ミナールからの依頼 2
二の夜を跨いだ次の土曜日、夜明け前の刻。前日に下校時、彼女から陽が出るより先に駅にて待つよう報されていたので、昨夜は寝ずに起きていた
彼女の姿は、まだない
空気が澄んでいる。こういう時間帯は大好きだ
さすがに仮眠ぐらい取ればよかったか?と今更だが、アドレナリンで眠気も忘れるだろう
まだ暗い空の下、駅前の外灯に凭れ、ただ静かに待つ
「おはよ」
目を閉じて眠るように待ち始めすぐ、こちらに近づく足音と気配があり、挨拶の声でミナールだとすぐにわかった
いつもの制服姿ではなく、動きやすそうながらも、どこか気品がある服装
「あぁ、おはようございます」
「なによ、丁寧に」
「一応、今回は雇い主の関係だからな」
それがお気に召さなかったのか、「ふん!」と顔をそっぽ向け、先に駅構内へ
モトキも後を追い、構内を通りプラットホームに出るも、ここからどうするのか疑問
「列車はまだ動いてないぞ。これから待つにしては時間がありすぎる。集合が早すぎたなら、一度解散するか?突っ立ったって待つのも暇だろ?談笑するにしても俺の持つネタはそれほどストックも無いぞ」
「じゃあ訊くけど、普通なら夜間は閉じられているはずの駅が、人がいなくとも何故開いてるか、不思議には思わなかったの?」
言われてみれば、普段は夜間ならば他の公共建物にもいえるが、駅の出入口には柵を設置したり、チェーンスタンド等を用いて立入禁止とするはずである
出入口はおろか、構内のどこにも、そういったことはされていなかった
「やり忘れにしては、職務怠慢すぎるな。その質問と、何か知ってる口ぶりから、お前が何か手を打ったのだろうけど」
「察しが良いわね。ま、駅の1つや2つ、街のお偉い様方に頼めば好きに使わせてくれるぐらいの権力はあるの、私。断れるものならさいあく、権利を土地を数時間だけ買う方法もあるのだけど」
「そ、そうですか・・・けど、それでも始発までの時間を待たなければならないに事に変わりないんじゃ?」
彼女は、少し笑った。何を企んでいるのか、モトキには解らない。ミナールに問題がないなら、このまま始発の列車が来るまで、二人ただ残りの3時間半程度待つのも、自分は構わない
待つを決めた矢先、線路先の遠くから小さな2つの明かりが見え、段々と近づいてきている
それは紛れもなく、車両であった
プラットホームに入り、モトキとミナールの前で機関車が牽引する一両だけの客車がちょうど停まる
「待つ必要、無かったでしょ?」
胸を張り、誇ったドヤ顔を向けてきた。モトキはただ、声が出ず、車体を目に焼き付けるだけ
機関車も客車も、見事に統一されたコバルトブルーの車体。ミナールの所有物かどうか訊ねようとした時、客車のドアが開き、燕尾服を着た老人が現れる
「ミナール様、お待たせ致しました」
「うん、お出迎えご苦労様」
老人は客車から下り、道を開ける。そこから客車内に入る彼女に続いていこうとするも、老人がミナールが入ってすぐ、ドア前に割り込み行く手を塞いだ
「あなたは、どちら様で?」
顔が近いので、モトキは少し後退
「どうも初めまして。ミナールと同じ学園に在するモトキといいます」
「そうですか。ではまた、お会いできる機会があればいいですねえ」
さっさとドアを閉めようとする老人に、「待て待てー!」と慌てモトキはドアの取っ手を握る
「離してください」と冷静に遇う老人だったが、ミナールに「入れてあげて」と論され、閉めようとするドアの取っ手を離した
急に離されたせいで、その反動によりモトキは転がっていく
「ではモトキ様、どうぞ中へ」
顔を強打したのか、鼻血溢れる鼻を手で覆い隠し客車内へ乗り込んだ
その車内を目にし、モトキは更に驚きが続く。座席は中央に置かれた巨大な白いU字型のソファーのみ。その下に敷かれた肌触りの良い円状の絨毯。バーカウンターや調理場も場もあり、そこには若い女性が1人、静かに佇んでいた
タイガの兄の墓参り時に乗る列車車内とは違いすぎて動揺
ミナールはソファーに座り、一息つく
「ミナール様、何かお飲みになられますか?」
「そうね、とりあえずお水を貰えるかしら?」
「承知致しました」
老人は頭を下げ、バーカウンターに立つ女性がフルートグラスへ水を注ぐ
よく冷えた冷たそうな水だ
「あんたは?」
「え?あぁ、俺か。じゃあ俺も、同じものを」
「了解。悪いけど追加で彼にも水を」
女性がもう1つグラスを用意し、そこへ水を注ぎ始めた
「あんたも座りなさいよ。私だけ座り、あんたが立っているのが視界に入るとイラっとしてきそうだから」
「あ、はい・・・」
ミナールの隣に腰を下ろしたが突然老人に攻め寄られた。「正気ですか?」と言われ、思わず「すみません」と謝ってしまい、向かいとなる位置に座る
彼女は何やら一瞬だけ気にくわない顔を覗かせた
「なんだか、俺はあまり歓迎されてないみたいだな。少しでもおかしな動きをしたら、撃たれそうな空気だ」
「気にしないでいいわよ。私に過保護気味なだけ。仮に撃たれる真似されても、あんたなら大丈夫よ」
水の注がれた2個のフルートグラスはシルバートレイに乗せられ、女性に運ばれてきた
よく冷えている。常温が良かったなどとふざけた戯言は誰も言わず、モトキは今は出された水を飲むしかない
一度お辞儀をしてから離れようとする女性に、ミナールは追加の注文
「テハー。ついでにだけど、いつものチョコバーをお願いするわ」
「承知致しました・・・」
食道から胃へ冷たい水が流れていくのが分かる。グラスの水は飲み干した
外の景色でも眺めながら大人しくしておくのが最善だろう。モトキは誰かと目を合わすのを避けるように、窓からの外景色へ目をやった
「ミナール様、お暇になりそうでしたら私から数曲・・・」
老人の提案に、ミナールは困った苦笑いで遠慮した。チラッと向かいに座るモトキへ視線をやると、彼はそっぽを向くように外を眺めていたので、問いかけてみる
「あんた、食べたい物でもある?」
「え?食べたい物?腹は空いているが、希望は今はない。食べても良いと出してくれた物ならそれを食べるさ」
「そう、じゃあケーキでもどう?コーヒーもあるわ、砂糖なしにミルクを淹れてね」
指を弾き鳴らす。対応は老人がしてくれた
先にテハーが大きめのブランデーグラスを持ってきたが、それには沢山の茶色い棒状の物体が立てられていた。チョコバーである
砕かれたビスケットをチョコでコーティングし、棒状に固め、他にも細かく刻まれたナッツ類やドライフルーツがまぶされていた
ミナールは一本摘み取り、良い音を鳴らしながら噛み折り、モトキにも食べるよう促す
「ミナール様、本日のケーキはブルベリーチーズケーキと、ビターガトーショコラ、メロンバスケットケーキがございますが?」
「いつものメロンバスケットケーキに決まっているでしょ」
「でしょうねー」
バーカウンターに立ち、鼻唄を奏でケーキを用意する老人の隣で、女性がコーヒーを淹れる
その様子を見ていたモトキの向かいで、ミナールは咀嚼するチョコバーを飲み込んでから「そうだ」と、思い付いたかのように口を開いた
「用があった際に、呼ぶに困るといけないから二人の名前を教えておくわ。お爺さんの方がゼルテンタさん、私のお祖父様の代から仕えている使用人で、テハーはゼルテンタさんのお孫さん。祖父と同様に、使用人として私の家に勤めているわ」
モトキ、「よろしく!」と馴れ馴れしくも元気よくも挨拶するには関係の距離がありすぎるので、静かに「どうも・・・」と、一言だけ添え、少し頭を下げる
しかし、全く気づかれていなかった
そうこうしている内に運ばれてきた二皿のホール皿、アイスクリームをすくうデッシャーか何かで球体状にされたメロンの果肉が積まれており、ケーキの名が付いていたはずなのに、スポンジもクリーム類も見当たらず、それだけなのか?と疑う量
「ミナール様、コーヒーのお砂糖はおいくつになりますか?」
テハーの尋ねに、ミナールは「1個」と答えた。出されたコーヒー、香りが良い。モトキのは砂糖なしのミルクのみ。先程の言葉を聞いていたようだ
「さてさて、あんたが楽して終われる事を願ってみようじゃない」
「こき使ってくれていいぞ。雇われた身として言うのもなんだかだけど、楽して終われるのを俺も願おう」
ミナールは手に持つカップを少し上げた、それに続きモトキも同じ動作を。二人してコーヒーを一口
親交会開催、それへの参加、形だけながらも護衛の任。先行きは、誰にもわからない
積まれたメロンに隠れて、底に生クリームとスポンジがあった