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異世界の天下布武  作者: ビッグベアー
第四章、炎と死と刃と
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50、あるいは終局へ

 戦いの始まりを告げたのは、降り注ぐ矢の雨だった。坑道まで続く狭い獣道が血で染まり、数十人の死体が前のめりで積み重なっていく。

 それはいっそ割り切ってしまえば、壮観ともいえるような光景だった。自らの策、狙いがこうも見事なまでに効果を発揮したのだから、一種の快感を感じてもおかしくはない。あらゆる背徳が許容される戦場においては、珍しいことではない。むしろ、それが自然というものだ。


「――構え! 狙え! 放て!!」


 老将の一声に合わせて、再び矢が射掛けられる。この闇の中にあっても目を凝らす必要はない。敵の攻め口はただ一つ、そこに向かって矢を放つ、ただそれだけでいい。ただそれだけの単純さがこの状況においてはこれ以上ない威力を発揮する。

 主戦場となった台地からこの坑道の入り口までは狭い獣道しかなく、軍が行軍できるような道はない。ヴァレルガナ軍のように時間をかければ周囲の藪に紛れて軍を展開することはできるが、この状況においてその判断はできない。

 タイタニア軍にとっては、この戦いは逃げる敵の背を追う追撃戦。一刻、一秒の遅れは即ち敗北を意味するのだ。故に犠牲を承知の上で屍の道を築くしかない。ただ只管に数で押し、身を盾にして、押し進むほかないのだ。そして、それを為すだけの条件が今のタイタニア軍には揃っている。


「恐れるな! 進め! ここで死せば、そなたらの魂は巨神の御許に迎えられるぞ!」


 敵将の号令に合わせて兵達は仲間の屍を踏み越えて進む。将に率いられ、士気を取り戻した彼らは死を恐れることはない。勝利の礎となることに、教えに殉ずることに喜びすら感じている。少なくとも、大多数の兵士はそれを望んですらいた。

 これこそがタイタニアが恐れられる所以、グスタブはその身をもってそれを経験している。


「槍隊! 構え! 一人たりとて通すな!!」


 自らも槍を手に戦列に加わる。突き出した槍衾に重さが掛かり、骨が軋む。腹を貫かれた兵が暴れ、血しぶきを撒き散らしながらも押し進もうとする。その力たるやまるで巨大な獣を相手をしているような、そんな錯覚すら覚えるほどだった。しかし、いかに効果的に弓衆を用兵したところで、打ち漏らすものは出てくる、あるいは矢を受けてなお押し進むのもいる。その数は次第に増していく一方だ。


「突け! 突けええ!! 押し戻せ!! ここが死地と心得よ!!」


 それでも声を張り上げ、怯まず槍を突き出し続ける。あちらが死を恐れぬなら、こちらは背水の陣。もし槍隊が抜かれれば、この殿戦は一瞬で勝敗が決してしまう。まだ、負けを認めるわけにはいかないのだ。

 何れは矢は尽きる、槍は折れ、剣は砕けるだろう。だがそれでも、ここを退く理由にはならない。先を行く友軍の安全を確保するまでは、ここを死守する必要がある。


「――覚悟ォッ!」


「若造が! 百年早いわ!!」


 槍を掻い潜り進んできた騎士に自ら剣を抜いて応戦する。気勢を上げ、数回打ち合うが、その度に柄を握る指が言う事を聞かなくなってくる。若さと勢いを正面から受け止めるには少しばかり年を食い過ぎた。嘗て主と共に戦場を駆けていたころの頑強さと力強さは今のグスタブには望むべくもない。


「閣下! お下がりを!!」


 すぐさま供回りの騎士達が助太刀に入り、敵を押し返す。たとえグスタブが老いたとはいえ、それを補って余りある徳を彼は得た。グスタブの元でこの坑道を守る二百の将兵、彼らの団結は刃金よりも固く、槍の穂先よりも鋭い。互いが互いを守りあうことで十倍以上の敵を凌ぎ続けている。


「戦列を組みなおせ!! 弓衆、構え!!」


 しかしながら、状況は刻一刻と悪転している。射掛ける矢は減り、寄る敵兵は増えていく。タイタニアは橋頭堡を確保した。一度破られた防衛線はそう簡単には復旧できない。一度崩れ始めれば後は止められない。

 タイタニア軍の持つ勢い、味方の死すらもものともしない士気の高さは、とても総大将を討たれた軍のそれとは思えない。グスタブの読み通りとはいえ、その凄まじさはこうして向かい合っていなければ真には理解できない。このままでは予定よりも早く、防衛線を破られることになる。あと一押し、後一撃加われればこの殿戦は総崩れだ。

 

「重装兵! 前へ! やつらを押し潰せ!」


 それは敵とて承知の上。弓の援護を受けて、大盾を構えた重装兵たちが前進を始める。亀のような歩みだが、全身に鎧を纏った彼等の戦列は立ち向かうものに押し潰されるような威圧感を与える。実際彼らには矢も槍も通じない、如何な攻撃を受けても敵を圧殺するのが彼等の戦い方だ。数十人に満たぬ少数であっても、その圧力は必殺。勝敗を決する最後の一撃となりうるのだ。


「射よ! 射掛けよ! 鎧の隙間を狙え! 首と脇だ!!」


 グスタブの鼓舞も、重厚な鎧を貫くことは適わない。この闇夜では隙間を狙うことも難しい。弱点である側面を狙おうにも、この坑道から動くわけにはいかない。正面からでは、突こうが切ろうが大盾と鎧に阻まれ、彼等の行進を妨げることはできない。策は尽きた、あとはもう命の限り抗うしかない、詰みだ。

 覚悟はできている。玉砕など恐れてはいない。それは兵達も同じ、己が主と枕を並べて討ち死にするのであれば、本望ですらある。あとは号令を下すだけ。二百の兵達、全てが自らを矢に、槍に、剣にして突撃するのみだ。


「全軍! とつげ――」


「突撃!!」


 しかして、最後の号令は別の号令にかき消された。正面、敵方からの号令ではない。その一声は背後から、坑道の闇の中から響いてきた。となれば答えは一つしかない、ここで命を捨てようとするものが彼等以外にもいたのだ。



◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇ 


 重装歩兵の更新が必殺の一撃であったのなら、その突撃は正しく回天の一撃だった。

 馬の蹄と槍の穂先が分厚い鎧を砕く。勢いに乗った突撃、それも予想だにしないその一撃はタイタニアが誇る重装歩兵でさえも正面から受け止められるものではなかった。

 

「た、体勢を立て直せ! 弓隊! あの将を討て!!」


「狙いは弓衆! 隊伍を守れ!」


 そこで止る弥三郎ではない。矢継ぎ早に下命を下し、周囲の安全を確保する。例え僅かな安寧であったとしても、それがなければここで総崩れ。兵も将も、今度こそ玉砕の憂き目をみる。グスタブを救い、この場所から兵たちを生きて連れ帰るにはこの場を守り抜かねばならない。

 グスタブ以下将兵を救うために急使を立て、数珠(ロザリオ)を渡し、そのままとんぼ返りして彼らは駆けつけた。闇の中をわき目も振らず、この死地へと舞い戻ったのだ。


「――な、なぜだ! なぜ、戻ってきた!! 私は退けと命じたはずだ!!」


「某は客将でござる。命に従う道理はあれ、義理はござらん。それゆえ兵を連れ立ち戻った次第!!」


「そうだ! 叔父上を見捨てて家名の存続もくそもない! そんなことでヴァレルガナの騎士を名乗れるものか!!」


 勿論、詭弁に過ぎない。家老から退けといわれて逆らう客将などいるはずもない。だが、それでも、道理に反してでもこの死地に舞い戻るだけの理由が弥三郎とヴァンホルトにはあった。命に反した咎で罰を受けることも覚悟の上だ。


「家老殿、某は武士にござる。武士たるもの味方を見殺し、落ち延びるなど恥でござる!!」


「……礼は言わんぞ、客将殿」


「然り。これは某の意地でござれば」


 あの時、あの燃え盛る二条御所で、ただ一人生き延びた。主に殉ずることもできず、同胞の仇をとることも叶わなかった。ならばこそ、救える味方を死なせることなど我慢ならない。それが例え命に反することであったとしても、それが例え味方に利することでなかったとしてもだ。

 無論自らの命を捨てるつもりなど毛頭ない。命を救われた今生の主への忠義を果たすまでは、生き恥を晒してでも、戦い続けなければならない。一人の男として、武士として、下方弥三郎であり続けるため、そこだけは決して退けない一線だ。


「それにこいつは若の命だ。まだ隠居するには早いぞ、叔父上」


「若の命だと……あれほど諫言もうしあげたというのに…………」


「なに、俺達がいればまだまだ時間は稼げる。逃げ切ってみせるさ」


「……………お主といい若いい、どうしてこういつもわしの言う事を聞かんのだ」


 悪態をつきながらも、グスタブの口元は明らかに緩んでいた。自らの甥とこうして轡を並べているというのは、まるで奇妙なことのように思えるが、それでも確かな充足感を与えてくれる。それはこうして自らこの死地に飛び込んできたヴァンホルトにも同じだった。

 弥三郎と同じようにヴァンホルトにもこの死地へと舞い戻るだけの理由があった。騎士としての誇り、肉親としての情、あるいは単に戦場に焦がれてか、なんにせよこの死地で戦うだけの動機が彼にもあったのだ。

 状況は決して改善したわけではない。弥三郎とヴァンホルトが援軍に駆けつけたところで、敵は以前、我に数十倍する大軍。正面から戦ったところで勝ち目などあろうはずがない。


「本隊は二里ほど先。あと半刻ほど持ち堪えればよろしいかと」


「言うはやすしよな。さてどうしたものか……」


 騎馬隊の突撃を受けて、隊列を乱していたタイタニア軍はすでに状況を掌握し始めている。このままでは先ほどの繰り返し、じりじりと押し込まれ、いずれこの戦列を食い破られてしまう。

 しかし、殿戦とは得てしてそういうもの。事此処に至っては、策や軍略を活かす様な暇などない。力の限り武具を振るい、命の限り戦い続けるのみ。味方が退ききるまでは、柱に身体を括りつけてでも、倒れるわけにはいかないのだ。


「構えよ、皆の衆!! 我らこそが殿! 戦場の誉れなり!!」


「応!!」


 弥三郎の号令に数百の軍勢が応えた。この絶望的な状況にあって兵たちの士気は烈火のごとく燃え盛っている。タイタニア兵達が死を恐れていないのなら、彼らはまさしく決死の兵。死中に活を開かんとする一本の槍である。

  巨神暦千五百九十年、八の月、二つ目の週の六日、後にラケダイモニア砦の戦いとして語られるこの戦は今まさに最後の大詰めを迎えようとしていた。

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