地をいく傭兵団 10
戻ってきたモトキとアルフィーの頬には見事な張り手痕。頭にはブラなり、パンティーが引っかかっている
落下地点が悪かった。女性の方々の着替え最中の場所だったのだ
喧嘩してる場合ではないとすぐに共に逃げたかったが、逞しい女性傭兵の方々ばかりで、回り込まれ集団リンチに遭い、辛くも逃げ出すことには成功
「くそ、精神すり減らされるな。なかなかナイスなビンタをくらっちまった」
「冷やすものでも持ってこようか?モトキ君」
「いやー、普段からもっと痛い目に遭ってるせいでなんでもあれぐらいならと考えてしまうことが多いから、必要ないって突っぱねてしまうとこだった」
「じゃあモトキ君の丈夫さを信じて、いらないね」
ハンカチを取り出したが、濡らす為の水が欲しい。だが、そんな都合良く手元にあるわけがなく、モトキもアオバも、元より魔法類いはもちろん、水か氷の属性エネルギーは現状使えず、使った試しがない
彼女が「水はありませんか?」と尋ねたら、ゾゾイは自信満々に「作れる!」と返事
有無の返答じゃなく、作れるとはどういう意味だろうか?
「この中で尿意がある人は挙手!」
自分だけしか、手を挙げなかった
「あー、俺だけか!しゃーねーな!ちょっと何処かで適当なビニールを貰ってきて、外で穴掘ってきまーす!数時間したら水が手に入りますから」
「お前それ蒸発で水を確保する方法じゃねーか!時間かかるわ!なんで作るから入るんだ!?今必要な行動か!?遭難中なわけでもあるまいし!」
「おー!モトキーはご存知か!いや、この前にふと読んでいた本に載っていて、いつか試してみたいなー!と」
「機会は今じゃないだろ!」
そんなことをしている間に、水はクローイがそれしかなかったのだろう、小さい瓶に入れて持ってきてくれたので、アオバはハンカチを濡らすとそれをアルフィーに差し出した
「なんのつもりだ!?いるか!これぐらい!」
「意地張ってないで冷やしておきましょ。大したことのない打ち身だとしても、するに越したことないの」
無理矢理、強引に、水で濡らされたハンカチを頬に押し付けられた。ひんやり冷たく、ハンカチからは水を含んでいても、いや、もしかしたらそれでより良い匂いがする
香水だろうか?嫌なキツい香りではなく、嗅げば奥底から疑いようもない元気が湧き出し、頭の中がリセットされたかのように気持ちが良い
「数分当てとくと良いわ」
「ふん・・・!礼は言わんぞ」
先程までの刺々しい口調からかなり柔らかくなった。頬もうっすら赤らめているが、それを隠す為に顔を背ける
「コヨミちゃん。うん?コヨミちゃん?お祖父さんと同じになるね」
「下のアオバで大丈夫です」
「本心は馴れ馴れしくなるが故、姓で呼びたいのだが僕にはそれはお祖父さんの方で浸透してしまっているのでな。親戚の娘を呼ぶ感じで、アオバちゃん、もう食事は済ませたかな?」
数十年ぶりだろうか、胸がホクホク高鳴りを覚えている。昔よく世話になり、尊敬をしていた方の親族とまさかこの場で対面できたことへの偶然奇跡
歳がいった人特有の、経験や楽しかった思い出や武勇伝等を話したくなる病に侵されかけている
「お時間合えば後ほどにでも」
長い話されそうだと、己の本能が察知したのか上手くあしらった。ヤーデックは「そうしよう」と、喋りたくて興奮している自分に気づき落ちついた
タイミングを見て、ルパが話を切り出す
「食事より先に、コフキが今回限りで傭兵団を辞める件と偵察班による報告を・・・」
「あの忍術を使う出所のわからん小娘か!怖気ちまったのか?今すぐここに連れてこい、怖がってか、深い理由か、問い詰めてから一度甘ったれんなと口に入れ飲み込ませてやる!」
ゾゾイが宥めようとするが、アルフィーは止まらない。彼は次に、ずっと背を向けている女性を指さす
「こちらに一向と顔を向けようとしない女!お前もだ!路銀稼ぎの為にしばらく滞在させてもらうと言っていたが、ここは露頭迷い預かり仕事案内所じゃねーぞ!」
「露頭ではなく、私は、私の求む者がいる場所へ到着する為の経路を、案内地図も看板もない道で迷っている・・・未だ見つからず」
「は?なに言ってんだお前」
アルフィーの言葉はもう耳に入れていない。彼女は立ちあがり、長いポニーテールを振りながら視線を180度変え、モトキとアオバに問う
黒に青袖のジャケットで正面は見えなかったが、丈が胸下までしかないレザーシャツに、レザーのショートパンツに白銀のベルトとなかなかに寒そうな服装であった
左胸元に付けている銀製のシンプルにダイヤ型をしたブローチが眩しい
「貴殿ら外部から訪れたのならば、望み薄くとも虱潰しではないが訊いておくべきだろう。ゾムジという男を捜している。聞き覚えは?」
「ないな、思い当たる部分も」
「私も」
「そうか・・・そうだよな、仕方ない。名を知ってるにしても、居場所や顔に覚えがあったら貴殿らの素性を疑う」
しかし言葉とは裏腹に、彼女の綺麗で少し切れ長の目は、役立たずめと言っているようだった
「この戦いが終わり、報酬を貰い次第こんなところさっさとおさらばして旅を再開しなくては・・・」
「こんなところとはなんだ!こんなところとは!」
アルフィーが噛み付くも、全く相手にする様子はない。その態度に更に沸き立てられたのか、迫ろうとするもモトキが間に入り、止めた
なんで客人である自分が割って入り止めなきゃならないんだと愚痴りたくなる
「どけぇっ!!」
そんな知り合って数分のやつに止められるはずもなく、彼に容赦はなかった。胸倉を掴まれると投げ飛ばされてしまい、またテントを突き破って外へ
他のテントにでもぶつかったのか、何かが倒壊する音と悲鳴に、怒鳴り声。クローイはその光景に見飽きていた
「やってくれたな・・・あー、うん、やってくれたな」
すぐに戻ってきたモトキであるが、様子がおかしい。リアクションが薄い。なにしやがる!や、とほほ〜何故こんな目に、といったいつもの感じではない
突然の拉致まがいに連れてこられ、移動のストレス、あまり歓迎してくれていないやつらに、理不尽な暴力、そしてついさっきの、いい加減、沸騰に鍋の蓋が耐えきれなくなったようだ。早い話、蓄積されてきたものが限界を迎えたのである
口を閉じ、表情を変えずにアルフィーに近づき、一瞬だけ不敵ながら、企むような笑顔を覗かせたかと思えば彼を殴り飛ばしていた
「えぇっ!モトキ君!?何やってるの!?」
またテントを突き破り、あーあ、換えなければと呑気になっている余裕はない。案の定、彼も高速で戻ってきて、追撃するつもりだったのだろうかテントから出てきたモトキに全身を使ったタックルを仕掛けた
しかし、受け止められ地面に叩きつけられるが、背へ伸ばした右腕で地面を押し、衝撃を和らげ直撃を避けると右足で側頭部を蹴る
顎を狙わず、強烈な蹴りで直接脳でも揺らしてやろうとしたが、全く効いている様子はない
蹴りを放った足と側頭部との接触部の間から白い煙が昇る
その足首を掴むと一度一回転してからアルフィーを投げ飛ばした
「おっ!?」
投げ飛ばされた最中、体勢を立て直して着地と同時に、右足の底から地面から浮かんできたかのように、黒い球体が出現
それを爪先で蹴り上げ、右膝の上でリフティングを開始
ギャラリーが増え始めた。モトキに物を投げつける者もいるが、喧嘩だと騒ぎ立て、どちらが勝つか賭け始める者もいる
「いつ戦闘になるかわからねぇこの状況、お前を準備運動に使ってやる。今から喰らわせるのは、重球放撃技という古くから在りはするも、あまり聞き馴染みのない格闘術。その一端に、撃墜されちまいな!」
黒球を自分の頭を越す高さまで上げ、落ちてきたところをモトキに向けて蹴り放つ
苦しくはないが胸が締め付けられているようで、頭を掻きむしりたくなってしまいそうだ。怒りとかではなく、我慢の限界を迎えたモトキはあの場ではアオバ以外全員が標的に映っていた
第一接触で、アルフィーに対してはかなりイラっとしていた。ポニーテールの女性の一言に喧嘩腰になり、大して親しくもない今日初めて会った自分が間に入って痛い目を見た次に、完全な標的と捉えている自分がいた
冷静さが欠ける中でも、盾を投げる
盾は黒い球体を弾くもそれは彼の元に戻り、盾は地面に落ち刺さってしまった
「それがお前の武器かよ?」
聞こえちゃいない、相手と周りの言葉など
ただの口実かもしれない。我慢の限界が戦闘意欲に変わっただけなのかもしれない
以前から違和感はあった。勝ち負け関係なく、望んでいなくとも、巻き込まれたでも、戦闘があり、終われば何故か満たされていない不思議な感覚
戦いを楽しいと思ったことなど、タイガとノレム以外ほとんどないはずなのに
どうも、戦闘の途中から自分とは別の自分が戦っているようなこともある気がしてしまうが、それは言い訳で本心が表出ただけなのかもしれない
周りに触れさせないように、それに何度も悩む、夢にまで見る。何処かで血肉を求めている己がいる。本能が、制御できずに
「お前、最初の時より眼が違うな。生意気な、狩を覚えたての獣みたいな眼をしやがって。自分で気づいちゃいないな、恐くなるぞ自分が」
何を、知ってるかのような言い草で言ってやがるんだこいつは?と、モトキの瞳孔は縮小し、睨みつける
左手に両手剣を出現させ、いつもより重く感じるも、剣先を地に着けると引きずりながら歩み始めた
自分でも知らずの内に、「死ねえええっ!」と心底から叫んでしまう




