ミナールからの依頼 14
光が身体を突き抜け、その部から広がるように走る亀裂が頭部まで刻まれ、完全に弾け砕けた。意識が遠のき、白眼を向き、血を吐きながら男は仰け反り、砕けたアーマーの破片が自身の周りへ散らばる中、高く宙を舞い、落ちた
背中から落ち、倒れる男の身を包んでいた装甲の至る箇所にできたヒビから青い煙が漏れる
アーマーの胴部に刻まれたクロスする斬撃跡、背中も突き破られ、砕け露わとなったフェイス部分から、改めて顔を確認しようと近づく
「馬鹿めっ!!迂闊に近づいてくれた!!」
血を吐きながらも素早く上半身を起こし、左手首に斧のような両刃が生え、発射された
刃はモトキの左肩から胸にかけて縦に斬り抜けると再度男の左手首に戻る
しかし、モトキは表情を変えずに、圧がくる眼で睨み一言呟く
「まだ、やるのか・・・?」
左肩から胸にかけての切創から噴き出す血は次第に治まりを見せ、見下ろすその瞳と発せられる最初とは別人ともとれる威圧は、根底にはまだ開かれていない恐怖の扉があると教えてくれる
「く、くそ!くっそ!くっそ!くっそが!あんたにボスにもある治癒の力が無ければ、俺が勝っていたんだ!!」
「己にある持ってしまった力を利用してなにが悪い!」
左右の手でしっかり柄を握り、振り上げられた両手剣の刃に光が反射する。殺される、男の脳裏にその文字が浮かんだ
「こんなところで死ねないんだ!!」
右拳を発射し、振り下ろされる両手剣に当たるも、モトキに当たるも、どちらでもいい。一瞬の隙でも変化でも欲しい。実行しようとした瞬間、一つの人影が通過し、モトキに突撃する
「でりゃああああああああああっっ!!」
人影の正体は、サティッツであった。彼女は声を挙げ、全身を使った体当たりでモトキに激突
ただの体当たりとは違う、威力もあり、押され、両者入り組む形で転倒。彼女は勢い止まらず、モトキから数メートル離れた地点まで転がり、遅れて停止
「よくやった!!」
顔をぶつけたのか鼻血が流れるも、彼女は男へ笑顔でピースサインを送る
「副隊長が死んだら、隊長に合わせる顔がなくなってしまうから!」
モトキは両足を上げ、反動を利用し跳ね起きると彼女は折られた右足を引きずり、急ぎ男の元へ。ポケットからペンのような物を取り出し、それで空間に円を描いた
描かれた円は動き、地面に張り付くと二人を囲うサークルと化す。円内の二人の体は、細かい青みのあるブロック状に分裂し始める
「的前逃亡となった。だけど死なぬ限り負けではないんだ」
妙なことでもするのかと警戒していたモトキだったが、相手は逃げるつもりのようだ
逃げる選択は全てが間違った行いではない。軍規違反で裁かれるところもあるが
「逃げるのか?」
「そうだ!」
開き直ったな?と問いたくなる口調。足元から消え始めていく中、男はモトキに人さし指をさし向けた
「また会おう、モトキ。いずれあんたは、他の同じ力を持つやつら含め、革命軍とは切り離せない運命だ!ボスがあの方である限りだ・・・!」
残りが頭部のみとなった時、男は最後に言い残す
「俺の名前は、レンゲツだ。革命軍2番部隊副隊長のレンゲツだ。俺の名前を、よーく覚えておくんだ。再び機会がある時、脳内にあいつだ!と、その名が何度も浮かんでしまうぐらい、今日と名を忘れるなぁ!」
先程までトドメを刺される寸前だったくせに、レンゲツという男は完全に姿が消えるまで笑っていた
革命軍が消える直前までいた場所に、回転する盾が通過して残る僅かな青い靄を空を切り、モトキの手元へ
「ちゃんと名前を聞いてしまったな・・・」
つい先程まで戦闘があったのが嘘だと思えるぐらいただ静かで、その場にしばらく立ち尽くす
1つの脅威を払い除けれたと考えるべきか、いずれ倒しておけばよかった後に後悔することになるか
悪くなった事態は、とりあえずそうなった時にまた考えよう
「いてて・・・最後の最後で酷いことしやがって」
イタチの最後っ屁に発射された刃によって斬られた左肩から胸にかけての部位を、意味はあまりなかろうとも右手で押さえる。圧迫したせいか、ブシュッと小さく音を立て生温かい鮮血が噴き出してしまった
今頃になってこれと、これまでの戦闘ダメージが一気にきたようで、一歩進もうとするも足がおぼつかない
「くそが、やっぱり疲労だけは回復されないか。適宜休みながらでもミナールのところに戻るとしよう・・・」
歯と歯の間を通り、そして閉じてる口の隙間から血が溢れた。その場を後に、会場へゆっくりとだが足を進める
右眼の目尻からも、血が溢れ頬を伝う
「ミナールは無事か?あいつのことだ、俺が心配するまでもないだろうけど・・・」
彼女の身を案じ、会場へ向かうも途中で突如視界が霞んだ。戦闘と、終わってくれた解放感から、一気に疲労感に襲われる
頭痛がする。右手を握るように当て、じっくり治癒されていってるはずの切創の傷口からは熟れた柿を床に落としたかのような音と共に血が滲み溢れていた
少し休みたい。そう思い、足取りはすぐ近くにある屋敷の壁に行き、その壁に背を預け、溶けていくかのように崩れ、尻餅をつき座り込む
(寝よう。夢なく、姿勢がちょっとでも崩れたり、物音ですぐ起きてしまうぐらい浅い眠りを・・・)
そう決めてから、あっさり落ちた。傷はほとんど塞がり、心地よい涼しい風が街中を吹き抜け、より癒してくれている感じがした
寝ている自覚はあるも、夢は見ず、周りの景色がよくわかる。そんな浅い眠りを始めて30分ぐらい経過した時、誰かが近づいてきているのを足音で伝わる
モトキを見つけるやいなや、駆け足となった
「ちょっと、ちょっと!」
聞き覚えのある声主、聞き間違いなくミナールの声であった。まだ寝てすぐで、右目を開きにくいが横目で彼女を確認する
「あんた、無事だったのね」
「お互いさまにな・・・」
右目を手甲で擦り、立ち上がると尻を払い叩き付着した汚れを落とす
短い睡眠だったが、体の調子は良くなり、目も覚めてきた
「他に怪我人や犠牲者はいたか?」
「身勝手な金持ちや、迅速な行動のおかげで途中でコケたりしての怪我人と犠牲者は1名だけよ。その犠牲者はゼルテンタのみ・・・」
彼女が、あの老人の名前を口に出す時に見せた哀しげな表情は、今でも信じられない訴えである
「物心ついた日から、それよりずっと前からいて、長年勤めてくれていたのに・・・人とは、長年があっても裏切るものなのね」
「・・・すまない」
「どうしてあんたが謝るのよ?」
最後のトドメを刺したのは自分である。テハーの身が危ないと感じ、予め怪し話は彼女より聞いていたので躊躇いはなかった
思い返し、その躊躇いなかった己が正しかったと信じたいが、胸奥に残るものがある
「あんたが気に病む必要はないわ。あんたの行いは正しかった。たとえ事前にゼルテンタの異変に気づき、説得してたとしても無理な話だったのよ」
モトキの左肩へ、右手を強めに叩くように置いた。爪を立て、軽く握り、「行きましょ」と一言呟くと先にその場を立ち去る
ジンと滲み広がるように痛みが後から来た
モトキは無言で彼女の後を追う
その間、会話は一切なく。何か言葉をかけたり会話があってもいいのでは?とは思うも、どちらも切り出せず、二人は黙ってマニオン家の屋敷へ向かった
(ミナールにも、若干汚れが目立つな。俺がぶっ飛ばされた後、何かあったのか?)
だが彼女は重傷を負っているようには見えず、一先ず安心はしている。深い傷や、手遅れな致命傷でも負わせていたら彼女の母に合わせる顔がなかっただろう
そうこうしている内に、マニオン家の屋敷近くに到着していた
庭ではレフォールがウッドチェアに腰をかけ、メイドに孔雀羽根が使われた扇で扇いでもらいながらこちらに気づき手を振る
あんな事態があったのに、危機感のない家である
門まではテハーが出迎えてくれた
「お帰りなさいませ、ミナール様。中で着替えを御用意しておりますので、汚れたドレスからお着替えを・・・」
「後でけっこう、このままでいいわ。あんたもご苦労様だったわね・・・」
「は、はい・・・」と、今件は祖父が一枚噛んでおり、その申し訳なさと謝罪するにも言葉が見つからず俯き返事だけしか出なかった彼女に、ミナールのかけた言葉は労いではなく、憐れみに近い
それでも、テハーはいつも通り仕事に臨む
「お帰り、お二人さん。私は先に寛がせていただいてるわ」
赤縁眼鏡から同じく赤縁のサングラスにかけ替え、バトラーが銀トレイに乗せて運んできたグラスの縁にカットライムが添えられたパパイヤジュースを受けった
ウッドチェアから立ち、ストローを口にモトキとミナールへ歩み寄る
「味方総大将だったり、戦場を指揮した軍師でもなければ、一兵卒から成り上がった将軍とかでもないから戦い終えてきた人への労う言葉なんて習ってないのよ。何か飲む?」
「いえ、今は必要ないですかね。それより、最初に俺が着て来た私服はありますか?着替えたいです」
「あれ、洗濯してるから。犬のあれならあるけど・・・着る?着るなら喜んで用意させるけど?」
「このままでいいです。それはもうちょっと陽気になれる場で着ることにしますよ」
「着るの自体は嫌じゃないのね」
ミナールの静かなツッコミが終わったすぐ後であった。門前に1台の馬車が停まる
無駄にお金をかけた豪華絢爛な造りであった
レフォールは察したのかテハーを呼び、屋敷内に入っておくよう忠告する
停まった馬車に、後から走って追いかけてきた複数の兵士が囲む。中には数人、息を切らしてる者もいるが
「ホーンタン・ベス様の馬車じゃない!」
「王か!」
兵士の1人が足場となる台を用意し、馬車の扉を開く。「足元にご注意を」に愛想のない返事
ロザ・ゴームで見たこの街を配下に置く王である
馬車から降りた王の後を兵士達はついていき、門から雪崩れ込もうとするがホーンタンは手でこの場で待つよう指示。因縁あるかのような雰囲気に、レフォールの前に立つ
「この家に自らがわざわざ立ち寄ってくだされる御用ですか?18代目・・・」
「いつも私を代数字で呼びおって・・・王と呼ぶ気ないならばせめてホーンタンかベスと名か姓で呼べと言うとろうに・・・」
「細かいことに気を向けてるんじゃないわよ」
どうやら王は代の数字で呼ばれるのがあまり好ましくないようだ。先代達へのコンプレックスがあるからだろう
「で、本当に何用ですか?今回の一件に、私んとこのメイドがどうのこうのと申すなら、王だろうともこれ以上の敷居は踏ませず、許しはしないわ!」
「1つの責任を身内にまで負わせ、及ばせるほど、私も愚かではない。用というのは、帰す前に、ミナールちゃんが連れていたあの青年に一目会いたくてな」
見渡し、目当ての男と目が合った
王自らが、彼に近づく
「そなた、名をなんという?」
「モ、モトキです」
「モトキ、か・・・?」と、その名に何か思い当たる部分があるのか、記憶を辿ろうにも、出そうで喉奥からこれ以上先には上がらない感じで思い出せない
彼の過去を調べ上げるつもりはなく、まずら礼を言いたいが為に寄ったのでそういった経歴を追及する類はやめておこうときっぱり切り、話を進める
「モトキよ、そなたが革命軍の相手をし、撃退してくれた者なのだな。まずは街の者達に代わり、私から礼を言いたい」
深々と、頭を下げる。モトキもついつられてしまい、続けて頭を下げた
その様子に王は静かに笑う
「革命軍を払い除けたとし、その相手の名を知っている者であったか?」
「自分は初対面で全く知らない男でしたが、彼自身はレンゲツと名乗ってました」
「レンゲツ・・・!革命軍第2部隊の副隊長か!!一端の学生がよくやつと戦い、生きて帰ってこれたものだと言いたいが、Master The Orderのミナールちゃんがわざわざ護衛役として連れてきたのだ、それへの信頼をしてのだろう」
改めて、よくレンゲツを相手にと感心し、足の爪先から頭まで、まじまじとモトキを見てみる
「もし討取り、それがレンゲツ本人であったならば懸賞金がそなたの懐に入っていたのかもしれぬな」
「逃したのは、自分の未熟故・・・」
「そう卑下をするのはやめておくがよい、ふむ、礼として言葉だけでなく、何か褒美をとらせるのがお約束みたいにあるのだが、あいにく急なもので選べる品物がないのだ」
「いえ、そんな、お気づかいなく」
「そこで、今回は本来親交会で見せびらかすつもりであったこの品をそなたに譲ろう・・・」
兵を呼び寄せ、鞘に収まる一振りの剣を持ってこさせる。ホーンタンはそれを受け取り、モトキへ差し出した
「剣・・・?」
「そうだ。世に名高い一振り、勝利の剣・降女神。これをそなたに進呈しようではないか」
レフォールが「よ!太っ腹!」と煽て、王もまた「そうであろう!」とドヤ顔を晒す
「大世名剣じゃない!こんな逸品を!」
「大世名剣って、なんだ?」
剣を前に嫌でも興奮してしまうミナールであったが、モトキの質問に呆れと驚き、思わず溜め息
「あんたね・・・そういった武器類に興味ない私でも知ってるわよ。大世名の武器、その下には世名と楽世名の二つ、最上の二つには天上世名と神上域世業名のランクになってるの。大世名からは国宝級に扱われる物も数々あるわ」
「じゃあ、国宝級かもしれない剣を俺にくれるって話か!」
「そういうことよ。まぁその剣は国宝目的に絢爛や、真似できない技巧だったり意図して匠が作ったわけでなく、かつての使用者が実績により広まった名声と伴い・・・」
だが、モトキは剣を受け取るのを断った。説明途中だったミナールは、そうだろうねと彼が断るのは大方わかっていたもよう
王は呆気に取られ、手に持つ剣を一度見つめてからモトキの顔を見る
「申し訳ありませんが、どう考えても持ち腐れになります。飾るに保管するにも、俺みたいな一般学生の立場にあるやつが住む寮部屋では狭すぎますし不格好です。ですから、お受け取りすることはできません」
「うむむ・・・自分には相応しくない等の謙遜かと思えばけっこうしっかりした理由を述べられるとは」
後ろでレフォールが大爆笑している。絶対に成功すると自信があり、皆の前で大胆に学校のマドンナにプロポーズしたのにフラれた自信過剰な男を目の当たりにしたかのように
「コホン・・・では、せめて今回のを聖帝様にお伝えしよう。小さなことだろうともコネクションになるやもしれんし、きっと興味を持って招待をしてくださる。そなたが良いのであれば赴き、聖帝様も褒美を与えると申すはずなので直接頂くといい。それまでの保留としようではないか」
「お、俺が!聖帝様に謁見を!?」
一生に会えるはずもなさそうな、そんな遠い遠い存在に会えるかもしれない可能性。それに尊敬や、敬拝といったものは関係なく、ただ信じられずにいてしまうが何処か嬉しさがある
「しかし・・・ハルカゼの遺体を盗んだ前回の件から、革命軍の動きには不安が残る」
その事件はモトキも新聞で目にした覚えがある。レフォールも、ハルカゼの名に眉間にシワを寄せ、険しく考え込む表情。ミナールも名は知っているが、モトキと同じくあまりその者の存在を知らない
もしかしたら、ほとんどが実際を知らないのかもしれない
しかし不思議と、その者の名が出ると胸が騒つく
この先の不安を予兆するかのように、早すぎる一番星が現れ、生暖かい風が吹いた




