中心へ流し栗みたいな髪を持つ頭部を、大きな右手の大きな小指を使って後頭部辺りをポリポリと円を描くように掻き始めた
「おい、お前はぁ?」
変なやつがいたもんだと、そいつを撃破したことだし戻ってチョコレートケーキタイムを再開したかったが、モトキの存在に気づいた
両者目が合う。モトキはすぐにゾゾイを助けに行きたいものの、相手は動けば反射的に襲うつもりでいる。しかし、ゾゾイが気を失っていれば長時間の海中放置はまずい
「発言してよろしくて?」
「許可するんでん」
「ありがとうございます。あの、さっきあなたが海にぶち込みましたお方を救出に向かっても?」
「ダメだんでん」
この野郎、最初の発言許可で寛大な部分があって内心少しホッとした自分の気持ちを返して欲しい
どうやらゾゾイを救出する前に、力づくでこいつを蹴散らさなければならないようだ
急がなくてはならない、邪魔をするな、それらが掻き立てられ早くも狂暴化の初動が現れ、モトキの目つきを変貌させる
「一撃が望ましいな・・・!」
左手に両手剣を出現させ、右拳を握る。戦闘が始まろうとする中、海中では叩き落とされたゾゾイがバイクの左ハンドルを掴み、内へ引く
ガチャン!と何かが外れたような音がした直後、バイクは中央から真っ二つに裂け、それぞれが水平に対になるよう展開される
円盤か、昆虫の羽を模したようにも見える。そして下面から空気を放出させ、浮上が開始
その光景に恍惚していたが、うっかりそれに乗るのを忘れていたのでゾゾイは置いてかれてしまった
急ぎ泳ぎ海面へ
「ぶはぁっっ!!ゲフォッ!!」
口の中が塩辛い。海水を飲んでしまったがそれはまぁいい。先に浮上したバイクの行方である
突然、海中から現れた初見としては得体の知れないそれに、モトキも相手も釘付けとなっていた
空気を使っての浮上から、ガソリンと熱機関を使っての浮上に切り替えられていた。大気中の空気を取り込み、熱焼させて噴流を生成させ浮きながら停滞させる
「あれ?そういや、前に使って自動攻撃設定から変更したっけか?」
敵の認識機能というより、生命反応を感知して探る。近くに二つの反応があり、それに目掛け突撃を開始
「なんだあれはんでん!?」
こっちが訊きたいモトキであったが、元がゾゾイのバイクだということが判った。どういった機能が知らないが、あれは攻撃を行うつもりでいるのだろう
とりあえず様子見をしようとしたが、変形したバイクの突撃を相手は避け、「え?」の一言の後、自分に激突した
「ぐばーーーっっ!?」
モトキを撥ね飛ばしたバイクは元の姿に戻り、独りでにブレーキをかけながら方向を180度変え、猛スピードで追撃をしてきた
狙いは攻撃が当たったモトキである。まだ生命反応が消えてないので、それが消えるまで攻撃を続けるつもりだ
撥ねられたモトキは鼻血を垂らし、それを手甲で拭いながらも自分に迫るバイクに飛び乗る
しかし乗ったはいいが、ここからどするればいいが解らない
「くそ!別に機能付けるなら普通操縦の取扱説明書でも付けとけよ!」
案の定、すぐに転倒した。というよりは、バイク自体がワザと転倒したようにも見える
そして、これもワザとらしくモトキを下敷きにしていた
「モトキ殿!!大丈夫か!?」
「おぉ・・・ゾゾイめ、無事だったようだな。まぁ、見て解らんかだろ」
それだけ言語をはっきり喋れるなら大丈夫だろと強めに背中を叩かれる
「お互いを労りあってる余裕はないんでん。段々と労り声を送り合う余裕もなくなり、先に片方が死ぬか両方共にぺしゃんこの結末が待ち構えてるんでん。死神が手を振ってお待ちしてるんでん。運んでやるのはおいどんのお役目んでん」
鼻息を荒く出しながら、両腕でクロスさせるように何度も動かし、脇下を叩く
そんな彼の語尾に、モトキもゾゾイも苛立ちを覚えてしまいそうだ
ずっと隣で鼻をすすられているのと同じぐらいに
「よーしモトキ殿!!クローイらが到着する前にあの野郎を始末して船を沈めとこうではないか!!無駄な移動労力だったと彼女らに愚痴らせようぜ!!」
「お前、俺にかけてくれた移動に労力を使う必要はないの優しさは出発地点に置いてきたのか途中で落としたのか?」
右手に盾を出現させる。すると、遠くの方で強大な雷が落ちた
自然現象とはかけ離れた力を感じるが、あちらはエモンに任せている
時々行う戦闘前の気合い入れみたいなもの、両手剣の刃を盾の面に当て引き、火花を散らせた
「あれ?」
いつもと感触が違う気がした。手に残る重みが違う
その原因は一目で判明する。盾と剣身には霜が付着していた
それに気づくのに続き、隣にいたゾゾイが盛大なくしゃみをする
「ぶえっくしょい!!あぁー・・・」
突如として気温が凍てつく寒さへと変貌。夜の海近くなど強い寒さを体感できる場所の一つである
「この季節にこの寒さは異常だろ!!モトキ殿!!」
「異常しかないな!」
もうすぐ学園も夏休みに入るというのに、この寒さでは夏に美味しいホットコーヒーを楽しむことになりそうだ。暑い季節に飲むホットコーヒーも嫌いではないが
ゾゾイはバイクに抱きつき、必死に車体の僅かな熱で暖を取る
「グ、グラディフ様!」
ずんぐりむっくりな、かなり肥満で大柄な者が身につけるよう意識して作られた黒と青が基調の鎧が目を引く。船が上下に揺れており、原因はそいつが船頭に飛び乗ったからである
その者はただじっと、こちらを眺めていた
巨漢の男は息と唾を呑み込み、慄いた様子で、やつの視線は気温的な寒さとは違う悪寒を生むのか、体も声も少し震える
「グ、グラディフ様!こんなやつらなど、すぐに蹴散らしてやるんでん!赤子の手を捻るよりも容易くにおいどんが!」
それを聞いてグラディフという者は、「頑張れ」と書かれた旗を両手に握り小さく振り始めた
巨漢の男は何かを思い出したかのような顔となり、表情が明るくなってきた。こいつらを原形すら残さぬぐらいブチのめしてやるといった不敵な笑みを含んだ眼力でこちらを睨む
「凍槍グラディフか!!まずいやつがお出ましだぜ!!」
「俺は名すら全く存じあげないけどな」
目の前にいるこいつなど、どうでもよくなっていた。船頭にいるあの者の方が強大であった
名を知っているゾゾイとは逆で、モトキは名も通り名も知らないが、本能と本人らから発せられる気配で差はなんとなくだが汲み取れる
白い息を吐き出す頻度が増え、より一層の警戒心で身構えた時、馬が駆ける蹄の音が耳に入ってきた
猛スピードで迫り、馬体はモトキとゾゾイを跳び越え、前脚の蹄は巨漢の男を踏みつけにかかる
「駄馬め!夜食の足しにしてやるんでん!」
その剛腕を振るい一撃で蹴散らそうとするも、その腕に騎手であるクローイが銀製の回転式拳銃、魔撃より純白に発光する楔が腕に発砲され貫いた
その一瞬の隙に顔から踏み潰される寸前で、船頭から跳んだグラディフが馬の腹部に右手を当て容易に受け止めると、騎乗するクローイごと軽々馬を投げ飛ばす
「え?ちょっと!」
猛スピードで馬体とその馬に乗る彼女は飛んでいくが、それより速く走り追いかけ、跳躍したモトキが全身を使って受け止めるが、案の定、1人と一頭の下敷きとなる
「ぎょえええええ!!」
「ワァオ!!痛そう!!」
馬の尻が顔に直撃している。「ありがとね」と一言礼を述べ、馬から跳び上がったクローイに続き、座り込んだ馬も尻を上げて立ち上がる
下敷きになっていたモトキは、寒い中に動物の温もりを感じたせいか、起き上がる力が中々湧かない
「お、顔に馬糞は付いてないぞ!!良かったなモトキ殿!!なにしろ、俺が手入れしといたからな!!」
誇らしげに語るゾゾイをよそに、段々とまた寒くなってきて、あの温もりが恋しくなってきた。バイクの車体熱とは違う、生物の体温による温かさが欲しい
起き上がると、クローイが何かを書き記した紙を馬の頸革に挟ませ、尻を優しく叩き、この場から走り去らせる
入れ替わるように、遅れて白馬が到着した
「あーっ!アルフィー!あんたなるべく遅く着くようにしただろ!」
「はてさて、なんのことだか?」
白々しい。後ろにアオバを乗せているのが嬉しくて、ついその一時を長く要したく、到着を遅らせるようワザとスピードを下げたり、余計な回り道をしてきた
さすがにアオバに勘付かれたのか、背中の肉を摘まれたので途中から普通に走ってきたが
「グラディフ様!雑魚が1人、また1人と増えましたがここはおいどんが!」
「そう言わないで。ワ・・・自分とて、待つだけは退屈」
初めて、グラディフという者の声を聞いた。だが、何かがおかしい。低い声だが、生声のようには聞こえない
疑問と怪しさに警戒をするモトキの隣に、馬から下りたアルフィーが並ぶ。黒い球体を出現させ、右足がそれを踏んだ
「凍槍グラディフ・・・!まさか黒き魔王の親族がこうもあっさりお出ましとは。総大将はイグバッツだが、お前を討てば総大将を取るに等しくだな」
「生意気な小僧が追加されたんでん!グラディフ様を討つ?はん!無理な話をほざくやつだんでん!グラディフ様に届く前に、おいどんにプチっと潰されるんでん!」
アルフィーと巨漢の男の間に火花が散る。一呼吸後にでも両者の戦闘は始まりそうだったが、グラディフが巨漢の男の背後に回り、両頬を指で摘んで引っ張り落ち着くよう言い聞かせた
「はいで!?いででででで!!」
「クググクよ、戦闘を始める前に準備運動するぐらいの時間を要しようじゃないの」
頬から指を放し、彼の頭に立つ。引っ張られた頬を涙目で撫でるクググクという男の頭の上で、デブ鎧のグラディフはモトキ達に宣う
「皆々様方、こちらの都合で申し訳ないが1分ほどお待ちいただけないだろうか?」
「いいぞ」
モトキが間を置かず、他と考えを出し合ったりもせず、真っ先に許可した。「おい!」とアルフィーが叫ぶが、向こうはその許可を得て勝手に物事を進める
グラディフは岸壁から海に飛び込む。しかし海面にぶつかった音はせず、水飛沫は上がらなかった
彼が着地した場所が凍り、足場となっていた。一歩一歩進む度に、凍結の範囲が侵食し広がっていく
停めてある船に着き、船頭に右手を添えると腹の底から張った大声を出した
「イルベター!!リア!!」
二つの名を呼んだ。二つの影が船から跳び上がったのを確認してから船体を押す。大きな力をぶつけられたかのように船は猛スピードで後退しながら進み、1.24マイル(約2キロ)離れた地点で停止
その船の位置まで彼が立つ位置から広く凍結が及び、氷の世界へと変貌させる
より、寒さが増した
「もうクググクの殺戮劇場観戦は終わりですかい?」
濃いめの茶髪の前髪と後髪を整髪料でも使って前後に尖りを作った独特な髪型をした細めの男がクググクの右肩に着地した。緑色の上下ジャージであり、上は素肌に羽織るだけで下は裾をロールアップにしている。履く白いスニーカーは特注品
リアはエルフの女性であり、モトキとアオバとクローイは顔を知っている。タイガが返り討ちにしたが生きていたようだ
彼女はクググクの前を遮るように着地
「リアちゃん、ちょいとどいてくださいなー」
「あ、はーい」
前後に髪を尖らせた男に言われた通り、その場から少し離れた場所へ移動。肩から下りたイルベターとクググクは急ぎ、グラディフを真ん中に左右に立つ
相手から見て、イルベターは左に、クググクは右に、そしてグラディフを中央に立たせるのがこだわりである
そして、最初にイルベターが片膝をつき、親指と人さし指を開いた右手を顎に付けキメ顔に
クググクは両腕を曲げて上腕二頭筋を全面から見せるマッスルポーズをとり
最後にグラディフが左手を腰に当て、右手はピースサインを作り、それを横にして額近くまで持っていくと外へ引くように動かす
何処か放たれたのか、ポーズの決まった御三方に後光が照らす。ババーン!という効果音付きで
モトキとゾゾイが感動か感心か、「おーーっ!」と拍手を送る中、他3人は何を見せられているんだ?といった無表情
「こいつらのテンションはともかく、残された1隻が蛻の殻の囮じゃねーことが判明したな。なら、殿か?殿にしては凍槍グラディフがいるとは・・・!」
囮?殿?一体なんのことだ?そんな話を聞いてたか?と相手側は全く知らない素振りで、それぞれ顔を見合う
やれやれと、君達には呆れるなと言いたげな顔と溜息を溢し、イルベターという男は櫛で尖らせた変な髪をとかし始めた
見るからに大して乱れたり変化もないのに、櫛でより気持ち的に髪を尖らせる。最早、これは日常に行うクセなのだろう
「まさかあなた方は、船の2隻が消えたのは俺らが撤退を決断し、背中を刺されたら敵わないので1隻を残し、勇気ある者達による殿をしましたと?それとも中に誰も乗せないで爆弾なり仕掛けとき、罠として事態を怪しんで来たやつらをドカンとするとでも考えていたのですか?」
自分らがした事態と状況の想定を見ていたかのように看破された。言い訳をしたが親に嘘がバレて何も言えなくなった子供みたいに、クローイとアルフィーは目を背けてしまう
「船だって安くないのですよ。よっぽど最悪な事に転じなければそう簡単に捨てるべきではありません。造るに資金提供したハート様とジョーカー様が泣きますから。あらゆる可能性を考慮と想定して事態に備え心構えもしておくのは結構ですが、想像力が足りませんね」
安い煽りであるが他より沸点低めなアルフィーはカチンときたのか、つい乗せられ攻撃を仕掛けようとしたのでモトキが行動を遮るように問う
「じゃあお前らは1隻残されたこの船で何をしているんだ?喧嘩別れか?」
「る・す・ば・ん!留守番!消えた2隻はゾムジさんが革命軍と戦闘を始めたのでその救援に発ちました。ここにいる彼女、リアちゃんはゼナナちゃんって方とイグバッツさんに付いてゾムジさんの救出に向かうはずだったのですけれど寝過ごしてしまい、置いてのかれちゃったのです」
「やっちゃったわ」
何故か照れるエルフの女性。そんな彼女を庇うつもりではないがグラディフが「戦闘疲れもあったので」とフォローを入れる
「叩きのめされちゃいましたからね、だけど今この場にそのタイガって小僧はいないみたいで。スリルすら生ぬるい相手だったけど、いなければいないで広がった箱穴に小さな珠を入れるものよ」
それを聞いてアルフィーの癪に障ったのか、額に血管が浮く
「俺じゃあ広がった穴には容易に入ってしまう小さな珠の存在ってことか?」
「そういうこと」
釣り針にかかったと見るや、馬鹿にするつもりはなかったが、ワザと煽るような口調で
どう見たって挑発はじめの第一歩だがその足すら払い退けたくなるものだ
クローイらが乗るなとあえて忠告はしない。無理だから
後ろへ振り上げた右足の爪先にまで力を入れ、黒い球を蹴り放つ
それに避ける動作も対処するつもりもなく、グラディフが数歩、前に出た
「クググク!」
「承知んでん!」
蹴り放たれた重さのありそうな黒い球へ、クググクはスイカぐらいのゴムボールを投擲。投げる際に大きな手に握られたそれは、柔らかさを教えるには見るだけで結構に、指圧で歪んでいた
「あんなボールで!」とアルフィーが叫ぶが、次の瞬間には鈍い音と共に蹴り放った黒い球は押し負け弾かれてしまい、ゴムボールは猛スピードでアルフィーの腹部に直撃
「硬っ!!」と口から少量の血を垂らしながらその言葉を残し、あっという間に彼はモトキらの視界から消えた
吹っ飛んだアルフィーは、港頭と隣接する町を自身が砲弾となったかのように、破壊していく
「ア!アルフィー!大丈夫か!?俺の声が聞こえるかーっ!?」
当然、返事は返ってこない。彼の身を心配するモトキの隣でアオバが「能力ね」と呟いた
それに、「だろうな」と返す
吹っ飛んでいった光景に、高笑いするクググク前で佇むグラディフの威圧か気配か、それらが冷気として漂っていた
寒い、ただ寒い。戦闘前の血が熱くなり全身を駆け巡る感覚を帳消しにしそうな寒さ
「次回、凍てつく氷海に散る。お楽しみに」
突然グラディフが何かを宣ったかと思えば、彼の足元から岸壁を凍らせ始めた
イルベターは櫛で髪を整えるのをやめ、クググクは荒めに鼻息を荒げ、両脇下を両腕をクロスさせながら叩き前に出る
氷を踏み砕く足音は、死を運んできた死神の足音とでも言うべきか




