寒気呟く白き橋にて 6
気を失っていた。長く暗闇にいたように思えたが、実際は5分程度である。
タイガと手合わせをしてボコボコにされた時とか意識を失う場面は何度かあったが、毎回この状態に陥ってしまう。
「うーん・・・」
数秒だけ夜空をボーっと眺めていたが、思い出したのか飛び起きたモトキは、すぐに周囲を見渡した。
深い谷を繋ぐ役割として架けられた鉄橋は、完全に崩壊してしまっている。
「お、生きてたな」
気を失っていたモトキのすぐ近くで胡座をかいていたタイガに、目覚めて開口一番に訊ねた。
「あのお嬢ちゃんは?」
タイガは、親指で自身の後ろを示す。
自分の立つ場所から、僅か10メートルだけ離れた位置にミナールの姿があり、彼女は最初に脱ぎ捨てたコートを羽織り、取り巻き達に囲まれて座り込んでいた。
そんな彼女と、ふと目が合う。
「あ、どうも・・・」
「はぁ?なによそよそしくなってるのよ?」
なにしろ、ついさっきまで戦っていた相手だ。
それに相手をしておきながら、一応は一般生徒とMaster The Orderの関係なので、それを自覚してしまい、つい態度に出てしまう。
それを見てタイガは笑い、ミナールの取り巻き達はモトキに対して殺意をギンギンと向けてきた。
「えーと・・・だ、大丈夫か?」
かける言葉が見つからず、とりあえずは安否を案じる。
無理に話かけようとしてくれている姿に、ミナールはくすりと笑った。
「ふん・・・なかなか良い1発を貰ったわ」
そう言い、モトキが拳を撃ち込んだ腹部をゆっくりと、優しく撫でる。
取り巻き達の殺意がより増し、今にも襲いかかってきそうだ。
「ミナール様!今すぐにでもこいつを処しましょう!」
血気盛んになってきた取り巻き達に、彼女は首を横にふり拒否。
立ち上がると、自らモトキへ近づいた。
鼻先と鼻先が触れそうになる距離まで迫ると、彼の顔をジロジロと凝視する。
ヘタに動けずにいたモトキであったが、彼女からはとても良い匂いがした。
「ふん!本気を出してないからね!なんて、言い訳はしないわ・・・」
「いや、わかるさ。俺なんてその気になればだろ・・・」
「どうかしら・・・」
こいつもまだ、力を隠しているだろう。
もしかしたら、その力に自分で気づいていなくて、出し切ることができていないのかもしれないが。
ともあれ、Master The Orderでも生徒会でもないのに、こんな生徒がいるとはと、ミナールはモトキに末恐ろしさを感じるも、興味を持つ。
「ふん・・・タイガ!あんた、なかなか見込みのあるやつとお友達じゃない」
「だろ!」
モトキが褒められて、彼はどこか誇らしげである。
これから、タイガと決する際にこの男が敵になるのが惜しいところだ。
絶対に首を縦に振らなそうだが、モトキを自分を慕ってくれている彼女達に加えたいと思えてくる。
「あんた、甘いものは好き?ケーキでも贈りたい気分になったわ・・・!」
「ケーキ?」
「あたしね、知り合った相手が割と好印象だと、その人にケーキを贈りたくなっちゃうの。あたしの手作りで・・・もちろん、ホールよ」
「へぇ・・・!それは光栄だな!」
ケーキが贈られると聞いて、何故か取り巻き達がビクッと震え、難しい顔をした。
だが、その理由を知る由もないし、モトキもミナールもそれに気づいていない。
「明日の夕方ぐらいに届けさせるわ」
今回のお詫びのつもりではない。本当にミナールがたまに行う、ただの癖みたいなものである。
彼女は「楽しみにしておいてね」と、言い残し、取り巻き達と去っていった。
去り際、彼女は何やら嬉しそうに笑っていた気がする。
「ケーキ楽しみだな・・・!あ、タイガ!見届けてくれてありがとな」
「いいさ、良いもの見れたしな。それより、寒くなってきたな・・・お前の部屋でコーヒーを淹れてくれよ。もちろんブラックで」
寒い夜を抜けて寮に戻り、2人でコーヒーブレイクを終えて解散。
今夜は不安で眠れなかったこともなく、翌朝を無事に迎え、いつも通りに学園へ。
昨夜の事で呼び出しも、噂もなかった。
何が起こったのか微塵も知らないオーベールのあくびする姿を見て「呑気だなぁ・・・」と、苦笑い。
何事もなく1日が終わり、寮に戻ると扉下に四角の白い箱が1つ置かれていた。
爆弾かと少し疑いはしたが、箱を持ち上げて匂いを嗅いでみると、甘い匂いがする。
「ちゃんと、贈ってくれたんだな」
箱を部屋に持ち込み、テーブルに置いてさっそくお披露目。
シンプルにらも、見事な生クリームたっぷりのホールケーキだ。
「すげぇな!こんなのを作れるなんて」
では、コーヒーを淹れる前に一口だけ味見をしようとしたが、玄関の扉を叩く音がした。
タイガかな?と迎えに出ると、そこにいたのはエモンであった。
今日は学園に用があったが、帰りのついでにモトキの部屋に立ち寄ったようだ。
「ちょうどよかった。ケーキをいただいたんで、一緒にどうだ?」
「ナイスだな、こちらもちょうどいい。手土産にコーヒー豆を持ってきた」
お湯が湧くのを待つ間、各自小皿を手に、一切れずつ分けられたケーキを先にいただくことにした。
エモンはどこか、ウキウキな様子である。
「久しぶりのケーキ類だな」
フォークをケーキに突き刺し、一切れまるごと口へ運ぶ。
生地と生クリームの香りが広がっていき、そしてエモンは叫んだ。
「うおぉえぇっっっ!!!まっずーーーっ!!!」
見た目も香りも、問題はなかった。しかし口にいれれば香りなどすぐに打ち消され、味が変貌する。
喩えようがないぐらいに酷い味。
悶絶する様子を前に、モトキは驚く。
「え?」
嘘だと思いたかった。
しかしその後、2人目の悲鳴が寮から響き、空へと消えていく。




