鱗粉の香り 3
不穏な空気が漂う。街全体からではない、一人の男から漂うのだ
戦争、合戦するには少なく思えるも、兵士50名とその兵士達の引き連れ前に立つは赤と青の鎧をそれぞれ身に纏った2名、街にいきなり現れたその光景は圧巻であり、前情報もなく道を歩かれるのは住人にしては迷惑である。それらの先頭に立つはMaster The OrderのSecondに位置する男、名はキボウ、姓はトリチガイ。綺麗であるも、どこか凶暴さの影が覗くブラウンの瞳は学園一点を見つめる
黄色いリング模様が彩られた紺色のスーツを着用し、その上に羽織るチェスターコートも紺色、革靴も紺色。ネクタイは締めない派
アッシュグレーのミディアムヘアを七三分けにしており、流した髪が少し左目に掛かっていた
服色から特別、紺色が好きというわけではない
お洒落における色合いなどを意識するのが面倒で、一式同じ色でも違和感のないスーツや革靴を業者に注文したらこの色だったのである
身嗜みを整えるのは好き
最近、強制に渡された形であるが3年間飼っていたコロギスの一種である雌のリオック、ソイソースちゃんが亡くなりここのところ機嫌がよろしくない
「学園に到着する前に、一つお茶したい・・・」
コーヒーはやめておく、空きっ腹に入れると胃がムカムカしてしまい気分が悪くなるからだ
ケーキが食べたい。マローネかシャルロットポワールあたりな気分である
「辺りに、良い店はございますか?あるようには、見えませぬが」
赤い鎧の者が尋ねる。この辺りを馬鹿にするつもりで
「一流や有名に踊らされるな。一流の素材を使い、一流のパティシエが作ったケーキが大して美味くなったことがある。こうなると、好奇心の運任せに店へ飛び込み当たりを願うしかない。どうせただのティータイムだ、そこそこの最低限まずくない紅茶と甘いで誤魔化したケーキさえあれば結構」
オープンエアで寛ぎたい気分だ。単純にその店があり、目に入ったからであるが
物珍しそうにこちらを見る者共を気にせず、こいつらいつでも亡き者にできる余裕な心持ちで、兵達を置いて先に行こうとするも、その前を重そうに麻袋を持ち運ぶ少女が横切った
(朝からご苦労な・・・転ぶだろう)
やはり足元の注意が疎かになり、爪先が引っかかったのか転けてしまう。麻袋から大量の芋が飛び出し、ブチまけられ、キボウの足元にも1つ転がってきた
異様だった光景の中で、この出来事に笑いが起こる
赤い鎧の者が邪魔となる少女をどかそうと動くが、キボウがその者の胸を軽く叩き、自らが向かう
足元に転がってきた芋を蹴り上げ、手で掴み、急ぎ芋を拾い集め麻袋に戻す少女へ持っていき渡した
礼を言われ、残りの芋を拾うのも手伝う
拾い終わり、最後の1個を麻袋に入れる。少女は再度礼を言い、何度も頭を下げ、重そうな芋の入った麻袋を持って近くの建物へと入っていった
芋を触った両手を払い叩く
「何故、笑った?」
周囲を見渡し、笑っていた一人一人に刺さる視線を送るかのように、澄んだ朝方の空気の中、他の声など上書きしてしまったかのように、何故か彼だけの声しか通らない
「何故笑う?嘱望されてもない産業廃棄物共が」
全員に指をさし向け、罵る眼。その言葉を最後に、指を納め、コートの位置を整える。最悪の空気となった中、近くのカフェへ
入店し、店員が尋ね案内の前に、勝手にオープンエアの席に座る。座るのはキボウだけ、赤と青の鎧を身に纏う二名は付いてはきているものの、座らず彼の近くで立ち尽くし、他の兵達は店の敷居に一歩も踏み入れることなく、外で待機
オドオドしく、ウェイターがお冷を運び、オーダーをとりにきた
「ご、ご注文は?」
「この店で出せる1番良い紅茶と、1番安いケーキを」
さて、注文した品が届くまでの時間ほど、話す相手がいなければ退屈で無駄な時間はない。好奇な目でこちらを見る他の客や通行人の輩共へ視線を合わせてみたり、観察をするだけ
「キボウ様、学園の方へは・・・」
青い鎧の者が尋ねようとするも、睨み返されてしまう。話かけて欲しくない、それがひしひしと伝わってきて、自ずと声が詰まってしまった
「黙っていろ。遅れてしまうやら、行かないのか?などの普段の俺に言ったとてしょうがなく、無駄」
「も、申し訳ありません」
謝罪など聞いちゃいない。お冷の氷で、通行人の額や後頭部に当てて、穴でも空けてやろうか?とも考えていたが、騒ぎを起こすのは今ではない
どうせこんなやつら、いつでもその気になれば消せるし、自分の知らないところで何も表立たぬまま生涯を終えたり、クソカスみたいに死ぬんだなと
人は、庭の隅にできた蟻の巣内の生活に目もくれないないのと一緒
「貧乏人共の憩い場に、異様な景色とさせる存在が俺となっているだろう。俺だけなのが原因か・・・」
その発言に、赤い鎧の者は「なにうぬぼれて、ふざけた戯言を」と内心思っていたが、声に出してしまっていた
だが、全く焦る様子もなく、こちらへ顔を向けたキボウへ、ついうっかりしていたとワザとらしく、自分の頭を拳で軽く叩き、「てへっ!」と、これもまたワザとらしく、棒読みで
「まぁ、よかろう。失言なり、小さな執拗如きでお前達を処断したら、またも母にしばらくはしつこく小言の雨霰を浴びせられるのだからな」
ケーキと紅茶が運ばれてきた。1番安いケーキとだけ注文して、出てきたのはブロック状に切ったスポンジに生クリームをコーティングしただけのケーキ
彩りのないシンプルすぎる見た目だが、これはこれで、ありなのかもしれない
ケーキから、次に紅茶と前に置かれたタイミングでお冷の入るグラスを持ち、その水を自らの靴に落とす
ウェイターは、当たり前に動揺してしまった
「・・・溢した。拭いてくれるか?」
「す、すぐに拭くものを!」
ウェイターがポケットからハンカチを取り出すも、その手首を掴み、強く握り、ハンカチを手から落とさせる
「そのような物を使うな・・・舐めるか、己の衣服で今すぐに拭け。跪き、周りからは服従したかのような姿を晒してな」
「で、てきません・・・できません!」
当然、拒否する。掴むウェイターの手は、時折震えていた
目前に迫り、合わさる瞳に思わず「ヒッ・・・!」と漏らす
「そうか、できないか。そうだよな、晒すにしても屈辱と恥ずかしさ、モラルなり、プライドが邪魔をするか・・・」
ケーキを落とし、ウェイターの髪を掴むと落とされたケーキのところへ無理矢理頭を持っていき、顔を押し付け、擦り付けた。引き攣る笑みで、本人は楽しくもないはずであるのに、顔へ床に落ちたケーキを塗りたくる
眼鏡をかけた店長らしき人物が急いで来たものの、そいつには頭から紅茶をかける。熱がり、慌ててかけられた紅茶を落とすつもりなのか両手で顔を擦り、眼鏡が落ちてしまう
泣いているウェイターをよそに、座っていた椅子を蹴って、キボウは学園の方を向いた
「優雅なお茶の時間はは終わりだ。学園に足を運ぶ」
本心、面倒だからとかではなく、単純に行きたくなくなってきた。だが、朝の久々に行くかの気分で出たので今更逃げ帰るつもりもない
紅茶とケーキの代金は、勘定もせず、余分以上の額をテーブルに置いた