地をいく傭兵団 13
乾いた土の匂いは夜風に紛れて、星のない目に静かな夜
だだっ広い荒野、周りには見渡す限り何もない。自生する少ない水分で懸命に生きるか、順応して進化したか
クロレンゲはとっくにサーベルを抜き、臨戦態勢の姿勢でいるが、相手のゾムジは一向に鞘から刀を抜かず、構えを取らない
闘うやる気はなさそうに見えるが、それが不気味である
それは勝手な解釈で、自身は本当にまだ急ぎ始めるつもりはない。気を張り詰めていては疲れるだけ
「決闘を挑まれるなど、いつぶりだろうか?いやー?案外?」
彼の様子に、彼女も一度体勢を解く。まず目がいったのは腰に携える刀
おかしい部分に気づく。聞いていた話とは違うことに
「扱う刀は一本だが、常に腰には二振りの刀を帯していると聞いていたが・・・」
殺気と戦闘欲をバチバチに放っていたくせに、普通に質問してきたので包帯で表情は誰にも判らないが、意外な顔をしている
「確かに、元は二振りあった。あまり世に名が轟いてはいない、名刀と言われたら首を傾げられる刀二本。それでも俺の愛刀だ、思い出もちゃんとある。その内一振りは、一つの光と闇が混じった存在に賭けてきた」
つまりは、誰かに渡したようだ。紛失したとかであれば、呆れて物も言えなかっただろう
「渡したことに後悔がなければご自由に・・・」
「後悔は微塵もない。そいつには、俺の教えれる全てを教えたつもりだ・・・あんなに小ちゃかったのにな」
「弟子?あのゾムジに!教え子!?弟子をとる真似など、一番しないと言われていたゾムジが!?」
しみじみ、過去の思い出を振り返る中でサラッと出た発言に驚きを隠せない
彼の元へ何度か弟子入りに訪れた者はいただろう。それを断り、追い払い、最悪手にかけたという話も耳にしたことがある
ゾムジへだけは弟子入りを諦めろ、それが通説であった
だが、教え子がいたことを今知る
そいつは今どこにいるのか尋ねようとしたその時、モトキ達が到着した
「もう決着はついたのか?」
彼女を追いかけた組で一番乗りはモトキ、続いてタイガが着く
「お前足速すぎるだろモトキ!」
最後にアオバとアルフィーが共に着いた。モトキの足の速さに触れる彼とは別に、アオバは一言も言葉を発さず、静かに息があがる
見失う前に着けてよかったと、追いつけず、離れていく背中は不安を掻き立てる
「ギャラリーがいてくれてよかったではないか。俺を倒した証人がいてくれるぞ」
「いようがいまいが私には関係ない、眼中にない。貴殿を討ち、貴殿の得物を拝借すれば終わり。必要なのは貴殿に勝利した一戦、私自身の記憶として残すこと!」
「それはどうだろうな・・・」
ここで突然、ゾムジは顔に巻かれている包帯を解く。軽く後ろに流す濃いめのグレーの髪と、物静かそうでどこか残忍さがある髪と同色の眼が露わとなる
急に顔を見せられ、全員ただただ驚いた
「さあ、相手をしてやろう」
黒い鞘に納められる刀の鍔を利き手とは逆の左手親指で押し、数センチ刃を覗かせ戦闘体勢へ
今から始まるという時に、アルフィーは舌打ちを鳴らす
「ちっ!自分の目的だか探し人かなんだか知らねーが、こうも自分よがりに行動したくなるぐらいよっぽどなやつなんだろうな。しゃあね、助太刀してやるか」
黒い球を足元に落とし、蹴り上げ膝でのリフティングの最中、タイガが「やめておけ!」と怒鳴った
リフティングによる蹴り上げを誤り、黒い球はモトキの頭に落ち、鈍い音と共に鼻の両穴から鼻血が少量噴き出す
鼻血を垂らしながら胸倉を掴みにかかり、アルフィーは「すまん」と一言
「ここで助太刀に入れば、彼女は俺らを構わず斬り捨てるすら躊躇わんぞ。俺達は静観の立ち位置でいてやるのが今の礼儀。これは彼女が仕掛けた喧嘩だ」
「決闘ね・・・敵味方、悪善限らず、1対1での決着が美学とされる。クロレンゲさんの身の心配は解るけど、彼女を信じて私達は手を出さないでいましょ」
タイガとアオバに諭され、一瞬間を置いてからアルフィーは黒い球を踏み潰すようにして消す
ゾムジを前に、クロレンゲは歪んだ表情で悦に浸っていた。これもまた狂気の一つである
1つと1つの刃が交わろうとしていた
「挑戦者への配慮、余裕からの敢えて相手側から仕掛けさせる。そんな真似、俺はしない」
居合いの構え、ほんの一瞬にして鞘から刀を抜き斬り上げ、再度納める。影のように黒く、不気味に発光する斬撃が縦に地面を裂いて飛ばされた
避ける余裕はない。迫る斬撃を真正面から、サーベルの刃を叩きつけ、斬り裂こうとするが手応えで直感する
迎え撃ち、斬るのをやめ、受け流すように自身を左へ動いて避ける。強大な斬撃は遥か彼方へ、地を大きく裂け消えていった
「な、なにあの攻撃は?最初の攻撃を受け、躱すだけでこんなにも・・・」
「どうした?俺は逃げんぞ・・・」
「くっ・・・!」
轟く声。彼女は叫び、一気にゾムジとの間合いを詰め、剣を振るい、速くも凄まじく激しい連撃を浴びせる
そこに技はない。猛々しい剛力からなる猛攻
しかし、その攻撃の手を全て彼は両手で握りはしない、右手で握る抜いた刀で表情も位置も変わらずに軽く捌いてしまう
認めたくない。彼との差を、届かなさを
彼女には早くも焦りと必死さが滲み出始めていた
「お前の腕程度で、力に任せた猛攻の剣技では俺に届かん」
彼女が疲れるまで待つ気はない、サーベルの刃を一度力を入れ弾き、続けて上から叩きつけ地面へ剣先を押し付けると腹部へ蹴りを放った
吹っ飛ばされたクロレンゲの手にサーベルは無く、地面に刺さったまま
それを引き抜き、蹴り飛ばされた彼女へ回転を加え投げ渡す
「取り返す手間を省かせてやったぞ」
回転しているから取りにくいなんてことはない。彼女は刀の柄部分を掴み取り、両足底を地面に着け、力を入れてブレーキをかけると吹き飛ぶ勢いを足底と地面の接触部から土と煙を上げながら止める
先程の獣の如きの力に任せた連続する攻めとは違う。両手で握るサーベルを水平に持ち、走りながら上方へ持っていく
何か技を仕掛けてくるようだ
「白灯扇武!逆!」
刃先に白く淡い光の球体を帯びさせ、距離を詰める前に上方から下へ縦に振り抜き、6つの白き斬撃がゾムジの頭上より下へ逆さ扇状に広がっていく
6つの白い斬撃は、扇の骨のようである
しかし、彼女はこの技で仕留めるつもりはなく、あくまでも陽動
「霧払翼!」
頭上から落ちる白き斬撃を容易く斬り払ったゾムジへ彼女が急接近。霧世界を払う片翼の翼が見えた。軽やかそうで、剛力による一太刀。剣を振る力は翼の羽ばたきとして、強風を巻き起こす
手応えの前兆があった。自分に対して強者の余裕みたいな雰囲気を醸し出しておいて、狩る気のない太刀筋で捌き、そんな真似をした相手に討たれるのは滑稽だと罵ってやろう
「入る!」
モトキが右拳を思わず握り、叫んだ。タイガですらそう思った
鈍い音が響く。この後に映る光景は両断されたゾムジの姿
そのはずだった。彼女の一撃は、羽虫を手で払うが如く、鬱陶しい程度の扱いで先端の切先部で軽く突き止められてしまった。それ以上進むことも、剣を振るうこともできない
剣が、実力と共に届かない
「う・・・!うぐぐっ!」
「なんとも猛々しく荒々しくも、優雅さを含みを持つ技よ・・・だがこの差を、まだ吞みこめず俺に挑むか?何故挑む?何故挑みたかった?お前の剣には、勝つ為の覚悟しかない。誰にだってあるものしかない」
突き押しから素早く刀をサーベルの剣身の下に潜らせると瞬時に振り上げ、彼女ごと力技で弾き、続けて胸下辺りへ刀の切先部を浅めに突き刺した
「クロレンゲ!!」
自分の名前を呼び叫んで何になる?刺され、そのまま持ち上げられ、激痛が遅れて走る中、叫んだアルフィーを尻目に、つまらない相手をさせられていると言いたげな表情のゾムジを睨んだ
口から血を吐き、鉄臭い味が口と鼻を突き抜ける
「剣を落とさずにいるのは褒めよう。だが、これにて挑む姿勢はやめよ。戦いの最中成長を期待しても、俺とお前との差では何日夜寝て朝を迎えなければならぬ・・・まいったの一言で良い、言わなければこの刀がじっくり上がってお前の心臓を切るだけだ」
解っていた。当然、彼女の口からから降参の一言が出ないことは
刺さる刀の身を左手が掴み、ゆっくりと自身を後退させ抜くと地面に落ちた
「ふぅ・・・ふぅ・・・よしー・・・」
刺された箇所からの出血は、気合を入れ直す為に全身に力をいれ、ブシュ!と傷口から一度血を噴き出させて止めた
塞がったわけではないので、興奮して気持ちが高揚したり、踏み込む力や、剣を握る力、攻撃等の激しい動きをすればまた同じように噴き出し、溢れてくるだろう
「まいったと這い蹲れば、慈悲で見逃すとくだらない交渉をしないで!お互い、どちらかが倒れるまで降参はなし!」
「生き急ぐか・・・純粋であり、不純であり、野望まみれであり、姿形違えど覚悟の一文字」
刀を一度を振り血を落とす。再度構え直したクロレンゲに、ゾムジは血を振り落とした刀を鞘に納めた
「なんのつもり・・・?」
「もう、やめておけも言わん。面倒事と扱い捌くのはやめた。これよりは、俺の仕切り直しだ・・・!」
腰に付ける鞘を左手に持ち、前に出すと刀を一気に抜く。眼差しが先程までとは違う、敵と認知する眼
反りの少ない直刃刃文の刀身に、黒い影が蛇の如く纏わり始めた
「この命をかけ、お前をこの妖刀とくだらない囁きを振りまかれてきた刀が、散らしてやる」
彼女のサーベルを握る手が無意識のうちに震えていた。武者震いだと前向きに自分で捉える
刺された痛みを忘れ、左からサーベルを大振り斬撃を飛ばす。同時にゾムジは素早い踏み込みと共に強烈な突きでその斬撃を突き破って彼女との距離を詰め、一撃を放った
突きには刃の黒い影が伴う
「静狩下!」
接近するのは見越していた。距離を詰めきたタイミングを狙い、上方から光を帯びたサーベルを振り下ろした
振り下ろした刃は、木枝に止まる小鳥の如く優しい姿から、上空から獲物を捕らえる猛禽類へと変貌する
この一太刀による一刀両断で、ゾムジと大地ごと裂くつもりだ
「見切られているぞ」
しかし、その技は放たれた突きの切先が真っ向から刃を止めてしまった
さっきと同じ、また先端で止められた。いや、今度はどちらの威力もかなり違う。両者の踏み込みが地面を砕く
突きの威力だけでも絶大なもので、刃と刃の接触時の余波が彼女を吹き飛ばす
「こん・・・の!」
空中で後転し、切り替え攻めにかかろうとしたが、ゾムジが目前まで迫ってきていた
居合いから最初の一太刀を咄嗟に防ぐも、そこから猛攻が始まる
最初辺りの自分とは逆、だがその時のゾムジはいつでも反撃できる余裕から攻撃を捌いていたのに対して、自分は防御に徹することしかできない
「反撃してみせよ!」
彼女の頬や腕に軽めの切傷が刻まれ始めた時、ゾムジは円を描くように斬り上げ、防いだサーベルの刃の鈍い音が響き、追加で叩きつけるように斬り下ろす
その斬り下ろしを防ぐが大きく後退させられた
「はぁ・・・はぁ・・・!」
「疲れが出てきたか。体捌きが鈍く疎かになっているぞ。体に覚えさせろ、今すぐ。吐きそうになろうが、口内が血の味になろうが、意識しなくとも対処反撃できるようにな・・・」
彼女に何を言っているのだ?自分はと我に帰る。つい、この瞬間に何故か昔を思い出してしまった
少し、笑う。影が刀身から滲み溢れ、それが右腕にまで侵食し、絡みだした。その刀を水平に保ちながら右腕を突き出す
「影流」
刀と右腕に蠢いていた黒い影が、荒川の水流の如く黒い斬撃として刀身から放たれた。
クロレンゲはサーベルの柄を強く握り、刃を地面に突き刺さした
彼女の周囲に激しく火炎と僅かながら白い花弁が共に舞い、力任せに地面に刺したサーベルを振り上げ抜き、素早く連続して少し斜めに振り下ろすことで巨大な二つの火炎の斬撃を飛ばす
「二重火花咲きの極み!」
ビジョンが見えた。あの影による水流と真っ向から衝突すれば、こちらが勝つ。相打ち消滅することはなく、影の斬撃は燃えて真っ二つになり、そのままゾムジにまで届く
黒き影の斬撃が二重の斬撃と衝突した瞬間、後方からブォォッン!という空気を振動させるかのような音と共に無数の斬撃が飛ばされ、影と火炎の斬撃ごと斬り裂いてしまった
クロレンゲの目には映っていた。あれは何度も刀を振ったのではなく、たった一振りによる攻撃
斬撃は彼女を避ける。ワザとなのか、たまたまそうなったのか
「強い・・・」
シンプルな感想が出た。こうまで差があるのかと知り、素直に称賛してしまいたくなる
かもしれないではなく、勝てる自信があった
素晴らしき、自惚れた姿
「沈め・・・」
腰に携える鞘を手に、一度刀を納めて居合いの構え。
対し彼女は再度、サーベルの刃に白い光を帯びさせる
「静狩下!!」
距離を詰め、居合抜けてきたゾムジにサーベルを振り下ろす。背中を向け合う両者に、遅れて音が響き、静寂へ
右か、左か、相討ちか?結果は数秒後に訪れる
サーベルの刃が砕かれ、クロレンゲから血が飛沫、倒れた




