地をいく傭兵団 6
潮風は強く匂い、戦火が微かながら遠いところから臭う。その臭いに、モトキは興奮なのか、心臓から全身に微量の電流が走ったかのように、髪が少し逆立ち浮く
様子がおかしくなり始めた彼に気づき、アオバは声をかけようとしたが、馬車は唐突に停止した
「ほらほら!馬車から出ろ客人共!」
せめてそこは到着の知らせで良いはずである。声に従い、タイガが先に何故か勢いつけて下り、続きモトキも飛び出す
すぐ近くに、目の前に、野営地が敷き広がっていた
「おー、ポーシバール湾防衛での野営地よりも遥かに広大だな」
「お前は何を言ってんだタイガ?」
「いや、こっちの話だ。血肉躍る楽しい一時が前にあったんでな」
こいつ、タイガは自分の前に現れず、学園にすらいない時は何処で何をしているのだろうか?古い付き合いだが、未だに謎
使っている武器の出所も初耳だった
「今さらだけど、ここはどこ?」
馬車から下り、まずは目の届く範囲で見渡してみたアオバだが、どこか有名な観光地とかでもないので本当に見知らぬ土地
「どこなんだろーな?」
「ルウベーラ・タル近くだな」
驚愕するアオバとは対照的に、モトキは聞き覚えの ない地名で首を傾げる
「ルウベーラって!王都陥落して、奪還戦真っ只中の国じゃない!」
「タルまで言えよ。これで列車の終点駅があんな中途半端な途中下車するにも殺風景な位置に定められていた理由が解った。戦地危険区域内に入るからか。薄々、そんなこったろうとは勘付いてはいたが、面白くなりそうだったから黙ってはいた」
「おいおい・・・」
ずっと、馬車の中で変わらず何か独り言を言っていたゾゾイが蹴り落とされ、最後にクローイが下りる
「よーし、到着。移動疲れがあるかもで悪いけど、さっそく団長に顔出しに行こう。首を長くして待ってただろうに」
「形はどうあれ連れてはこれたのだから報告だな!」
長いこと暗くなっていたゾゾイだったが、最初出てきた時の明るさに戻った。踏ん切りでもついたのだろう、どうせ車は戻ってきやしないと
「団長!だんちょーーーうっ!!ただ今戻りましたーー!!」
猛ダッシュで、広い陣営内を駆け抜けていった
「ルパ、お迎えありがと。来てくれなかったら、イラつきでゾゾイを何度もぶん殴ってるところだった」
「私はお前らがどこでくたばろうとも魂よ安らかにと祈るつもりはなかったけど。団長が連れてこられた客人を迷子のままにしておくわけにはいかなかったからね」
馬を撫で、労うクローイの背後から首に刀の刃が当てられる。血の気が引き硬直したのか、撫でる手は馬から離れなくなってしまった
「なんのつもりだ!小僧!」
バンダナの結び目を揺らし、ルパは風と共に手に先端にいくほど剣身が反るサーベルを出現させ、軽く右足でステップを踏みながらの独特な構えをとる
すぐにでも、クローイの背後に立つタイガを問答無用で斬り捨てるつもりだ
「タイガ!やめろ!」
余計な騒ぎになるのでタイガが唐突にした行いを今すぐにやめてほしい。それに戦闘になれば、ルパという女性が危険である
「よし、やめよう!こんな脅迫めいたのは俺らしくねーからな」
刀を肩に掲げるとクローイから数歩離れ、背を向ける。これは斬るつもりなら斬るがいいと出した武器を下ろす前にどうぞと挑発に近いものだが、ルパは大人しく武器を納め、馬車を引いてくれた二頭の馬を連れて行く
「お前どうした、タイガ?気に触ることでもされたか?あんなことするなんて、珍しい光景を見たぞ」
「ちょいと真意を確かめたくてな」
クローイ本人は腰を抜かしたのか座り込んでしまう。本当に殺すつもりでいる殺気だった。光を嫌う蝙蝠が、太陽を背にしてしまったかのような
「モトキ君、あなたがネフウィネさんと渡り合えてたのは彼女も知っているはず。薄々勘付いてはいるだろうけど、会いに行くにしても歪にタイミングが悪すぎたわね」
「腕を見込んで加わって欲しいと言われるかもしれないと・・・嫌なら逃げるさ、安心しろ。全力で逃げるつもりで、まずはとにかく会ってみるからだな」
まだ少し、タイガへの恐怖が抜けずに動けなくなっていたクローイに尋ねた
「なぁクローイ、まずは団長に会わせて欲しい。案内を頼めるか?勝手に入って捜すのも、怪しい目を向けられそうだからな」
背筋がピンと真っ直ぐになり、立ち上がって「そうね!」と余分な力を使ってそうな声を挙げる
「会いにいく前にこれだけは約束して。団長の右目について触れるのは御法度だから」
「その団長さんの右目に何があったか知る由もないが、人のコンプレックスをイジって笑いにできる程のお気楽さは持ち合わせてないから安心しろ」
クローイを先頭に、モトキ達は陣営内へ踏み込んだ
そのちょうど中央に位置する辺り、他の者達が寝床や食事処に使う他のテントよりもずっと小さいテントが一張り
その中で、1人の男性が木製の机に広げてた地図とにらめっこしていた
男の顔の右側には痛々しい斬られた痕の線が額から右目を通り顎にかけて刻まれており、眼は白と灰色の混ざったかのような濁り色となっていた。海のように深い青の髪だが、どこか荒々しい
子供が顔を見たら、初対面だと泣いてしまいそうだ
「・・・騒がし声が近づいてきたか」
「団ちょーーう!!」の叫ぶ声、あれはゾゾイの声である。男は席を離れ、テント幕の前に立つと、そこへ拳を放つ。ゾゾイが突っ込んできたタイミングで、布越しに顔へ拳を撃ち込んだ
彼の顔を見ることなく、席に戻る
「海戦がキツイか・・・」
地図はそのままに、コーヒーでも淹れようかなと気分の切り替えが行われようとしたその時、外から「団長、いる?」と尋ねる声
声主はクローイだと判ったので「入ってよし」と返事
「ただいま団長。さっきゾゾイが飛んでいったこには触れないでおく」
「ご苦労だったなクローイ。さっそく客人を連れて来てもらって悪いが、お前は少し外してくれ」
彼女は悪戯に嫌だとも言わず、素直に「じゃ!」と手を振って、言う通りにテントから出て行った
「聞いていた話じゃ1人のはずだったんだがな」
「俺とこの嬢さんは流れで付いてきたおまけだ。気にせずインテリアぐらいの扱いにしてくれて」
「いや、そうしたくとも、そのお嬢さんの顔は知っている。写真だけで、こう直接顔を目にするのは初めてだが」
じっとアオバの顔を見つめる。顔は確かに知ってはいるが、写真で見たのはもっと幼い姿であった
まさか、自分を知る者だったと、当のアオバは驚き、モトキと顔を合わす
「どこで知ったかは後にまた尋ねてくれば話してやるとして、歓迎するつもりはなかったが、歓迎している感を出しながらようこそ、優秀なやつからどうしようもないやつ、行く当てもないやつらが集まる我が傭兵団体、地をいく傭兵団へ」
「うぜー客を愛想を捨てて淡々と捌く店員みたいだな。ぜひ、会ってみたいはずだったんじゃなかったのか?」
「いざ来られると自身の忙しさからそんなに、になってきたのだ」
濁った右目を擦る。痒い、1日何回か、時折痒くなる
「だがしかし、わざわざ遠くから足を運んで来たのだ。面白味なんぞ皆無な場所だがゆっくりしていってくれ」
「こいつらの行く場所に静寂はないぞ」
突如としてテントの幕が上がり、誰かが入ってきた。その声主、嫌って程に聞いたことがある
モトキてタイガからすれば
「エモン、ここで会ったが百年目!」
タイガは刀を手に構えるが、「何でお前の宿敵みたいな扱いなんだよ!」とエモンも大太刀を構えた
「こんな狭い場所で武器を振り回そうとするなバカタレ共!」
「もう面白い」
キレる団長に、面白がるモトキとは違い、入り込む余地がないアオバはただ静かに経過を眺めていることしかできない
「久しぶりだな、ダイバー」
「エモン・・・呼んだ覚えはあるが敢えて言おう!貴様か!」
なんだか、両者どこか嬉しそうである
「あの親父は御息災か?」
「二年前に逝った。最期は痩せこけ、誰とも喋れずにな」
溜まったものを喉に留め、捻り出すかのように、「そうか・・・」と呟いた。久しぶりに会ったが、積もる話や思い出話は、一旦埋めておこう
「おい、どうしてここにいるんだ?エモン」
「それはこちらのセリフと言いたいとこだがモトキ、俺がここへ参じたのは上からの御達しでな」
モトキの問いに、遇らいながらの返答。机に広げられた地図に目を通す
「陥落し奪われた王都と、その港に船をつけ、二つの拠点とされているな。どちらともぶつからないと、どちらを対処せずに、または撃ち破られれば挟撃は免れないな」
「そこへハイエナの如く革命軍も現れ、三勢力が睨み合っている。もしかしたら、革命軍と手を組んだか?も考えたが、色々と錯綜していてるのでな。手を組んだとしても、革命軍が到着するには遅れすぎている。意図も解らん」
「正攻法だと、規模はどうあれ実質相手は3つとなるか」
革命軍と聞き、モトキは渋い顔となる。この短い数ヶ月の間にやつらには散々、痛い目に遭わされ、戦うこととなった。どうやら、そんな星の元に生まれているようだ
「モトキ君、私達はお邪魔みたいだから、外にいましょ」
「それがいいな」
仮に意見を出しても聞いてくる様子はない、ここにいてもしょうがない。邪魔と思われない為に、外に行けば暇ぐらいは潰れるだろうと3名はテントから出ようとしたが、タイガだけ肩を掴まれ止められた
「ちょい待てタイガ、お前は残れ」
「断る。ただでさえ、モトキを使うつもりの魂胆を持ちここへ連れてきたクローイって女を殴り飛ばしたいとこだったのに、お前のその言葉に噴火しそうなのを堪えてやっている。そのせいで、このテントにいれば窒息しそうだ」
エモンの自分の肩を掴む手の手首を、握り潰す寸前で掴み返して離す
「あばよ」
モトキとアオバを追って、タイガもテントから出ていった。彼に握られた手首はじんじんと熱い。肉と骨を潰し、手を取られていたかもしれない
「フラれたな」とダイバーは揶揄うが、タイガの自分への態度には慣れているかの様子
「その右目、誰にくれてやった?」
その質問に、思わず眉間に皺が寄る。聞かれると不機嫌になり、怒鳴りつけてしまうこともあったが、エモンにはいいかと
「恥ずかしく、汚点になったとて事実だ。これは、この傷は、たぶんまだ子供だが、小さな子供に奪われた。狂気を孕んだ子供に」
「子供に?」
席を立ち、右手は顔に刻まれるその子供に付けられた傷痕をなぞる。そんな彼の異変に、エモンは気づいた
「ダイバー、お前・・・左腕が」
「動かなくなっただけだ。まだある。悲惨だったのは父だ。右腕右脚を失った。その日から、父は何かに怯える毎日で、衰弱していき、そして一切誰とも話すことなく、寂しく死んだ・・・」
「このたった数年で・・・」
特にその子供を恨んでいる様子はなく、辛気臭い空気を振り払うつもりで、彼は軽く笑って話を流した。机に広げた地図を一度畳み、何かを思い出したのか、切り出す
「そういや偶然か、この前、数年ぶりにレネージュにも会った。何故か俺を訪ねて来てな」
「うわぁ、あいつか。昔は彼女の背を追いかけるのに必死だったな、俺ら」
「あの頃は、ランべとイホもいたな・・・」
お互い数秒黙ってしまう。お互いに地雷を踏む。お互いにどうしようもないこともあると理解している
「ええと、彼女とは何を話した?」
「大した話はしていない。ただ通りがかっただけで、今のお前と同じように面と向かってだがほとんど静かにしていた。唯一は、最近めちゃくちゃ強くて見所ある者と知り合うことができたと喜んでいたぐらいか」
「はぁー・・・?あいつが素直に強さを認めるやつが現れるとはな」
どんなやつか知りたくも、誰だか見当がつかない。全く知らない者か、実は何処かで顔ぐらいは知っている者か
ダイバーは何か飲みたくなったのか、机下に備えてあった木箱内を漁るが、辛口のジンジャエールしかなかった
これでいいかと、1本の瓶をエモンに投げ渡し、自分のを手に、2人同時して歯で瓶の栓を抜く