鱗粉の香り 7
この事態、生徒会にいた面々が気づかないはずもなく。原因は大体察しがついている
外に出て、現場に向かおうとするモトキだったが、学園の校門を出てすぐに複数の兵士が通せんぼのつもりか、並び行く手を塞いでいた
通過する為、どいてくださいと尋ねようとしたが槍を突きつけられてしまう
そうなるだろうとは思っていたが
「飛び越えるか、強行突破か、飛び越えたとて追いかけてきそうだし、始めから強行突破のつもりでいかせてもらう」
左手に両手剣を、盾はまだ出さない。一呼吸してから、いざ挑まんとしたが、スライディングしてきたネフウィネの足払いで転ばされてしまった
「そう己から首を突っ込む理由もなかろう、少年B」
彼女は転んだモトキの背に片足をかけ、、少し跳んで宙で胡座をかき、落下して背に座る
「たぶんというか、あれ襲われてるのはイチグサみたいね。貴様があの娘を救いに行く義理でもある?」
「義理なんてないさ。救いに行くというより、止めに行くと言った方が正しいかもな。Master The Order同士、お前らはどうでもよくても、あいつとは一応顔見知りで、一応幼馴染なんだぞ。目の前で起こってる事で死なれたら寝覚めが悪い」
「ふーん・・・」と、モトキという男を定めているわけでもなく、本気でどうでもよさそうな素っ気ない返事
背中から離れ、彼を蹴り上げる。真上に飛んだが、落下前に体勢を整え、着地
「あたしには、明日の食物連鎖の変動よりどうでもいいことだけど・・・終わるなら早く終わらせてきなよ、うるさいだけだから」
三又となっている珍しい刃を持つ剣を背中に出現させ、鞘から抜き、剣先で円を描いてから素早く振り上げ、一歩跳んで地に振り落とし、剣身を叩きつけた
轟音と共に地は砕かれ、その衝撃で大気を震わせながら、波のような斬撃が地を斬り進み、共に地盤を突き破って噴き出した火柱が追いかける
かなりの数の兵士を吹き飛ばし、道を強行して空けさせた
「貴様が行きたいなら、勝手にすれば?鍵と扉くらいは開けといてあげる」
扉と鍵は主人であるキボウの邪魔はさせないと行く手を遮る兵士達。こんな雑兵共、ネフウィネ単独で片付けられるのだが、学園校舎から他のMaster The Orderである4名が出てきた
アオバは生徒会室で後片付け中である
「モトキ、お前がやると言うなら、お前にやらせるぜ。あの二人を、お前ならどうにかできるだろうな。なら俺は、時間をかけて、じっくりこちらもあいつらを邪魔してやる」
そう言い、ここへ来るときに食堂からだろうか、拝借したであろうフォークを指で器用に回す
「あんたとは貸し借りのある関係でいたくないから、前回で私個人があんたにできた貸しは無しにしてもらうわ」
「じゃあ、私には借りができますね。先程述べた私の行事に尻を叩いてでも行かせますから」
キハネはミナールの言葉を利用して、本気のつもりではないのかもしれないが、モトキを使う計画を企てる。「あいつを便利屋か何か勘違いしてない?」とミナールが訊くも、無視された
「俺もなんだかんだ、イチグサとは幼少時から顔見知りだからな。もし兄貴がこの場にいて、事情を知ったなら、立場も差もどうあれ、すぐイチグサを助けに向かうだろう」
彼女が、自分の兄に好意を向けていたのは明確であった。しかし、他は気づいているのに、向けられていた当人は最後まで気付かず終い
もしかしたら、気づいていてそれを隠していた可能性もある。いや、思い返したらやっぱり気づいていなさそうだ
「実ったか実らなかったかどうあれ、兄さんからすれば数少ない友達だっだ。せめて、イチグサには兄貴の墓に花ぐらい添えさせたいからな。俺もいくぞ、モトキ」
タイガは彼の右肩に手を置き、強めに押してその反動で一気に前に出る。モトキも、その後を追いかけ、すぐに追い抜かし、ネフウィネが開いた道を突き進む
数十の兵士が前後左右、上空から行く手を遮るが為に、襲い掛かってきたのでモトキは剣を手にするが、タイガが前に出た。彼の右拳に光を、続き雷の力を走らせる
「逆鱗突破!」
拳を放つと同時に稲妻は紅赤色に変色し、一瞬にして殴り抜ける。兵士達は一斉に拳を放つ際に生じた衝撃と余波に少しも耐えれず、鎧や武器が脆く破壊され、吹き飛ばされていった
しかし、兵はまだまだいる。人海戦術による足止め。前や襲いかかってきたやつらを片付けても、また別の兵が後方より続けざまに追いかけてきた。それにモトキが応戦しようとしたが、ベルガヨルが割って入る
「俺様にしちゃあ起こってる事なんぞどうでもいいことだが、友人のやる事に邪魔をさせるつもりはねぇ。てめーらの相手は俺がしてやる。何度も起き上がれるぐらいに痛めつけ、ねっとり、長く痛みをくれてやるぜ」
フォークを投げ、適当な兵士の鎧を突き抜け太腿に刺す。目を配らせれば、他の兵士何人かは顔にお札が貼られ、身動きが取れなくてなっていた
キハネの仕業である
ずっと後ろの離れた場所で、モトキに向け小さく手を振っていた
「雑兵共相手だが、この数のMaster The Orderが同じ目的で共に戦うとはな」
「ジョーカー以来になるのか?」
「あれは目的どうのこうのの問題じゃなかったろ」
あれはベルガヨルとの戦闘中に起こった突然の乱入、招かねざる来訪者。ここ最近で一番色濃く、あまりにしつこく、記憶に残る
それはお互いだけでなく、あの現場にいた全員
関係なかったはずのアオバにも、遺恨を残した
その経験をしてしまったも大なり小なりあるが、モトキ自身、他のMaster The Orderと付き合いがありすぎたせいで、これから向かうに怖さはなく
「間に合えよ!間に合わなかったが、どんな強大な敵より怖いからな」
兵士の一人が飛びかかり、迫ってきた。一度足を止め、首根っこを掴み、邪魔をするなと叫び叩きのめそうとしたが、ミナールが蹴り飛ばす
「しっかり、おし!」
彼女はモトキの背中を押した。蹴り飛ばされた兵士は手から槍を捨て、腰に備えていた手斧を投げるも、ミナールはその方向へ顔を向けることなく、人さし指からのレーザーで撃ち砕く
タイガは自分に攻撃してきた兵士の最初の攻撃を躱し、次に攻めてきた兵士の腹部にボディーブローを放ち、全身の鎧ごと一撃粉砕してから先に進む
モトキも自分を追い抜いたタイガに反射して駆け出す。しかし目前には柄をしならせ、薙ぎ払ってきた槍が
咄嗟に地を滑り込み、槍の下を通過して躱し、立ち上がる反動で跳ねた時、別の兵士を踏み台にして高く跳んだ
「けほ・・・!」
1回咳き込む。戦塵の砂利が口に入ってしまったようだ。頭を振り、髪に混ざり付着したチリや汚れを落とす
つい先程、キボウの剣による一撃を防いだところであり、大きく後退させられ、転倒してしまう
彼のずっと後ろにはまるで黒い翼を持つ鳥が撃ち落とされたかのように、地には黒い羽根がばら撒かれ、赤と青の鎧を身に纏ったジェニファー、レックスの二名の手によって、チセチノを含め黒き羽根の5名全員が横たわっていた
「なかなかしぶとく、抵抗をしてくれるではないか。腐っても鯛ってやつだな・・・」
剣先は硬い地を豆腐に包丁を突き立てるかの如く容易に刺さり、持ち主であるキボウが歩めば剣先もまた、進行に合わせて地を裂く
「どうだ?心境は?これがSecondから下に位置するお前らが直面した明確な差だ。元より知り、現にこの時を味わってくれたようだが、俺も手を抜いてずっと相手してやるわけにはいかない。舐めプで俺自身が痛い目に遭う前に、その差を突きつけ殺してやろう」
剣の刃を根元まで刺し、そこから一気に振り上げ、地を裂きながら雷撃を発生させる。雷は地を抉る斬撃として放たれた
先程の一撃による転倒から起き上がってすぐ、まだ手の痺れが残っており、範囲と規模から躱す時間も余裕もない
生の終わりを直面し、動悸が激しく、息の乱れと呼吸の速まり。それが体力を奪い、疲労が蓄積されていく
覚悟はある。弱音を吐かず、諦めた態度も見せず、呟いた言葉は「お願い・・・」
風が彼女の後方から吹き荒れ、バトンへ集約され始めた
目を閉れば、再び想い人が浮かぶ
「はぁ・・・やってみなさいキボウ!」
深呼吸から、キボウを睨む。風にキラキラ輝くラメのようなものが散りばめられた髪が乱れ立ち、膨大な量の鱗粉が舞う
風は思い出を甦らせてくれる。あの人といると、優しい風がよく吹いた。彼といる時間に吹く風、匂い、気温、景色の全てが好きだった
だから、属性エネルギーは風を主体にしたのかもしれない
やぶれかぶれに、キボウへの挑む姿勢のある気迫。だが予測できる。自分でもよくわかっている。そんなものは無意味で、相手の攻撃を押し返すことも、受け切ることもできはしないと
だが、死ぬつもりはない。諦めるつもりもない
バトンを握る手の力が自然と増す
「力を貸して・・・」と呟いてから、叫んで雷の力による攻撃に対抗しようとしたその時だった
自分の叫び声を上書きするように、より強い声が通り過ぎ、その影は雷撃に突撃する
手に持つ両手剣は、雷撃を押し、斬った
「重い、多く語れる経験値もないくせいに敢えて言わせてもらう・・・お前の攻撃に、焦りがあるぞ」
左手に握る両手剣の剣身に斬った際に残った稲妻が走り、それを振り落した
「モトキ・・・!」
集約していた風が解放される。フワリと肌を擽り、髪を撫で、広がっていく柔らかなつむじ風として
「お前は・・・生徒会室にいた。タイガと同じ郷里の者か」
正直、こいつには少し興味がある。自分より下のMaster The Orderよりも圧倒的に
こいつからは匂いがする。獲物を狩れる立場にいる獣の匂いが
ネフウィネにタイガ、自分の姉にもあった匂い
キボウの邪魔をする部外者と認定されたのか、ジェニファーとレックスはモトキを見定めている最中である彼の前へと出た。遅れて、後方からモトキとイチグサの前にタイガが出る
「タイガか・・・お前ら邪魔だ。少し左右に開け。これから先、倒すこととなるタイガの顔がしっかりと見えづらい」
赤い鎧の者から舌打ちが聞こえた。青い鎧の者はすぐに言う通りにしたが、赤い鎧の方は渋々動く
「お前らがそいつらを救う理由でもあるのか?モトキというやつが正義の味方ぶって弱者に救いをと加担したいつもりならば勝手にすればいいがタイガよ、お前が助けに入るのはやめておけ。お前とあろう者が、こんなやつを助けたとてという話だ・・・」
「理由はある。俺もこのモトキも同じ理由で。イチグサとはある繋がりから幼き日より顔を知り合う同士だ。もしかしたら、あの時にこうしてればとはならぬよう、寝覚めが悪くならないようにする為。この理由じゃダメか?」
知り合いだからただ助けたい。それだけで動くものなのかとキボウは疑問に思う
まぁ、それは個人の他に対する価値観であろう。幼き日より関係があった間柄だからというただそれだけの理由
寝覚めが悪くなるからと私情の理由
そんなことて邪魔をされたくない、イチグサを助けに入るのはやめて欲しそうな顔であり、タイガがとりあえず適当に他の理由もつけてみる
「じゃあ他に理由をつけようか。だいたい、5ヶ月ぐらい前かな?お前と寿司を食いに行った時にイクラを食わされたのを恨んで、あの時の晴らしの為にぶっ飛ばしてやろうか?」
「お前イクラ嫌いだったのか?やはり、梅なんぞ頼まずに遠慮せず松を頼んでおけば良かったものを・・・俺は悪くないではないか」
「うん、そうだな」
二人の会話をよそに、モトキは気づいた。相手の後方に倒れる見覚えのある姿
すぐに走り抜け、チセチノ達の元へ。途中、赤青鎧の二人が阻もうと身構えたが、キボウが構ってやるなと止めた
モトキは「チセチノ!」とチセチノの両肩を掴み揺すり呼びかけるが、反応は「う・・・」と溢れたような小さい声のみ。昔から時折エモンの付き添いで孤児院に来ていたアニマという女性にも、腹部を撃たれた男にも呼びかける
「グローザーさん、あなたがいながら・・・!」
このまま、特に腹部を撃たれているグローザーという男を長く放置をするわけにはいかない。モトキは、グッと右拳を握り、早めの事態解決に乗り出す為に歩み始めた
「やるつもりか?俺と・・・一般学生がか?」
今さらすぎんだよ、そんなこと。ネフウィネなり、ベルガヨルなり、対峙したのはキボウだなくではない
チセチノ達には悪いが僅かな間だけ待っていて欲しい。すぐに終わらせる
ついに仕掛けてきたかと、キボウは手で合図をする。先は止められたが、今度は許可され、今度こそ鎧を身に纏う二人が主人に近づけさせまいと、行く手を阻みに迫ってきた
「させるかーー!」
跳んで上空から、タイガはモトキと相手側の間に割って入るように降ってきた。地を右足が押し踏み、炸裂音と共に大きめに砕かれた地の破片と発生した衝撃に、モトキも巻き添えを受け、3名は吹き飛ばされる
彼には動いて欲しくなかった。キボウは険しい顔で、顎に手を当て、一呼吸の静寂
「・・・タイガ、お前とはまだ闘いたくない。いいのか?改めて何度もしつこく、止めたい一心で言うが、あんなやつを助ける真似はするな。お前の箔も落ちる」
「お前がこれ以上何もしないなら、俺は彼女を救う形にはならないぞ。お前はやめろと言ってやめるつもりはあるか?ないだろ。自分から勝手に仕掛けたなら、こちらも勝手にする。それで俺の行いに嫌と言うなら、勝手すぎやしねーか?」
「勝手を押し通せるのが、強者や立場ある者が行使できる特権ってものだろう」
それもそうかと、タイガとキボウの両者は笑う。そこへ、「そうも自分都合よくばかりいかないだろ」と吹き飛ばされたモトキが肩に付いた汚れを払いながら、戻ってきた
「それに的にされたり、巻き込まれたやつにとっては迷惑だから抵抗するんだろ。イチグサを救いに入ったのがタイガからしたら勝手なら、俺はお前に対する抵抗になる。抵抗が始まるか、タイガの箔が落ちることになるか、次で決まる」
モトキとタイガの二人はじゃんけんを始める。あいこはなく、勝負は一発。モトキの勝ちに終わった
「良かったな。タイガの箔が落ちることはなくなってよ」
「では、抵抗になるということか・・・」
キボウの目線はこちらに合わせていない。モトキの後ろから、猛スピードで先程一緒に吹き飛ばされた赤と青の鎧の2名が向かってきていたが、タイガが立ち塞がる
「お前らは俺が相手しといてやるよ」
モトキは自分に迫る二人に気づいていたが、タイガが動くだろうとわかっていたので一切そちらへ振り向くことなく、イチグサの前に立つ
「モトキ、あなたがあのキボウに・・・」
「すぐに、終わる」
額から目尻付近にかけ血管が浮き出ており、珍しい目付きをする。内心から、かなり怒りが浮き上がってきているのかもしれない
タイガは数回の屈伸運動を行う