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異世界の天下布武  作者: ビッグベアー
第六章、もう一つの
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79、あるいはその道が

 その奇蹟、そう呼んでも差し支えのないであろう偉業の絡繰を、歳若い戦姫は大仰に語り始める。まるで寝物語を紡ぐ吟遊詩人のように、あるいは恋物語に目を輝かせる娘のように。


「――端的に言えば、我らは山を越えてはおらぬ。山を抜けて参ったのよ、それこそ、そなたらのようにな」


 愉快げに放たれたその言葉の意味をその場に集ったヴァレルガナ勢全員が過たずに理解した。山を抜けた、それも自分達のように。そう言われれば答えは一つしかない。

 ラケダイモニア砦の救援戦、その際の坑道抜け。かつてかのロストロモ公が使ったといわれる抜け道、山民の掘った坑道を駆け抜けることで、ヴァレルガナ勢は三日かかるはずの道行きを二日に短縮した。あの抜け道がなければラケダイモニアの陥落までに彼らが間に合うことはなかっただろう。

 それと同じだと、東方辺領騎姫はそう言ったのだ。彼らと同じように山を抜けることで、最低でも一月は掛かる道行を短縮してのけたのだと。


「――っ」


 だが、驚くべきはそれだけではない。そのことに気付けた人物が一体どれだけこの謁見の間にいただろうか。その数少ない人物の一人が、若きアレクセイの隣に着座した老グスタブ。彼は辺領騎姫の言葉にあるもう一つの真意を確かに理解していた。

 あの坑道抜けの仔細、その事実そのものを知るのはそれを行ったヴァレルガナ方の将兵と奇襲を受けたタイタニア方のみ。少なくとも山の向こうにいた筈のクリュメノス方がその事実を知るにはあまりにも早すぎる。言葉は一夜で千里を掛ける、という諺がこのオリンピアには存在しているが、それにしても限度というものがある。辺領騎姫が、いや、クリュメノス帝国がそれを知るにはどうやっても日数が足りない。

 それでも、ミネルヴァは彼らのように、ヴァレルガナのようにと口にした。その意味は明白。クリュメノスの手のものが、タイタニアの陣中に、あるいはこのアウトノイアに潜んでいるということに他ならない。密偵、風聞に聞く影の間諜、そのどちらにせよ、こちらの動きは筒抜けであるとそう言外に言ってのけたのだ。

 厄介この上ない。無論、この期に及んで牙を向くような真似などするはずもないが、身動き一つできないというのはあまりにも窮屈だ。


「――まあ、そなたらと違い、我らは道を作ったのだがな! いやはや、パウサニアスの尾根に道を拓くのは三年がかりの大事業であったぞ!」


 諸将の反応を楽しげに伺ってから、ミネルヴァはそう言葉を続ける。果たして、グスタブらの僅かな変化に気付いているか、否か、それは定かではないが、どちらであるにせよ、彼女はその程度気にも留めないだろう。牽制のような言葉もまた、その振る舞いの一部。意識すらしない所作だった。

 領地へと続く抜け道、それも一万の軍勢が悠々と行軍できるほどのもの。その存在に恐怖する余地も、不意打ちにも等しいその事業を咎める権利もヴァレルガナ方にはない。その抜け道によって救われた彼等にはそれに抗議する権利などありはしないのだから。


「は、はあ、それはまた……」


「なんだ、もっと驚かぬか。つまらんぞ」


 どこか間の抜けたような諸将の反応にどこか臍を曲げたように、ミネルヴァはそう言葉を漏らす。

 無理もあるまい。パウサニアスの尾根、このオリンピアの背とも呼ばれるあの大山脈に穴を道を拓く。途方も無さすぎてそれがどれだけの大事であるか、集った将たちにも検討すらつかない。無論彼らとて一つの山に坑道を築くことの難しさは理解している。だからこそ、あれほど大きな山に道を拓くことがどれだけの難事か、想像することさえ難しかった。

 それを僅か二年で成し遂げたとなれば、なおのこと理解しがたい。どうやってたったそれだけの期間であの巨大な山を貫通する道を拓いたかなど、それこそ慮外の大事業といってもいいだろう。どのような手段を用いればそれだけの短期間で事を成し遂げられるのか。正直なところ魔術の類か、神の御業でもなければ不可能なようにさえ思えた。


「……して、どのようにしてそれほどの大事をなされたのか、お聞かせ願いませぬか」


「ほう、そうでなくてはな!」


 そう尋ねたのは歳若いアレクセイ。その問いにミネルヴァは上機嫌に頷き返した。彼女が真に語り聞かせたかったのはそこであったのだろう。笑みすらも浮かべて、辺領騎姫は奇蹟の内幕を明かしてみせる。例えそれを知られたとしても、支障などありはしないとそう宣言するように。


「諸君らとて山の民は知っておろう? あの穴掘りが得手で、鋼を自在に操るとかいう者たちのことぞ」


「存じております。しかし、かの者等は遠い昔に滅んだのでは?」


 山の民。ヴァレルガナの騎士たちとてその物語は聞き及んでいる。山の深奥に住まい、石を友とし、人鉄を支配するものたち。遠い昔に滅んだ彼らは、その伝承だけが今も語り継がれている。そう、彼らは既に滅び去ったからこそ、今も語り継がれているのだ。


「それがな、我が領地にはその生き残りがおったのだ。それをこのヒサヒデめが纏め上げ、何年かかると知れぬ時を見事縮めて見せたのだ! のう、ヒサヒデ!」


「左様で」


 驚くべきことではある。あの山の民が今も存在し、クリュメノス帝国に協力している。その事実。もし僅か二年の間であの巨大なパウサニアスの山に道を拓いたとしたら、それは些か以上の脅威だ。

 だが、それ以上に居並んだ彼らの注意を引いたのはその老人。ミネルヴァの言葉に続いて前に出たその人物。かの辺境領騎姫の傍らに控えながらも、いささかなりともその存在を翳らせないのはまさしく不可思議というほかない。

 白い髪と細身の身体は北方の白狐を思わせるが、その眼光は身を竦ませるような鋭利さと言いようのない威厳を讃え、まるで獲物を狙う梟のよう。そしてなによりその黄色い肌と黒い瞳、その二つは彼がこのオリンピアの出自ではないことを示していた。ヴァレルガナ勢と共に戦場を駆け抜けたあの客将のように。

 だが、彼とこの老人とは何かが致命的に異なっている。その奇妙な存在感、辺領騎姫の隣に控えながら謁見の間を圧するようなその気配は老練のグスタブとて今だ嘗て相対したことのないもの。まるで得体の知れない、だというのに、決して無視することはできない。そんな言い様のない圧力をこの翁は持ち合わせている。


「このヒサヒデは我が軍の軍師であってな。この者の指図は妾の指図と思うが良い」


 そんな傑物(ばけもの)を傍に置きながらも、辺領騎姫の自信は微塵なりとも揺るぎはしない。この老人は自身の配下であり、自分はそれを使いこなすだけの器を持ち合わせているとそう自負しているのだ。実際それは事実であり、その証左はこの二年間でこの少女と老人の重ねてきた勝利の数。そして、常勝の戦女神とも謳われる彼女自身が何よりもそれを証明していた。


「話が逸れたな。まあ、あとはその方らの想像の通り。早馬によりタイタニアの侵攻を知らされた我らは急ぎ出立し、パウサニアスの山の洞を駆け抜けたのだ。確か四日前のことであったか。いやはや、城は既に落ちておるものと思っておったのでな、あの時は驚いたぞ!」


「――もったいなきお言葉」


 その言葉の意味するところは単純明快。分かりきったことではあるが、三万の軍勢に正面から挑みかかり、城を奪い返して見せる腹積もりでいたのだ。

 ただの無謀などではない、勝つという確信をもって彼女はこの地へとやってきた。城が未だに抗戦を続けていたことは嬉しい誤算ではあったがただそれだけ。進軍においては何の妨げにもならないのだと、そう宣言しているのだ。


「いや、見事であった。ヴァレルガナ勢の奮戦は未来永劫語り継がれるものであると、このミネルヴァが保証しよう。我が臣下であれば最上の褒美を下賜しておったぞ」


 そうでありながら口にしたその賞賛には一切の偽りがない。最初の口上の通り、この戦姫はヴァレルガナ勢を高く評価している。それが彼らにとって福音となるのか、あるいは災禍となるのか、それはわからない。

 少なくとも彼女にとっては、彼らは有能であると位置づけられた、それだけは確かだ。そして、彼女にとって有能なものこそ活用すべきものであることも確か。出自や来歴、あるいは信念やものの見方など些細なこと。この辺境領騎姫にとって重要なのはただそれだけ。戦において有用であるか否か、それ以外の基準など必要なかった。


「なんとも嬉しいお言葉! ラケダイモニアとこの城にて命を散したものたちも報われましょうぞ……!」


 涙さえも滲ませる声で誰かがそういった。それはただ一人のものではなく、この場に集った騎士たち全ての総意でもある。数多の思惑と策略がその背後にはあるとはいえ、ここにおわす東方辺領騎姫はこのオリンピアにおいても最強と名高い将帥の一人。その美姫から賞賛の言葉を受ければ、根っからの武人でなくても感嘆しようというもの。

 ましてや、王都からの援軍のあてもなく、玉砕も覚悟していたところを救われたのだ。その大恩人からのこの言葉、武人にとってこれ以上の名誉はないだろう。

 この場に集ったヴァレルガナの武人達、その心は既にかの東方辺領騎姫共にあるそう言っても過言ではない。それは若きアレクセイでさえも例外ではなかった。


「さて、堅苦しい儀礼はここまで! 折角の勝ち戦ぞ! 宴の用意はできておろうな?」


「――は、は、抜かりなく!」


 愉快げなミネルヴァの言葉にアレクセイが童子のような健気さで答える。この場において、命を下す権利を持つのは東方辺領騎士姫ただ一人。今この時、客人であった彼女はこの城の主にも等しい存在になった。それに異を唱えるもの、唱えることができるものは、この場には一人としていなかったのだ。

 巨神歴千五百九十年、四つ目の週の最初の日、東方辺領騎姫が城中にあるころ。もう一方の城の客人、後のアルカイオスの黒雷、下方弥三郎と大樹の森の魔女は城外に在った。



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