五星 2
五星が作られて歴史はまだ浅い。
魔王帝には最高戦力となる黒鎧の騎士達の存在がいるのだが、黒を夜とするなら、その遥か後ろで超越した力として光る者達を星とした。
与えられる名称がトランプに関するのは、魔王帝がテーブルゲームを趣味とし、特にトランプのババ抜きを好んでいるからである。
「うーむ・・・」
小さな水晶製のテーブルを挟み、スペードとジョーカーは床へ直に座りながら、テーブルと同じく水晶で作られたチェス盤と駒で対局していた。
「あー・・・うん、降参する。参りましたっと」
ジョーカーから降参が申し立てられ、対局はスペードの勝利で終わったようだ。
確かにチェックだったが、降参するほどのものだったかとスペードは疑いを持つが、追求はしない。
2名が席へと戻れば、水晶製のテーブルとチェス盤をメイド達が迅速に片付け、扉前で一礼をしから退室。
退室して間を置かず、次のメイド達が入室し、料理を運ぶ。
5名の前には、できたてであろうクロワッサンが出され、他にも数ある茶菓子類がテーブルに並べられていく。
「今日は俺がいつも注文するナチュラル・ブランノートという名店から・・・」
説明に入ったダイヤを無視し、ジョーカーとクローバーは手を合わせて「いただきます」と、一言食に感謝を述べる。
各自さっそく、クロワッサンをいただいた。
「うん・・・おいしいよ。あまり甘くないけど」
おいしいにはおいしいが、クローバーはあまり気に入る味ではなかった様子だ。
「昨日の朝食にいただいたものと同じですよ。変わらずのおいしさであることに間違いはありませんけど・・・」
有名店なので、昨日の朝にいただいたばかりのハートは新鮮味がないと難しい顔になる。
スペードとジョーカーは黙って、淡々と食していたのかいつの間にかクロワッサンは消えていた。
そこへ、メイド達が五星各自に飲み物を提供していく。
ダイヤは砂糖を少量加えたコーヒーを、クローバーはバニラ香る甘いラテを、ハートは紅茶を、ジョーカーは牛乳を、スペードは生クリームをたっぷり乗せたコーヒーを。
ティータイムのお供として用意させた高級クロワッサンの反応があまり良くなく、ダイヤはコーヒーをヤケになって一気に飲み干した。
「私は・・・コハナベーカリーのダッチパンをお薦めしたい」
ふと、牛乳をとっくに飲み干していたジョーカーが宣う。
店の名を聞いたハートが、大きい乳を揺らしながらジョーカーに指をさし、目くばせを贈った。
「あそこのクロワッサンいいですよね!甘さ控えめじゃなくて、しっかり甘いですから!」
「コハナベーカリー・・・?」
聞いたこともない店の名前に、ダイヤは首を傾げる。スペードは、ハートとジョーカーに共感し、誰にも気づかれないよう小さく頷いていた。
彼もどうやら、その店を知っているようだ。大きな店でもなく、なんの変哲もない、ご近所から親しまれている一軒の小さなパン屋である。
「ま、知名度は技術や実力を超えると言うからな」
ジョーカーが余計なことに皮肉ってきたので、ダイヤは飲み終えたコーヒーのカップを握り砕いてしまう。
また、喧嘩でもされたら面倒なので、スペードは話題を変える。
「そういえば、ジョーカー・・・先日の夜会にて話していた、エトワリング家の御令嬢への一件だが・・・」
「あー・・・うん。こちらの都合で攫うことにした。もう2日前に刺客は差し向けはしたが、急にお邪魔したら驚かれるだろうから、ご丁寧に娘さんを攫いますという手紙を予め送っておいた」
何か危険を孕んだ事を起こしそうだと杞憂だったのが当たった。スペードは、鎧の下で溜息を漏らす。
今この場で、全員が初耳のことであり、あまり事態をのみ込めていないクローバーはともかく、ハートとダイヤは当たり前だが驚愕した。
空いた口を塞ぎ、ダイヤが怒鳴る。
「お前!何を企んでいる!?いや!企んでいるとかそれ以前に!誘拐の予告状を送るバカがどこにいる!?説明しないならお前の内臓を1つずつ破裂させていく!」
ジョーカーの首を掴みにかかった。
彼はただ、おかしそうに笑う。
「まぁまぁ、そう尾を踏まれた虎みたいに・・・」
「黙れ!ちゃんと納得できる説明があるんだろうな!?」
悟られたくない事情があるのをスペードだけが察し、気遣ってダイヤに席へ戻るように命じた。
彼は納得できる説明を得ることが叶わず、険しい顔をするが、しぶしぶ言う通りにする。
席につく前にジョーカーから「すまない」と、一言謝罪があったので、「かまわない」と、返す。
これ以上、問い詰めはしないだろうという空気だったが、ここでクローバーが純粋さから誰もやらないなら自分がやると、訊ねてきた。
「ねーねー!ジョーカー!それって、まわりまわって魔王帝様の為になるの?」
ただ単純に、自分が疑問に思ったことを質問してみる。
それに対し、ジョーカーは優しい口調で答えた。
「んー?どうだろ?ならないかもしれないし、なるかもしれないよ」
「もしかしたらにしても、あるにはあるんだねー」
「そう、大切な大切な経緯を知っていき・・・いずれ、成ってくれればいいんだけどな」
鎧で顔がわからなくとも、何やら思い耽っている。
それはいつか、解き明かされることになるだろう。