鱗粉の香り 5
こいつが、Master The OrderのSecondの位置に君する男。ネフウィネに次いでの二番目
本来ならばこんなに近くで会うこともなかったはずである。ここにいる大半はそうだが
ネフウィネとタイガとは別のベクトルの恐ろしさを感じる
無言でイチグサの背を蹴り飛ばし、一番近くの空いている席に着いた
蹴り飛ばされた彼女は、殺意向けて睨むも、横目で視線を返すキボウを目にして改めて恐怖が走った。正直、ヘタにこいつとは戦闘したくないので、大人しくミナールの隣の席に座る
「揃いも揃いに、見たくもなかった光景が完成されつつある。Thirdはやはり、来なかったようだ」
「しかし、Master The Orderがここまで揃うのは珍しいことじゃない?学園長の呼びにはそうここまで集まらないくせに。誰の影響か、関わりや経験があってそうなってきたか知りはしないけど・・・それより、ちょいとキボウ、お連れの2人を追い払いなよ」
「それはできんな、ネフウィネ。お前らに大した影響もなければ、誰が居ようが居まいが関係なきことだ。できんと言うよりは、構わないだろが正しいか・・・」
「学園では、立場はあるもあたしですら一の学生でいるべきなの。貴様のそれは、家のことを持ち込んでるように見えるけど?」
これ以上、何も返さずにキボウは黙った。元より良くなかった空気が更に悪くなった気がする
タイガ以外の他のMaster The Orderがこの男に対しての好感があまりよろしくなさそうだ
殺伐とした空気に、ずっといてるのは嫌になる。そもそも、自分がいていいのか疑問が出てきた
「ネフウィネさんよ、俺とアオバはさよならした方がいいんじゃないのか?」
「私も、モトキと同意です」
「ここにいなよ。あいつの後ろにいる2人がOKなら、ここのちゃんとした生徒である貴様らもいて問題なし」
そういう意味じゃないのだが、思わずはいと返事してしまい、これでもう逃げれなくなってしまった
「で・・・お前は誰だ?」
本来はMaster The Orderのみのはずの中、見慣れない顔がいるなら尚更、尋ねてくるのは当たり前だ
モトキは自分から名乗る前に、キハネがほくそ笑みながら
「新しいMaster The Order候補のモトキ殿ですよ、キボウ殿」
この紹介の仕方、反応を見る為の冗談のつもりである。彼を知る者達に反応はないが、イチグサは驚き、キボウは右の眉が少しピクリと動いた
「こうも十名近くなると、希少さが失われるというか、学園側を見損なってしまうな。まるで10年に1人の天才が毎年出て売り文句にしているような・・・」
「モ、モトキもMaster The Orderにですか!?タイガと共に!」
「いや、なりませんよ・・・」
絶対に嫌そうなイチグサの表情に、空気読んでそうだよ!とキハネには乗らずにここは否定してみたが、ちょっとショックが隠せない
ベルガヨルがモトキの肩に肘を置いて、「あいつは雑魚だから自分の立場が無くなるのが怖いんだぜ」と、彼女を煽りながらの励まし
睨まれた。2人揃って。ベルガヨルは馬鹿にするように笑う
その光景に、キボウは目を丸くする
「お前が他に肩入れするのは珍しい。カスなやつは自分以下のカスを見て、擁護したくなるものだ・・・」
「あ?カスかどうか、試してみろ。鼻を折られるのはキボウ、てめーだ」
「おい、俺を庇ってるように聞こえて結局は俺があの人と戦えってことだよな?格闘技のセコンド気分かこのヤロー!」
ヤツらのことなど無視することにして、話を進めたい。暑くなってきたのか男はコートを脱ぎ捨て、宙をふわり舞うコートは青い鎧を着た者の頭部に引っかかった
「本心は、ネフウィネ、それからタイガ、俺の3人で話を進めたかったのだが・・・まぁよかろう。カス共に聞き耳立たせるぐらいは許してやる」
足を組む、位置が気に入らなかったのか組み直す。ミナールとイチグサはカチンときたが、まずは彼の話を聞いてみよう
「話したかったことは、ここにいる大半のやつらが存じてるはずだろうが、ハルカゼの遺体が革命軍の手に盗まれたことだ」
その一報はとっくにであり、今更である。それについて、改めて話たかったのだろうか?
ネフウィネが
「なに?貴様でも危惧しちゃう?怖くて夜のトイレに行けなくなった?」
「ふん、戯言を。しかし、その一報が入った時の母が見ていられなかった。俺は、その伝説を目の当たりにした世代ではない。どれだけ強大だったかも知らない・・・」
可哀想だったも僅かながら気持ちにあるが、滑稽にも見え、ちょっぴり、ざまあみろとも思えてしまった
「革命軍はあの遺体で何をしたい?なんとか動かし兵器に利用するか、祭り立てるだけか・・・どちらにされても不気味だ」
「死者への冒頭ですね」
「お前が言えたことか?キハネ。お前にも死者を動かす術式があるだろう」
膨れっ面で、丸めて小さくしたお札を掌から指で弾いて攻撃。頬に連続して当たるも、全く気にしちゃいない
キボウは次に、ネフウィネのお茶のおかわりを淹れるアオバに問う
「アオバよ、無関係に見えてそうでもないなお前。お前の祖父が、なんたって・・・」
「えぇ、前線へ出るのを引退した身ですけど、聖帝様にお呼びがあったと。あまり、望まぬような顔をしていましたが」
「やはり、着実に物事は進んでいるか・・・」
足をもう一度、組み直した。姿勢が定まらない、落ち着きがない
そんなキボウへ恐る恐る、今度はアオバが彼へ問いかける
「あの、失礼承知で言わせてもらいますが、国の一大事となる一件に、この一室だけで話し合って解決できるものなのでしょうか?」
「あたしもそう思う。貴様、あくまで建前でこの話をしたでしょ?」
「さぁ、どうだろうな?もちろん、ハルカゼの件に危惧をしてないかと言えば嘘になるし、気になる部分もある。だが、こんなことで俺が学園に足を運ぶはずがなかろうであるのは、お前らも解っているはずだ」
席を立ち、用具入れのスチールロッカーに右手全ての指先が触れ、すぐに離す
ベコッ!!という大きな音を立て、跳ね上がると大きな音を立て、床に落下
大きくヘコみ、くの字になったロッカーに腰を下ろす
「すぐにお前達もこうなる・・・」
言ってること、伝えたいこと、何のつもりなのか、モトキには理解できない。脅しと挑発のつもりか?
あまり、良い行いをしようには見えないが
「貴様、また企んでいるの?3年前に、挑む相手を間違え、あたしにコテンパンにされたくせにまだ懲りちゃいないようね」
「懲りたもなにも、まだ終わってはいないからな。俺は、Firstになる。ついでに、そぐわない者共を粛清してな。腐っても鯛とやら、そいつらを片付け、上の古い椅子にしがみつくやつらにも証明する。俺にはもう時間がない。いつ時間切れになるかすらも予測できない」
自分の顔を隠すように、右手が顔半分を掴み、不敵に笑う
「Firstと接触するかもしれないだけで、必要のない他のMaster The Orderも集まったのも都合が良かった。いつこの学園に現れるか、俺を含めて不明不規則なのでな・・・今日に一斉でもよいはずだ。どうしてお前らは、今日この数まで集まれた?偶然が重なったか?学園長のじじいに言われたぐらいでは足すら運ばないだろうに」
ネフウィネは暇だったから鼻から生徒会室にいて、キハネは用事終わりで学園に立ち寄っていたミナールと出くわして、行くつもりはなかったがやっぱり気分が変わり、ベルガヨルはモトキがいたのと、イチグサは想い人の居所を知る為にタイガを訪ねて、そのタイガはまじめに
「Firstになりたいですか。なんでも一等賞が欲しい子供と同じで、プレッシャーに背負われた末の愚行ですね」
溜息まじりに、キハネが呟いた
パキリッ!とキボウの左目尻周りに血管が浮き出し、剝きだした威圧を向けるが彼女には通じない
続いてモトキが挙手する
「どうして、個人勝手に始めればいいものを。聞かれたとて支障なくみたいにベラベラ喋って、変えたくなったのなら自由にしろだけど、それがなくとも、どうして最初からネフウィネさんとタイガには話そうという姿勢だったんだ?」
引っかかっていた。本心はネフウィネとタイガ、自分の3人で話を進めたかったことに
今回は珍しく他が集まったからその者達の耳に入れることになったが、闇討ちなり、強襲したくば話す真似をしなくともよいはずなのに、何故にわざわざネフウィネとタイガにだけは正直に戦線布告する真似をしようとしたのか?
「お前に話す義理はないと言いたいところだが、まぁよかろう。端数の切り捨て、他のやつらなど始末する手段はどうだっていい。だが、単純に、ただ単純に、この2人に関しては正面切って勝たないと意味がない。俺のプライドも許さん。白手袋を投げなきゃならなかった」
「めちゃくちゃなのか、意思が固いのか・・・」
「そのプライドを最後に、俺はFirstとなる。俺にはもしかしたらもう、時間がない」
最後の最後で、どこか演説口調でしめた。真顔で、「俺はFirstとなる」の部分で、空気に耐えきれなかったのか、ネフウィネは吹き、ちょっと笑ってしまう
「雑魚を片付けたら、タイガ・・・まずはお前からだ。お前の強さは、俺もネフウィネも認めている。気を引き締めなくてはならない。順番が先なだけで、2連続最終決戦とし、舐めてかかるつもりはない」
「はっはっはっ、お手柔らかに」
「お前が同じ時代のMaster The Orderで良かったと思いたい。では、皆の衆・・・帰り道に気をつけるのだな」
ずっと待機していた二名の兵士、青い鎧の方が彼にコートを渡し、それを羽織る
これ以上用事なく、生徒会室から去ろうとする希望をベルガヨルが呼び止めた
「ちょっと待て!時間が無いと深い意味ありげなこと言っておいて帰るのか!?」
「宣言はしたが、急にってことはないさ。俺はもう帰る。学園にいる意味もなくなったのでな・・・帰りにアップルパイが食いたい。駅内で売られているやつをな」
右手のくっつけた人さし指と中指を頭部付近で振って
、二名の兵士を連れこの場から去る。最後のあれはさよならのつもりだろうか?
「くそー、なにがアップルパイだ!言いたいことだけ言って帰りやがって!」
当然のように、ベルガヨルは苛ついていた
「珍しくこれだけ集まったのに、珍しく平和に終わったね。解散する?それともあたしに前哨戦として挑んでみる?」
ネフウィネの冗談とも本気とも通じて着地を選べる言葉を無視してイチグサが席を立ち、無言で立ち去ろうとする
反射的に、モトキは思わず「おい」と呼び止めてしまった
「なんですか?私に用があるのですか?モトキ。私はありません、タイガにも、もう用はありません。今は用を作りたくないのです・・・」
右拳をゆっくり握りしめ、少量の鱗粉が彼女の周囲を舞う。爆発してしまいそうだ、自傷を気にせず様々な場所へ様々な箇所を打ち付けて自暴自棄に暴れまわってしまいそうだ
あの二人を前にすると、大切にしたい思い出が蘇ってしまい、今は苦しくさせる