凶兆の灯火
風が導く素ぶりを見せない、暑さの残る無風の深夜のことであった。聖帝帝都内にある第ニ宮殿へ、革命軍が襲撃を決行したのだ
現れた戦艦は1隻だけだが、応援要請も革命軍の手で妨害され、警備兵だけでは応戦もままならず
しかし被害の規模は甚大ではなく、兵の死亡者は10人未満。宮殿も一部崩壊により煙があがった程度。聖帝親族や重要人の死亡もなかった
長居せず、革命軍は1時間足らずで退散
数時間後、すぐに各帝と国々の要所人数名が第一宮殿にて集結。Tri・Frame全員や他の名のある者も呼び、厳重なる体制の最中、襲撃時刻の確認。やつらの目的の真意は?身代金要求はなかったのか?または誰かの命を狙ってなのか?
1つ遂行された目的の情報は入ってきていた。第ニ宮殿の地下に保管されていたある1人の人物の遺体が盗まれてしまったのだ
遺体の名は、ハルカゼ。数十年前に活躍した個人の英雄。白い髭の靡き龍。不死身の突撃者
それだけで済んだと安心したいが、殆どの者ができない。胸騒ぎ、嵐前の静けさもあり、凶兆に火種が近づき、灯火になろうとしている
「あれ?」
昨夜一大事があった事など露知らず、モトキはケーキ屋の前で財布の中身と睨めっこ中
一昨日、ミナールから半ば強制的に夕飯を奢っていただいたので、そのお返しのつもりでロールケーキを買おうとしたが財布の中は氷河期であった
1ホールどころか、1ピースすら買えない。それに生活費が支給されるまでの食事すら危うい
思い当たる節はある。今月は特に
突然制服が大きく裂けてしまい店で修復してもらったり、突然使ってたコーヒーミルが破裂して買い替えたり、オーベールと行った喫茶店でカップが突然砕けて弁償するハメになったり
なんだか、最近ツイてないような気がする。元々運が良いとは考えにくい自覚はあるが
とにかく彼女に昨日の礼は言っておきたい。もしかしたら学園にいるかもしれないので、小走りで向かう
「ん!?」
1つの店に行列ができている。10年前から経営しているホットドッグ店のようだ
外までハミ出す長蛇の列、人が多いなや繁盛してるなぐらいの通り過ぎる際の意に止めない感想を内心呟くが、突如視界世界がスローになった。キーンと耳鳴りがする。並ぶ行列の中から目に留まった1人の人物
正しくはそいつではない。その者は他と同じで霞んで映っており、はっきりと肉眼視できるのはそいつが背負っている所有者と変わりない長さのリュックであった
そこから何かがモトキに囁くも、何事もなかったことにしようと自然と足の速度を上げる。通り過ぎるだけの一瞬が長い
「はぁはぁ・・・なんだったんだ!?いったい?最近、俺の身におかしなことが降りかかってくる・・・いや、俺がおかしくなり始めてるんじゃ?」
通り過ぎが、その場から逃げているみたいな形になった。学園の玄関ホールまでとりあえず着くと少し姿勢を屈ませ、疲れてもいないのに荒く息を吐く
突発に目醒めた治癒の力、それ以降時折、自分じゃない自分が自らを蹴落として自身の人格を支配してくる感覚に襲われたりした。ニハ戦やチセチノと共に相手をした革命軍、途中から思考や行動が暴走気味になり、終わればその部分の記憶がなかったり、自覚と記憶は残っていも曖昧な場合がある
これもその一端とするならば、今は自覚して向き合っていくしかない
真実、正体を掴めぬまま悩んでいても解決せず。とにかく、用があって学園に来たのでミナールがいないか捜す
「まずは学園長室を覗き、次にいそうな場所の目星がつかないから虱潰しに学園中を捜そ。いなかったら後日」
学園長室に続く長い廊下にて、同じ制服を着た男女の生徒とすれ違う。両者の手には大きめの分厚い本が数冊両手で掲げ、運んでいた
挨拶はなし、当たり前だ。初対面かつ、朝の散歩時みたいな環境とは違う。ただ、同じ生徒とすれ違っただけ
だが、すれ違ってから2秒ぐらいで突然、ガラスの割れる音がした。モトキが振り返ると床に散乱する本とガラスの破片、前に倒れる寸前の女性の身体を両手を使い前後から挟む形で支える男性の姿
見るに女性の方が躓いたか何かをしてしまい、勢いで手から飛んだ分厚く大きめの本が窓を突き破り、男性の方は反射的に動いてしまい、急遽手から本を落として彼女の体を支えたのだろう
事故であり、運が悪かったのだ
「大丈夫かー!?怪我はないか!?」
モトキは走り2人の元へ、しかしその男女は返事をせずに一瞬こちらを見ると逃げ去ってしまった
呼び止めるタイミングを逃し、仕方なしに散乱した数冊の本を重ね、まとめて置いといてからガラスの破片を拾っていく
「細かいのは箒借りてきて掃き集めよ・・・」
「そこのあんたぁ!!」
大きめのガラス破片から拾い始めようとしたら、突然背後からけっこうな声量で怒鳴られてしまった
モトキは固まり、拾おうとする姿勢のまま動かずにいると前へ回り込んできた。太り気味の年配女性、もちろん生徒ではなく教員
癇癪持ちと生徒から陰口を言われているが、そんなことモトキは微塵も知らない
「園内の窓を割っておきながら!!証拠を隠滅して逃れようたってそうはいきません!!」
「え?窓は結局割れてるから証拠の隠滅にはならないでしょ?放置しても危ないだけですし」
「老朽により自然に割れたか、容疑者を生徒関係者全員にする企みに違いないわ!!どうせ!!学園長も呼び、弁償の件と処断を決定します!!いいですね!!」
「えぇ・・・」
自分じゃない否定は今行っても聞き耳を立てず、言いがかりばかり返ってきそうだ
モトキはとりあえず黙り、腕を引っ張られ、元々用事があって訪ねるつもりだった近くの学園長室へ連れてかれてしまった
学園長はいなかった。呼んでくるから部屋からは出ないよう釘を刺され、モトキは小さく返事
座って待っていたら、また何か言われそうなので一歩も動かずに突っ立ったまま待機
放課後の夕陽がとても眩しい
(お金ねーし、晩飯どうしよ?台所にあるコーヒー豆を貪るか?憲兵に行ってエモンにたかるのもありだな)
暇をつぶす為に考え事、それをしてたらすぐに来るかと思っていたが全然来ない
晩御飯の心配だけをして、あとはまだかなー?と無心の繰り返し。結局、1時間と数分待たされた
学園長室の扉を開く初動の小さな音で思わず背筋を伸ばす
学園長は席に座り、女性はその右斜め後ろに立った
事を起こした者の顔を見て、彼は「お前か」と溜息。モトキは声に出さず「自分です」と返事
「では、学園長。事をやらかした生徒に厳重なる処罰を」
「窓ガラス1枚で謹慎なり退学なり、成績評価に影響を及ぼしていてはキリがない。まずは釈明させよう。あるか?」
「言っても無駄そうですが一応言わせていただきます。元はこの学園長室に用があり、向かっていた途中に背後から割れる音がしました。そしたら音のとうり、窓が割れていたのです。見てしまったからには放置するわけにもいかず、片付けをしていました」
学園長は「そうか・・・」と、この件に関してはかなり面倒臭そうだ
トイレを済ませ、帰ろうとしていた時に呼び戻されてしまったからである
次の言葉を続けさそうとしたが、モトキを連れてきた女性が割って入ってきた
「はい嘘!はい嘘!!はいうそーー!!この年頃の男はすぐ保身に走ろうとして出任せ言う!!自分はやってないって!!」
学園長は耳障りなのか、両耳の穴に両手人さし指を突っ込む。女性はモトキへ「ボーっとしてて躓いたか何かで突っ込んだのでしょう!!」や、「はい黙認してるってことは図星だから!!やっぱり割ったのでしょ!!」と続け言葉を投げかける
モトキはただ、学園長よりの判決を待つだけ
胸な溜まってきたものを吐き出すつもりで、学園長は長めに息を吐いてから「静かに!」と強めな口調によりいったん場を誰にも喋らせないようにする
「モトキ。お主を信じてはやりたいが、他に目撃者も擁護する者もおらぬ。窓のガラス1枚ぐらいと片付けるにも、学園内の物の損壊に大も小もなく、手前、何もさせぬわけにはいかず・・・だな」
「はい、しょうがない・・・とでも言っておきます」
「弁償はけっこう。そうだな、今生徒会の書記が居残り、活動記録の整理を行っているだろうから向かえ。生徒会の手伝いを10日、これを処罰としよう」
「10日か、弁償せずに済むなら安いと捉えよう」
「よし、ではもうよい。行っていい」
モトキは頭を下げてから退室。学園長室にミナールはいなかったなーと、本来の目的を思い出し、とにかく言われたとおりに生徒会へ
彼が去った学園長室では、女性が「甘い」や「もっと厳重にすべき」と物申すが無視
もし、変に精神的に追い詰めてしまえばこちらが危険な気がしてしかたなかったのだ