ミナールからの依頼 5
外で待機していたメイドに風呂の場所を尋ね、案内してもらう。階段を下り、広間から風呂場へ
広い浴場の気配、胸が高鳴る
せっかちにジレのボタンを外しながら、意気揚々に欲情へ向おうとするも呼び止められ、一室のシャワー室の方へ案内された
ポツンと、その前で棒立ち
「確かに、俺はこの家の者達からすれば得体の知らない部外者だから、軽々しく人の家の風呂に入るわけにはいかないか」
「いえ、単に今はミナール様が入浴されてますので」
「あ、そうなの・・・」と、胸の高鳴りの着地地点を失い、少し落ち込む
身体を洗えるだけでもありがたいと思おうと切り替え、衣服を脱ぎ捨てシャワー室へ
素早く髪と身体を洗い、5分足らずで終了
シャワー室の外に用意されたタオルを拾い、全身と髪を乱暴めに拭く
元着ていた衣服は見当たらず、2つの籠が置かれていた
片方には黒のスーツに白いYシャツ、赤と青のストライプ模様のネクタイ。もう片方には何故か犬の着ぐるみ。しばらく、空気を読んで犬の着ぐるみを着ようかと考えたが、冷静なりスーツを着る
それが正解
「ネクタイの結び方はこれでいいかな?」
かなり雑な結び方、慣れないことはすべきではない。後日ちゃんと覚えるとして、通りかかったバトラーに声をかけ、結んでもらう
結んでくれたバトラーに礼を言い、最後に黒い手袋を手に嵌めた
「ミナールはまだ入浴中のようだし、先に戻っておくか」
レフォールの待つ部屋に戻り、ちゃんと扉をノックしてから入室。メガネのレンズを拭いていた彼女の他に、ゼルテンタとテハーが到着していた
テハーは入ってきたモトキに一度は視線を向けるも、すぐに顔を逸らす。ゼルテンタは駅に置いてかれて彼に何か物申したいも、レフォールの前ではできず、歯痒そうな顔
「かなり早いお帰りじゃない」
「シャワーを浴び、さっと身体と髪を洗っただけですから」
「シャワー?シャワーだけ?ゆったり湯に浸かる時間ぐらいはあるわよ」
「いえ、ミナール・・・娘さんが入っていたようなので」
「遠慮する必要なんてないわ。ちゃっちゃと入って一緒に出てくればよかったのに」
「そんな預かった近所の子供達をまとめてお風呂に入れてあげるとは違いますよ。仮に強行してでも入ったら、俺が娘さんに殺されてしまいます」
レンズに指紋等の汚れの拭き逃しがないか天井の小さなシャンデリアからの灯りに透かし見てから、メガネをかける
「犬の方は着なかったみたいね」
「こちらの方を着て似合ったらいいなと」
「ミナールの横に並び、形だけは様になるんじゃないのかしら?」
本当は心の何処かで期待していた。ボケで犬の着ぐるみを着てくるかもしれないと
横に並べば主人を守る忠誠ある犬の形となる
すごく、くだらない期待
「あの娘が戻るまで暇ね・・・時間潰しに、数ヶ月前街に現れた旅芸人の一団にみせてもらった芸の一つでも・・・」
やるんですか!?とゼルテンタとテハーは声には出さず、目を見開く
レフォールは席を立ち、モトキに歩み寄ると彼の肩を叩いた
「さぁ、やってみようじゃない」
「え?俺がやるんですか?」
「当たり前でしょ、この中で1番運動神経ありそうだからね」
他人事なのをいいことに、使用人の祖父と孫は拍手を贈る
モトキは、何をすればいいのか判らず、手はただふためくだけ
「やってほしいのは、背を反っていき、頭を股下に通してこんにちは。最後に両手を上で合わせて、そこに私がメガネを掛けるわ」
「えぇ・・・俺、あまり体柔らかくありませんよ」
「同じ人間ができてたのだから大丈夫でしょ」
できないと断る前に、とりあえずやってみることにした。しかしやはりというか、案の定、体操やストレッチレベル、天井が眺められるぐらいまでの背中の反り
「ほら、そこまで出来るならあと半分ぐらいやれるわよ。さ、頑張れ頑張れ!ゼルテンタもテハーも手伝ってくれるから」
ゼルテンタの骨折れようが知ったことじゃないと伝わる無理矢理感ある力業と、両足を掴み動かないよう固定するテハーの手も借り、なんとか背を反らし、頭を股下に通すことができた
拍手するレフォールに、そのタイミングで戻ってきたミナールはモトキの状態を見て「なにしてんのよ!?」と叫ぶ
「ミナールが戻ったわ!さぁ会場へ出向くわよ!」
使用人は返事をし、先にテハーがミナールと共に退室。レフォールがモトキにも行くよう急き立てるも、この状態では無理である
「ちょっと、戻らないんですけど!」
「そのままで大丈夫よ、奇怪の目では見られるだろうけど」
「俺の心持ちは耐えてはくれなさそうですけど」
ここで喚いてもしょうがないので、モトキは元に戻らずのまま、部屋を出た。きっと途中で戻ることを信じて
レフォールも準備に移ろうとした時、ゼルテンタが神妙な顔つきで主人に申す
「レフォール様、出発前のお忙しい時に申し訳ありませんが、御耳に入れておきたい事が・・・」
「手短に・・・」
周りに誰も居ないのを確認し、念の為に一度少し開いた扉に顔を挟み、部屋外を見渡してからなるべく最低限の声量で
「二月前に起きました、街の銀行襲撃に関しての件ですが・・・」
「実行者3名は革命軍だった件の?そいつらはもう刑務所じゃない。昨晩あたりに脱獄でもした?」
「いえ、そういった脱獄や救出があった等の情報はきていません。しかしここ最近、革命軍の動きが活発になり、目立つようになってきた気がします。先日、部屋を荒らされ、重要資料らを盗まれましたが、銀行襲撃の一件から月日もそれ程経過しておりませんので、それらも奴等による仕業だと疑ってもよいでしょう」
「それは私も睨んでる。もし革命軍なら、今日の親交会に現れるかもしれないわね」
小さく溜息。本来なら中止にするべきなのだが、銀行襲撃事件後、その便りを街の貴族や上流階級の者達が王に送るも、却下されてしまった
開催を強行する姿勢の貴族も中にはいる。そいつらを思い出すとぶん殴りたくなるものだ
改め不安がきてしまい、悩ましくなるレフォールに、ゼルテンタが口を開く
「銀行の一件から屋敷への盗み入り、盗まれたのは金品ではなく機密書類等・・・一部屋だけだったにしても、スムーズに終わったと思われませんか?」
「この部屋を漁られてはいたけど、深々と手をつけ探してる痕跡は感じられなかったわね。いかにも散らかして、盗む物を探しました風にされてたような」
「一部屋だけというピンポイントだったのも引っかかりました。もし、あれはフェイクの為荒らしであり、本当は始めから場所は知っていたとしたら・・・誰かが手引きをした可能性があります。街の誰かが、この家の誰かが・・・」
言いにくそうな雰囲気である。だがゼルテンタは、拳を握り、歯を噛み締め、自分の中でもしかすれば手引きをしたかもしれない者の名を
「誰かがと申しましたが、目処は立っています。革命軍を裏で手引きし、機密書類等を盗み出したのは我が孫、テハーかと」
「テハー?あの娘はそのような真似をする人じゃないんだけどね」
彼女は信じられない顔をし、腕を組み、「はー・・・」と呟きながら、ただ天井へ視線を向けた
「失礼ながらあの娘は、我が孫は、畏れ多くも私の口からレフォール様に教えしますが、あなた様を恨んでいます。あの娘の両親、我が息子夫婦はレフォール様を庇って亡くなられました。それがずっと、ずっと、使用人として勤めながらも奥底で濁り増した物が・・・」
何も言わない、言うつもりもない、反論もない、言い訳もない
「あの娘の両親は意思を抱き、レフォール様の為に亡くなられたというのに。あの娘は、両親の意思を無視しております」
組んでいた腕を解き、右手人さし指を老人の目前まで突きつける
「まだ憶測の域でしょ・・・」
「えぇ、潔白や何もなかったに越したことはありませんが、疑うも同様です」
「もし、本当にあの娘が裏で糸を引いてたとしたら、どうする?」
「その際は、万が一は、私の手で孫を・・・」
その手は震えていた。息子夫婦だけでなく、その残された孫でさえ失う。その決意に迷いはあるも、事態を生ませたのが彼女であるならば、気はどうあれ行いに躊躇いはしない
「ま、深く重く持たないことね、お互いに。何も起きなく終わるのを願おうじゃない」
強めにゼルテンタの右肩を叩き、いつまでもこの場に居てるわけにはいかないので部屋を出た
叩かれた箇所に、じんわりと熱が帯びてくる
老人は、机を拭いてから最後に退室




