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異世界の天下布武  作者: ビッグベアー
第六章、もう一つの
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87、あるいは競い合い

 開始を告げたのは竜の牙を模したクリュメノスの角笛。威厳に満ちた清澄な音が青空の下に響く。ざわついていた民草が思わず息を呑み、ほんの一瞬、ざわめきが途絶える。そうして、その場にいた全員の視線が一点へと、試合の場となるこの中庭見下ろす場所に立つその人物へとむけられる。


「――良くぞ集った皆の衆! 妾が東方辺領騎姫である!」


 女の声、今だ歳若い、少女といってもいいであろうその声が先ほどの角笛の如く隅々にまで響いた。その声に少し遅れて、割れんばかりの歓声が沸き起こる。

このアウトノイアの人々、いや、異国の民の前であったとしても彼女は変わらず堂々と、まるで王の如く振る舞う。そして民草もまた、それを受け入れてる。彼女がこのアウトノイアの地に来たりてからまだ二日、たったそれだけの間で彼女はこの地の民心を掌握しつつあった。

 御前試合、それはあるいは政の一環であり、あるいは武人にとっては晴れの舞台、そして、時に民衆にとっては娯楽ともなりうるもの。特に住み家さえも焼け落ち、戦の熱と痛みの残るアウトノイアの民にとっては、この余興は願っても無いものだった。


「妾の名において、今日この日、この場所で我らクリュメノス帝国とアルカイオス王国の親善を祝す、御前試合を執り行うものとする! さあ、戦士たちよ、進みでよ!」


 民衆の熱気を一身に受け、ミネルヴァは晴々とそう宣言する。彼女の言葉に応じて表れるのはそれぞれ五人の戦士達、クリュメノスとヴァレルガナ、双方合わせて十人の戦士たちが中庭に現れた。

 そのいずれも壮健にして勇猛な選りすぐりの戦士達。磨き上げられた鎧に研ぎ澄まされた剣、誰もがこの場に立つに相応しい武芸を備えている。彼らが背負うのはクリュメノスアルカイオス、それぞれの色の羽織マントがはためいていた。

 そんな戦士達のなかに一際目立つ戦士が両陣営に二人。クリュメノス側においては件の大丈夫。天を付くような身の丈はそのままに、彼のために誂えられた鎧を身に纏い、利き手には彼に相応しい長大な棍棒が握られている。

 無論、親善のための御前試合である以上は殺しは法度。刃を振るうにしても直前で止めねばならないし、わざわざそんな危険を侵さずとも、刃を潰した剣を振るえばいいのだが、それはミネルヴァの好みではない。それでも、命のやり取りではなく、あくまで武の比べあい、試合のはずだ。

 だが、それを理解していても尚、この大丈夫の纏う殺気と覇気は背筋が凍らせるもの。言葉を発することすら憚れるような、そんな気配すら確かにある。これこそがクリュメノス最強と謳われる東方辺領騎士団において彼らの主の護衛を仰せつかった最強の騎士、赤竜の化身と渾名される戦士だ。

 そして、もう一人は言うまでもなく下方弥三郎。ヴァレルガナ側の五人の末席として彼もまた試合の場に立つ。平素の通りの黒い甲冑にヴァレルガナ方である事を示す青い外套マント。彼がそこにあることそのものが異質でありながら、誰一人として異を唱えるものはいない。

 それもそのはず。彼の風聞、武功のほどはヴァレルガナ方だけではなく、クリュメノス方にも広まっている。曰く聖女を殺した男、曰く戦神の化身、曰く森の魔女の守り手、盛大に尾ひれのついたものではあるが、それでもその風聞の中には確かな真実がある。彼の武は今更証明するまでもなく明白なものだった。

 勿論、彼ら以外の騎士たちも猛者揃い。ヴァレルガナ方からは若い騎士たちの纏め役でもあるヴァンホルト・ユーティライネン卿、ラケダイモニアの盛り手大将ことフェルナー・フォン・ロエスレラ卿。クリュメノス側には異民族でありながら城持ちにまで成り上がったアトロス卿や騎士団一の伊達男として知られるファラン卿が代表として名を連ねていた。


「――さあ、試合を始めよ!」


 ミネルヴァのその言葉に応えるように二重の旋律が吹き鳴らされる。クリュメノスの竜の角笛とヴァレルガナの獅子の牙笛、二つの音がそれぞれの陣営を勇気付け、士気を高める。

 巨神歴千五百九十年、八の月の三つ目の週の二日目、東方辺領騎士姫の御前試合。後にある人物の伝説においても語り草となるその試合が始まろうとしていた。



◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇


 交わされる剣戟は清澄でありながら、荒々しいもの。響く鉄の打ちあう音はいっそ清々しくさえある。真っ向切っての競い合い、策謀も思惑も一切なく戦う彼らの姿は諸人を魅せるだけの力がある。事実、その場に集った全員が剣の軌跡に目を見張り、試合の推移に息を呑み、彼らの武に魅入られていた。


「……なんて野蛮な」


 そんな中でも、その熱狂の外にある人間は確かにある。中庭を見下ろすその場所には三人の女性(にょしょう)が控えている。城の姫たるユスティーツァ、その仮初めの従者アイラ、そして森の魔女の三人がその場所には揃っていた。

 高みより見下ろす故か、あるいは彼女らであるが故か、試合の熱からは切り離されている。

 眼下では第三試合が佳境を迎えている。戦っているのはヴァンホルト、相手は名も知らぬクリュメノスの騎士だ。名も知らぬとはいえ、クリュメノスの精鋭の一人、並みの騎士とは比べ物にならない技を誇る。それは素人である彼女達の目から見ても明白だ。

 しかしそれでも、試合場にて優勢にあるのはヴァンホルト。絶え間ない剣戟を往なしながらも、着実に相手を追い詰めている。今まで潜り抜けてきた修羅場の差か、あるいは度胸の差ゆえか。白刃を一切恐れず踏み込むヴァンホルトに対して、クリュメノス側の騎士には明らかに恐れが見える。決着までは後数瞬、誰の目から見ても趨勢は明らかだった。


「――そこまで!」


 しかして、数合の打ち合いの後、勝敗が決する。相手の剣を弾き飛ばし、首元に刃を突きつけたのはヴァンホルト。やはり勝敗を決したのは単純な武の技量ではなく、心構えの差。この短い間で二つの激戦を潜り抜けてきたヴァンホルトにとってこの程度の剣戟など恐れるに足らず。殺し合いでないと侮ったが故に、クリュメノスの騎士は敗北したのだ。

 それでも、眼下では歓声と熱気が吹き上がる。勝敗の如何にかかわらず、群衆にとっては目の前の競い合いだけで充分。彼らにとっては競い合いそのものが最高の娯楽だった。


「――これで一勝ですか。せめて、もう一度勝たねば面目が立ちませんね」


 群集にとってはそれでよくとも、彼女達、ユスティーツァを含めた城の首脳陣にとってそういうわけにはいかない。この試合の勝敗、どれだけ勝ち、どれだけ負けるか。クリュメノス側に恥を掻かせないのは勿論の事、ヴァレルガナ家としてもきちんと武威を示してかなければならない。すべての試合で負ければ組やすしと侮られることになるし、勝ちすぎればクリュメノスに、あの東方辺領騎姫に恥をかかせることになる。

 ユスティーツァにしてみれば、このような競い合いそのものが無意味なもの。戦でもないのに、真剣で打ち合い、戦うなど馬鹿らしいにもほどがある。時間の無駄といってもいい。野蛮というしかないのがこの御前試合だ。

 しかし、その背後の意図に気付かないユスティーツァではない。この野蛮な行いも結局のところ政治の一環。ヴァレルガナとしても上手くやり過ごさなければならない。これからのアルカイオス王国とクリュメノス帝国との関係すらも揺るがしかねないのが、この御前試合だ。

 ましてや今は、城の要ともいえるアレクセイが王都への使者に立ち不在。父が病である以上、姫たる彼女が確りと家中に姿を示さねばこの窮地を乗り切ることはできないだろう。


「それにしても、どちらも、なんというか見応えがありますね……」


 そんな中、呑気な感想を漏らすのは村娘のアイラ。彼女にとってはこうして騎士の試合を見ることそのものが初のこと。ある意味この城中において、最も純粋にこの御前試合を楽しんでいるのは彼女だろう。

 本来ならば彼女がこの場所に立ち入ることは場違いそのものだが、今回に限っていえば無粋な事を口にする人間はひとりとしていはすまい。身に纏った装束、あの東方辺領騎士姫から下賜された装束がただの村娘に過ぎない彼女を貴族の娘のように仕立て上げていた。馬子にも衣装という言葉はこのオリンピアにも存在しているが、それすらも相応しくはない。アイラの持っていた気品を豪奢な衣装が見事に引き立てている。見事な装束は着た者のあり方すらも定義してしまうのだ。

 

「しかし、野蛮です。あまり熱心に見るものではありませんよ、アイラさん」


「は、はい、そうですね、申しわけありません」

 

 それに答えるのはどこか不機嫌なユスティーツァ。無論、御前試合は口実に過ぎない。クリュメノスより、いや、あの東方辺領騎姫よろ下賜されたその衣装をアイラが未だに纏っている事実そのものが、ユスティーツァには不愉快なのだ。彼女にしてみれば、アイラに最初に褒美を与えるべきは仮初とはいえ主たる自分だ。少なくともあの東方辺領騎姫などではない。

 無論、それを口に出すほどユスティーツァは愚かではない。今更アイラにその装束を脱げと強要するよう図々しさもない。こうして不機嫌に振舞っているのはせめてもの抗議のようなものだった。


「…………弥三郎は、まだ?」

 

 僅かに流れた沈黙を破ったのはこの場所で試合を眺めていた三人目の人物。異質というならば此処にいることそのものが異質である彼女、森の魔女アイラがようやく沈黙を破った。

 発した声は僅かに震え、恐怖にも似た感情が浮かんでいる。眼下の試合に熱狂など感じない、試合が命懸けであるほど彼女の中で確かに恐怖が強くなる。あの場に彼が、愛する従者が立つと思うだけで、闇に落ちていくよう。見届けねばと思いながらも、そうするには確かな勇気が欠けていた。


「確か第五試合だったかと……最後ですね」


「最後……」


 弥三郎の試合は最後、五人目の戦士として控えている。それは即ち、彼の肩には一番の重責がのしかかるという事。彼の勝敗如何で、この御前試合そのものの意味合いそのものが変わりかねない。

 そうして最後となればクリュメノス側も最強の戦士を出してくる。弥三郎が戦うのはおそらく、あの大丈夫だ。

 それが分かっていて尚、彼女達にできることは祈ることか、眺めることだけ。戦場と同じくこの御前試合においても彼女達はただ無力であった。どれだけ強く願おうともそれだけは変わることはない、彼女達はいつでも帰る場所なのだ。

 一勝二敗、勝負は混沌のまま、最後の二試合へと進もうとしていた。




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