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異世界の天下布武  作者: ビッグベアー
第五章、龍の旗
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67、あるいは炎の中

 風に煽られた火は次々と家々に燃え移り、アウトノイアの城下に瞬く間に広がっていく。ただの火事ではない、火の勢いはあまりにも強く、炎の足はあまりにも速い。この夜風に煽られてか、それとも別の要因か、一度上がった火は止めようがないほどの勢いを保っている。城下に駐留している軍の内、大半が逃げ出す間すらなく火に巻かれ、行き場を失った。アウトノイアの城下、ヴェレルガナ勢がなにをおいても守るべきその場所が火の海に沈んでいた。

 此処まで燃え盛ってしまえば火の元など分かろうはずもない。泡を食ったタイタニア勢が火を消し止めようとしても、もはやどうしようもない。火に呑まれないようにするだけで精一杯だった。


「――下がれ! 退け! 火の回ってない場所を探すんだ!」


 ようやく状況を把握した将たちが混乱の只中の兵達にそう命を下す。

 しかし、この混乱の中では命など聞こえようはずもない。恐怖に駆られ、少なくない数の兵が火に巻かれ、命を落していく。戦以上の惨事がこの場所では進行していた。

 火の勢いはあまりにも強い。もとより木造の家屋も少なくないこの城下ではあるものの、それにしても強すぎる。直接火に焼かれずとも、熱せられた空気を吸い込むだけで肺が焼け爛れるようだった。


「北だ! 城の近くは火が回ってないぞ!!」


 アウトノイアの城、その本城だけが火が届いてはいない。城下全体を覆った炎はその場所だけを避けている。逃げこみうる場所があるとすればただそこだけ、彼等のような大軍では小路には逃げ込めない。城に張り付いた軍勢と合流する以外に、彼等には道がなかった。

 それが最大の誤りとなった。いっそ火を恐れず果敢に飛び込んで、正門側を目指していたのなら彼等の命だけは助かったかもしれない。


「――進め! あと少しで――あ」


 先頭を行く将、この混乱の中にあって動揺することなく、兵を導こうしたその将の喉に矢が突き刺さる。将だけではない、火からようやく逃れた兵達を容赦なく射抜かれていく。背後には火の手、前方からは矢、逃げ場のない彼等はあっという間に玉砕と相成った。悲鳴を上げることすらできなかった彼等の死を知るものは、タイタニア側には誰一人としていなかった。


「――私に続け!! 西側に抜けるぞ!!」


 振るわれた旗、この劫火の中でも聖女の声はよく響く。混乱の只中にある兵達を纏め上げ、火の中を押し進めるだけの勇気を彼女は授けることができる。如何なる状況であっても、コンテフルナの聖女は聖女であり続けた。

 燃え広がった火は、城の周りを焼き尽くし、ゆっくりと城そのものにまで近づいていく。よもや堀と壁を越えることなどありはしないだろうが、少なくとも城下に展開したタイタニア軍にはもはやまともな逃げ場はない。ほんの数分でも遅れれば、それでお終い。火の勢いは止ること知らず、すべてを焼き尽くさんとしていた。

 地獄の火、ベルナデッタの脳裏にそんな言葉が過ぎる。この炎はただの炎ではない。確かな意思と悪意がこの炎には宿っている、そんな確信がある。まるであの異民族の将のように、ただ殺意を持って蠢いていた。


「聖女様! こっちに道が!」


「ッあちらです!!」


 兵の一人が、そんな叫び声をあげる。彼の指し示す道、そこだけは火が回っていない。この地獄にあってその場所だけは道が開けていた。まるで垂らされた蜘蛛の糸のように、そこにだけ道はあった。城の外延部、指し示した西側ではなく、東は輪へと続く道だけが炎から逃れていた。

 その場所へ進めと彼女は旗を振るう。頭の中に響く声、その啓示に逆らってその道を選択した。兵達はもはや彼女でもとめられない。如何に勇気を振り絞っているといっても、この地獄において光明が示されればそれに縋ることはどうやっても止められはしない。希望とは絶望よりも尚、厄介な毒の名だった。

 炎を避けて、その道を進む。周囲では家屋がつぶれ、火が回り、際限なく広がっていく。今そこにある死から逃れるためにこの先に待つであろう死を選んだのだ。


「――っ!」


 突然、東の方から矢が降り注ぐ。城からの攻撃、火から逃れる彼等を追い立てるように無数の矢が射掛けられたのだ。普段の如く旗を掲げ、祈りを捧げさえすれば矢は彼女を避けていく。

 しかし、共に進む兵達はそうはいかない。火から逃れ、死から逃れ、生という希望へと進んだはずの彼等を容赦なく矢が射殺していていった。中には狂乱のあまり、火の中に飛び込むものさえいる。反撃を試みようにも、周囲を火に囲まれたこの状況では狙いをつけることすらままならない。死ぬと分かっていても、押し進む以外には彼等には道がなかった。

 進めば進むほど道は火で埋め尽くされ、兵士たちは矢に射抜かれて数を減らしていく。それでも進んだ。仲間の死体と鎧すらも焼くような炎すらも踏み越えて、彼等は押し進んだ。無傷なのは唯一、ベルナデッタだけ。普段の如く、彼女の背後には屍の道が出来あがっていた。


「――――!」


 その道の果てに待つのは死神の群。安易な道の果てに待ち受けるのは、昨日と変わらぬ殺意の刃だった。

 

◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇ 


 城下に火を放つ。グスタブと弥三郎の献策、いや、策ともいえない暴挙が軍議の場に出されたとき、その場に集った諸将の反応は皆それぞれだった。二人に向かってすぐさま怒鳴りつけるものもいれば、怒りのあまりに柄に手を掛けようとするものもいた。かと思えば頭を抱えなにやら考え込むものもいる。対応はそれぞれではあったが、ラケダイモニアの救出を決めた時とは違い、彼等二人に賛同するものは誰一人としていなかった。

 その後の軍議は紛糾というよりも、喧騒というべき様相を呈した。下手をすればこのまま袂を別ち、城の中で内紛が起こっていただろう。二人の献策は、それだけ暴挙であった。オリンピアの、アルカイオスの慣習に照らせば冒涜といっても相違ないものだ。

 守るべき城下に自ら火を放つなど、騎士達には到底許せることではなかった。それで二人は、懸命の説得を続けた。この策を決行し、それが罪となるのなら、自分達二人は死罪になって構わないとまで言ってのけた。城の落城を避け、味方の援軍を抜きにして敵の侵攻を止めるにはそれしかないと、二人は考えていたのだ。例え守るべき城下を自らの手で焼いたとしても、この城を守りきるためにはそうするほかないと考え、行動を起こしていた。

 事の起こりは昨夜の夜襲。その時点で弥三郎は城壁を守りきれぬと判断し、城下に火を放つという策を家老たるグスタブへと献策した。当然、さしものグスタブとてその策をにべもなく跳ね除けた。それでも退かぬ弥三郎に負け、一応の準備は手のものに命じたものの、その策を決行に移すことになるなど考えてすらいなかった。この策をとれば、勝利への光明を見出すことはできる。取り返しの付かない犠牲を払うことになるが、それでも勝つことはできるかもしれない。それでも、それを完全に容認することはその時のグスタブにはできなかった。

 だが、今はそうするしかない。もはや援軍が望めぬ以上、道は二つしかない。城を捨て逃げ出し、承平皆々玉砕するか、勝利のための策を取り、城下を燃やすかその二つだけ。もしここで騎士としての役目を全うしようと望むのなら、後者の策を取り、騎士としての誇りを捨てるほかにはなかった。

 そうして、彼等は選択した。例え民の恨みを買い、罪を被ることになろうとも、彼等は勝利を目指すと、決めた。進む道が修羅の道、畜生にも劣り、地獄へ行くことになろうとも、ただ勝利を目指すとそう決心したのだ。

 

「――掛かれ! 火は我らには届かぬ! 恐れず進め!!」


 故に今、彼等は城より出で、炎の中を駆け進む。この火、東の方より放たれたこの炎の広がりは、全て計算ずくのもの。事前に仕掛けた火薬と油は全て、ヴァレルガナ方の進軍路を避けるように配置されている。大身のタイタニア方は身動きをとれずとも、数百足らずのヴァレルガナの各隊ならば問題なく進軍できる。そのようにグスタブと弥三郎が計らっていた。元よりこの城下は勝手知りたる故郷、どの小道が何処へと繋がり、どの道が行き止まりに通ずるかなど熟知している。

 完璧とはいえぬものの火に巻かれたタイタニア方を誘導することなど容易かった。狙いは前線と本陣の分断、三万の軍勢をすべてを打ち倒すことはできずとも、軍の要を討てばいい。要とは二つ、三万の軍勢の総大将たる枢機卿、そして、前線を支配するコンテフルナの聖女だ。


「続け! 我らの狙いはただ一つ! 聖女の首ぞ!!」


 弥三郎の号令に合わせて、三百の軍勢が炎の道を押し進む。この策をとった以上、もはや彼等には地獄の劫火とて物の数ではない。死すらも恐れずただ真っ直ぐに、彼等は敵を目指した。裏道より出撃した味方、彼らが目論見を成すとそう信じて。

 弥三郎以下三百の隊が聖女の首を狙うように、城外では裏道より密かに出陣したヴァンホルト率いる五百の隊とフェルナー率いる三百の隊が両翼から総大将のおわす本陣を狙う。城に留まった四百の兵がその後詰と万が一の際に備える。もはや城の守りすら放棄した乾坤一擲、ヴァレルガナ方はこの一撃にすべてを託していた。

 どちらか一方がしくじれば、それで終わり。両隊が同じく目論見を果たしてこそ、この戦に初めて勝利の光明が差す。この策に打って出た以上は、もはや僅かな失態さえ許されなかった。


「――敵は眼前にあり!! 一心不乱にあいかけよ!!」


「応!!」


 三百の軍勢、死を恐れぬ戦士達の先頭を、下方弥三郎は行く。狙いは一つ、聖女の首。昨夜討ち損じたその首を今度こそ落す。そのための秘策は、彼のその手に握られていた。

 巨神暦千五百九十年、三つ目の週の七日、その払暁、最後の決戦が火蓋を切った。三万の大軍勢と僅か千二百のヴァレルガナ勢。後の世まで語り継がれることになる彼らの戦いは、意外な形で決着を迎えることになる。東の方、朝日の昇るその方角より、決着は訪れるのだった。

 


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