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異世界の天下布武  作者: ビッグベアー
第五章、龍の旗
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62、あるいはその交差が

 火の手が上がったのは正門。最も守りが堅く、破られるはずのないその場所で突如、火が上がった。小火、あるいは兵達の小競り合いということも十分にありえるが、弥三郎は確信していた。敵が来た、今宵は開かれるはずのない先端が開かれたのだとそう確信していた。


「や、弥三郎!?」


「アイラ殿! 巫女殿を城内へ!!」


「あ、はい!」


 未だ状況に追いついていないアイラに己が主を托し、弥三郎は一目散に駆けていた。話している暇も、状況を説明している暇もない。ことは一瞬で決する、今この時にも手遅れになっているかもしれない。

 階段を飛び降り、城壁を伝い、死に物狂いで走る。この東側の城壁から正門まではそう距離はない。間に合うかどうか、それは定かでないが諦めるのはあまりにも早い。


「――敵襲! 敵襲だ!!」


 正門側から響いてくる声は確信を事実へと昇華した。煌々と燃える炎が道を照らし、悲鳴と怒号、鉄と鉄がぶつかり合う甲高い音が次第に大きくなっていく。発せられる死の音、その源へと弥三郎は一直線に押し進んだ。

 如何にして正門が破られたのか、それは今は考えてはいられない。重要なのは敵が城壁を越えて、城下に侵入したその事実。今すべきことはそれに対処すること以外にはない。


「――ハッ!!」


 眼前には敵兵。足音に気付き、振り返るその瞬間、一息に刀を抜き打つ。狙いは剥き出しの首、振るわれた刃は少しの抵抗もなく頭と胴を寸断した。剣を構えようとする暇すらない、見事というほかない一撃だった。

 一人片付けたとて、休んではいられない。侵入した敵が一人ということはありえない。どんな手を使ったにせよ、城下に火を放てるだけの数が攻め込んできているはずだ。


「――これは!」


 開け放たれた正門、堀を越えて掛けられた橋、先ず弥三郎の目に飛び込んできたのはその二つだった。それだけで確信する、状況は限りなく最悪に近かった。

 正門前、その場所にあったのは紛れもない戦場。味方と敵が入り乱れ、周囲の城下は火に包まれている。幸いにも、城下の住民は全て逃げ出したか、城内に囲い込んではいるものの、このままでは城そのものが火に巻かれてしまう。

 この場所にはおよそ統率や秩序など存在してはいない。突如攻め込まれた兵達はただそれに応戦しているだけ、彼等を指揮すべき将たち、見張りの隊を率いる将でさえも未だ状況を把握できていないのだ。

 対して敵の目的ははっきりしている。城下の破壊、この城を落とすのではなく、ただそれのみを目的としている。


「参集せよ! 我が元に集え!」


 戦場の轟音に負けじと、弥三郎は声を張り上げる。今は受け持ちがどうなどといっている暇はない。誰を押し退けてでも、誰かがこの状況、この場所を掌握する必要があった。

 

「半分は火消しに! 残りは付いて参れ!!」


 弥三郎の号令に答え、その場に集ったのは僅かに五十人足らず。侵入した敵を正面から押し返すには心もとないが、今はそれで充分。優先すべきは敵を倒すことではない。

 未だ混乱のさなかにある味方を糾合しながら、彼等は戦場を進んでいく。進入してきた敵の数は今は百ほど、多くはないがそれは今だけ。このまま門が開き続けていれば、敵はいくらでも侵入してくる。門を壊されれば、そのまま一息に城が落とされることも十分にありえる。


「――ッ掛かれ! 門を守れ!!」


 自ら先頭に立ち、刃を振るい、門に張り付いた敵へと切りかかる。続く兵達も、そんな姿を見せられれば、一歩も退きはしない。混乱の只中に会った兵士達は今、弥三郎の下、一つの刃となったのだ。

 案の定、敵の狙い、その一つは正門を壊すこと。内部に侵入してしまえば、破城槌は必要ない。門を動かす仕掛けさえ、壊してしまえばそれでことは足りる。火でもかけられてしまえば、それでこの城の守りは崩されてしまう。

 立ちはだかる十数人を切り捨て、さらに殺到する敵から門を守りながらも、弥三郎は努めて冷静に敵の動きを見ていた。幸か不幸か、炎のおかげで敵と味方を見紛うことはない。

 敵の狙い、それは明確。もし仮に弥三郎自身が城に夜襲を掛けるとしたら、同じ事を主眼におくだろう。だが、それでも敵の動きが弥三郎の目には明確に見えていなかった。

 一見無秩序に見える敵勢の動きは確かな屋台骨に支えられている。強固な統率と盲信とも思えるような愚直さ、それをこの群衆に与えているもの、彼等を率いる将の正体が未だに掴めていなかった。


「――ッ門を閉じよ!!」


 弥三郎が叫ぶ。これまでのどの号令よりも大きく、なおかつ窮してのもの。状況は完全に後手に回っていた。

 敵勢の動きが俄かに変わる、号令一つなく数百の軍勢は一つの意思を持つ獣のように行動している。その源にあるのは炎に揺れる一つの旗。それが振るわれる度に兵たちの士気が高揚し、一斉に動きを変容させていく。人というよりはかの源平の亡霊のような一様さ。その様は弥三郎をして未だ見知らぬもの、日の本での戦においても比肩するもののない異様さだった。

 焦る弥三郎達を尻目に、正門はゆっくりとしか閉まらない。仕掛けの一部を壊されたのだ。このままでは敵を閉じ込めることはできない。


「――あそこか!」


 門に殺到する敵を押し留めながら、弥三郎はようやくその導き手を見定める。先頭ではなく軍の中ほど、敵味方が入り乱れるその中心にそれはいた。

 そこを目掛け、血路を切り開く。この小勢では敵を殲滅することも、押し留めることも適わないが、手がないわけではない。あの森での戦や、ラケダイモニアの砦でそうしたように、総大将を討ち取る。この状況を好機と変えるにはそれしかない。

 危険は承知のうえ。しかし、下方弥三郎という将はそれで立ち止まるような臆病ではない。死を恐れぬ雄志と機会を見定める敏さを持ち合わせている。


「――!」


 敵の攻め手大将、その姿を前にしたとき、やはりという確信とまさかという驚愕が交差した。目の前で旗を振るい、敵を率いているのは、女子(おなご)。あの時使者として城を訪れた少女に間違いない。

 このオリンピアにおいては言うに及ばず、日の本においても女子が戦場に出ることなどそうあることではない。史書を紐解いても、精々片手で足りる程度。ましてや、自ら軍を率いるなど例など存在していない。目の前の敵将は、弥三郎にとっても全くもって未知の存在だった。


「――覚悟!!」


「――っ!?」


 それでも構わず、一気呵成に切り掛かる。咄嗟に手にしていた旗で防がれたものの、それで終わりではない。続けて二撃、三撃、一振るいごとに体勢を崩し、首へと刃を進める。技量の差ははっきりしている、こと、武芸という点において彼女は素人と変わらない。弥三郎を相手に数瞬持ち堪えただけで、奇跡(……)といってもいいだろう。


「――チィ!!」


 大きく踏み込み、袈裟懸けに刀を振るう。必殺を期したその一撃さえ、瀬戸際で防がれる。紙一重、届くはずの刃が空を切り、討ち取ったはずの一撃は僅かにそらされる。まるでなにかが、見えざる何かに守れているような神懸り。そんな奇跡(……)が彼女を守っていた。

 だが、それに臆している暇も迷っていられるような余裕もない。此処で敵を討ち取らねばしてやられただけ、一矢報いねば折角の士気が水泡に帰してしまう。

 例え何に守られているとしても、それすらも切裂いて進む。勝利のためにはそれだけの覚悟が必要だ。


「――きゃっ!?」


「――おおおおお!!」


 奇跡はそう長くは続かない。弥三郎の一撃にベルナデッタの体勢が大きく崩れる。続けざまにもう一撃、鎧の隙間、そのそっ首へ向かって鋭い横一閃が振るわれる。本来ならば防ぐことも交わすこともできないはずの必殺、一瞬後にはベルナデッタの首が飛ぶ、そのはずだった。


「――ぬぅ!?」


 手応えは無く、首を断った筈の一撃は鋼に阻まれ、首の皮一枚を掠めるだけ。またしても防がれるはずの無い一撃が不条理に防がれてしまう。

 ありえない、そんな驚きが脳裏を掠める。決して防げるはずの無い、完璧な瞬間での一撃だった。弥三郎の重ねてきた経験に照らし合わせても、あの一撃は確かに届いていたはず。それが防がれた、もしあの瞬間彼女を救うものがあったとしたら、それは――。


「――っはあああああ!!」


 気合一声。僅かに掠めた迷いをそれで振り払う、相手が何であれ、すべきことは変わっていない。例え神仏が相手でも構うものか。己が忠道を全うするためならば、全て切り払うのみだ。


「――聖女殿を守れ!!」


 しかし、続く一撃は許されない。ベルナデッタを補佐する副将、後方で兵達を指揮していた将が追いついた。これでは追い立てる側が逆になる。弥三郎と十数人の兵ではどうやっても敵の勢いを受け止め切れない。引き際を誤ればそれこそ惨事、自身の心情に拘って判断を間違うほど弥三郎は愚かではない。


「全隊散開! 火消しに回れ!!」


 弥三郎の号令に合わせて、部隊が散開し、敵の攻撃から逃れる。敵の逃亡を許すことになるが、ここで部隊を全滅させるよりは遥かにいい。

 弥三郎たちの空けた道を彼らが駆け抜ける。その背後にはようやく駆けつけてきた味方の軍勢、間には合いはしないが追撃を仕掛けるには充分。

 

「――我に続け!!」


 すぐさま転進。援軍と合流して、門へと急ぐ敵軍の背中に喰らい付く。幾人もの敵兵を切り捨て、一直線にあの将を目指して押し進む。今度こそ討ち取る、そうでなければ一矢報いることすらできない。門を破られ、町に火を放たれ、そのままおめおめ帰還はさせない、なんとしてもあの敵将を討ち取らねばならない。

 

「転進!! 聖女様の盾になるんだ!!」


「――!」


 閉じゆく門、後一歩、あと少しで性を掴み取れるその刹那、敵軍の一部がこちらへと向き直る。歩みを止め、槍を構え、自らの体そのものを盾にする。誰に言われるでもなく、彼等は自分自身の意思で命を捨てたのだ。

 それこそが正しくタイタニアの戦い。彼等は死を恐れない、その先にある救済を信じるが故に。その狂信にも等しい信仰を支えるのはかの旗を振るう聖女、ベルナデッタに他ならなかった。

 

 

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