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異世界の天下布武  作者: ビッグベアー
第五章、龍の旗
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55、あるいは風雲を告げる

 見張りがそれを見つけたのは、夜が明けて、交代の時間が来るその直前だった。階段を降りようとして振り返ったその刹那、視界に映った何ものか、ほんの一瞬でただのみ間違いと片付けてしまいそうなそれを、見張りの目は確かに捉えた。

 昇る朝日を背にして進む影の一団。ともすれば蜃気楼とも見紛うような彼等は、一心不乱に城を目指して押し進んでくる。伝承として伝わるもの、夜明けと供に死者を迎える死神の行進、それが真実となって現れたような、そんな異様がそこにはあった。

 彼の中で、理性と感情がせめぎあう。あれは敵なのか、それとも味方なのか、あるいは本当に自分を連れに来た影の葬列なのか。恐怖で染まった思考は迷路へと迷い込み、延々と彷徨い続ける。答えは出ず、警戒を叫べばいいのか、悲鳴を上げて逃げ出せばいいのか、それすらも分からない。

 だが、ふと、動けなくなった彼の目に蒼い旗が飛び込んでくる。剣を抱いた獅子の紋章、ヴァレルガナの臣下である事を示すその旗が、日の光を浴びて鮮烈に輝く。

 その瞬間、叫んでいた。声も枯れよと、城の端々まで、国々の果てまで届けとばかりに声を張り上げる。誰もがその知らせを待っていたのだ、この二日間、勝利の宴すら取りやめて、城の皆が彼らを待っていた。

 下方弥三郎、並びに百足らずの兵たち。異民族の客将と出自も確かではない傭兵と平民、それだけでしかない彼らを城の全てが待ちわびていたのだ。

 こうして、彼等は快哉と供に迎えられた。これ以上ないほどの凶報を手に彼等はその城の門を潜った。その帰還が再び運命を歪めたと知らぬままに。



◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇  


 

 ”――城主殿に、お目通り願う。至急軍議を開かれたい”


 城に帰り着いた弥三郎が最初に口にしたのは、そんな言葉だった。自身の手柄を主張するのでもなければ、帰還と戦勝を寿ぐのでもない。だだそれだけ、今ようやく命からがら城へと帰り着いたというのに、次の戦、弥三郎の頭にはただそれだけのことしかなかった。

 鎧を脱ぐこともなく、汚れを拭うこともなく、血と泥に塗れたまま、大広間を駆け上がる。二日間不眠不休で走り続けてきたというのに、その歩みはあくまでも力強く、一切の迷いはない。その弥三郎に気圧されたのか、彼を止めるものは誰一人としていなかった。

 もとより弥三郎とて立ち止まるつもりは毛頭ない。一刻も早く、他のことに拘う暇はありはしないのだ。



「客将殿、良くぞ無事で――」


「家老殿、至急ご報告せねばならぬことがござりますれば」


 慌ててやってきたグスタブに対して、弥三郎は要件のみを告げる。前置きをしている時間すら惜しい。その只ならぬ様子を察したのか、グスタブはすぐさま人払いをして、軍議を召集する。只ならぬ事態であることは一目瞭然だった。


「――タイタニアに間違いないのだな」


「は、しかと確かめておりますれば」


 告げられた事実はグスタブにとっても全くの予想外であった。今の城は勝利に浮かれている、備えこそ万全ではあるものの、それを守る兵たちの士気が緩んでしまっている。それもこれも、タイタニアの侵攻の再開がもう二三日遅れると考えていたのが原因だ。

 グスタブの数十年来の経験に照らしても、あまりにも早すぎる。弥三郎の報告に疑う余地がないにしても、俄かに信じがたい。


「だれぞおるか!」


「――は、ここに」


「直ぐに急使を立て、捜索隊の元へと遣わせ! すぐさま帰城せよと伝えい!!」


 それでもそれを前提に行動せざるをえない。グスタブの独断ではあるものの、ことは一刻を争う。アレクセイや辺境伯に取り計らう前に、取り急ぎ、弥三郎たちの捜索に出ていたヴァンホルトたちを城に呼び戻さなければならない。彼らが不在ではヴァレルガナの戦力は半減以下だ。

 猶予はどれだけあっても三日足らず。こちらに向かっているはずの王都からの応援が間に合うかどうかは怪しい。王都から一万の援軍を城に迎えるという策はもう頼りにはできない。

  敵は動いた。総大将を討たれ、陣をかき乱されてもなお動いた。あのラケダイモニアの戦いでさえ、巨神の命へは届かなかったのだ。


「グスタブはおるか!」


「若、ここにおりますれば」


 少し遅れて、実質の城主でもあるアレクセイが駆けつけてくる。その背後には城の重臣たちを含めた騎士達と各隊を率いる将たちが続いている。状況は悪いが、まだ最悪ではない。

 あのラケダイモニアでの勝ち戦は城の結束をこれ以上ないものにした。命を預けあい勝利を預けあった兵と将たちは正しく一対の剣。例え三万の大軍勢でもそう容易くは破ることはできない。

 千五百足らずの城と復讐に駆り立てられた三万の大軍勢。本来ならば戦いにはならない。だがそれでも、戦う。千五百の兵を一つの槍として、雲を衝く巨神へと抗う。たとえ此処で滅ぶとしても、最後のその時まで決して諦めはしない。騎士として、臣下として、戦士として、そして、武士として戦い続けるだけだ。


◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇  


 軍議そのものはそう長く時間を要しなかった。決せられた方針と作戦は城に篭っての徹底抗戦。王都からの援軍がたどり着くまで一歩も退かずにこの城を守り抜く、それがアウトノイアの城の総意だった。

 元より敵の襲来はわかっていたこと、問題はそれが何時になるかだったのだ。かなり早まったとしても、やるべきことに変わりはない。ただ稼ぐべき日数が二三日増えたというだけのこと、必要ならば半年でも一年でも時を稼いでみせるという気構えが城方にはあった。

 ましてや、ラケダイモニアの戦の大勝により、城の士気は否応が上にも高まっている。それ以前に懸念された内側の綻びはもはや過去のもの。後顧の憂いは既に断ち切っている。

 軍議が終わってすぐさま、城全体に厳戒態勢が敷かれた。今まさにこの城は戦争状態にあると城主自ら宣言したのだ。その態勢の移行もまた流れるように行われた。ラケダイモニアの戦勝に浮かれていたとはいえ、未だ帰らぬ味方のため警戒態勢を解いていなかったのが幸いしたのだ。


「ヤサブロウ様! ヤサブロウ様はおられますか!?」


 ことをすませ、謁見の間から退出する一団に向かって侍女が駆け寄ってくる。アイラだ。本来であれば声を掛けることすら不敬にあたるのだが、そんなことになりふり構っていられるような状況ではない。アイラにとっても、一刻を争うことがあるのだ。


「な、何事か!」


「ヤサブロウサ様! ヤサブロウ様は何処に!?」


 咎める声も背後に、必死で見慣れた姿を探す。だというのに、あの城壁の上から軍勢を眺めたときのようになかなか弥三郎を見つけられない。あれほど目立つ格好をしているというのに、どうして見付からないのか、まるで理解できない。


「アイラ嬢? こんなところで何してんだい?」


「団長さん! いい所に!」


 混乱に陥りかけた彼女を聞き知った声が救い出す。話しかけてきたのは弥三郎と同じように血と泥に塗れた甲冑を纏うのロベルト。多少疲れた顔をしているものの、その様子は命懸けの帰還劇を繰り広げてきたとはまるで思えなかった。


「ヤサブロウ様を探しているんですけど、見当たらなくて……」


「旦那を? 旦那ならまだ謁見の間で話をしてたけど…………」


 それを聞いた途端、ロベルトが止める間もなく、アイラは謁見の間へと進んでいた。居場所さえ分かればそれでいい。後で罰を受けることになるかもしれないなんてことは考えもしなかった。ただ一刻でも早く弥三郎を見つけて、彼女の元へと連れて行くただそれだけが彼女を突き動かしていた。


「ヤサブロウ様!」


 謁見の間に飛び込むと、直ぐ目の前に見慣れた姿がある。血塗れた黒い髪とそれにあわせたような奇妙な形の甲冑、間違いなく弥三郎だ。全くの無傷とは言わないものの、深手を負っているような様子はない。

 彼の前には家老であるグスタブ。二人の様子からして何事かを議論しているのだろう。それもなにか重要な事柄、おそらくはこれからの篭城戦についてのことであることはまちがいない。

 だが、今はそんなことはどうでもいい。戦よりも差し迫った問題が彼女達にはあるのだ。


「アイラ殿? わざわざ如何なされた?」


「ヤサブロウ様、それが、あの……」


 挨拶よりも先に手短に用件を尋ねる弥三郎に対して、どうも言葉に詰まってしまう。一刻も早く彼を彼女の元へと思うばかりで、それをどう伝えるかについてまるで何も考えていなかった。事実だけを端的に、感情を交えずに告げてしまえばいいのだろうが、そうするには彼女はこの剣にあまりに関わりすぎている。どうしても、言葉より感情が先走ってしまっていた。

 

「――巫女殿のことか?」


「は、はい、実は――」


 それを見かねてか、それとも彼女の心中を察してか、弥三郎のほうから話し出すきっかけを与えてくれる。そもこうしてわざわざアイラが謁見の間へと来るようなことなど、森の魔女のみに何かが起きたようこと以外には考えられない。

 己が主たるアンナのこと、意識を戦に集中していても忠誠と恩義は一瞬たりとも忘れたことはない。事態が切迫さえしていなければ、城主を差し置いてでも彼女の元へと帰城の挨拶をしていただろう。


「直ぐにでも参ろう、案内を頼む」


「あ、はい、こっちです」


「では、グスタブ殿、またあとで」


 何事かと訝しがるグスタブに短く別れを告げて、その場を後にする。すでに伝えるべきことは伝え、論ずるべきこと論じた。今弥三郎のすべきことはここにはない。

 アイラが何が起きたかを伝えるよりも先に弥三郎は判断を下した。何が起きたにせよ、自ら確かめるのが最善だ。

 目指す場所は、城の東塔、その最上階。窓を締め切り、誰の往来もないその部屋に彼女はいる。弥三郎が行方知れずとなったその日から、彼女はそこから一歩足りとも部屋の外へと出てはいない。塞ぎこんでいるというよりは、何もかもを拒絶するように、勝利も敗北も、この世の何処にも存在しないかのように、彼女はその部屋に閉じこもっていたのだった。

 

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