チームF 11
出発してからしばらく、会話がなくなった。いや、訊くべきなのだろうが、その前にモトキから切り出す
「迷っちゃった」
オーベールは頭を抱え、モトキは何度も地図を見直していた。もうかれこれ3時間近く、山々を歩いている
地図と記憶、現在地、全てが合致せずにいた。過去の記憶だとこの辺りだったはずが全然違う場所で、あれ?じゃあこちらか?と巡っている内に現状となってしまった
「どうすんだよモトキ!数時間歩いたら、拠点まで戻るにしてもかなり離れてるぞ!その帰り道すらあやふや状態だ!」
「だいじょーぶ!」
自信ありに親指を立てる彼に、妙な説得力が。それはオーベール自身が素人であるのも理由だろう
「脱する手段があるのか!?」と期待の眼差しに、モトキは落ちている木の枝を拾うと、それを立て、離し、倒す
「よーし、あっちに行ってみよう!」
オーベールはずっこけた。まさの道を拓く方法は棒倒しによる運任せ
「ダメだこりゃ」と、呆れてしまった様子
「うん?」
遠くより落雷の音が響いた。モトキは目を細め、空と山々を見渡す
「一雨きそうだ。降る前に雨宿りできるところを探そう」
「こんなに晴れてるのに?雷は鳴ったけど、そう急ぐ必要か?」
「必要なんだこれが。雨に濡れたら体力も奪われる」
急ごうと走る。モトキはオーベールの速度に合わせてあげる
走って5分を経過したぐらいで、広めの洞穴を見つけた。小雨が降り始めており、洞穴に近づくにつれ雨の勢いが増していく
まさに滑り込むように、洞穴へ
「うへぇ・・・本格的に降ってきたぜ。モトキの判断に従った俺は正しかったな」
「そだなー。しかし、この雨だと雨上がり後はリタイア者が増えるだろ」
「すぐに避難したり、雨が降るのをわかっていたなら問題も最小限に抑えられるけど、ビショビショのぐしょぐしょだと体力と精神が一気に削られるから」
走ったので疲れた。オーベールは座り、少し休憩
モトキも座り、ただ降る雨を眺めるだけ
「この洞窟、かなり奥まで続いてそうだぜ」
「行っても剣の絵が描かれた壁があるだけかもしれないぞ」
こいつは一体何を言っているのだろう?オーベールは首を傾げるも、元から普通じゃないやつなので、すぐに深く気にするのはやめた
雨は止む気配がない、外の雨を眺めるモトキとは逆に、オーベールは洞窟の奥に興味が湧いていた
「ここ、どこに繋がってんだろ?」
「風は抜けてねえから、途中行き止まりになってるかもな」
「ちょっと行ってみようぜモトキ。雨上がりまでの時間潰しによー」
ここで断っても彼は1人で行ってしまいそうなので、しょうがなく承諾
しかし、数歩歩くだけで真っ暗闇の世界。目を慣れさせながら、足は探るようにゆっくり進むべきだろう
「うーわぁー真っ暗。先どころか自分の手すら見えっいたぁっ!!足が!爪先がたぶん岩を蹴ったーーっ!!」
うるさい。彼は何回か足を引っかけたり、ぶつかったりしている。途中からモトキが先導へ入れ替わっていた
季節と雨によるじめっとした蒸し暑さから、進むにつれ心地よい涼しさへ。モトキが洞穴にて懸念していた蝙蝠の気配もない
「なぁなぁモトキ。もし、奥で凶暴な猛獣が寝てたらどうする?うわーっ!一気に怖くなってきた!」
「自分で持ち出して自分で怖がるなよ」
モトキ、少し考えてから唐突に「誰かいますかー!?」と叫んだ。オーベールにやめろと何度も頭を叩かれてしまったが
しばらく固まっていたが迫る足音はなく、襲いかかってくる気配もない
オーベールは安堵の息を吐く。しかしその数秒後、奥で小さく光るいくつもの赤白と黄白の色が見えた
また2人は固まってしまった。モトキが再度、呼びかけると声に反応して再び光る
「モ、モトキーっ!」
「押すな!先に行かせ、盾にするのは別にいいけど転びそうなんだよ!」
何度も光る。逃げてもよかったのだが、一度目にしてしまったので正体を確かめたい
モトキと、彼を盾にオーベールは恐る恐るだが近づく。いつでも戦闘に入れる気持ちの準備はしておいて
「もし俺らを楽々吞み込める大口を開いた化け物が待ち構えてたらどうする?」
「そうなったら、この暗闇で気づかずに口に入ってしまっていたもありえるな。噛まれずに丸呑みされろ!その手段しかない」
消えては光り、薄々感づいてはいるがもしかするとこちらが会話をする度に光っているのでは?
試しにモトキが「おーい」と一声。やはり、光った。偶然のタイミングの可能性もあるので、次は連続して「エモンのバーカ」を2回
それと同じく、2回連続で点滅した。やはり声に反応している。点滅する光は大きくはなっていないが、確実に近くまで来ているのが不思議とわかる
「誰かいるのか?」
幾つもの赤白と黄白の光の中から黄白が1粒、落ちる。そこより明るい青緑の光が波状に拡がっていき、真っ暗闇で目が慣れたとしても認識できていなかったが、そこはもう行き止まりであった
少し広めの空間となっている場所の壁には至る所にくぼみがあり、1つ1つに鉱石のような物が剥き出している。そこへ波状に拡がる青緑の光が通過すると、同じ色を発光
そして、そこにいる自身の体長に迫る程の枝分かれする巨大な角を持つ、鹿とも言い難い獣が悠々とモトキとオーベールの方を見つめていた
枝分かれする角はもはや木であり、その赤白と黄白の光は実る果実のようだ。まるで全ての本性を見抜いてくる視線に、夜闇と月光に溶けそうな銀の体毛はより神々しく、近づき難く
「で、でたーーーーっ!!モトキーー!!逃げよう!!」
獣とモトキの方に首を向け、身体は逃げる体勢。しかしモトキ自身、オーベールの言葉など耳に入っていなかった
「お前・・・もしかして!?」
その言葉に獣は耳を立て、ゆっくりとだが立ち上がった。お辞儀をしながらモトキに近づき、優しく触れる程度に彼の顔へ、自らの顔を擦り寄らせる
このスキンシップの仕方にモトキは覚えがある。映るのは小さき頃の両者
獣自身も遠くから来る声に覚えがあり、もしかすればとその声主が喋る毎に角にある2色の光を発光させていた
「判るのか?声変わりもしてるけど。お前も大きくなったっていうかもはや巨大化だな。角なんてちょこんとしか出てなかったのに」
モトキの額に自分の額をくっつけてから、オーベールの方へ視線を刺す
誰だ?といった顔で、すぐに興味を捨て他にいないかを見回すが、当たる人物がいなくて鼻先をモトキに小突いて訊ねた
「あぁっ!あの兄弟ならここにはいない。兄ちゃんの方はもう今生会えなくなってしまったけど、弟は元気にしている。お前に会った事を話しておくさ」
「くるるるぅ・・・」と捻り出した可愛らしい鳴き声。ある者の死を理解したのか、それはとても哀しさを表現したものだった
神秘的なこの場所、空間にて、モトキの胸に額を付け、過去の記憶を呼び覚まし、獣の閉じられた瞳より大粒の涙が一滴、また一滴と零れていく
モトキは、頸部分を黙って撫でるだけ
「モトキ・・・そいつもしかして、聖昏獣とも呼ばれているベランディハムじゃないのか!?世界と歴史でも5匹しか確認されてない!5匹目が発見されたのは確か8、9年前と割と最近!」
「落ち着け。あと、確認されたのが5匹だけならもう2匹プラスになるな」
聖昏獣ベランディハムとは、生態の殆ど、何処で、いつ頃から生息しているのか謎ばかりの生物
最初の個体が発見されたのは今より遥か500年程昔。ある国の王が嗜好の狩猟に兵を連れ赴いた際に発見し、あまりの美しさに強行手段で捕らえたと記されている
最初の個体は左目から口にかけて傷があり、角の光は青と赤の2色であったようだ
2月程、城で飼われていたそうだが、人に飼われている姿がどうも似つかわしくないと王子と姫君の兄妹により逃がされてしまったと
次の個体はそれより200年ぐらい後。最初の個体を捕らえた王の子孫により発見される。古くからの伝記より知っており、見つけたのは左目から口にかけて刻まれた傷のある最初の個体とその側にいる同じ体毛を持つ小さき個体。それが親子だと考えられるのは容易であった
それにより200年に一度、子を産むと伝えられている
残りの3匹はそれぞれ、違う場所で目撃されただけ。そして、角に付く光の2色は個体により違うが、2つの内、片方だけが同色である場合も存在する
発見された色の組み合わせは青と赤、紫と緑、青と藍、黄と橙、黄と紫
確認された色から、虹の配色に関係があると定説とされているようだ
ちなみに性別はない
「一瞬目撃しただけならともかく、生きているうちにこうも近くで。自慢になるだろうけど、誰も信じてくなさそうな自慢だぜ」
オーベールも触れようとしてみる。しかし鼻息をかけられ、威嚇されてしまった
彼はヘコんでしまった。もしかしたらモトキが触らせてやってくれと、こいつは害はない等のフォローしてくれるかと期待したが、彼は移動しており、モフモフしてそうな銀の体毛を持つ獣の腹部辺りを枕に、眠っていた
メイソンとライリー以外知らなかったが、やはり夜は寝ていなかったのだろう
適当に、オーベールも腰を下ろした
「俺は眠たくねぇんだけどな。ま、目に焼きつけさせてもらお」
数時間も寝なかった。30分か20分ぐらいの仮眠
起きておはようの言葉はなく、「出よう」の一言だけ
「ま、待ってー!胡座かいてたから足が痺れて・・・」
真っ暗な洞窟内をベランディハムが、角から落とした光で地中内に埋まる寝床にしていた場所と同じ鉱石に反応、伝達をさせ灯す
出口まで送ってもらい、2人と1匹は洞穴から出る。數十分前の雨が嘘のように晴れていた
小鳥や小動物が、ベランディハムに集まってきた。角に、背に止まり、微笑ましい光景ながらも神秘的
「あの時の、お前の親と代わりない姿だな。俺達はもう行くよ、これが最後にならないよう願うばかりだ」
お別れの挨拶のつもりなのか、最後もモトキの額に自身の額をくっつけしばらく静止
他に見られると世界的に騒ぎになるので洞穴奥へ戻るよう催促させる
鳥が飛び交い、小動物が駆け回る中で、暗闇の奥へと消えていった
「なぁモトキ、もし俺が今日あったことを新聞社へ売りつけるつもりならどうする?」
「さぁな。記憶消えるまで殴り、蹴るの繰り返しをするかもな。鼻や耳、割れた頭から脳みそぶちまけさせてよ」
漆黒の影がモトキの顔を覆い、少しうつむく彼は「ぐくくくくくくっ!」と不敵に笑う
オーベールはちょっとドン引き。これはクラスメイトの友人でも洒落なく口止めついでに殺されてしまうだろう
「冗談は置いといて、食料を調達を再開しよう。今日はもうただ優しい味を味わいたい。簡単に採らせていただく果実類とかにしたいけどOK?」
「俺もさっきまでのが信じられなさすぎたから食欲が失せ、食事なんて喉が通らなそうだからOK」
さて、迷ってここに来た者なので帰りも行きもわからない。2人は思い出したのか、最初の一歩を踏み出してすぐに停止。そして、地図を開くより先にモトキが行なったのはやっぱり棒倒し
もうどうにでもなーれ!と、オーベールは状況に任せることにしてしまった
2人はそれ以降、拠点に戻ることはなく、消息を断つ




