異行 9
ゲンロベエを始末したシガラミが、城内へ戻り2人と合流。そこは戦闘が終わった気配で、コチョウランの身を心配するも少女は無事であり安堵する
しかし、敵味方双方より流れる異様な空気に不思議がるも、追及はしない
倒れているオウランを尻目に見てから、クレドキに問う
「オウランに勝てたようだな。こちらもなんとかゲンロベエを・・・これで十身影の二枠を撃破したことになるか」
「クグレゾウがシバハの相手をしているから残り6名。順調と言いたいけど、1人相手して消耗が大きいわ。フゾウザツの元へ行くには絶対に全員と相見えることになるだろうし。まだ6人と捉えるか、もう6人と捉えるかで気持ちの苦楽差が違う。そもそも、クグレゾウが負ければ7名になる」
「いーや、残り6人だ・・・」
その声に、コチョウランの背筋に氷でも落とされたかのような感触と口の中でむず痒さが襲う
この声主は、少女達とは違う階段からここへ上がってきたクグレゾウであった
衣服は戦闘を物語っているのか、最初より少し汚れたり破けたりしている
「クグレゾウさん!シバハさんを打ち負かしたのですね!」
親指を立てた。証拠は背にある彼の所有していた刀
先程まで乱戦していた敵側の者は、相手の味方が増えたことではなく、十身影であるクグレゾウの登場で思わず退がった
「お前を始末したら残り5名になるな」
「なんだ?遺体を1つ増やして欲しいのか?」
「クグレゾウを倒しても結局残りは6人よ・・・」
シガラミの冗談は置いておき、他が知らないだけで、ジョーカーのを含めれば残りの十身影は5人である
そして、一方そのジョーカーはというと
「先月、食べたシーザーサラダの野菜達が形そのままで出た時のようにならなくてよかった」
トイレを済ませ、気分は天使達によるラッパ演奏の出迎え
イヘエを殺害し、階段を上がるも道など知らないので適当に歩き回ってたら外に出てしまい、あったのは城の敷地内にある御殿と呼ばれる屋敷、そこでトイレを勝手に借りたのである
御殿を出て庭園で一休み。小池があり覗くと鯉がいたのだが、口をパクパクさせ餌を求めているのだろうか?
ジョーカーは黒豆おかきを取り出し、それを割ると鯉達に与え始めた。自分の家の庭にも鯉がいるので捨て置けなかったのだろう
「淡水魚は良い。ずっと眺めてられる」
呑気に、朗らかな気持ちで鯉に割った黒豆おかきを与える。時々自分もおかきを口にしながら
「さーてと、茶でも淹れて一息つくかな」
隙あらば休憩ばかりしている気もする。何度か部下に指摘されたこともあるが、反省するつもりはさらさらない
しかし、茶釜がない。そういえば、以前にモトキやタイガらと戦った時にタザシゲ シガオザキ作の茶釜を蹴り、燃えカスにした覚えがある
無い物はしょうがないと、黒豆おかきを半分に割り片方を歯で挟みながらもう片方を砕いて鯉に与えていく
「うっ。おかき食べたら口の水分奪われ喉も渇いてきた。どこかで水でも、最悪この池の水でも大丈夫だろう」
心の中で鯉達に謝りながら水を掬い上げようと手を入れたが、水は掬わずに藻が生えた岩を持ち上げ、後ろへ投げた。岩がちょうど後頭部あたりにまで落ちてきた時、岩に何かが刺さる
落ちてくだけだ岩に刺さっていたのは先程とは違う4本の針であった
(また針類かよ。もう前のだけでいいだろ!いや、これは棒手裏剣か?)
昔に読んだ本に記載されていた見覚えがある。その手裏剣の一振りを拾い、眺めてから投げる
金属と金属のぶつかり合う音と、散る火花、庭園の芝に刺さる二振りの棒手裏剣
「お見事ですな・・・」
誰かの声が聞こえた。御殿瓦屋根の雁振りに立ちジョーカーを見下ろす1人の影。しかし声に気にもせず、捜しもせず、優雅に泳ぐ池の鯉達を眺める
動きはないか、しばらく様子見しようとしたが本当にこちらに関心を向けるつもりはなさそうなので瓦屋根より飛び降りた
「その出で立ち、里の者ではなさそうだ。里外より1人を捕縛した報せは耳にしたが、この混乱に乗じて逃げたか?」
静かな着地。足音も立てず、背を向け鯉を眺めるジョーカーに忍び寄ると手に棒手裏剣を山伏の袖から落とし、逆手持ちに握り、それを甲冑ごと貫くつもりで、頭部の後頭部目掛け突き刺す
餌を求め、集まっていた鯉達は一斉に散り散りになって逃げていく。棒手裏剣は、刺さる寸前で止まっていた
ジョーカーの影より、ドス黒い細く伸びる3本の手が棒手裏剣と、それを握る手首を掴む
一回深く息を吐いてから、最後の黒豆おかきを砕き鯉達に与え、立ち上がった
腕を組み、振り返ってようやく初めましての顔合わせ
「虫なり爬虫類なり動物なり、餌を与えてそれを眺めていると心が落ち着く。邪魔されるとつい、手が出ちゃうんだ」
右拳で相手の顔面をぶん殴った。地に2回跳ね、叩きつけられ、後は転がっていく
勢い弱まったところで体勢を整え、立ち上がる。片方の手で鼻を覆い、そこからは鼻血が溢れ、垂れていた
「うごごっ!この・・・!念の為御殿へ来てみれば、現れたのは部外なる者。接触せずに放置でも良くもあったが、今私情が芽生えた。貴殿を殺す!」
「接触しなくてもいいくせに、私にあんな物投げたのか。いいぞ、私情で私に敵意を向けたならば好都合になる。どうせ、私が謝り許しても貴様はコチョウちゃんを求めこの場から移動するだろう。これは私の私情として、そうはさせない」
「貴殿、コチョウラン様と・・・なら、ここにいる訳はもしや、シバハめ、失敗したか。そして、やはりクグレゾウは裏切ったようだ」
「裏切ったさ。クグレゾウという者は臆病風に吹かれ、強い方についてしまった。私も強いやつの味方だからな」
ジョーカーはネクタイの結び目をいじり、すぐさま始めようとこれ以上の会話の阻止が為、一呼吸入れてからこの一言
「悪いが、貴様はここで死んでくれ」
頭を甲冑兜で隠す得体の知れないよそ者より漂い始めた殺気に、今まで出会した場面や対面とは比べ物にならない恐怖を体感し体が身慄いする
「貴殿は何者だ?ただの捕まったよそ者なのか?喉の奥よりむず痒さが這い上がってくる。今日までに感じた恐怖心を覆す存在。しかしフゾウザツ様が為、十身影が一人チンドウ、いざ参る」
こいつは何者なのだ?と正解を導き出すのは不可能に近い疑問の中、両腕の袖より鎖分銅が放たれた
ジョーカーの足は動こうとはせず、腰の鞘より抜いた忍刀で迫る分銅が付けられた2本の鎖を刃で絡め取り、地に刺して固定すると木刀を左手に、地の属性を右手に歩み始める
(木刀も使いはしなかったか。刀一本で・・・)
挙動もゆっくり、地の属性エネルギーを発する右の掌は木刀を根元から掴み、先端まで滑らせると靄のような透明感のある薄い緑の光を帯びさた
「本人は不気味なくせして、木刀に纏うあの光は対極に目にするだけで心が癒され洗われてしまいそうだ」
彼は落ち着いている。己の両袖より伸びる鎖が地に突き立てられた忍刀に絡み巻かれてしまっている状況のままでいるはずがない
袖から伸びる鎖を手で掴み、引くことで地に刺さる忍刀を引き抜いた。刃に土汚れが付着し、宙に浮いた刀を力加減を変えながら更に引っ張ると鎖は刃への巻き始め部分から切断され、手元へ戻し分銅を取り付ける
「隙作りだったとするならば、ゆっくりせずにその木刀で叩き斬ればいいものを!互いに相手の力量知らずな今、余裕を見せてしまったな」
再び袖より分銅の付けられた鎖が放たれる。今度は左片方だけであり、木刀を握るジョーカーの左手首に巻きつかせ、もう片方の鎖は振り回し、勢いをつけさせていた
「逃げるな。逃げれると考えるな。手を切断し逃れようともそれよりも速く分銅を頭にぶつけ、頭蓋骨を砕き、脳味噌をぶちまかせてやろう。遅かれ早かれ、この分銅が貴殿を粉砕するがな」
それでも相手は抵抗を行い始め、引く力が鎖を通じて伝わる。無駄な足掻きだと心内で嘲笑い、引き寄せようと力を入れる
しかし、ビクともしない。力を更に入れようとも。ムキになりそうになり、ついにはジョーカーが急に一瞬だけ先程までとは違う力を入れ引っ張ることでバランスを崩し、転倒させられてしまった
振り回していた方の鎖の分銅は、転倒したチンドウの目前に落ちる
「貴様1人ごときの力量相手に引き競り勝つなど、女房の衣服胸元を引っ張るより容易い」
左手に巻かれた鎖を解き、投げ返す。分銅は起き上がったチンドウの手に掴まれた
ぶつけ攻撃するつもりなどない威力、ただの投げ渡し。馬鹿にされているようで腹が立つ
「霞分身の術」
歯軋りを一回。彼の周辺に発生し、たなびく霧に溶けるように姿を一度消すと、5人となり現れた
全員の体の一部がまた霧に溶けそうに小さく揺らめいており、本物がいるのか疑わしく思える
「少ないな。もっと数を増やしてみせろ。大量虐殺に派遣された無駄数の兵士達ぐらいには」
「この場で、貴殿1人に、最初から多数の必要ない。途中状況を見て、要所増やし、減らしていく」
両手の分銅を地に落とし、両袖から鎖を全て出す。終わりにあったのは、畳まれた刃の付く棒
鎖を手に、畳まれた刃が展開された
5人全員が同じ動き、しかし鎖を伸ばしながら振り回す動きは別々
「鎌で切り刻まれろ!輪切りにされた玉ねぎになれ!」
木刀を掌で一回だけ回し、握り直した直後に右手に緑白の雷が一瞬だけ走った
握られた右拳に雷が漏れ、開かれた手からは凄まじい雷撃が放たれる
雷撃は4人のチンドウに直撃。ジョーカーは駆け出すと同時に、左右より挟み迫っていた2つの鎌を木刀で捌き弾き、距離を詰めると一突き撃ち込んだ
「ぐほぁっっ!!」
背中より抜けた突きの衝撃。ただの木刀による突きであり、纏っている属性の力はまだ使わない
口より体液を吐き出しそうになるも、意識はなんとか一瞬だけ飛ぶこともなく、下唇を噛み締めた
しかし、突きの後に待ち受けるは、容赦のない木刀による滅多斬り。斬るというよりは撲るである
乱暴に、ただ振り撲るのではなく、木刀ながらも太刀筋は攻撃手段による荒々しさもあるも、しっかりとしたものである。やられている方はだからなんだって話であるが。ジョーカーはある程度の攻撃を続け、最後にチンドウへ左足底による蹴りを入れた
彼は吹き飛ばされる。その最中、不意に出た咳には鉄臭さと数的の血液が飛び散っていく
「このクロシジミが!」
怒りと力みで目尻周りの血管が浮き、口からや他の箇所のように血が流れそうな眼力の睨みを刺してきた
それに億したり、ちょっぴりの恐怖の芽生えは微塵も湧かず。ジョーカーに映るはただの弱者の姿
「この里に育てられた覚えはない。まさか、部外者とだけの意味表しか?」
チンドウは叩きつけられることなく着地を行い、決して離しはしなかった鎖を引き、弾かれた鎌部分を手元へ
2本の鎌の刃と刃をぶつけ、音を鳴らすと再び鎖鎌を振り回し始める
「迂闊だった」
「迂闊だったか?」
ジョーカーとチンドウの差は明確となる中、まだ迂闊の範疇だというのは言い訳にしか聞こえず
彼の返事は、小さな声での「黙れよ」だった
振り回す鎖鎌の刃からは発火。炎の輪となる
「陽表暗滅忍法・火舞鼬」
振り回していた鎖鎌を強く振るい、2つの炎の輪が放たれた。輪は形を変え、炎でてきた無数の真空の刃となり、過ぎ去る鎌鼬の如く襲いかかる
ジョーカーは一歩も動かず、右手を下から上へ持ち上げる動作を行うと幾つもの黄緑のオーラを纏った岩を地面から持ち上げ、自身の周囲で回転させ迫る炎の刃から防いだ後、撃ち出す
しかし、それらはチンドウへ当てる真似はせずに空かなたへと消えた
「そろそろ、死ぬ身支度はできましたか?」
息を呑み、声が詰まる。頭を甲冑兜で隠しているはずなのに、視線が射抜かれたかのように胸を突き抜け、確実に歩み寄る死の足音が聞こえてしまった
取り乱しそうになり、足や手が主に、全身より汗が噴き出す。チンドウはやぶれかぶれに陥り、鎌と分銅を入り乱れさせながら何度も何度も投げ、攻撃していく
当たらない、当てれない、掠りもしない。全ての攻撃が、相手に味方するよう吹き始めた優しい向かい風により軌道を変えられてしまう
「やはり、クグレゾウの裏切りは先見を見ての怖気付いた正しい裏切りだったようだな」
再度、木刀による突きを放つ。今度は直接ではなく、ある程度の距離からの一撃は空気砲として、チンドウに炸裂
その威力に自身は吹き飛び、意識を失いかけ、瞳孔が小さくなり、口から血が漏れ、体の骨の何処かが砕ける音した。「まずい!」と思えても、体は動けず
ジョーカーの持つ木刀に纏う属性エネルギーがようやく機能開始。刃身より幾つもの木の枝が生え始め、チンドウへ近づくほど太い樹木と化し、捕らえた
樹木はやがて一本の大木となり、男を閉じ込めるとそこへ、左手より闇の力が送られた木刀で横一閃に斬り抜ける。切断された大木は、黒い闇に燃やされ消滅
残された切り株より、小さな命の息吹が早くも生まれていた
「終い」
木刀に纏う闇を振り払い、ベルトの腰右側に刺す。次に忍刀を拾い、木刀とは反対に刺す鞘へ戻した
トイレを借りた御殿を後にし、ここより見える城の天守を目指す




