地をいく傭兵団 15
最後に縫合して治療は完了。クロレンゲの意識はあり、血色も良い。無表情で天井を見つめる彼女は、戦いを振り返っていた
じんわり、うっすらと目尻に涙が溜まり、頬を伝う。色んな感情が耐えきれなくなったのか、皮切りに涙が一気に溢れ泣きだした
「痛むのか?じゃあなさそうだな・・・」
モトキには彼女の気持ちが薄々解る。これまで痛み分け、先に倒れることががあろうとも大きく一矢を貫かせることができたが、完全な、手も足も出なかった敗北後はその後しばらく、いつもどおりにいようとも自分の頭、胸にあるものが空っぽになったかのような感覚襲われる
ふと、なんであれ程の敗北を受けて負けたのに生きているんだ?と寝る前に余計な考えをしてしまい、夢見が悪くなることも多い
ずっと、ずっと、こびりつくのだ
「力強くもあり、柔らかい剣でもあった・・・型から外れた剣が永遠に強くなることができ、全員がそれを目指し、開拓していく。そう思っていた・・・なのに、あの者は型に嵌った剣術で私のこれまでを捌いてしまった・・・」
思い知らされた実力差。開始にあった自信と自惚れは完膚なきまで叩きのめされ、今はただ虚無に近い
最後に湧くのははやはり悔しさであり、彼女は腕で自分の目を覆い隠す
「よくまぁこの傷で意識保ち生きてられてんだから儲け、儲け。ポリシーとかプライド何かで命絶ったり剣を捨てるようなことしたら、そんなくだらない気を起こす前にあたしがあんたを殺すからな」
いそいそと余分に用意したタオルを畳むアオバの横で咥えたタバコに火を点け、一息深く吸って天井に吐き出す。最初にテントに入った時に見たのと変わらず、気怠そうな姿で「あああぁぁ〜〜・・・」と声をあげた
「黄ばんできたなぁ、このテントも。団長のツケで換えるか・・・」
タバコの味を肴にウォッカを口に流し込み、焼けたように熱くなる喉と後味を楽しむ
一仕事終えてからの一服と酒は最高にうまい
医療テントを次はもう少し大きめのサイズにしようか?なんて考えていたらそのテント代を支払うことになった団長が入ってきた
「黄ばみで換えるなら、まずはタバコを控えるべきだな」
「おや、腹でも痛めたか?ダイバー・・・」
「腹痛めたぐらいならばここにいるよりかは、自室で寝ている方が安全だ」
露骨に不機嫌な顔で団長に細めた目を向ける。ダイバーは相手にしない。治療を受けたクロレンゲをじっと見つめてから、モトキとアオバにも視線を配る
「起きた事態は把握している。貴様らが勝手に外でゾムジと戦闘を行ったことも」
最初に二人が殺された件もあり、彼に報せがいくのは当然だ。いかない方がおかしい
「一言も報告なく外に出て、ゾムジと闘い、それを見届けた俺らや、雇い身であるクロレンゲを追い出すか?規律なり理由で」
「追い出す?報は耳に入っていたくせに、後から人を寄こさずにいたあんたにそれを咎める権利はあるかい?」
モトキに続き医者の女性は説教口調でダイバーに問う。彼は溜息で一度間を置いてから呟いた
「違うんだ母ちゃん・・・」
その一言に、モトキとアオバは背筋から硬直してしまう
「咎めるつもりはない。過ぎたことであり、ゾムジと陣営地内で戦闘せずに済んだと捉えるべきだと俺は思う。かなりの被害が想定されていたやもしれんが最小限の被害に留まり・・・いや、最小限でも被害だが・・・」
最初に殺された二人については胸が痛くなるが、死とは隣合わせであり、その報が嫌でも立場上入ってくるので引きずっていては精神的にも身が持たない
「ここへ来たのはクロレンゲの様子見でもあるが、この話を、貴様らの耳に入れておいても良いだろうってな・・・貴様らがゾムジと別れた後、彼と革命軍との戦闘があった。つい先程」
それを聞き、クロレンゲは飛び上がったがじっとしてろと医者の女性が彼女の脳天に軽くチョップを入れる
「討たれたのか?」
「モトキ、やつの剣を見たのだろ?世に聞く剣聖の中でも最強と謳われるゾムジが革命軍の尖兵如きに討たれる姿が想像できるのか?」
「できん!」
当のダイバー自身は会ったことすらないが、こういった仕事が長いと名声や名ぐらいは耳にするものだ
医者の女性はウォッカを飲み、その剣聖達を知る限り思い出そうとする
「6名の剣聖か、数年前は5名だったのが、長い間を要して唐突に1名が加わってね・・・あたしが知ってる通り名はゾムジの百夜、優剣、灰森の狼、眠る狂遊」
彼女が知るのはこの4名のみ、ダイバーも同様。アオバは1名だけ、モトキなんて誰も知らない
「その剣聖を敵に、革命軍が次にどう動くか予想できん。一時終息はしているが、その戦火が俺達に飛んでくるやもしれん。心準備ぐらいはしておけ、戦うにも逃げるにも・・・ゾムジの他にも、問題だらけだがな」
「それは弱音か?」
「そう捉えてくれて結構だ」
話はそれだけ。母子にしては壁があるやりとりであった
そこに第三者が触れるべきではなかろう
医療テントを後にしたダイバーの次に、入れ違うようにアルフィーが入ってきた
すれ違う時、ダイバーは「げっ!」と声を腹からあげ、全力で彼を避ける
「モトキ!大変だ!」
「大変なのはお前だろ!全身モザイクだらけじゃねーか!」
嘔吐物の入ったバケツと共に蹴り飛ばされてから拭いてすらいない。怪我人のいる場でこの臭いがを振りまかせるわけにはいかないと、モトキとアオバは鼻を摘み外に出る
「何がたいへ・・・!」
異様さにはすぐに気づいた。空の果てには夜なのに太陽がある
いや、光ってはいるが太陽と云うには明るく照らすものではない。暖かくなく、寒気がした。気温とは違う寒さ
「じゃ、俺は仮設シャワーに行ってくるからな!」
「最初に行っとけよ」
嘔吐物のことなど頭から消えていた。話題はあの太陽に、誰がどのようにして発生させたものなのか、それともただの自然現象か
「モトキ君、あれほんのちょっぴりずつだけど大きなっていってない?」
「あー、そうかもな」
大きくなっているのではなく、近づいて来ている。ワザとなのか、ゆっくりと
ここへ落ちてくるならば、手遅れの距離となる前に対処しなくては
「おーい、モトキー。タイガを見かけなかったか?」
手に盾と、盾内の鞘に納まる両手剣を引き抜いた時、エモンが呼びかける。タイガはアルフィーと嘔吐物入りバケツに巻き込まれてから見ていない
「いや・・・」
「そうか、あいつに用があったのだがまぁいいだろう。まずはあの眩しいのをよ、撃ち落としてから捜したとて遅くはないだろ・・・」
右手に現れた身の丈より長い大太刀を鞘より抜き、切先を天へ向けるが、後ろから彼を抜かしてモトキが前に立つ
「あれはダイバーから俺に任されたんだ。でしゃばるな、モトキ」
医療テントに来たダイバーがこの事態を見て見ぬ振りをするはずはないが、エモンに任せていたからテント内で終始落ち着いていられたのだろう
モトキがその任を横取りする形となるので、大太刀で退くよう指図するが、手にする両手剣の先端をこちらに向け振り返った
「そう言うな。俺に任せてくれよ」
「自信があるのか。どこから湧き出た自信かは知らんが、それがいつか身を滅ぼす羽目にならなければいいがな・・・」
モトキの様子がおかしくなりだしたことには気づいていた。クロレンゲとゾムジとの闘いを見た影響か、闘争本能が暴走し始めている
眼に狂気が宿りかけており、別人の印象を受けてしまう
時間経過である程度を境に収まってくれるといいのだが
二人は抜かし合いを繰り返すも、埒があかなくなったのかふとした時には両手剣と大太刀は鍔迫り合っていた
アオバは呆れてツッコミを入れるすらしようとしなくなかったが、二人にダイバーが拳骨を落とす




