異行 7
行動開始以降、紛れコチョウラン達の前から消えたジョーカーの行方。逃げたのではなく、すぐ近くにいたのである。牢を見回りする、巡回者達の待機部屋に彼はいた
椅子に座る1人の男は事切れており、その隣でジョーカーはカーキ色の袋の中を物色
スーツの上ジャケットにネクタイ、ネクタイピンに財布とチョコレート、ブルーベリー飴、塩瓶と胡椒瓶、エロ本と、袋から取り出した物を並べていく
「あった、あった。処分されたり、小遣い稼ぎに売られたりしてなくてよかった」
没収された所有物を取り返し、まず初めにする事は着替え。喉笛を噛みちぎり、返り血の付着したシャツでは次にお嬢ちゃんにお会いした際に清潔感がなくては印象を悪くしてしまう
周りに誰もいない事を確認し、身を低くしてからスーツジャケットを頭から被ると、そこにいたジョーカーは中で溶けていくかのように、ジャケットは床へ静かに落ちた
10秒もかからない数秒後、床に落ちるスーツジャケットが独りでに浮き上がり、それに合わせ、足元から徐々にジョーカーの姿が現れる
着替えは完了していた。濃いグレースーツに黒いシャツ、織部色という緑のネクタイ。茶色の革靴の爪先で床をつつき、少し調整
「よし、行きますか」
出発前に、殺害した男の持ち物を物色。大した物はなく、目ぼしい物はクナイと忍刀のみ
既に同じ系統の刀と、木刀があるので忍刀は投げ捨てたが、クナイは手に取る
「クナイか。クレドキちゃんといい何故、ここの者達は旅人道具であるクナイを当たり前のように携帯している者が多いんだ?忍というのか?あいつらにとっても便利だから、切り離せない物なのだろうな」
穴掘りや、刺さった物を取り除いたりに使えそうなので腰のベルトに挿しておく
「意気揚々だが、どこへ行くべきだ?とりあえず、トイレでも探すか。1日のやる気は排便からとスペードも言ってたし」
もし、スペードがいたらそんなことを言った覚えはないと否定していただろう
着替える際に頭から被ったスーツジャケットを拾い、肩に掲げると部屋を退室
階段を一段一段踏む音が小さくなっていく
「お待た先人の知恵は新聞紙で窓拭き〜」
肩に掲げたスーツは消えていた。階段を下った先、誰もおらず。集団行動で置いてきぼりにされた子供の気分になる
(あの音、やはり戦闘があったな)
2本ある柱の片方、そこには何かが衝突し、穴が空いており、そこに仰向けに横たわる誰かがいた
コチョウランでも、クレドキでも、シガラミでもクグレゾウでもない。記憶を頼りにしても、あの中にこんなやつはいなかった。どうやら、気を失っているだけのようだ。敵ならば、トドメを刺しておこうかとも考えたが、どこかクグレゾウに似ている気もする
もし、この者と彼が身内であり、敵対関係になったとしても殺さずにいるというなら、命を刈り取るのは、やめておこう
「んで・・・?コチョウちゃんはどの階段を上がっていったんだ?」
さっそく、クナイが役立つ時。棒倒しの棒役である
刃先を軽く地に刺し、手を離す。倒れ、輪状の後部が示した先は最も右端の階段
「よし、参じよう」
コチョウランに助太刀する気満々。ただの泥棒と偽っているのと、自分は足手まといになるから逃げると言ったことなどすっかり忘れている
単純に少女の行く末を見たいもあるが、ジョーカーは、強い者の味方である。それは戦闘力や権力ではなく、自分よがりではない生きたという意志や、腐敗するにはまだ早い志等、自分にはないものを持った強さの者。敵でさえなければ
「待ってろよ、生きてろよ、コチョウちゃん。だが、まずはトイレ」
走り始めた。しかし、途中でピタリと足が止まる。大気に混じり、微かに鼻を掠めた血の臭い
この階段を上った先、戦闘があり誰かが大きな負傷か悪くて死亡したのだろう。だが、ここまで大気に乗り、気のせいともなりそうな微々ながらの臭いがくるのは1人や2人の話ではない
少し、急ぐ。こんなにしっかり何処かへ向かって走るのは久しぶりである
(焦り急ぎすぎるのは程々で良いが、早いに越したことはないか・・・)
先にあるのは、壊された太い金属製の牢と似たタイプの扉
警戒を捨て、階段を上り切った瞬間に攻撃される危険も考慮せず、壊された扉を踏み越え出た場所は、奥まで距離を要し、横幅にもかなり広い廊下であった。数十名呼び、宴会ができそうだ
この場所に出て、最初に足先から柔らかい感触に出迎えられる。革靴越しに爪先が触れているのは死体、こちらにも、あちらにも、牢部屋で囚われていた者達であった
その者達の眉間や頭部、胸といった急所には針が刺さっていた。急所を狙わず、残酷に数を刺され殺された者もいる
(暗器の類だな)
折り重なる死体を見渡す。その中にコチョウランはいなかった。もし、この死体の中に少女がいたら、敵だろうが罪のない里の住人だろうが関係なく、無差別に虐殺して里と今件の事態を無かったことにしていたかもしれない
「かわいそうに、哀しいな。ついに牢から解放され、コチョウちゃんの役に立とうという節目に、こんなあっけなく・・・」
せめて安らかに、夜更けに未練が残り化けて出ない事を願うばかりである
死体に構い、時間を無駄にしたくはないので急ぎ先に進もうと歩み出した次の瞬間、飛んできた何十本もの針が、ジョーカーの行く手を阻むように足元の床へ刺さった
「あぶなっ!私の歩幅があと一歩多かったら、花でも生けたい剣山になっていただろう。って、そんな呑気に身に降りかかった状況説明の独り言をしている場合じゃなさそうだ」
急に全てが静かになった。ジョーカーは辺りを見渡すこともせず、先にある階段だけに視点を集中
早く向かいたいので、飛んできた針に襲われたことなど構いなし、攻撃を仕掛けた者の正体を知るつもりもなく、無視することにした
数歩進んだところで、「受け入れろ!」の声が聞こえたと同時に、左胸に針が刺さる寸前で掴み捕える
「ほぉう・・・お前はここでくたばっている他とは違い、まだ死なんか。だが、目の当たりにし、現実を受け入れれずにこの階からいち早く抜け出そうとしている行為は惨めであり、逃がすわけにはいかん。ついでにわしは、ハズレを引いて苛立ちを覚えている」
廊下通路にて、ジョーカーの視線先、煙と共に白い布を首に巻き、それで口元を隠す男が姿を現わす。瞳の瞳孔は不気味で厳つい茶色の二重、赤味がかった茶髪は奥底の荒々しさでも表現しているのか逆立っていた
「幽閉されていたこいつらがここにいるということは、説得に向かったシバハは、まんまとクグレゾウさんの言葉を信じ、闇討ちでもされたのだろう。しくじったな。そして、牢内にいるケシハザツ様の仇討ちを望む同志達を解放。コチョウラン様も同様に。わしがここへ参じたも、来たのは雑兵ばかりでコチョウラン様は来ず。別の階段を選ばれたとしたら・・・ハズレ。手柄は他へ」
針を、親指の指先で回す。それを溜まるものへの発散のつもりで、壁に投げ刺した
「貴様、誰だ?」
「それはわしの台詞でもある。見ない顔だ。外からの者が塀を壊し、捕らえたとは耳にしたがお前か?」
「そーう、でーす」
挑発か、揶揄っているのか、軽くタップダンスを踊りながら。軽快な革靴底の音と態度に、ただでさえ苛立ちがふつふつと湧いているので、さっさと静かにしてやろうと針を投げる
頭に被る甲冑が邪魔であり、僅かな隙間の首へ目掛け先の心の臓への時よりも速度を増して投げるも、あっさりと指で挟み捕られてしまった
「おい、針は豆腐にでも刺して時折休ませてやれよ。人ばかり刺してると、もうこんな仕事やだと夜中に逃げ出されちゃうかもな」
「基本は使い捨てだ」
「あ、そうなの?」と、あっさり返されてしまい少し寂しい。その隙に指と指の間、全てに針が挟まれた
「コチョウランもクグレゾウもおらず、雑魚ばかり。見計らってこの場は切り上げるつもりでいたが、ここで殺された者達とは少し違うやつがきた。さっさとお前を殺し、コチョウラン様を捕縛する」
「こちらも、お遊びをしてやる暇は気持ち余裕にあってもいいが、あまりとりたくはない。運良く、コチョウちゃんとかに見られずにいる」
こいつは、ただ捕まった外からの者。本当にただの一般人、そこに転がる死体と大差ないのか、今に解るだろう
一瞬だけ、他とは違う不気味な気配を感じた
「十身影、イヘエ。参る・・・!」
ジョーカーは構えず、殺気もなく、日常のいつもどうりにネクタイを締め直す。余裕か、一般人アピールか、そんな真似しても相手は見逃してくれやしないだろう
他の者と同じく、普通に針で急所を狙い刺し仕留めるより、試しに仕掛ける。それであっさり死ぬ雑兵の1人であったなら、それでよし
「忍法・塗針隠れ」
右手を後ろへ、次にその手が現れた時、そこには束となり掴まれた何十本もの針。狙いをつけ投げるのではなく、投げばら撒き、浮遊させた
左右の手をうち1組で人差し指を立て合わせた独鈷印という印を結ぶと、全ての針はイヘエと同じ方向を向き、同時に彼は煙となり消え、幾つかの針に吸い込まれていく
消えたイヘエに、残された針は動き出す
「針は、でかい縫い針が、ある部下の尻に刺さるのを目の当たりにして以降、勘弁なんだよな」
木刀を手にした際、あるメイドの武器に巨大な縫い針があり、その縫い針が彼女の兄の尻に誤って刺さった事故を思い出す
彼は飛び跳ね、最後は尻を突き上げ床に伏せていた
「あれは痛そうだったな」
木刀を縦に、空気を斬るよう一刀。針を叩き落とすのではなく、振り落とした際に生じる風圧で針を吹き飛ばす
全てを吹き飛ばす威力はないが、自分の当たらない範囲だけで十分である
当たらず通過した針は何かに当たり刺さるか、落ちるだけ。かと、思われたが全ての針は煙となり消え、そのに紛れ現れたイヘエが手に持つ針で背後より、ジョーカーの左胸を突き刺さした
「ちょっぴりその木刀で抵抗の意識を見れたが、あっけなさすぎる」
苦しむ声はなく、左胸への一突きは心臓を捉えており、即死だったのだろう
針から手を放し、ジョーカーを蹴り押す。針から伝い、手に付着した鮮血を振り落とした
「さて、行くか」
「何処へ?置いてかないでくれよ。ついでに途中トイレがあるなら教えてほしい」
ビクリと全身に悪寒が走った。この場を急ぎ去ろうと踏み出した足が止まり、声が出ない。背後より首半分を掴まれ、軽く指を立て痛み寸前に食い込んでいる。徐々に強められていき、首の肉に指が刺さりそうだ
死体は目の前に転がっていたはず、何故背後にいる?だがそこに心臓を刺したはずの死体がない
そんなはずはない。死体は、この目に映っていた
「何故・・・!?」
「どうした?幻覚にでも襲われたか?きっと疲れてるのだろう。ちゃんと食べ、寝ろ」
恐怖を感じた。一心不乱に、体を踠かせ、手で首回りを叩き、払い、逃れた。疲れやダメージとは関係ない蹌踉めく足取りで、背後にいるジョーカーへ体を振り返らせながら数歩退がる
「幻術の類か!?」
「さぁな・・・だが、お互いさまだろ。先に貴様が投げた針の雨霰も幻だったな」
更に後退。その際に左右の手を後ろへ、幾つもの針を束状にしたものを次は両手に
それらを手から投げ放ち、今度はただ浮遊しているのではなく初めから全ての先端がジョーカーのいる方向へ向けられていた
「今度は幻ではない!お前のその身はハリネズミへと生まれ変わる!」
「ハリネズミは可愛いからな、これを機に愛嬌でも振り撒くべきか?」
視界に映るのは、鰯の群れのように迫る無数の針、避ける逃げるの道なら後方へ退がるしかなさそうだ
逃げるのは面倒なので、距離が殆どない状態から素早く木刀を振り、針を弾いていく
イヘエが立て続けに針束を投げ、休みなく襲う。早く刺さって死ねよと、彼には焦りと苛立ちが見える
ジョーカーも鬱陶しくなってきたのか、進行を開始
「げっ!」
木刀で針を弾き進み、途中で右手に忍刀を握るとそれを投げつける。同時に振られた木刀から強風が発生し、迫る無数の針から投げられた忍刀の道を切り開いた
忍刀はイヘエの目先へ、しかし間一髪躱す
「大人しく刺され。あっけなくなろうとも、死は優しいぞ」
その言葉をお返ししたいが、口から出るのは乱れ始めた呼吸。もはや隠しきれない相手からの不気味な威圧に蝕まれてしまいそうだ
木刀には、風が触れる。ジョーカーは八相の構えをとり、静かに佇む
こいつは一体何者なのだ?そればかりが過ぎった
何故コチョウランを追う?彼女の味方?味方なら、何故味方をする?どうあれ、捕らわれたであろう外部からのこの者の存在は大きな弊害となりそうだ
確実に仕留める。ここで殺しておく。もう先に殺めた雑兵と同じ括りで仕留めようとしてはダメだ。その決意に合わせ、着ていた衣服が膨張し、内部から無数の針が突き破り、天井付近まで上昇
「操針忍法・針界龍」
上昇した無数の針達は、龍の如く飛び回り、上方からジョーカーへ襲いかかる
躱す素ぶりはなく、構えを変え、迫る先端目掛け木刀による突きを放った
無数の針はジョーカーを呑み込み、床に激突するとその衝撃で針は拡散し、1本1本が壁や床に刺さったり、力なく床に落ちていく
「これで・・・よし。長期戦を避けれてよかったとしよう」
次の標的はクグレゾウ辺りになるかもしれないと定めていたのも束の間、龍の如くジョーカーを呑み込んだ針を暴風が吹き飛ばし、木刀を左手に現れたジョーカーはネクタイを解く
イヘエは何が起きたのかを理解しているにも、相手に追いつけない。頭上を跳び越えられ、背後に回られると、首にネクタイを巻かれてしまった
ジョーカーの左足が彼のちょうど頸と頭部がかかる位置を踏み押し、ネクタイを引っ張ると鈍く乾いた音が小さく響き、ガクンと膝から崩れる
首に巻いたネクタイを取ると、男は声も動きもなく、中身のない脱け殻のように床に倒れた
「誰しも、綺麗に死ねるとは限らんな。寿命も戦闘も・・・」
一度汚れでも落とすかのようにネクタイを強く振ってから結び直し、ネクタイピンを刺してディンプルを軽く弄る
コチョウランを追う為、すぐに部屋を去る前にこれより上る階段に刺さった忍刀を引き抜くと腰左側の鞘へ。木刀は手に持ったまま
始めからなのか、もう終わったことだからなのか、戦った者へ目をやることはなかった




