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異世界の天下布武  作者: ビッグベアー
第四章、炎と死と刃と
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46、あるいは死神の如く

  衝撃は正面からではなく、横合いから与えられた。隙間無く固められていた軍列が四分五裂に乱され、正面からの一撃で跡形もなく踏み潰される。抵抗のために転身する暇もなければ、逃げ出す暇もない。まさしく刻の間、蹂躙とは正しくこのことであっただろう。

 彼らにとってその一撃は全くの予想外であったと言わざるをえない。そうでなければ巨神の先槍がここまで一方的に壊滅させられるなどありえない。

 槍衾の弱点であるその側面を最高の頃合、最適の戦術で突いた。後の世において、側面への騎馬突撃の手本とされるような見事な一撃だった。仮に弥三郎や他の将が指揮したとしても、これ以上の戦果など望めまい。

 槍隊二百、その防禦線の壊滅及び敵将の殺害、それだけの功績をロベルト・イオライアスは見事にあげてみせたのだ。

 

「今ぞ! 掛かれ! 掛かれ!」

 

 隊伍の崩れた槍隊を今度は真正面からラケダイモニアの騎馬隊が蹂躙する。体勢を立て直す暇も、ロベルトたちへの逆襲の機すらも与えない。死地を救ってくれた同胞に矢一つ射掛けさせてはなるものかと、兵達は雄雄しく滾っていた。


「見事なり! ロベルト! 任せた甲斐があったというものよ!」

 

 すぐさま軍勢が集結すると、弥三郎は真っ先にロベルトにそう声をかけた。周囲の兵達も弥三郎の言葉に賛同するように歓声を上げている。実際のところ、ロベルトの援護がなければここで玉砕もありえた。ラケダイモニアの兵達には、この傭兵隊長が救世主のようにも見えていたに違いない。

 僅かばかりの安寧、緊張の緩むその状況にあっても、合流したラケダイモニア勢とヴァレルガナ勢は互いの背中を守りあっている。共に戦ったことは一度としてなかったが、兵達の間には確かな連携が生まれていた。

 それもそのはず。窮地を救い、救われたのだ。命を預ける相手としてこれ以上のものはない。言葉は不要だ。


「――へ、この程度お安い御用だ! それよりもそっちは大丈夫なんですかい?」


「うむ、こちらも問題はない。皆壮健、あとは山中に抜けるのみよ」


 思わぬ賞賛に面映く感じながらも、ロベルトは副将

としての自分へと立ち返る。悪くはないが、こうして矢面に立つのはどうにも慣れない。こうやって誰かの下に付く方が性に合っている。特に補助する相手が、これほどに面白い人間ならば尚更だ。


「よし! フェルナー、お前は砦の歩兵を率いて先に行け! 殿は任された!」


「応! ここはお主と客将殿に任せたぞ!」


 ここまでくれば後は逃げ延びるのみ。山に入り、あの坑道にさえ入ってしまえば敵の追撃を振り切るのはそう難しいことではない。このまま行けば、この戦は勝ち戦となる。

 事態は確実に好転していた。事前に申し合わせてのこととはいえ、ロベルトの突撃はこの戦場の趨勢そのものを揺るがすことになったのだ。


「――陣形を組みなおせ! 突撃隊形だ!」


 林の中に踏み込んでいく味方の背後を守りながら、残る騎馬衆は再び突撃陣形を整えていく。まだ戦は終わってはいない。


「もう一踏ん張りぞ! 皆のもの気勢を上げよ!!」


「応!!」


 弥三郎の一声が、残る騎馬勢を鼓舞する。今は優勢にあるとはいえ、ここで油断すれば足元を掬われかねない。無事に後詰側で戦っている主力とラケダイモニア勢を逃がすために、これから何をするのかこそが肝要。ラケダイモニア勢と合流した先陣隊、騎馬集総計二百二十の精鋭、これだけの戦力を遊ばせておくことなどありえない。


「……ヤサブロウ、一つ提案があるんだが……」


「それは奇遇。某も一つ、献策がござる」


 馬を寄せ、なにごとかを献策しようとしたヴァンホルトに対して弥三郎は不敵な笑みで返す。ここまでくれば、言葉は必要ない。やるべきことは明らかで、今こそがその機。当然命懸けだが、戦場においては、その確率が違うだけで如何なる行為においてもそうだ。兵も将も死などとうに恐れてはいない。フェルナー率いる歩兵隊が坑道に入れば目的は達せられる、後顧の憂いも絶たれているのだ。ならば、迷う必要はない。


「わかった、それで行くとしよう。まったく俺も無謀になったもんだ」


「それでこそ武士というものでござる。手柄上げてこその本懐なり」


 二三言、言葉を交わすと、二人は今にも笑い出しそうな上機嫌でそういった。同じものを見たとはいえ、生まれも育ちも違いすぎる自分たち二人が同じ考えに至ったことがおかしくて仕方がなかったのだ。戦士としての判断、あるいは狂気とも取れるその決断はそうした愉快さと連帯感の中で下された。


「――参るぞ、皆の衆! 敵方の御大将に一つ挨拶申し上げなん!!」


「応!!」


 弥三郎の発破に、二百の騎兵全員が歓声を上げた。まさしく狂気、これだけの数で敵の本陣へと突撃を仕掛ける、下手すれば自殺願望とも取られかねないようなその秘策はこうして実行された。戦場の熱気と狂奔に浮かされて、彼らは進んだのだった。その行いがどのような波紋を起こすのか、それすらも知らぬままに。



◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇ 

 

 曲がりなりにも統制を取り戻し始めていたタイタニア軍の先陣に対して、中段及び後詰はいまだ混乱の只中にあった。一方、奇襲を仕掛けた側であるヴァレルガナ勢は一糸乱れぬ統率と凄まじいまでの士気の高さを発揮していた。

 それもそのはず。奇襲を受け指揮系統のバラバラにされたタイタニアとは逆に、ヴァレルガナ勢は総大将たるアレクセイ自ら最前線に立ち、己の命そのものを旗頭としているのだ。それに付き従う兵たちの士気も自然、高揚するというもの。だからこそ戦場を縦横無尽に駆け回り、戦果をあげ続けることができているのだ。

 しかし、それも長くは続かない。数の差は歴然であり、奇襲の利もそれを覆せるほどに長くは続かない。機を逸し、少しでも退却が遅れればここまでに挙げた戦果も冥土の土産に成り果てる。長く戦えば戦うほど不利になるのはこちらのほうなのだ。

 だからこそ、重要なのは退き時。それを見極めるのは若きアレクセイでは難しい、才の問題ではなく場数の違い。戦場においてそれを見極めるには豊富な経験とそれに基づく老獪さが必要だ。

 つまり、ヴァレルガナ本軍の命運は、かの老将、グスタブ・ヴェル・ユーティライネンの肩に掛かっていた。



◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇ 


「集結せよ! 集結せよ! 司祭長をお守りせよ!」


 慌てふためいた兵たちと平静を失った将たちを一手に纏め上げる。この本陣を中心に少しでも防衛線を築くのが急務だ。敵は奇襲を仕掛けてきたものたちではなく、時間。敵の兵がここにたどり着くまでにどれだけのことができるか、が最大の敵に他ならない。

 戦の始まってから半刻足らず、火に囲まれ、混乱の只中にある本陣付近にあってアルテア卿は、あらん限りの声を上げて、事態の収拾に努めていた。自身の不在が先陣にどのような悪影響を及ぼしているのかも気掛かりではあるが、今はこの本陣の統制を取り戻すのが最優先だ。万が一にもここが崩されれば、そのまま雪崩のように総崩れとなりかねない。ここが最後の分水嶺、なんとしても踏む止まる必要がある。

 しかし、もとより懸念していたのはこの事態。予想のうちにあるのならば、対応のしようもある。敵は多くとも二千、統制さえとれていればこの本陣周辺の隊だけでも撃滅できる。こうなれば、敵を逃がすことはあっても軍の命脈が保たれればそれでいい。絶え間なく急使を飛ばし、周辺の軍をこの場所に集結させるだけで事足りるのだ。

 問題があるとすれば、兵たちや将、アルテアではない、この総大将に他ならないだろう。

 

「司祭長どの! 早くお立ちください! さあ!」


「あ、ありえぬ……このようなことおこりうるはずが……」


 アルテアの怒鳴り声を浴びても、その男はうわ言のようにそう呟くのみ。地面にへたり込んだまま、まるで子供のようにだだを捏ねているだけ。

 自陣に上がった炎と響いてくる敵の鬨の声を前にして総大将として場を掌握するべきガストン司祭長は我を失っていた。無理もあるまい。そも、彼にとってこのラケダイモニア砦の攻略戦は初陣だったのだ。こうして、戦いを目の当たりにすることすらこの年嵩の司祭長には初体験だった。

 だが、状況はそんなことになどかまってはくれない。彼がどのような人間で、どのような意図でこの戦に臨んだにせよ、彼が、彼こそがこの三万の巨神の先槍の総大将、そのような甘えは弱み以上の意味を持ってはくれないのだ。

 そして、総大将がこんな有様では、兵たちの士気は挫かれ、奮い立つことすら難しい。このような状況において、総大将がその役目を十全に果たせないというのは、致命的な綻びになる。


「おい! そこのお前! 司祭長殿をここよりお連れせよ!」


「は、はあ……」


 おびえた様子の稚児に怒鳴るようにそう命じて、司祭長の世話を申し付ける。こうなれば、軍記を犯してでも、権限を奪うしかない。アルテア自ら全軍の指揮を執り、一時的に総大将の座をもらいうける。死罪にもなりかねない行為だが、四の五の言っていられるような余裕はない。

 

「――アルテア卿! アルテア卿はおられますか!?」


「ここだ! 私はここにおるぞ、マルトー!」


 指揮を掌握すべく奮闘していると、前線に残してきた部下の一人が駆け込んでくる。息を切らし、甲冑は煤塗れ、見るからにいい報せを持ってきたとは思えない。そうでなければ、将の一人がここまで駆け込んでくることなどありえない。


「砦より火が上がり、軍勢が出陣! 前線を破られました! このままではこちらに……」


「わかっている! ナレインらに軍を後退させるよう伝えろ! なんとしてもここを守り抜くんだ!」


 副将から言伝も予想できていたこと。軍の横腹をついた軍勢と砦に篭る連中が通じ合っていることなど考えるまでもない。そもそも、この奇襲の目的はおそらく砦の兵と将の救出が目的のはず。砦を捨てることも、出陣も何も意外なことではない。

 問題はその速度。ここまでの速さで押し進んでくるというのは、アルテアにとっても予想外だった。急がなければ、最悪の可能性が実現しかねない。

 あと少し、後数分足らずの時間があれば統制を取り戻した隊が本陣に集結する。そうなれば、敵の攻撃を弾き返すだけでなく、敵を撃滅することすら可能だ。あと少し、それだけの時間があれば充分だった。


「――――!」


「な、なんだ! 一体何が……」


 その嘶きは無常にも戦場に木霊した。死神のように、勝ち鬨のように、あるいは天よりの雷のように、その時は訪れた。もはや、逃れることも、抗うことも適わない、運命はこの時確かに決したのだ。



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