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異世界の天下布武  作者: ビッグベアー
第五章、龍の旗
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59、あるいは魁として

 開戦の角笛が吹き鳴らされたのは、太陽が中天へと昇るその頃合だった。使者であるベルナデッタの帰還から、僅かの間もおかず、タイタニアはアウトノイアの城へと攻勢を開始したのだ。

 

「弓衆! 狙え! 放て!!」


 最初に仕掛けるのは、定石通り弓。ただの矢では堅牢な城壁に対して心もとのないように思えるが、それが数百、数千となれば話が違う。降り注ぐ矢は天を覆い、雨となって城へと。城壁て敵を押し止めんとする兵たちを容赦なく打ち据える。


「進め! 進め! 城に取り付け!!」


 弓の援護を受けて、足の遅い攻城隊が押し進む。梯子を備えた車井楼や破城槌、矢の合間を縫っての反撃を受けながらもそれらの兵器は進んでいく。いくらそれらが頑丈とはいえ、それを進めることができるのは人の手だけ。彼らの後には屍の道が引かれていた。

 城壁からの反撃は、そう苛烈なものではない。元よりこちらは三万、敵方はたかだか千二百。攻め口を一つに絞ってはいるものの、趨勢は明らか。どれだけ反撃を試みたところで、防ぐことができるのは一部に過ぎない。彼らが必死に戦ったところで、何れは取り付かれてしまうのは目に見えている。

 

「怯むな! 狙え! 敵を近づけるな!」


 それでも彼等は諦めない。絶え間なく射掛けられる矢を恐れもせずに、将たちは命を下し、兵たちを鼓舞する。死などとうに恐れてはいない、迫りくる敵を打ち払わんがために、千二百の城兵と十数人の将たちが一体となって戦っていた。

 千二百ではどうやっても全ての敵を押し留めることはできない、それはヴァレルガナ方とて承知の上。それゆえに、彼等は狙いを定めた。本来ならば、一点ではなく面に、敵の全てを攻撃すべき矢の一斉射を全て兵器とそれを進める兵たちへと集中する。

 アウトノイアの城は平城といえども、その城壁の堅牢さは並みのものではない。如何に三万の大軍が相手とはいえ、城の内へと入り込まれなければ持ち堪えることは容易い。


「止るな! 止れば地獄に落ちるぞ!! 進め! この先に楽園はあるぞ!!」


 攻撃を逃れた車井楼が防衛線を越える。

 狙いを兵器のみに定めているとはいえ、それでも数は数十。全てを止める事はどうやっても不可能だ。


「狙いを変えよ! 城壁の下だ! 乗り移らせるな!!」


 あわてて、命を下し、狙いを定めなおすが、遅い。一度綻んでしまった防衛線はそこから瞬く間に破られてしまう。開戦からわずか二刻足らず、ヴァレルガナ方は城へと取り付く敵を既に押しとどめることができなくなっていた。

 戦列を組むように、攻城兵器たちが足並みをそろえる。個々に攻撃を仕掛け、それぞれが迎撃されるような愚は犯さない。仕掛けるならば一斉に、防ぎきれない数の暴力で一気に城壁を制圧しなければならない。

 僅かの間に攻勢の列が並び、梯子がかけられる。一度掛けられてしまえば、そのまま防衛線は決壊する。城壁を失えば、あとはたちまち将棋倒し。門を破られ、城下へと侵入を許してしまえば、数に劣るヴァレルガナ方に勝ち目はない。


「――な、なんだ!?」


 その瞬間だった。並べられた車井楼が梯子を解き放ち、破城槌がその先へと進む。城へと道を掛け、城門を打ち砕く。その直前、あったはずの地面が瞬く間に崩落した。


「と、止れ! 進むな! 落とし穴だ!! 退けえ――!?」


 事態に気付いた将たちが一斉に声を張り上げるが、時既に遅し。城壁を目指して勢いづいていた戦列は簡単には止れない。その先が奈落だと理解していても、と丸という選択肢は既に存在していなかったのだ。

 巨大な兵器たちが次々と積み重なり、砕け、随伴の兵士達と将を押し潰していく。悲鳴を上げる暇すらない、前線の兵士達には何が起きたかを理解する事すらできなかっただろう。辛うじて圧殺を逃れても、奈落の下で待ち受けるのは鋭い槍の穂先。苦しむ時間がわずかばかりに延びたに過ぎない。

 崩落を前にして、百万同心ともいえたタイタニアの戦列が僅かに乱れる。戦列の乱れは即ち、彼らの鉄の信仰心の揺らぎに他ならない。それほどまでに、この落とし穴、ヴァレルガナの取った策は彼らにとって予想外だったのだ。


「――!!」


 崩落からどうにか生き延びた者達、その直前で踏み止まった者達、その彼らの頭上に向かって無慈悲な雨が降り注ぐ。逃げ場のない矢の雨、今までのような散発的な反撃とはまるで違う。一切の生存を許さないとばかりに、兵たちを容赦なく射殺していった。


「おのれ! 退け! 退け! 戦線を立て直すんだ!」


 想像だにしない攻撃を受けたとはいえ、前線の全てが崩れたわけではない。仲間の死体を踏み越えて進んでも未だに、戦いうるだけの戦力を十分に備えている。

 奇策は所詮奇策、通じても一度、再びはありえない。一度退き、戦列を立て直しさえすれば、城の攻略など容易い。タイタニアには策を弄する必要などない、これだけの戦力差がある以上、定石通りに戦っていればそれで勝敗は決するのだ。

 だが、それを許すほど、ヴァレルガナは、いや、戦国の武士もののふは甘くはない。


「こ、これは角笛!? まさか――!?」


 言うが早いか、それともその実現が先か、混沌の戦場に角笛の音が鳴り響く。タイタニアのそれとはまるで違う、獅子の咆哮のように勇壮で雄弁なその音色に誰もが振り向く。それこそはまさしく、ヴァレルガナ家が家宝、国父クラート一世より下賜された獅子の牙笛。勇士たちの出陣に際して鳴らされるという、伝説の声だった。

 その旋律に答えるように閉じられていた正門が開く。守りを固め、決して開くことの許されないはずのその門が牙をむくように開いていた。


「――全軍、我に続けェ!!」

 

 たかが三百の騎馬隊と侮るなかれ。門より出でたるは、ヴァレルガナの最強の矛。恐れはなく、迷いはなく、一つの意志の元、生死を共にする戦士たち。彼らこそが巨人の臓腑を抉る獅子の牙だ。

 そんな彼らを率いるのは、若き猛将ヴァンホルト・フォン・ユーティライネン卿にラケダイモニア砦が守り手大将フェルナー・フォン・ロエスレラ卿、そして、森の魔女が従者にして客将下方弥三郎忠弘。ヴァレルガナ最強ともいえる三名が自ら戦場に立ち、兵たちとともにあった。


「――く、槍隊、陣形を組め! 奴らを止め――」


「追い散らせ! 我らこそが魁なり!!」


 千を優に越えるタイタニアの先陣に、弥三郎たちは突っ込んでいく。四方八方、ただ敵あるのみ。そんな最中を、剣を振るい、槍を突き、一心不乱に駆け抜ける。退路は既になく、行くべき道は己が武勇で切り開くしかない。正しく一騎当千、彼らの後にはただ屍が残されるのみだ。

 未だ混乱と驚愕に打ちのめされたタイタニアの戦列を、騎馬隊は引き裂いた。奈落へ落ち、矢で射抜かれた彼らには突然の出陣と騎馬隊の突撃に対応するだけの猶予がない。事態を把握し、反撃を試みんとする頃には馬の蹄に打ち据えられ、瞬く間に討ち取られてしまう。

 たかだか三百の騎馬隊が数千を越える軍勢を完膚なきまでに打ちのめす。寝物語にさえも虚言と嘲笑されるような出来事がこの場所では起こっている。事実、真正面から奇襲を受けることになったタイタニアには三百の敵を押し留めるだけの余裕すらなかった。


「止まるな! 進め! 裏門まで走り抜けるんだ!!」


 しかし、その奇跡もそう長く続くものではない。落とし穴による混乱を突いての出陣であったが、その混乱がなければ、自棄になっての自殺行為とそう変わりはない。敵は我に十数倍、奇襲の利を失えば戦いにもならない。

勝負を決するなら刻の間。一心不乱に駆け抜けて、城へと帰還することが肝要。城の外には一兵たりとも味方はいないのだから。


「開門!! 味方が戻るぞ!! 門を開けろ!!」


 戦士たちの帰還を迎えるべく、再び門が開き、堀に橋が架けられる。敵の攻撃を受けている正門ではなく、城の西側にある裏門。敵が背中に追いつくよりも早く、そこにたどり着かなければならない。

 盾と鎧を踏み付けて、屍の道を切り開く。止まるわけにはいかない。開いた門から敵を侵入させてしまえば、この出陣も無意味。本末転倒もいいところだ。


「奴らを逃すな! 門に取り付け!!」


態勢を立ち直したタイタニアの将がそう声を荒げる。一度取り付いてしまえば、後は数の力がものを言う。

弥三郎たちの背後には未だ無傷の数千の軍勢。その全てが彼らを狙い、裏門へと殺到していた。


「矢だ! 客将どの達を援護するんだ!!」


 弥三郎たちの帰還を援護すべく、城壁から矢が射掛けられるが、数千の軍勢を堰きとめる堰としてはあまりにも心もとない。


「お急ぎを!!」


 架けられていた橋、向かうべき唯一の道が閉ざされていく。如何に策とはいえ、三百の軍勢のために城そのものを引き換えにはできない。

 手綱を握る手に力が篭る。馬と呼吸を一つにし、最短の道を最速で切り開いていく。敵は背後ではなく前に、進むべき道と一瞬の逡巡だけだ。

もとより捨て石は覚悟の上。間に合わなければ、それまでのこと。数千の敵に囲まれ、逃げ場もなく圧殺されるだけだ。


「――跳べ!!」


 弥三郎の号令に合わせて、一斉に手綱が引き締められる。橋はすでに上がり始め、背後で戦列を組み直した敵が狙いを定めている。

 道は一つ。届かずとも、それに賭けるほかない。


「――!!」


 風が吹いたのはその瞬間だった。全霊を賭して、橋へと跳んだ彼らの背中を押すように東から西へ嵐のごとき突風が吹き荒れた。風はまるで意思を持つかのように、矢を吹き飛ばし、敵と味方を寸断し、彼らを押す。

 その一助、ただ一陣の風が運命を変えた。馬の蹄が橋を踏みつけ、風が彼らを城門へと運ぶ。


「おおおおおおお!!」


 その歓声は勝鬨にも似て。彼らの決死の出陣は敵を倒しただけではない、城に篭る兵たちに比類のない勇気を与えた。籠城戦においてはその勇気こそが何者にも代えがたい武器となる。

 間に合った、騎馬隊三百名、誰一人として欠けることなく、彼らは城へと帰還した。

 アウトノイアの戦い、その初戦はこうして幕を落とす。戦はまだ終わりではない。本当の試練はこの先に待ち受けている。

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