吾輩はスライムである
朝日が眩しい。今日も良い天気に恵まれるであろう。
吾輩はスライムである。名前は有り、「へたれ」という。故郷である森で遥か高みへ登ろうとしているところをある人間に救われ、今では人間の街に住んでいるのだ。
む…? なぜ吾輩がそのようなこととなったか気になるのか。そうかそうか、知りたいか。ならば語ろうぞ。
吾輩はここより南の、恵み豊かな森で生まれ育ったのだ。今は帰ることこそ叶わぬが、目を閉じればその美しい光景をありありと思い出すことができる。彼の地には吾輩と同じスライムが多く暮らしていたのだが、吾輩が美しく気高くあったために同胞であるほかのスライムたちは気おくれしたのであろう、吾輩は孤高の存在であったのだ。これもまた致し方のないことである、
美しいとは罪なことよ。それに独りではあったが森からの豊かな恩恵があったので、吾輩は独り静かに暮らし、この生活が続くことと思っていたのだ。
ところが森の恵みがひどく不作であった昨年の秋、同胞たちが食料の確保の為にと縄張りなるものを作ってしまい、吾輩は森の恩恵を受けることが困難となってしまったのだ。
小競り合いなど好まぬ美しき吾輩は結果として食べるものもなく衰弱していき、やがては孤高のまま遥か高みへと向かうものだと思ったものだ。
そんなときであった。吾輩の美しさに見惚れたあの人間と出会ったのは。彼の人間は吾輩を抱き上げると歓喜を上げて頬ずりし、奇怪な踊りを始めたと思うが否やそのまま意味の分からないことを叫びながら吾輩を街へと導き、食料を捧げてきたのだ。
…これはどう考えても間違いなく吾輩の美に酔いしれた証ではないか。いやはや同胞が畏れた吾輩という美を理解できる人間がいようとは思わなんだ。世界のなんと広きことよ…。
そうして人間は吾輩のことを「へたれ」と呼ぶようになったのだが、いまだにその意味はわからぬのだ。だが名があるというのは悪くない。どれだけ誉れ高き生まれであっても、我らスライムには個としての名がないのだからな。それに吾輩が名乗るに値する名なのだ、低俗なわけがあるまいて。
ふむ、少し長くなってしまったか。だがこのような経緯をもって、吾輩はここにいるのだ。
この地に来てあれよあれよという間に季節は巡り、半年以上になるだろうか。この地における初めての夏を迎えたが、この熱気はどうにかならないものか。このままではこの完璧な姿を維持できないではないか。吾輩は高貴なるスライムではあるが故に、プライドはそこいらにいる並のスライムより高いのである。
だが、………。
あぁ…、駄目だ…溶ける。もはや美しい形を保つことは不可能だ。人間よ、吾輩は……。
この後、見るも無残に溶けた吾輩は、気が付いた時には冷たき像へと変貌していたのであった。
書けば書くほど濃ゆいことになりそうだったので、無理やり区切ってみました。
そのうち奴視点も書いてみたいデス(;´Д`)