異行 3
コチョウランは動揺を抑えきれず、「センテイマルさん!」と叫ぶ
当のジョーカーは自分の身にある危険に全くと言っていい程、気に留めていなかった
突如として倒れたこの者達を目にしながら、「斬られたか、あまりに呆気なく」と呟く
「しゃがむ動作だけを許可する!ゆっくり、変な動きを見せず、両膝を着け!」
気に留めてはいないが聞こえてはいるので言う通りに従い、両膝を着く
「念の為、刀と木刀も捨てようか?よくあるだろ、武器を捨て投降しなさいみたいな」
「どうして貴様がそのような気遣いをする!?」
余計なことを言ったかな?それはいつものことだ。大人しく、今の経過を待つのも良いのだが、こいつを殺害する選択肢もある
しかし、コチョウランには向けらなかった殺気、それは彼女が戦闘対象に値しないからなのか?だとしても、共に来たこいつらを斬り捨てたことへのメリットは?与えられる褒美を独り占めしたいだけだったのか、単なる殺害衝動かもしれない
深く考える必要もないだろう。しばらく流れとこの者の行動に任せよう
「や、やめなさい!」
ジョーカーの首に当てられた刀の刃、コチョウランはその刀を握る腕の手首を掴み、もう片方の手は刃を握ろうとする
だが、その者は慌てた様子で、少女に掴まれたぐらいでは抑制できるはずもないその手に握られていた刀を投げてしまった
刀はジョーカーのいた牢の柵の間を通過し、壁に刺さる
「おやめくださいはこちらの台詞です!コチョウラン様!私のせいでお怪我でもなされたら母君様に申し訳が立ちません!」
少女の両手を、自分の両手で優しく取ると「少々お待ちを」と告げ、牢屋内の壁に刺さった刀を拾いに向かった
どうやら、正解は今のを見ると彼女を慕う者だったようだ
「知り合いかい?お嬢ちゃん」
「いえ、顔がよく見えずに誰だかは認識はまだ・・・」
壁に刺さった刀を抜き、一度汚れを落とす為に一振り置いてから鞘に収めた
それから装束の頸部にある、深く被った頭部を覆う為の布を脱ぐ
「コチョウラン様、ご無事ですか!?本当にお怪我はありませんか!?」
滑り込むように少女に迫り、体の隅から隅まで凝視。足の裏まで
「ふぅ、大きな傷が無いのがまず第一の安心」
安堵の息を吐き、胸を撫で下ろしたところへ少女が抱きつく
「クレドキさん!生きておられたのですね!」
「なんとか運良く。御召し物がこんなに薄汚れて、お迎えに時間を要し申し訳ありませんでした」
コチョウランはクレドキという女性の胸に顔を埋め、嬉しさにしばしの小さな声を抑えた泣きじゃくり
邪魔しないよう、ジョーカーが一歩引いたタイミングでクレドキがこちらを鋭い剣幕で睨む
「で!この人は誰ですか?」
装束の袖から手裏剣を。それを構え、今にも投げてジョーカーの左胸に鉄のブローチを付けてくれそうだ
少女は、頭を甲冑で覆う男の前に立つ
「あぁっ!待ってください、クレドキさん!この方は確かに怪しいですが、悪い人ではありません!」
「怪しかったら、尚更コチョウラン様に近づかせるわけにはいきません」
コチョウランのあたふたした様子に、ジョーカーは笑う
「コチョウちゃん、悪い人ではないのは間違かもしれないぞ。もしかしたら、わるーい指名手配中の凶悪犯だったりしてな・・・」
少女は「えっ!?」と少し動揺と怯え、クレドキが急ぎで彼女を抱き寄せると、僅かでも動けば手裏剣を投げ刺してやる意気込みを見せる
「その手裏剣を投げてみろ、死ぬぞ」
「なに?投げられた手裏剣を防ぎ、それを我々に投げ返すとでも?」
「いや、普通に僕が死ぬ。盗みに入ってマヌケに捕まった、ただの盗っ人だからな」
「やめて、お願い」の命乞い。女性は呆れた様子で手裏剣を仕舞った
「いやぁしかし、生物ってのは覚悟を決めると残酷な真似できるものだな。お嬢ちゃんが連れてかれるのを阻止するにしても、喉笛を噛み千切る行為をしたのは自分でもびっくり。これで私も人殺しか、お先憂慮だ」
しかし、その言葉を信じられずにいるコチョウラン。あれは、初めて人を殺める者のできる行為ではない
直接目撃した自身、それだけは察する
「嘘をつけ」などと、言えるはずもなく
「結局、この者は誰なのですか?馴れ馴れしくコチョウラン様に、お嬢ちゃんなどと」
「あ、紹介がまだでしたね。彼・・・で、いいのかはさておき、名はセンテイマルさんです。偶然にも向かいの牢にいた者でして・・・」
「すっごく、怪しさまみれのお方ですね。まずはその頭部に被る物を外し、顔ぐらい見せてはくれてもよろしいのでは?もしや、外からの者と言っておきながら、息のかかった者の疑いがある。それとも、他に脱がない理由がおあり?」
少女も実は、その甲冑に隠された顔に興味がある
それはわかりやすく表情に表れており、ジョーカーの甲冑下はきっと苦笑い
「脱がないのではない、脱げないんだ。この頭にあるのは、拷問で使われた物だ。上から熱された鉄棒を当てられたことにより、顔上半分ほとんどの皮膚は灼け爛れ、甲冑内と皮膚がひっつき、くっついてしまっている。食事をする為に口元を少し出すぐらいならば支障はないが、脱ぎ外そうとすれば激しい痛みを伴い、顔の皮が全て取れてしまう恐れがあり、ただ怖い」
一呼吸置き、「それでも見たいなら」と頭部の甲冑に手をやるも、コチョウランが急ぎ止める
「よほど疑いの深い根を張ってしまうならば最後には脱ごう。なんなら、殺してくれても結構」
「できませんよ、できるはずがありません。もしそれが嘘で顔を隠す他の理由があったとしても、少なくとも自分はあなたに疑の目は向けません」
少女は一旦落ち着きたくなり、帯締めに刺していたりんご飴を舐め始めた。毒の疑いも一切無く
ジョーカーはその場に胡座をかき、コチョウランにこれからについて訊いてみる
「お嬢ちゃんのこれからは?ここでずっとだと、牢にいた頃と変わらずじまいだ。移動ぐらいするだろうと言いたいが、連れていかれようとしていたからするに、外を普通に歩くのは無理なようだな。なにやら訳ありのようだったが・・・」
クレドキが睨む。コチョウランは言い難そうに、斜め下へ顔を向きながら両手人さし指を弄り合っていた
苦手な空気になったので、これ以上の言及は控えよう
「私には関係のない事情だな」
彼は再び、小さいサイズのりんご飴を手品のように左手に2本出現させると、1本をクレドキに投げ渡す
怪しみながら、匂いを嗅ぎ、舌を軽く当て、毒が無い事を確認してからりんご部分をまるごと口に咥えた
「まずは、ここにいる者全てを牢より解放します」
3人のりんご飴を持つ手が止まった。コチョウランは牢屋から出るのにジョーカーから渡された鍵を手に、それを見つめる
「それもありだろう。コチョウちゃんがいなくなれば、こいつらに待つのは死だけかもな。ならば一層の事、牢から尻でも蹴って出してやり、外で空気を吸わせてやるべきか」
「うん・・・お尻は蹴りませんけど」
「あたしは元々、コチョウラン様とこの者達を解放するが為にここへ」
りんご飴をじっくり味わう暇はない。少女は力強く飴を噛み砕き、牢に囚われている者達の解放へ向かう
クレドキは、この場所の入口出口となる階段前を見張りに。ジョーカーは目的なく、ただコチョウランの後に付いて行く
「いちいち、牢毎に鍵を1本1本刺し試していくのは面倒だな。合った鍵はその輪から外すそう。数と、鍵穴に刺す回数も減っていく」
自分がいた牢の鍵と、コチョウランがいた牢の鍵はどれだったか、急ぎ手探りだったので見ちゃいない
それに、この部屋一周を想定し、牢の数を見積もっても鍵の数とは合わなそうな気もする
「お嬢ちゃん、鍵開けを手伝おうか?たぶん、私はあとそれぐらいしか役に立てなさそうだ。輪にある鍵を半分程、僕に。手分けしよう」
「わかりました。お願いします」
輪に通された幾つもの鍵の半分をジョーカーに渡した。小走りで、さっそく牢の解鍵に赴こうとするも、コチョウランが呼び止める
「センテイマルさん、向かい合う牢は鍵が共同です。1本で2つの牢です。枷外しは後回しにしましょう、枷の鍵は全て同じ鍵で解除できますので」
「了解した。慌て、モタついてしまうのはよくないが、落ち着き急ごう。見張りをしてくれてはいるが、いつまた人なり増援なり来る恐れがあるからな」
少女の「はい!」と意気込みを取れる返事で、この部屋の牢に囚われている者達の解放を開始。1つずつ、牢の鍵穴に鍵を刺していきその牢の鍵を探る
1つ開けば、向かいとなる牢も同じ
(いざとなればの手段は数あるが、それは正体を明かすつもりで。頑張れ、コチョウちゃん)
ここへ訪れてしまった流れと、ジョーカーの気紛れ。彼の出現が、囚われていただけの少女に変化の風を吹かせた
真剣に鍵を開けようとするコチョウランに対し、彼はまるで花壇の水やりのように気楽である
今、解鍵しようとする牢の正解の鍵を見つけた。解鍵し、すぐに向かいの牢へ
向かい合う牢の鍵は共同、鍵穴へ鍵を刺し回す。しかし、聞こえちゃいけないペキッという音が聞こえた
鍵を抜くと、途中から先がない。牢に囚われる人と顔を合わせ、滝のように汗が流れていく
「落ち着け、こう見えて盗みに入った者だ。完璧にできる保証はないが解鍵の技術はあるにはある。だが、それに使うアイテムを持ち合わせていない」
すぐさま、自分とは逆方向へ牢の解鍵を行う少女を呼ぶ
「コチョウちゃん、何か針金や金属製の細い物はないか?」
「は、針金ですか?えと・・・あ、これならば」
茎を表す細い金属に、同様に金属製の小さな4つの白き胡蝶蘭の花を模した髪留めをジョーカーに投げ渡した
申し訳なく思うも、いいのか?と訊ねはせず、解鍵に使わせてもらう




