ミナールからの依頼 10
昔、山奥の川辺でオオキベリアオゴミムシの幼虫が3匹、1匹のカエルに喰らいついているのを見たことがある。集団攻撃ではなく、偶然にも3匹が同じ1匹を狙っただけで、自分より大きなカエルを食らうも弱肉強食である
生態ピラミッドに全てが大きいが小さいを食らう関係ではないのだ
「ああいった人の姿から変化するのはハオンだったかしら?ジョーカーと一緒にいた。あいつと比べて、愛嬌も可愛さも微塵もないわね。狼だったおかげかしら?それとも単に、生理的にあいつが好きじゃないのかも」
「あの獣人種のやつか・・・」
大きさも不気味さもあちらが上だが、ハオンほどの危険さを二人には感じられなかった
ミナールはハオンとロセミア、そしてその後方にいるジョーカーという存在が脳裏に浮かび、武者震いがする。左手首を、己の右手が掴む
「ハ・・・オン?ハオンだーとっ!?獣人種にいたジョーカーの二本牙と大層な通り名持ちやーがっての狼ヤローめ!」
なにやら地雷を踏んだようだ。それに反動してか、漏れていた体液が全身を力んだことにより飛び散る。距離はあまり飛ばず、すぐに床に落ちるも刺激臭と小さな水滴が散りばめられたように付着した床の箇所からは小さな溶ける音がする
「いずれハオンの獣人種もー!ついでに昔噛みついてきた人魚の種もみーんな全滅だーぁ!」
重そうな下半身を容易に支える4本の脚の踏み込みで床を陥没させ、亀裂を生み巡らせる
「その前にまずはお前らからだー!!」
下半身の服節部が膨らみ、その膨らみは体内を移動して口へ。透き通る紫の液体が吐き出され、圧縮された球体状に放たれた
先程から漏れていた溶かす体液と同様のものだろう
「余裕こいーて!叩き斬ったり殴ってみーろっ!忽ち破裂してー!液体が至近距離で飛び散ることになるー!躱すなら床や壁に着弾して同じように水風船内の水のよーに広範囲に液体が飛散するからなーっ!」
一滴も垂れず、飛び散らない球体状に放たれた体液の狙いはモトキである。しかし、近くにはミナールがいる。自分だけならばいいが、着弾して体液の飛び散る範囲は想定できない
「まともに受けてくれるなら受けろよー!溶かされ、水圧に潰され!ふにゃふにゃになった透き肉をめためたにしてやるー!」
今すぐ「俺から離れろ!」などと言ってその行動に移させるべきではない
なら、自分にあるのを利用するまで
「ミナール、俺を盾にしろ。溶けたぐらいなら生きてりゃたぶん再生できる」
「必要ないわ」
モトキの前に立ち、迫った球体状に圧縮された体液に彼女の手が触れられた瞬間、凍結する
「液体はね、温度を下げて凍らせればいいのよ。液体が手に付着して溶かすより早くね」
凍結した体液を独鈷杵で一閃刺し砕き、砕かれ細く鋭利状となった氷の破片を独鈷杵の薙ぎ払い時に生じた風圧で上空に上げ、ギポンブに向けて氷の破片が一斉に降り注ぐ
「やーってくれるな!」
不気味なほとんど巨大な甲虫と化している姿に異様に早い変形が始まる。腹節と化した下半身は元に戻り、4本の脚は元の二足へ、後羽とそれを覆う硬い前羽は残り、頭部も触覚と口を残し元の姿に。少しオオキベリアオゴミムシの要素が残るちょうど最初の人型と先程の姿の間と捉えれる姿へ
背に生える甲虫特有の硬い前羽を広げ、高速スピンを行うことで降り注ぐ氷の破片を粉砕していく
氷の破片が止んだと同時にスピンをやめ、高く跳び上がると急降下の勢いを加えた拳をミナール目掛け叩き込もうと猛突に迫る
「殲滅特化でいこーとしていたがー!やはり戦闘特化でやる方が気持ちも晴れやかになってくるなーーっっ!!」
ミナールはやれやれと何か物言いたげな表情だったが、内に閉まっておき、小さな声で「モトキ・・・」と呟くと、彼女の頭上を跳び越えてモトキが突撃してくるギポンブを右拳で迎え撃つ
ギポンブは、ミナールに向けるはずだった拳を放たざるを得なかった。拳と拳が衝突する
「まずはお前からバラバラにされたいのかーぁ!?この形態になるとさっきのよりパワーは若干落ちるが運動能力はずっと向上され、戦闘意欲が掻き立ち、お前らを皆殺しにするまで動機は止まらーねーからなー!!」
「それはお前が、その姿にならないといけないぐらい切羽詰まり始めた証拠だろ」
右足のみ、昆虫特有の木に登りやすい脚に変化させ、ふ節先端の爪から距を使った蹴り上げでモトキを股下から頭頂へかけての切断を狙う
だが、蹴り上げを仕掛けるより先に力技でモトキの拳が押し切り、その反動で後退させられたところへ胴回し回転蹴りにより、右足が頭上へ叩き落とされた
頭部が一瞬陥没したように見え、脳が揺れ、視界が揺らいだ時には床へ叩きつけられ、埋まっていた
頭を左右に振り、意識を保つのと頭や髪に付着する砕かれた床の細かな木片を振り落とす
「トドメの光を!」
続けてミナールが右手に握る独鈷杵の片刃に光の力を帯びさせ伸ばすと、素早く華麗にきりもみ状態で前方に突進。刃に帯びる白き光が尾を引き、円を描く
「迂闊に攻めてきたなーぁっ!小娘さーん!!」
口を開き、体液を貫通力のある細い水流カッター状に射出
頭部を狙う。首から上ならば当たればどこでもいい
「迂闊なのはあんたよ・・・」
足でブレーキをかけ、きりもみ状態での突撃を中断し、射出された水流をとび跳ね躱すとそのままギポンブの頭上を越える
彼は彼女を追い振り向こうとしたが、先にモトキの右拳が顔の左頬部辺りへ撃ち込まれ、続けて壁を蹴り、戻ってきたミナールの右膝撃ちが右側頭部付近に炸裂した
「うぼるぁっっ!?」
ミナールが着地したところで、続けて少女はフラつく男へモトキと同時に蹴りを放ち、顔面と後頭部へ足の甲で挟み撃ちする形で叩き込んだ
「おい、パンツ見えたぞ」
「なっ!今はそんなことどうでもいいでしょ!意識しちゃうじゃないの!」
スカートを押さえながら足を戻し、二足の履いていたハイヒールを脱ぐとヒール部を中指と薬指に引っ掛け、急ぎ走りモトキの背後へ回り込みそれら二足を彼へ投げつける
「うおっ!投げるな、投げるな!」
モトキの躱したハイヒールは、両膝を着き、床に伏しそうになっていたギポンブに一足目が当たり、続けて飛んできた二足目は手で掴み握り潰した
関節の鳴るに似た音が聞こえ、その音に合わせて頭部に血管が浮き広がっていく
「お前らのようなーーーぁぁぁっっ!!生意気なガキ共がぁっ!!」
怒りの怒号が響く。ミナールが「うるさいわね・・・」と不機嫌な顔に
ギポンブの口部分のみ、ゴミムシの構造となり、元と違うのは口内の奥までびっしり歯が生えていること
両手を床に着け、両足を踏み込み、膝を屈め、勢いをつけると口を開きながら高速に回転し、猛スピードで二人に襲いかかる
「ミナール、頼んだぞ」
「まだ多く語らずともの意思疎通は難しい信頼交友関係だけど、一応、うんと頷いておくわ」
少し笑みを見せたモトキは走り、寸前で避けるフェイントをするつもりもなく、回転し猛スピードで突撃迫るギポンブを真正面より受けて立つ
身体の胴体や胸部で受け止めるなら、あの喉奥までびっしり歯が生えたゴミムシと同じ構造の口により、削岩機の如く削られ抉られてしまうだろう
なら、ヤツの歯が己の肉を抉り食いをされる前に到達を防げば良い
「避けるなーらーっ!避けてみろよーーっ!!血肉に喰らうまで床も壁も、建築物もこの回転と歯で削り破壊しながら永遠と追いかけてやーるぞっ!!」
「じゃあお望みに避けないでやるよ、オオキベリアオゴミムシさんよ」
歯は、モトキの腹部を喰い抉る直前に突然と回転が止まる。徐々にスピードが緩まっていくのではなく、真正面から迫るギポンブの両肩を両手で受け止め掴み、急停止させたのだ
肩を掴んだ手が回転に負け、手を弾かれることもなく、両肩を掴む彼の両手からは、白い煙が漏れる
「回転進行をーっ!阻害するなよーぉっ!」
すぐさま攻撃方法を切り替え、両足で床を蹴り、モトキの首を狙う。両肩の肉が抉れ、骨が砕かれそうな痛みが走り伴うが、この一瞬を乗り越えた先にヤツの首肉を喰らいつき、引き千切れる。痛みなど、肩の犠牲など、堪えれる
子供の注射と一緒なのだ
「お前の喉仏の突起部を抉って口で飴コロみたいに転がしてやーぁぁぁるよっ!!」
口が、その牙が迫る。相手の鼻息も口息も感じれる距離までくるもモトキは冷静であった
頼んだからだ、ミナールに。ギポンブが気づいた時には遅い、片刃に光の力を帯びた独鈷杵の刃が胴体に当てられていた
対象を2本の独鈷杵で斬り抜ける水平斬りの二撃
2本の刃は同じ斬道を斬る
両膝から崩れたギポンブの口から血が溢れ、胴体の上半身と下半身が分かれる寸前
しかし、その手は先程されたことと同じくモトキの両肩を掴み、力が入らなくなってきた体を手の力を使って彼の首に顔を近づけ、喰らいつこうとする
「虫は、やはりしぶといな・・・」
その言葉だけが、喰らい付こうとする者の声が聞こえた。それを最後に、己の体はミナールにより蹴り上げられる
宙に舞った彼へ、彼女は右手人さし指を向け、その先端から光の力をレーザービーム状に連射し、身体中を貫き刺さる無数の光が一塊りとなり、眩しい閃光となって広がると一瞬にして縮小し、消えた
「これで正解だったかしら?」
「自身がそう思うなら、そうなんだろう。俺の方はミナールに任せきりな真似して良かったのか自責しそうになったけど、護衛なりの理由はもう必要ないだったな」
「じゃあ、私とあんた共に正解だっということで」
右手に握る独鈷杵だけを掌で回し、光となって消えた。さて、残されたあの女の処遇をこれより決めるわけだが、一歩踏み出したところで思い出したかのように彼女は一度モトキに頼み事をする
「あの人は私に任せて、悪いけどあんた、ここ会場外を一度見てきてくれない?」
「わかった。お前なら殴って気絶させてでも見張っててくれそうだから安心して行ってくる」
笑いそうになった口を左の手の甲で隠し、もう片方の手はモトキの右胸を扉を叩くのを真似て優しく数回ノックしてから、行くよう促すように押す
数歩こちらを見ながらの後ろ歩きから、背を向け、会場を出て行った
それを見送ってから、ミナールは残された女性の方を睨む




