鱗粉の香り 4
学園長室にて、学園長は鼻唄を奏で、眼鏡のレンズを拭く。今日は朝から、Master The OrderのFirstとSecondが接触するかもしれないせいで胸騒ぎが酷いが、夕刻に孫に会えることになっているので、時間が早く過ぎるのを願いつつも、その楽しみで今日一日頑張れる気がする
まずはここの数日、来客の予定はあったかどうかのスケジュールを確認しようとした次の瞬間、凄まじ音と共に窓が割れ、何かが突撃して入ってきた
「なんだ!?なんだ!?なんだ!?」
蝶の羽を背から生やす女性だった。虚ろな目で空を見つめ、閉じられた羽は金の粉となり消える
「ごきげんよう、学園長」
華麗に、優雅さもあり、緑の光の粒を撒き散らしながらターンを行い、学園長へスカートの両端を掴んで、お辞儀
「うむ、ごきげんよう・・・じゃないだろ!!何故!?普通に扉から道なり続いてあるというのに!窓を突き破ってここへ入ってくるのだ!?」
「では、ここには元より用事もないので失礼致します」
「なに何事もなかったかのように立ち去ろうとしておるのだ!?普通な日常から見れば、今日一日学舎内で話題になるぐらいの事件だぞ!」
やれやれ、わかってないなぁと物言いたげに、彼女は首を左右に振った
「何事の程でもないですよ、窓ガラスが割れたとか、生徒の喧嘩があったなどの程度。私は一刻も早く目当てのところに行きたいのです、いちいちしょうもないことで呼び止めはおやめください。こんなところにいても、学園長だけで色味もなく殺風景なだけですから」
「こんなところって言っちゃったよ・・・」
「では!」の一言を最後に、学園長室からいち早く立ち去りたかったのか急ぎ気味に扉を開いて出て行ってしまった。窓を割られ、その残骸が散らばる床を一目見て、大きく溜息
しかし割られた窓ガラスなどすぐに忘れてしまう心配事は別にある。Secondが来る報せと、Firstが朝からいたこと、FirstとSecondがいての顔合わせなど久しぶりすぎるという話ではない
「あの者ら、集まったら集まったで大丈夫なのだろうか?学園長として、ちゃんと学舎に来てくれるのは良いことだと捉えてやるべきなはずなのだが・・・触発して戦闘になり、学園が吹き飛ぶことにならずに一日が終わりますように」
不安の原因となるやつらが集まることになっている生徒会室にて、拭き掃除が終わったタイミングでタイガの次に来たのがキハネであった
浴衣姿に、団扇で涼をとる。モトキは先程会ったが、その時はミナールも一緒だったはず
「生徒会室なんで何月ぶりでしょうか?指折り数えるにも楽しみになれる場所ではありませんので」
「それは、こんな場所に基本いるあたしへの宣戦布告へと決めかねて欲しいの?受け取るけど?なに?受け取るけど?」
「うふふふふ。考察が発展しすぎて、結論の着地が言い掛かりみたくおかしくなってますよ。ネフウィネ殿」
ニコやかな笑みを返すキハネだが、ネフウィネとの間に火花が散る。まだこれでも他のやつらへの態度に比べたらマシな方であるらしいのだが
「ま、まぁまぁお二人さん、争いにきたわけでもないのに争われるとたまったものじゃないので振り上げた拳を下ろさずに・・・それよりキハネさん、さっき一緒にいたミナールはどうしました?」
「ミナール殿ならば、死にました」
「へ?」
「封印でもしたの?」
「どうしたと思います?」と探らせるような、不敵ながら静かに笑う。モトキも以前、彼女によりいきなり変な空間に閉じ込められたことがあるので、あそこにいると心が不安になってくるのでミナールの身の心配はふつふつと溢れてきた
「おたくらに起こった事情は知りませんが、ミナールを解放してくれないですか?あなた方みたいな、Master The Order同士のプライド捨てた頼み事をされて優越になれないただの生徒の頼みですけど、お願いします。何でもしますから」
「うーん・・・そうですね。頼み事をするならば、あなたから私への利益有益を求めなくては。では、今度行われる、ある就任式へ共に参加してください。ミナール殿の護衛役を務めたのでしたら、共有財産としてですね私も酷使してみようかなと思い立ちまして・・・」
ネフウィネは、何かに気づいた。タイガはアオバが淹れてくれた茶に親指を浸けゆっくり掻き回し、経過を見守る。嘘であると、しかし面白いことになればいいなと、二人はモトキに教えないし、言わない
「そんなわけないでしょっ!!」
聞こえていたのか、盗み聞きしていたのかは定かではないが、勢いよくミナールが生徒会室の扉を蹴り開いた
「あれ?ミナール!お前無事だったのか!」
「無事もなにも、キハネとは喧嘩も争いもないわよ!お母様からの急報が届いたからその内容確認してただけ!」
ミナールが来たことでネフウィネは「ふんっ」と声に出し、そっぽを向いて毛嫌いする態度。このまま話が進んだらどうなるか、面白半分で見ていたのに邪魔が入ってしまった理由もある
キハネはクスクスと、口元を隠して笑う
自分が入ったことでネフウィネがより不機嫌になったのは明確であり、口角を無理矢理上げた苦笑いで、苛立ちを含んで彼女に突っかかった
「ネフウィネさん、相も、変わらずですね」
「相変わらずよ、あたしは」
手が伸びてきた。ネフウィネは掌全体でミナールの顔面を掴み、指先で握力を使って締め上げる
「いたたたたたたっ!!」
抵抗もできない、しかしリアクションに飽きたのかその手を放してお茶を所望
タイガが飲もうとしてたのを奪い取る
取られた彼だが、しょがないなと全く怒る気配はなく
「あ、申し訳ありませんが私もお茶を。濃いめでお願い致します」
濃いめを所望したキハネに、アオバは急いでだが丁寧にお茶を淹れ提供。ミナールの分も
(今、あのまま本気で殺してもいいつもりでやってやがったな)
止めてやるべきか、すぐに終わるのか、あたふたしていたら終わってしまった。仲はあまり良くないとは聞いていたが、こいつら鉢合わせればいつもこんな感じなのかと。勝手に切羽詰まっていく空気に、学園長の心労がなんとなく理解した気がした
これで四名。あと何人来るか、これで打ち止めかはわからない。モトキにもお茶が提供され、アオバに礼を言い受け取ってすぐ直後、今度は扉を蹴り壊されてしまった
「行きたくもねーのに来てやったぞぉ・・・」
よく知る声、ベルガヨルだろう。メイソンとライリーは連れてきていない。さすがに、この場へ連れて来るのは万が一の危険を避ける為の配慮だろう
ジョーカーとの一件から、そうなったのかもしれない
「行きたくなかったなら来なかったらいいだけじゃん。回れ右」
「うるせーな。普段なら強制されたとて行かねーよ」
入室第一声からネフウィネとの雰囲気は最悪である。適当な席にドサリと尻に重きを置いてワザと音を立てるように座った
他へは敵意剥き出しだが、モトキにだけは「よう!」と付き合いの良い友達相手にする挨拶を
あと来そうなのは、訪れると報が入ったSecondぐらいだろうか?怪しいが
「あたし的に喜ばしいことではないけど、こうしてMaster The Orderがこの数まで集まったのは久しぶり・・・全員、もちろんあたしに始末される危険性を持って来てるよね?」
「あ?ざけんなよ。くたばるのはそっちだ」
冗談で済むかもしれないので黙ってればいいのに、ベルガヨルが返したせいで余計にピリついた空気に
Master The Orderですらないモトキが一番緊張しているかもしれない
「ま、ネズミの喧嘩を買うほど肉食動物は愚かな行動はしないの。狩る際は全力だけど・・・」
挑発のつもりだったが、ベルガヨルは面倒くさそうな顔をして、椅子に座る腰を深くズラした
どうやら、見ない内に以前よりかは噛み付いてこず、少し大人な対応ができるようになったみたいである
「くだらねー。他のMaster The Orderが数名、ましてやネフウィネとキボウがいるとこなんざ行くつもりなんてさらさらなかったがな」
彼にもお茶が出された。何もない部屋に椅子が置かれたら取り敢えず座ってみると同じで茶を口にするが、烏龍茶が良かったなと本音だが口には出さない
少し飲んで、湯呑みを静かに置いた
「あいつの為に待ってやっていると考えると、無性に腹が立ってきたぜ・・・」
「それはあたしも同じ。ていうか、あたしを待たせるな貴様ら!」
最初から、朝一にこの場にいたので他のMaster The Orderの面々はどうしようもない。ここに普段訪れるわけでもなく、ましてや好き好んで行きたい居たい場所てもない
「あたしより遅れて来た者共は尻に吹き矢ね、吹き矢。今のところ5名の吹き矢が決定」
「おい、5名ってさり気なく俺も含まれてないか?」
棚から吹き矢を持って来たが、何故そこに入っていたのかは触れないでおく。試しに彼女が壁に向けて吹き、筒から小さな矢が発射されると綺麗にヒビも作らず、壁を貫通
「あんなのが尻に当たったら、切れ痔とかじゃ済まされないな」
「よーし、タイガ、キハネ、ミナール、ベルガヨル、モトキ・・・そこに並んで、たくさん吹いてあげるから死ぬ気で避けなよ」
「おい、それ銃とかで足元を撃って踊らせる性根の悪い金持ちの道楽の類じゃないか」
「では、私のお尻にも吹き矢をされてしまうのですか?」
空気が固まった。前触れなく、突然に現れた。蹴り壊されて扉が無くなったそこに、彼女がいる
モトキが一番驚いているのか、目を見開く
「お前、イチグサか・・・!?」
「モトキ・・・!どうしてあなたがここにいるの!?」
「あれ?モトキ君、まさかの顔見知り?」
アオバが尋ねる。「まぁ、な・・・」と答えはしたが、どこか歯切れ悪い
「イチグサ、Secondのキボウに続き貴様が学園に現れるとは・・・」
「ネフウィネさん・・・他皆々様方も。Master The Orderがこの数まで揃うのは大変珍しい光景で、しかしそんなことなど、どうでもよくて。私は、タイガに用がおありだったのですが、モトキもいるとは・・・」
トンと、己の額に親指を当て一瞬だけ間を置き、それから学園に現れた本来の目的を切り出した
タイガを指さす
「あなたのお兄様は何処に?学園内で見当たらず、生徒名簿にも名は載っておらず・・・!そもそも!あなたも生徒名簿への登録名が!」
「ちょ!」と、モトキが遮る
ミナールが険しい顔をする。タイガの兄について、モトキの友について、事情を知っているからだ
どう説明するべきか、モトキは考えるもタイガは迷いなしに答える
「兄なら、死んだ」
旅に出て今はいないとか、隠し、誤魔化すつもりは一切なく、真実を直球に伝える
「タイガ・・・」
その真実を伝えるのは、本人からすればどれだけ重いか。誤魔化そうと考えたりしたモトキ自身は、己に情けない
イチグサの表情は硬まっていた。信じられず、受け入れられず、膝から崩れ、顔を手で覆い隠すように静かに泣いていたが、しまいに我慢ができなくなり、感情を抑えきれず、頭を、髪を搔きむしり泣き噦る
「どうして・・・どうして・・・!」
己の髪を掴み、その眼はタイガを、モトキを睨む。アオバは慄いた、彼女からの威圧に
どうして、彼らに殺意と憎む眼を向けるのか、アオバ自身はどうしても理解できない
「私が入学した翌年に!あなたが推薦され入ってきました。しかしそれよりも去年、そこに彼の姿はなく。一般で入ってくるならばあと3年・・・最初に弟であるあなたが推薦として入ってきて歯痒い気持ちを閉まっておき、待たせていただくことに。私も家の事情で会いには行けず、それでも学園でならば会う機会も多くなるはず、いずれここに入学すると、共に学園生活が送れると、この歳でしか楽しめない付き合いがあると、指折り、楽しみに胸膨らみ・・・しかし、しかししかし!!」
胸が苦しい。大きいからではない
張り裂けそうで、胸に手を当てれば鼓動が速まっているのがわなる。繰り返す、彼との思い出が脳裏を
「あなた方の存在が私の恋路の邪魔をする!昔もそう、そう!孤児院に顔を出して、彼をデートのお誘いをしてもあなた方を連れてくる。せっかく二人きりになれても、あなた方が迎えに来て終了時刻を突き付けてくる!どうして生きてるのはあなた達なの!?どうしてあの方が死ななくてはならなかったのですか!?」
机を殴った。ミナールが。ギリギリ歯を噛み締め、イチグサへ睨み返す
「イチグサ!あんたがモトキに当たるのはお門違いだわ!」
護衛の仕事を終えたばかり。元より仲の悪いMaster The Order同士よりも、モトキの方が信頼あるのは当然
自分でも解ってはいないが、苛立ちがある
「そのタイガの兄がモトキの友人だったかなどは俺様にはどうでもいい、タイガのこともどうでもいい。だがな、そいつもだろうが、俺様もモトキの友人なんだ。友人を悪く言うんじゃねぇよクソアマ三下雌が!!」
ベルガヨルが他の為に怒りを露わにする。それが珍しく思うネフウィネだった
彼女も、ただでさえ嫌いな者同士なので、とにかく何か罵倒なり言いたい
「黙れ最弱。モトキとタイガに偉そうな口をするには、まずあたしと互角に渡り合ってからにしなよ。カスは意見すらできない。無理でしょ、最弱・・・」
「私からも、何か言うべきですか?」
因縁とか、関わりとか、全く関係もなくて、二人に思うところもないキハネは、とりあえず「やーい、総攻撃ですね!」と煽ってみる
イチグサは少し俯き、顔に影を帯びながら歯を噛み締め、拳を握り震え出す
「なんですか、皆して・・・」と呟き、鱗粉が漂う
この場にいるMaster The Order全員が戦闘開始しそうな空気と流れで、モトキとアオバはどうすればいいか、顔を合わせた時、ネフウィネが誰かの気配を感じ取った
「ん?このあまり会いたくもない気配は・・・!」
「ピーピーうるさい。ヒヨコの仕分け場か、ここは?」
紺のスーツを着た男が、赤と青の鎧を身にまとう二名をお供に現れた。見下すような視線は、事も起こしていないというのに警戒をしてしまう