地をいく傭兵団 17
頭を踏みつけ、右足底が押し蹴り飛ばす。モトキの頭を踏み台にして出し抜いたエモンが、幅が広い刀身を持つ大太刀を振り、空を斬るようにして飛ばされた薄白い斬撃は上空に現れた雷により作られた巨大な球体へ
それで攻撃して撃ち砕くのではない。斬撃は大気に溶け込むように消え、完全に消滅した瞬間、その先にエモンが現れる。撒き散らされた黒羽根と共に雷の球体へ斬りかかった
「ブーストエッジ!」
シンプルな技名である。大太刀の峰に数個の小さな光の球体を出現させ、光を噴き出させるとそれに引っ張られそうになりながら、大きく大太刀を振り雷の球体を斬り抜けた
切断され上下に分かれた雷の属性エネルギーの集合体は複雑に歪み、一気に縮小し上空に2本の線を走らせた次の瞬間、夜空を広範囲に稲妻が走り、やがて収まる
「巻き込まれて死んだか?」
冗談を言っていたモトキの頭上に、エモンが落ちてきた。頭の上に着地され、モトキは髪を残して全身が地面に埋まってしまう
「ダイバー!」
踏んづけたモトキなど御構い無しにダイバーを呼ぶ、彼は「わかっている・・・!」と神妙な面持ちで近くにいながらずっと夜空を眺めていた
「あの雷の力、やはりか」
「ランべ・・・!」
悪い胸騒ぎがする。準備とか周りに報告もなしに、すぐにでも出向こうとするがモトキを引き抜こうとするアオバの隣で、クローイが団長を呼び止める
「ちょっと団長!何処か行くつもり!?」
「止めてくれるな。己が因縁と、友の仇として友を討ちに行かなければならない」
「私情で走り仇を討つ・・・あたいは割と外でぶらぶら自由にさせてもらってる分、団長にとやかく言うつもりないけど他の皆にはどう説明しておく?ヤーデックとか、団を任される立場が何も告げず独りでに行動するな!って古参風吹かせて説教垂れてきそう」
「何かあり、自分が二度と戻れなくなるもしもの事態となった場合、次の団長は各チームの頭共に伝えてある。だからクローイ、俺は行く。行かなければならない」
埋まっていたモトキが地面から飛び出したので、彼を引っ張っていたアオバは急なことで驚き、尻餅をついてしまう
服に付く土汚れを手で払いながら、埋まってながらも話は聞こえていたのでエモンに尋ねた
「おいエモン。友とか仇とか、さっきのあれを起こしたやつを知ってるみたいだが?」
「昔、ちょっとな・・・」
ちょっとでは片付けられない関係性であるのは察せよう。深刻であり、怒りを感じさせる顔つき
エモンがこうまでなるのは、珍しいことだ
「復讐を否定はしないがまずは自分のいる立場とかを考えてみたり、敢えて自覚を意識してみても遅くないんじゃないか?どうせ行くなら」
「お前ごときに説教される筋合いはない。いつかブーメランとならないようにな」
カチンとくる物言いである。眉間に皺が寄り、険しい顔でぶん殴ってやろうかとも企んだが、ダイバーが彼に「行こう」と声をかけたのでタイミングを失う
「今回の革命軍を率いているのがランべとわかった以上、ここも聖帝兵とこの陣営、敵の船もいずれは戦火を起こされ燃え広がるだろう。あいつが動いたということは三つ巴が睨み合っていた現状に痺れを切らし、先程のといい、他に仕掛けてくるはずだ。そういうやつだから」
「そういうやつだったもんな・・・」
あの雷による巨大球体は挑発の一つと取れる。それに乗せられ行けば罠かもしれない、それでもかまわない。あいつはどういった野望があり、国を裏切り革命軍に入ったのか、その真意を確かめ、裏切ったランべを討つ
二人は頷き合い、もうこれ以上走って去っていった
止める理由はないが、自然とモトキの口からエモンの名を叫んでしまう。心配とかではなく、これからおこりうる胸騒ぎからによるもの。意味もなく口から溢れる
そんな彼の背に、クローイがもたれかかってきた
「団長と英雄さんの事情は後に、あたいらはあたいらのやらなきゃならないことをしよう。まずは聖帝兵の陣営に連絡を入れて連携を取り計らい、団長不在の今、傭兵団の指揮を誰が行うべきかを決めないと」
「クローーイ!!」
「そうだな」とクローイに同調しようとした矢先、彼女の名を呼びながらルパが走ってきて彼女がもたれかかってたモトキを体当たりで突き飛ばしてしまった
地面を数回跳ねて転がっていくモトキに、もたれる相手がいなくなってしまったクローイはそのまま後頭部から倒れ、地面に強打
今日はなんだか人が突き飛ばされたり殴られたりして吹っ飛んでいくのをよく見るなーとアオバは遠くで尻を突き出しながらうつ伏せになっているモトキを見つめる
「うおっほぉぉーーーっっ!!いてぇっ!!」
「コフキより急報。革命軍側からの動き、尖兵の大軍が発ち、途中兵を分断させ片は港頭に向かい、片はこちらに」
ぶつけた部分を両手で押さえ、左右に転がりを繰り返しのたうち回っていようが御構い無しにルパは状況説明を開始
先程突き飛ばされたモトキが両手剣を杖代わりに戻ってきた
話は聞いていた。革命軍の名を耳にして溜息が出てしまう
「革命軍かよ。王都を攻めたやつらじゃなくて、先に行動起こしたのは革命軍かよ。もうしつこいぞ革命軍め。村でといいさ、ジョーカーとの接触後や、ミナールとこの一件とか・・・」
つい愚痴りたくもなる。まだ半年も経たぬ期間で、あいつらには痛い目にも酷い目にも遭わされた
ニハは自分から邪魔をしてこない限り敵対はしないと言っていたが、そうせざるを得ない事態へと発展したり、状況へ、運命か偶然か必然か、引き寄せられたり誘われている気がする
「騒がしくなってきた序章に過ぎないというのに、モトキはもうくたばりそうだな」
嘔吐物まみれとなりシャワーを浴びてきたアルフィーの髪からは湯気が立つ。服装も黒い半パンに白いシャツ一枚とラフな格好に着替えていた
アオバに近づき、右腕を彼女の顔に持っていく
「ほら、もう臭わないだろ。どうだい?」
髪と肌から同じ匂いがする。シャンプーとボディーソープを分けて使わないまとめ洗いするタイプだろう
彼女は困ったような苦笑いで「うん、良い香りね」と優しく彼に簡単な感想を言っておいた
「だろ!」と、なんだか嬉しそうなテンションである
「おい、もっと他のアプローチ方法あるだろ」
彼の頭頂部に左手を置き、押して無理矢理しゃがませ自分も同じ目線からこっそり助言
モトキ自身は色恋沙汰に無いまでとはいかないが、あまり興味はなく、そんな暇ないと言い聞かせてるくせに他人のには敏感である
年頃なので思春期特有の悩みもあるし、性欲は持て余しているが
「事の次第が終わったら食事に行く約束してみるとか、そういったのから始めろよ」
「お前に言われるのは癪だけど、まぁ手探りでものは試しか」
改めて、アオバにこの一件が片付いたら食事でもと誘おうとしたが、突如として突風が木の葉と共に辺り一帯を抜けていき、物音も気配もなく、クローイとルパの間を遮るように、いつのまにかコフキが佇む
さすがに今じゃないなとアルフィーは誘うのは後にしようと空気を読んだ
「ルパ殿、革命軍の進行があり現在の港頭の方を見て参りましたが・・・」
「ついにあっちも迎撃に動いた!?」
「いえ、それが3隻あった船が1隻を残して忽然と姿を消してしまわれまして」
「1隻を残して?逃げた・・・?クローイはどう見る?」
「本当に逃げたなら1隻を囮に、中は蛻の殻にしておくのもあり得る。爆薬なり置き土産を残しておくとかさ」
「はたまた勇敢なる殿か・・・」
二つの勢力、そのどちらも動向と目的が憶測の域を出ない。傭兵団に教えられているのは王都の奪還のみ
これからコロコロと先が二、三転することもあるだろう
気のせいか陣営内の空気がピリついてきたような、精神状態の影響かそれを感じ取りやすくなってきていた
「クローイ殿、ルパ殿。団長さんにもこの報告をしようとしましたが、不在でして」
「団長は個人的な野暮用があって、な。あんた今件が最後の仕事なのに、締まらない形になりそう」
「最後だからこそ、どのようであれ自分なりにきっちりと仕事を務めさせていただきたい。生きて、我が里に帰郷し、新たな里長となったコチョウラン様にお会いしたい。前の惨劇より反乱因子を潰えさない為に逃がされた某とは違い、あの方は逃げず、それにより天から幸運を齎したのか訪れた旅の者と結託して打破されたのなら、某ももう逃げるのはやめたい。次は最期まで・・・」
話に出てきた旅人にモトキは興味が出てきた。旅の道中、訪れた先で里内の事情に巻き込まれても手を差し伸べ、そして救うとは余程の強さを兼ね備えた聖人に違いない
「里を一つ救うなんて、そんな正義のヒーローさんには一度お目にかかりたいものだな」
「某だってせめて御礼の一言を・・・」
内心、コフキは郷里より一報が届いた時、飛び上がって喜びたくて堪らなかった。経緯を辿りこれまでを廻ると思わず感情的になり、ぐっと力強く拳を握ってしまう
もしかしたら罠として嘘の報が届けられたかと思ったが、書き終わりに姉から自分と二人にしか解らない合言葉が記されていたので確信となった
生きていてよかったと心の底より声にできる
「なら、このミッションを聖帝より派遣された兵達と協力して終わらせないとな」
「どうして傭兵団に所属してないお前が、一員みたいに意気揚々なの?」
「いいじゃんかルパ、団長も会いたがってあたいが連れてきたし腕は保証したげる」
「お前が買ってるのはいいが、私はどちらかというとあのタイガという小僧に力添えを願いたい。ぶっちゃければぶっちぎりの戦力だ。そのタイガはどこにいる?」
そう、アルフィーと共に嘔吐物にまみれてから姿を見ていない。モトキは何故だか嫌な予感が過ぎり、滝のように汗が流れ始めた
「いや、少なくともシャワーまで同行はしてなかった」
ルパが「そうか・・・」と呟いたその時、強大な轟音が鳴り響き、同時に大きく空間ごと揺れ、両足が地面から少し浮く。自然現象とはかけ離れた明らかに強大な力を感じた
そして続けざまに遠く離れたところで落雷が発生
「あの方角は王都付近の・・・!」
あの場で何が起こっているのかは想像つかないが、わかるのは戦火の香りがし始めたということ
団長が不在となった今、指揮するのはレップとペンシルの各隊長に絞られるが、あの二人をどちらにしても不安が残りルパの頭を悩ます
「派手な空模様だな」
「何処も彼処も、あまり時間の猶予はないみたいね、モトキ君」
立場と状況が判ってないわけではないのだが、騒ぎになり始めた陣営内とは違い、個人個人精神的にまだ余裕がある者が多い
事実、まだ戦闘も何も始まっていないので、直面するまで焦るか恐怖に慄くかどうか分からないものだ
「安心しろモトキ!アオバちゃん!お前らは俺が守ってやるからよ!」
「は?いや、アルフィーさんよ、勇敢なる挙手はありがたいが自分の身は自分で守るから俺のことはいい」
「私も。あなたは傭兵団としての任務に集中しなさい」
「そんなこと言わずに頼りにしろよ」とアルフィーは馴れ馴れしくモトキの肩を強く叩く。こんなことされても、割と嫌いじゃない
「どうするモトキ?あんたの実力をあたいは知ってるけど、巻き込まれる前にここを発つ?」
「それにうんと首を縦に振れる性格だと思うか?」
クローイは「よし!」と声を挙げ、握って突き出した右拳でそのままモトキの右足首を掴んだ
彼女による「レッツとゴー!」の掛け声で、モトキは引き摺られ連れていかれてしまう




